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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第一部
19/86

第18話「自慢の娘」

***




────三日はあっという間に過ぎた。ジョエルはセレスタンに料理や畑仕事を教わり、良い汗の掻き方を覚えて満足げだった。自分の知らない事を知れるのが嬉しくて、細かな事も欠かさず、分からなければ全て尋ねて覚えていった。


 ジョエルの新しい友人としてセレスタンが加わったのもあって、迎えの馬車が来たときの寂しそうな表情には、彼も尾を引かれる。


「もうお別れとは早いものだ。また会えるのを楽しみにしていよう」


「ありがとう、テルミドールさん。私も楽しみにしています」


 ロイナに手を引かれて、ジョエルが馬車に乗り込む。そろそろ出発といった頃、ぎりぎりになってトランクを抱えたオフェリアが別荘から慌てて出てきた。


「ふえ~ん! すみません、荷物多くて遅れちゃってえ!」


「……慌ただしい奴だな。忘れ物はしていないか?」


「してませんよう。それよりも、またここを頼みますね」


「ああ。シャーリンも探して連絡を取っておこう」


「助かりますう。それじゃあ、また会いましょう!」


 たった三日。あまりにも短い再会に名残惜しさも感じつつ、しかしまた近いうちに会うだろう、と二人は笑みを浮かべ合って別れた。馬車が出発して、がたんごとんと揺れながら、遠くセレスタンを小さくしていった。


「ねえ、オフェリア。招待状はあと何人に出すのかしら?」


「独りはテルミドール卿にお任せしました。なのであと一人ですね」


 馬車は皇都には戻らず、そのままパシヴァルという港町に向かう。招待状を渡さなければならない相手に会うためには、船が必要だった。新鮮な魚を港町ではポピュラーな特製のたれに付けて食べると最高に美味い、とオフェリアは思い出を語った。


「港町では新鮮な魚が手に入りますから、普通は火を通すんですが、現地ではよく生のまま食べられているんですう。馴染みがないと抵抗がある方もいらっしゃるそうですけど、私はもう虜になりましたねえ。特にタコは食感がよくて……」


 今回は少し長旅が想定された。皇都でも魚が流通するのは港町が近いおかげだと誰もが口々に言うが、アリンジューム家の技術がなければとても運んでくるのは不可能な距離である。ちょうど彼女たちがいる森からならば、やや近くなるが、それでも半日は掛かる見込みだ。悪天候に見舞われでもしたら、なおさら時間が掛かってしまう。


 魅力いっぱいの港町の紹介をしたものの、随分と待たせるだろうな、とオフェリアは先に期待ばかり持たせたのを後悔した。ジョエルもまだまだ時間が掛かると分かり、平気そうに振舞ったが、少し残念そうだ。


「あら、それなら途中の村に寄って行かないかしら?」


 ふいにロイナが嬉しそうに手を小さく挙げた。


「途中の村ですか? そんなところあったかな……」


 皇都周辺から殆ど出ないオフェリアは、近隣の小さい村や町のことをあまり知らない。パンパンに詰まったトランクを開けようとしてロイナが慌てて「そんな、地図なんて探さなくて大丈夫よ」と制止した。


 いくら広いとはいっても、荷物が散らかっては大変だ。


「実はね、言ってなかったのだけれど、皇都と港町の間にヒペリカム男爵領があるのよ。数百人程度の小さな村で、私の故郷なの」


 ロイナはヒペリカム男爵令嬢として小さな村で過ごしてきた。ガレトと結婚してからは戻っておらず、どうなっているかの便りも来ていないので、様子を見るついでに泊って行かないかと提案した。


「でもいいんですかね。いきなり押し掛けるみたいで」


「いいのよ。パパもママも優しい人だから……それに、」


 ロイナはジョエルを優しく包み込むような目で見つめる。


「私の大事な娘も紹介したいなって思ったの」


 望まぬ結婚だった。村の収入から得られる税など微々たるもので、衣服ひとつまともに買い替えることもできなかった。アルメリア伯爵家に嫁げば支援するという申し出のもと、美しかったロイナは皇都へ出るのを決意した。


 出会い方も別れ方も良くはなかったし、ガレトへの愛も薄かった。ずっと暮らしていれば変わってくるものと言い聞かせてきて、しかし子供に恵まれず、夫の愛情が薄まっていくどころか、邪魔者でも見るような目つきにはいつも落ち込んだ。


 それ以上に悲しかったのは、自分に子供ができない事だ。愛情を一杯注いで育てたい。男の子でも女の子でもいい。そんな気持ちを、現実はあっさり突き放す。


 ずっと誰にも言わなかった秘密を、ぽつりと零した。


「……医者に言われたわ、子供のできない体だって。怖くてずっと誰にも言えなかったし、悔しくて一人で何度も泣いた。でもね、今は違う。血は繋がっていなくても、私のことをお母様って呼んでくれた、私の自慢の子がいるから」


 ニコッと微笑みかけられたジョエルが照れくさそうに指で頬を掻く。子供ができなくたって、こんなに立派で可愛らしい自分の娘がいる。ロイナは心底から彼女を愛していた。血など繋がっている必要はない、深い絆さえあれば、と。


「良いお話ですねえ。分かりました、では男爵領に立ち寄る事に致しましょうか。私も奥様の故郷ってちょっと興味ありますし!」

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