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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第一部

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第21話「おやすみ」

 ヴェロニカは話を終えたあと、早々に他にも仕事があるからと帰っていった。その際にもう一度だけ、必ず島に立ち寄るよう告げた。最後まで何を見せたいのかを言おうとしなかったので、胸にもやもやした気持ちを抱えたまま日は暮れていった。


 せっかくの旅路も、いまいち気分が乗らない。食事を振舞ってもらい、その後はゆっくり互いの事を話して、夜には借りた部屋の中で窓辺に座ってぼんやりする。ジョエルのメイドとしてゆっくり働きたいのに、と。


「オフェリア、ちょっといいかな」


 部屋の扉が叩かれて呼ばれる。


「もちろんいますよお。どうかなさいましたか?」


 小さく開けられた扉からひょこっと顔を出したジョエルはパジャマ姿で枕を抱えている。少し気恥ずかしそうに「なんだか落ち着かなくて」ともごもご言うので、すぐに彼女を迎え入れて「一緒に寝ましょっか~!」と抱きしめた。


 普段の自分の部屋であれば一人でも落ち着くのに、旅先では随分と寂しく感じてしまったらしく、頼るならオフェリアだろうと顔を出したのだ。


「奥様とじゃなくて、私とだなんて嬉しいですね」


「うーん……。私も最初はそうするべきかと思ったんだが」


 まだ一緒に眠るのは照れくささもあり、様子だけ見に行ってみると、久しぶりに両親と再会したのもあってか楽しそうに話していたので、邪魔はしたくなかった。何年も会っていなかったのだ、つもる話もあるだろう。


 そんな気遣いをしても、自分の寂しさは拭えない。そこでオフェリアだったら歓迎してくれるのではないかと足を運んだ。


「だめかな、一緒に寝ても」


「ぬふふ~。もちろんいいですとも」


 ベッドメイクは済んである。さっそくジョエルを潜り込ませて、自分はベッドの傍に椅子を持ってきた。「一緒に入らないのか」と聞かれて、「まだもう少し起きていたいんです」と答える。オフェリアが夜中まで起きるのは非常に珍しい事で、少し心配そうな顔をされた。


「何か考え事でもしているのなら、私では共有できないか? いつも世話になってばかりだから、たまには私も役に立ちたいんだ」


「別に大した悩みなんて持ってませんよお。ただ今日は……」


 そっと優しく手を握って──。


「夜更かししていたい、そんな気分なんです」


 つくづく自由に生きられないのが、玉に瑕だ。ただの孤児であった頃に比べればずっとマシだが、それでも英雄という肩書きは邪魔だった。誰にも縛られず生きていたい。そんな事は夢物語なのだと嫌でも悟らされる。


 いつか全部話そうと思った。だが、それまでは黙ったまま、今の関係を続けたかった。英雄のオフェリアではなく、ただのメイドのオフェリアとして。


 しかし現実は中々に許しそうとはしてくれない。五年前の魔獣戦争の最中を、どうしても思い出してしまう夜だった。


『てめえの死に場所なんざ、どこにもねえよ。生きろ、それが仕事だ』


 自分のせいで片足を失ったヴェロニカの事が頭から離れない。誰よりも強く、凛々しく、優しかった。だから他人のために平気で命を投げ出してしまう。守られてきた経験のなかったオフェリアにとっては理解ができず、やっと受け入れたときにはもう、後悔だけが積み重なっていた。


 次はそうならないようにすればいい。確かにそうかもしれない。残念ながら、それは全てが上手くいけばの話だ。確認されている魔獣が一匹だからといって、それだけを討伐すれば良い話なのかも現時点では怪しいのだから。


「お嬢様。もし私がいなくなってしまったら寂しいですか?」


「……? 当然だろう。君がいない生活は考えられない」


「嬉しい事を仰いますねえ。じゃあ、もうひとつだけ質問です」


 ぽんぽんと頭を撫でながら、オフェリアは尋ねる。


「私が目の前で危険な目に遭っていたらどうされますか」


 ジョエルなら助けると言ってくれるだろうな、と考えていた。


 だが、彼女から帰ってきた答えは少し違った。


「誰であっても助けるよ。私が君に助けてもらったように、私もそれを繋ぐのが当然だ。決して見捨てたりしない。たとえ自分が死ぬかもしれなくても」


 真剣な眼差しでそう言った。なんの曇りもなく。


「そうですか。……とても良い考え方だと思います」


「ありがとう、嬉しいよ。君はどうしてこんな質問を?」


「別に、少し気になっただけです。なんとな~く!」


 メイド服とはひと晩のお別れ。オフェリアもパジャマを着てベッドに潜り込み、ぎゅっとジョエルを強く抱きしめながら。


「さあさ、今日はもうゆっくりお休みしましょう。明日には港町まで出発ですからね。ぐっすり眠って、それから……いっぱい遊びましょう~」


 難しく考えるのはやめた。純粋に、まっすぐに。何を憂いたところで、そのときが来てみなければ分からない。だったら、そのときに最善を尽くすまで。


 いつの間にか胸の中につかえていたもやもやは消えていた。きっとジョエルを抱きしめているからだと思いながら落ち着いてきて、そのうち穏やかに寝息を立てた。


「……おやすみ、オフェリア」

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