第12話「会議が始まる」
ふうん、と顔をさすりながらオフェリアは流れる景色に目を細める。
「良くないですねえ、それは」
次から次へと問題が舞い込んでくるのは嫌いではない。ただひとつ問題があるとしたら、それが皇都周辺で起きているということだ。せっかくジョエルが手に入れた平穏が脅かされるのは気に入らない。
気乗りはしないが仕方ない、と議会への参加を認めた。
「ご理解頂けて何よりです、リンデロート様」
「まあ~、今はちょっと個人的な事情もありましてねえ」
馬車が王宮に着けば、すぐに会議室へ案内される。扉が開かれ、彼女の入室には意外そうな「おおっ」という声がいくつもあがった。
「……なんです? 変な反応するなら帰りますよ?」
「待たれい、リンデロート卿」
ごほん、と咳払いをしたのは皇帝バルテロ。大柄な体格で、鍛えるのが趣味だと答える程度には運動もするが、やや病弱なのかいつも顔色が悪い。
「相変わらず胃が荒れてそうですねえ、皇帝陛下」
「心労が絶えなくてな。卿はどうだ、メイドの真似事をしていると聞いたが」
オフェリアがぎゅっと眉間にしわを寄せた。
「真似事ではなく、まさしくメイドでございますう。お嬢様に仕えるのが、今の私の務めなので、次に真似事とか言ったら即刻帰りますんでえ」
呆れた様子で席に着く彼女に、気まずそうにバルテロは頭を掻く。
「すまない、気を悪くするつもりはなかった」
「分かって頂ければ、私は構いませんけどお……」
「うむ。では全員揃ったところで話を始めよう」
小さな木槌がカンッと気味良い音を立てる。
「まずはリンデロート卿がミリガン夫人からの告発を受理した件について、ガレト・ミリガンの処遇を言い渡しておこうと思う。彼の者の罪の大きさは実子の軟禁、それを十七年にも及んだことは許しがたく──」
「ああ、すみません。単刀直入に聞きますけど処刑するんですか?」
普通ならば割って入ったのを咎める者もいようが、彼女はある種の超がつく特権階級を持つ人間だ。表向きは大きな権力者程度に思われているが、その実効力は皇帝に最も近いか、あるいは並んでいると言っても良い。
バルテロは、その通りだ、と頷いて答えた。
「彼の行いは重罪だ。当然、公開処刑となるのが一般的だろう。もちろん、ミリガン家および親族が所有する土地の没収も行うつもりだが……異論でもあるのか」
う~ん、と腕を組んで首を捻る。同情の余地などあろうはずもなく、オフェリア自身も処刑の判断は正しいと思っている。だが、そうあってほしくないのも彼女自身の心にあった。どんなクズであれジョエルのたった一人しかいない父親なのだ、と。
「土地や爵位の没収は妥当かと思います。彼には扱いきれないものだと分かりましたから。ですが、ジョエルお嬢様は彼に対する恨みや憎しみを抱いておりません。当人が構わないのであれば、処刑の必要もないのでは?」
法の裁きは絶対だ。処刑が決まれば、たとえどれだけ抗議があろうとも執り行われる。だがひとつだけ、被害者側からの情けという例外がある。彼らが「そこまでする必要はない」と言えば、処刑は免れることができた。
誰もが困惑する中、ひとりの貴族が、スッと手を挙げた。
「わたくしもリンデロート卿に賛成です、皇帝陛下」
四大貴族と呼ばれるうち、最も歴史が古いとされるアリンジューム家の若き当主、ノイマン・アリンジューム。見惚れるような白金の長髪が仄かに揺れ、青藍の優しさに満ちた瞳が穏やかにオフェリアを映して微笑んだ。
「現状、伯爵は既に罪が確定しておられますが、リンデロート卿の言う通りに被害者であるジョエル・ミリガン本人への意思確認は済んでないはずです。騎士団長殿が実際に行ったのは聞き取り調査だけでしょう?」
ノイマンの言葉に同調する者が幾人か現れる。大貴族ともなれば、その発言の影響力も大きい。武勲を立てた名誉ある戦士といえども、やはり平民の──そのうえ孤児という出自を持つ──オフェリアだけでは、彼らは靡いてくれないのだ。
「そのあたりはいかがですか、ヴァツィル騎士団長」
「……うむ。ノイマン殿の言う通り、聞き取り調査までだ」
分厚い甲冑に身を潜めた大男が、低く声を響かせる。
「だが、それ以上の必要はない。たとえ被害者の同情があったとて、軟禁されていた者であれば、ある種の洗脳教育があった可能性が高い。あれは巨悪だ、過去の事件における前例と同様に考えてはならん。禍根を断つには見せしめも必要だろう」
反対意見が出るのは分かっていた。ヴァツィルは騎士団長として、悪は徹底して叩き潰すべき敵と認識している。とはいえ、話を聞かないほどの堅物でもない。オフェリアに不快感を示されて「言わねば話は終わるぞ」と告げた。
議会の空気は、まだやや処分が妥当だという意見に傾いている。
「どうでしょうねえ。議会なんて結局は皇帝の心を掴んだもの勝ちですよ、ヴァツィル。──このあとの話を考えれば、私の意見は無視できませんよお」
異なる意見のぶつかり合いの中、木槌がカンッと高く鳴った。
「静粛に。……ごほん。我々だけで交わすべき内容では留まらないようだ。やはりリンデロート卿の言葉通り、当人にも意思の確認を進めておくように。彼女が気に留めないようであれば、当初の予定に従うとしよう」
オフェリアが隣に座るヴァツィルにフッと勝ち誇った顔をする。
「……やれやれ、やはり俺はオフェリア殿が苦手だな」
「そう言わずにぃ。私はあなたの事嫌いではないですよ?」




