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全員合格試験

作者: 鈴木美脳

 無数の人々がいる世界を、誰にも理解されないほど善良に生きてきたつもりだった。

 徹底して与えた善意はどれも悪意で報われ、社会のために生きたぶんだけ社会から否定された。

 心身はボロ雑巾のようにくたびれ、手負いの獣が深山で朽ちるかのように死んでいった。

 肉は鋭く痛み、流れ出る血は止まらない。意識は薄れ、ゲームオーバー。


「あなたは死にました」


 すると、マスクされていた記憶が中枢神経にロードされていく。

 そうだ、現実に見えていたものはすべて夢で、シミュレーション教程の一科目にすぎなかった。

 インタフェースに煌めく文字に目を走らせ、マシンを開けて身体を起こす。


 すでに立ち上がった学友達は、教室の前方に表示された結果を見ている。

 クラスの45名が全員クリア。ディスプレイの格子はグリーンに染まっていた。

 互いに目を見交わすが、驚いている者はいない。


 新しい記憶に押し出されて夢の中の記憶はすでにおぼろだったけど、俺一人は驚いていた。

 シミュレーションの中と外の違いに困惑していた。

 人間のマジョリティの他者像の違いに、追いつけずにいた。

 これは直観で、事実ではないかもしれないが、俺だけはぎりぎりの合格だった気がした。


 もちろん、学生用の訓練シミュレーターは脳を壊しはしない。

 その生徒の神経が耐えられないほどの負荷がかかれば、自動的に排出される、安全設計だ。

 合否を試すとともに訓練も兼ねたシミュレーションであり、傷つけ怪我させるためのものではない。

 でも自分は、もしかしたら排出されていたかもしれないと思った。


 あんな真っ暗な闇の中で、手探りでたいまつを見つけ、食料を探して生きのびるようなものだ。

 時に身を刺すような冷たい水に腰まで浸かり、怪物の気配に息を殺して生きのびるようなものだ。

 そのサバイバル試験を、45名全員がクリア。

 つまりはできて当たり前。軽いめまいがした。


 善意に生きて、悪意に報われつづけるあの痛み。

 献身的に生きて、何も得られず否定ばかりされるあの痛み。

 私利私欲に生きる自分以外の者達が安寧に笑う中で、義に献身してきた自分一人がのたうつ屈辱。

 ボロ雑巾のように打ち捨てられて、道ゆく誰からも顧みられない孤独。

 それを、45名全員合格?


 疑心暗鬼に人のシミュレータを覗き込む。

 本当に自分のような問題が与えられたのか疑うが、どの生徒も確かに同様に困難な課題を与えられていた。

 俺はよっぽど優秀なつもりだったが、まったくそうでもないらしい。


 全世界のすべての人間から愚かな悪意で報われつづけても、善意一本に生きることが当たり前。

 自分自身や自分の家族の心身を八つ裂きにされても、義一つに献身しつづけることが当たり前。

 誰からも何も報われない孤独の中で、前に歩きつづけるのが当たり前。

 それが、「全員合格」が意味すること。


 いや、お前達すごいよ。普通にすごい。

 お前達は当たり前に思ってるようだけど、俺はお前達を誇りに思う。心から真剣に。

 仲間として、これ以上ない絆を感じる。


「おめでとう」

 笑顔でそう言ってくれた女子生徒に、動揺を見せないキメ顔で言葉を返した。

「おめでとう」

 危ない危ない。落第しなくて本当に良かった。

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