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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第一部

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第16話「仲間のために」

 野菜畑にはたくさんの種類が季節関係なく、元気よく栽培されている。ジョエルたちを屋内に残して、蔓で編んである大きな籠に多様なものを放り込みながら、オフェリアはニコニコ笑いながら、聞こえていないだろうからとセレスタンに対して露骨に強い不機嫌な声色をしてみせた。


他人(ひと)の別荘周辺に結界張るとか頭おかしいんですか?」


「……色々と事情があったんだよ。そもそも五年も顔を出さなかったじゃないか。今日は少し嬉しかったんだよ、来てくれるとは思っていなかったから」


 セレスタンが真っ赤に熟れたトマトを手にしながら。


「魔獣戦争以来、お前は随分と変わったな。角が取れたというか」


「似たことをカミヤにも言われましたよ」


「フッ。実に丸くなった、このトマトみたいに」


「上手く言ったつもりですか、すごくムカつくんですが」


「程々の冗談は必要だ。ところで何かあったのか?」


 オフェリアは、どれだけ仲良くなったと思っても、必ず一定の距離を置くタイプの人間だ。それが誰かを別荘に連れてくる事自体も珍しい事ではあったが、何か用でもなければ、森自体に来ようとはしなかったはずだと見抜いていた。


「魔獣が現れたとかで、議会に顔を出したんですよ」


「あの鬱陶しい議会の招集に応じたのか、珍しい」


 権力の渦巻く貴族たちの集まり。セレスタンはそう認識していた。大英雄と呼ばれるようになってから、彼らの擦り寄り方は異常だ。孤児院出身であるオフェリアに対しては悪態をつく者がいて、元々貴族であったセレスタンには魔獣戦争以前と比べても強い繋がりを求めてくるようになった。


 だから誰も顔を出さなくなった。そんなものに都合をつけてやる理由はない、とそれぞれが自分たちの夢を叶えるために各地へ散らばった。


 一人は果てのない長い旅を求めて。一人は穏やかな暮らしを求めて。一人は刺激を求めて。一人は自由気侭さを求めて。


 セレスタンは魔法の研究をしながら野菜を育て、別荘で静かに過ごしていただけだ。誰にも知られず、誰にも構われず。そんな静かな暮らしの中で、身分とは遠い世界を死ぬまで堪能してやろう、と。


 そんな時に魔獣が出たと聞いて、少しガッカリした。


「あれだけ苦労をして討伐したのに、また現れたのか。だが、議会なんぞの招集に応じて、あまつさえ俺に会いに来るとは。大切なものができたようだな」


「……ええ、とても大切な家族なんです」


 今までに見たことのない優しい表情に、セレスタンは目を丸くした。仲間の制止も聞かず、獣のように突っ切って魔獣と戦っていた戦士の姿とは思えない穏やかさは、春風にでも吹かれたかと思うくらいだった。


「妬けるよ。俺はそこまで言われたことがない」


「あなたも大切なほうですよ。仲間としてですが」


「厳しくて泣きそうになるが、嬉しくもあるな。それで、」


 いっぱいになった籠を背負って、セレスタンは立ち上がった。


「俺にできる事があるのなら手伝おう。何をすればいい?」


 かつての友は変わった。セレスタンは彼女にいっぱいの期待をかけて、自分が助けてやれることなら手を差し伸べてやろうとした。


「そうですねえ。実はシャーリンの居場所を私も知らないんです。長い旅に出たと聞いて、以前に手紙を送ったんですけど、届かない場所にいるみたいで」


 大英雄の一人、シャーリン・ヴァイオレットは高潔な騎士の女性であった。魔獣戦争において片目を失ったため、団長の座をヴァツィルに譲り渡し、長い旅に出る決意をしたのだ。それからの動向をオフェリアは何も知らない。いや、そもそもシャーリンだけは誰にも行き先を告げなかった。場所がころころと変わるからだ。


 しかも追跡が難しい。行動力があるうえに体力も常人を遥かに超えているので、三日三晩、寝ることもなく、食事もせず、水さえ飲まないまま全力で動き続けられるといった特別な体のおかげもあり、彼女の旅は他の人間の何倍もの速度で進んでいる。


 アリンジューム家が魔法を使ったとしても、追いつくことが叶わず、どこにいるかも分からないため追跡ができない。だが、それを超える術を持つのがセレスタンだ。大賢者とは、魔法を完璧に理解した存在を指す。


「わかった。シャーリンは俺が見つけて事情を話そう。正義感の強い彼女なら、旅を中断してでも帰ってきてくれるはずだ。特に、お前の頼みであれば」


「……? どうして私の頼みだと聞いてくれるんです?」


 少々の鈍さには目を瞑り、彼はくすっと笑った。


「いずれ会えば分かる。そのときを楽しみにしておけ」


「な~んか嫌な感じ。教えてくれてもいいのにい」


「ハハハ! それを言ってしまっては俺の楽しみが減ってしまうだろ!」


 彼は決して口を割らない。無理に聞き出そうとしても、煙に巻かれるのがオチだ。オフェリアも籠を背中に抱えて、呆れた笑みで返す。


「はいはい、わかりましたよ~。本当にいけ好かない奴ですねえ」


「軽口を叩き合える良い仲の間違いだろう。さあ、戻ってメシを作ろう」

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