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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第一部

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第10話「交わした約束」

 ジョエルとロイナは、それからすぐに仲良くなった。もともと忌避する理由もなかったので、会話の端々に気遣いもなく、どちらも優しい性格をしていたおかげで打ち解けるのもはやかった。まるで本物の親子のように。


 アルメリア伯爵家という大きな肩書きを守ろうと悪事に手を染めていたガレトは、その後オフェリアが呼んだ憲兵隊によって連行され、事情を詳しく聴きたい、と後日に三人がそれぞれ別の時間に王宮へ赴くこととなる。


 巣食っていた大きな闇は、あっけなく散り、十七年越しの平穏が訪れた。


──しばらくの日々が過ぎて、ジョエルも落ち着かない本館での新しい生活に慣れを見せ始めた。これまでは虐げられ、押し込まれ、苦痛だった日々は嘘のようになくなり、朝になれば食堂でロイナと共に食事をし、汗を掻けば湯浴みをさせてもらえたのが、嬉しくて、涙が出そうになるのを堪えた。


「どうしたんですかあ、お嬢様。そんな顔して」


 ジョエルの背中を流しながら、オフェリアが尋ねる。答えは返ってこないが、何を言いたいのかが、今はよく分かるようになった。


「流しますねえ、髪に泡ついちゃったんでえ。目に泡が入ると涙が出たりしますよねえ……。とっても痛いから、泣きたくなったら泣いても良いですからね」


「……ありがとう。本当にありがとう、オフェリア」


 震えた声。震える肩。あまりにも頼りない小さな背中。


「なんのことですかねえ。私はな~んにもしてませんよお。さあ、きれいになりましたから、服を着たら部屋に戻ってゆっくりお茶にしましょう」


 やっと救ってあげられた。それはきっと自己満足なのかもしれないが、感謝をされてしまえば、嬉しく思わずにはいられなかった。出会ったきっかけはとても下らない、メイド服を着てみたいという欲求だったとしても。


 部屋に戻ったあと、用意されていた茶菓子を食べて頬を緩ませながら紅茶に口をつけるジョエルを傍で眺め、従者らしい振る舞いを続けた。一緒に食べないかと諭されても、彼女は首を横に振って「いっぱい食べてくださいね」と返す。


 彼女は少し寂しそうだったが、これまでオフェリアが一緒に食べて来たのは、少しでも食べてもらえるよう、自分が食べる姿も見せることで、いくら食べてもいいんだと教えたかっただけだ。今はもう必要がなかった。


「……おや。近頃は本ではなく新聞を読まれてるんですねえ」


「ああ。別館では禁止されていたから、興味が湧いて」


「でもこれ全部、古新聞じゃないですか。どこにあったんですう?」


「お父様が保管していたみたいだ。私にはちょうどいいよ」


 ふーん、とオフェリアは新聞紙を広げる。もう何年も前の記事だった。


「あら、これ五年前の号外じゃないですか」


「そういう記事を集めるのがお父様の趣味だったそうだ」


 古い記事でも号外のような──それも希少性の高い、歴史に残る出来事や、犯罪など──記事は時が経てば高く買い取る者がいる。いわゆるコレクターだが、ガレト・ミリガンもその一人で、ひとつの小さな資産として持ちつつ、自分の趣味も兼ねていた。


「……『魔獣戦争、終結』ですか。あれは大変な事件でしたねえ」


 あるとき、紙を破いたように空間を引き裂いて現れた、動物にも似た姿をした凶暴な生物──人々は彼らを魔獣と呼んだ──によって世界が混沌に陥ったことがある。数年にも及ぶ命を脅かされながらの過酷な生活の中で、どれだけの人間が犠牲になったことだろう。庶民も、貴族も、分け隔てなく、大勢が亡くなった。


 ジョエルはそのあいだも軟禁が続いており「こんなことが起きていることさえ私は知ることがなかった」と完全に情報を遮断された生活であった事を哀しそうに言った。何しろ、皇都はどれだけの苦境の中でも一見すれば正常に機能していて、攻め落とされる事はなかったから、窓から見える景色も平和そのものだったのだ。


「世の中は常に変わらないものだと思っていたから、そういう記事を見ると思うよ。私自身の苦労など、ちっぽけな灯火ほどの話でしかなかったんだなって」


「あのですねえ、お嬢様。人の苦労に大きいも小さいもあるものですか」


 ぷっくり頬を膨らませて、オフェリアはぴんと人差し指を立てた。


「人それぞれ重ねなければならない苦難は違います。それは飢餓であったり、病であったり、あるいは誰かの悪意に敷かれることもあります。そして誰もが戦うのです、自分の中にある、絶対に折れない剣を掲げて」


 ジョエルの肩に優しく手を置く。そっと彼女の少し伸びた髪に触れた。


「お嬢様には、お嬢様の戦いがあった。それだけのこと。なのでえ、これからは何も気になさらなくていいんです。正しく生きて、正しく考えて、ときには間違えたりするでしょうけど……でも、あなたらしく生きていい」


 どこにも行く手を阻む壁はない。あるのは、今までずっと見えてこなかった、どこまでも続く長い道だ。


「自由に生きるのも、結構大変かもしれません。でも、もしお嬢様がどこかで躓いても、絶対に私が傍にいて、手を差し出してあげます」


「……本当に? 約束してくれるかい?」


 屈んで目線を合わせ、オフェリアは優しく微笑んで小指を差し出す。


「ええ、もちろん。約束ですよ、お嬢様」

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