本編
ドラスティック・ドリーマーズ(プロトタイプ)
大黒 天(Takashi Oguro)
「はぁ? 解散?」
その言葉に、俺は耳を疑った。
ここはとあるファミレスの中。俺、善村彰はドラマーとして所属しているアマチュアバンド「ブリンドル」のミーティングに出ていたところだ。けど、そこでリーダーの行弥の口から出たのは、
「『ブリンドル』を今日限りで解散する」
との言葉だった。
「ていうか、ふざけてんじゃねえよ。行弥!」
ボーカルでリーダーを務めている行弥は、俺の言葉を聞いても全く表情が揺るがない。俺の弟でベーシストの堅、パーカッション兼コーラス担当の紗姫(通称ヒメ)も、不安げに行弥の顔を見つめている。
「まあ、俺から事情を話させてもらおうかな」
ここで口を挟んだのが、仲間内では「ビッグ」と呼ばれているギタリストの雄大だった。
その声に、行弥も軽くうなずく。
「行弥は他のバンドから声がかかって、そちらへ行くことになったんだ。あと、俺も脱退する方向で前々から行弥と話がついてて」
何っ? ビッグからも飛び出した脱退宣言に、俺や堅、ヒメも動揺を隠せなかった。
「ちょっと待てよ! そんな話、聞いてないぞ!」
「前にもちらっと話したことがあるだろ? 俺、本当は技術職に就きたいんだって。そのためには、ちゃんと勉強しなきゃいけないと思ってな」
俺の言葉を制し、ビッグは続ける。
「解散は本当に心苦しいけど、俺や行弥の行くべき道がこのバンドから外れちまったってことだよな。仕方ないだろう?」
本当は二人に怒鳴りつけたいところだけど、俺は言葉を噛み潰した。どうやら二人の決意は固そうだし、言ってもどうにもならなさそうだ。
「行こうか。そろそろ」
平坦な口調で言う行弥の声に、俺たちは無言のまま席を立った。
「これからもいろいろあるだろうけど、お互いに頑張ろうな」
ファミレスを出た後、すぐにビッグが声をかけてきた。ヒメは立ち止ったまま、視線をアスファルトの上に落としている。今にも泣き出しそうな表情だ。
堅も表情にすら表わさないけど、おそらくやるせない気持ちをかかえているんだろう。兄弟だから、考えていることは大方分かる。色黒の横顔が、やけに寂しそうに見えた。
ビッグは軽く手を振り、先に店を後にした行弥を追いかけて行った。そして俺と堅、ヒメはお互いに顔を見合わせた。
「ったく、いくらなんでもわがまますぎるぜ、二人とも」
「……確かにね。でも、これからあたしたち、どうするか考えなきゃ」
俺の言葉に、落ち着いた口調でヒメは応え返した。ヒメとは高校時代からの付き合いだけど、こいつは結構、気持ちの切り替えが早い方だ。まだ未練はあるんだろうけど、ある程度は今回のことに区切りは付けたんだろう。
「そうだな。けど、ボーカルとギタリストが抜けちまったからなぁ。早いとこメンバーを探さないと……」
「無駄じゃねえのか? 行弥さんたちに見捨てられた俺たちに」
と、俺の言葉を遮ったのは堅だった。堅は鋭い目で、俺とヒメを見る。そして、顔をそむけるとそのまま通りの向こうへと歩き始めてしまった。
「ち、ちょっと待ってよ、堅ちゃん!」
慌ててヒメが堅を止めようとした。けれど
「いいんだよ。今はそっとしておこうぜ」
俺はそんなヒメをそっと止めた。
「ちょっと、彰っ!」
「堅もまだ気持ちの整理がついてないんじゃないのか? 大丈夫、俺がちゃんと説得するからさ」
俺の言葉に、ヒメは少し疑り深い視線で俺を見た。ヒメは皆に気づかれてないつもりだけど、いつも堅のことを気にかけている。堅が再び俺たちと活動してくれるのか、不安になっているんだろう。
俺はにっこり微笑んで、ヒメの肩をポンと 叩いた。
「何? それで俺にギタリストとして入って欲しいって?」
「そうなんだ。頼むよ、兄貴!」
ヒメと別れた後、俺はすぐに兄、忠洋が住むアパートに向かった。
兄貴はアマチュアギタリストで、普段はライブハウスのスタッフをやっているけれど、「ヒロ」って名前で時々ライブにも参加している。俺と兄貴、それと堅は、兄貴が俺の家の庭に建てた防音室で一緒に練習をしている仲だ。ギターの腕もかなりのもので、俺は昔から兄貴には憧れている。
「バンドに正規メンバーとして参加ってことになると、スタッフのバイトも不定期でしか入れなくなるけどなぁ……」
テーブルの上にあるピーナッツのさやを割りながら、兄貴は小さな声でつぶやく。
「兄貴の腕なら、すぐに俺たちのバンドでやっていけるって信じてるからさ。それに、リーダーも欲しいと思っててさ。やっぱりバンドを率いていける力を持ってるのは、兄貴しかいねえよ」
「……そうか。まあ、鈴菜に相談してみないと、なんとも言えないけどな。前向きに考えてみるよ」
苦笑いしながら、兄貴は俺に向かってそう応え返した。
鈴菜さんって言うのは、兄貴の奥さんのことだ。鈴菜さんは商社で正社員として勤めていて、正直、兄貴は彼女の稼ぎに助けられて音楽活動をしているといった状況だということを知っている。やっぱり、兄貴も鈴菜さんになんて言われるか、かなり気になるんだな。
「ありがとう! さて、あとはボーカルだけだなぁ……」
さて、次の悩みはボーカルを探すことだ。果たしていい人が見つかるものか。
「近くの楽器屋で、メンバー募集の告知ができるだろう? それで探してみたらどうだ」
飲み終わったジュースの空き缶をテーブルの隅に置きながら、兄貴はすぐさま答える。まっ、その手が一番手っ取り早いよな。
「分かった、そうしてみるよ。ありがとう、兄貴!」
彰が部屋から去った後、忠洋は一人で考えていた。弟からリーダーの任を頼まれたとはいえ、これからどうしていこうかと。
「……聞いてたよ。さっきの話」
と、そこへ。奥の部屋から一人の女性が忠洋の元へ歩み寄ってきた。彼の妻、鈴菜である。
「バンドに参加するなんて安請け合いしてさぁ……また音楽に没頭するつもり? 毎度毎度のことだけど」
怒り心頭で鈴菜は忠洋にむかって問い詰める。忠洋は恐る恐る、彼女の顔を見た。
「けど、せっかくバンドの正規メンバーとして活動できる機会が来たんだぜ? なんとかやらせてくれないかな。ほら、ちゃんと仕事も並行してやるからさ……」
忠洋の言葉に、鈴菜は更に目を吊り上げる。忠洋はとっさに肩をすくめた。
「……そんなにやりたきゃ、勝手にすればいいじゃない!」
鈴菜は忠洋を鋭く睨みつけると、すぐに目を逸らし、そのまま足を奥の部屋へと向けた。大きな足音を鳴らし、鈴菜が去っていくのを忠洋は見送り、そしてふうっと息を吐いた。
「おーっ、怖っ!」
忠洋はつぶやき、そしてまたピーナッツに手を伸ばした。
「未だ連絡無し……か」
楽器屋にメンバー募集の告知を出して、もう一週間以上が経つ。ボーカルは男性に限定してはあまり志願者も応じてくれないかなと思って、男女両方ということで出しておいた。けど、今の今まで全く連絡が来ない。正直言って俺は焦りを感じていた。
何か連絡は入ってないものか。俺はパソコンのメールを確認してみることにした。メーラーを立ち上げ、慎重に受信メール欄を見る。
「ん? これは……」
じっと欄を見ていた俺は、ある一通のメールに気づいた。タイトルは「メンバー募集、拝見いたしました」送り主は「浜口友里那」
これって……来たんじゃねぇ?
俺は急いで、そのメールを開いた。
「善村彰さま。メンバー募集を拝見いたしました。是非お会いして話を伺いたいので、折り返しご連絡をいただけないでしょうか」
やけに丁寧な文章だった。とにかく、話が来たからには会ってみないとな。俺はすぐさま、返事を書き始めた。
それから三日後。俺とボーカル志願者の浜口友里那さんは、喫茶店で会うことになった。
約束の午後一時。入口でしばらく待っていると、彼女はすぐに姿を現した。
「善村……彰さんですか?」
浜口さんはおずおずと、俺に話しかけてきた。黒髪の長髪に、ブルーのシャツにジーンズ姿。いかにも地味な感じの印象だ。
「ああ、そうです。こんにちは」
「こん……にちは。は、浜口……友里那と申し……ます」
弱々しい声で、浜口さんは俺に挨拶をした。っていうか、こんなか弱いっていうか、か細い声の人で、ボーカルが務まるんだろうか?
一抹の不安を覚えながらも、俺たちは喫茶店の中に足を踏み入れた。
「何か音楽活動とか、してるのかな?」
「ピアノを弾いて……いろいろ歌ったりはしてますけど……でも人前ではあまり歌ったことがなくて……」
浜口さんの話を聞いて、だいたい彼女の素性、それと人となりは分かった。彼女はこの近くに住む十八歳。母親と同居しているらしい。音楽歴については……少々疑問だな。
「けど、歌いたいっていう気持ちだけは……強いって自覚してます。できれば、善村さん達と一緒に、頑張っていきたいんです。あの、よかったら、これ……」
と言いながら浜口さんが差し出したのは、一枚のCD-Rだった。おそらく、デモソングが入っているんだろう。
音楽歴や適性はともかく、やる気はありそうだ。見かけはおどおどしてるけど、なぜだか俺は彼女からそんな雰囲気を感じた。
「分かった。これ、聴かせてもらうよ」
そう言って俺がニッと微笑むと、浜口さんはいくらか安堵の表情を浮かべた。
「ねぇ、堅ちゃんは最近、何してんの?」
「ベースの練習もしてねえし、それにあんまり部屋からも出て来ねえな。ちょっとはビシッと言ってやんないといけないかもなぁ。ついてこいよ、ヒメ」
浜口さんと別れた後、俺はヒメを誘って家に戻ってきた。理由は堅を含めた三人で、浜口さんのデモソングを聴いてボーカルとして迎えるか判断するためだ。
俺は堅の部屋の前に立ち、ドアをノックした。
「何? だらしない生活してるねぇ」
「うるせえな」
ヒメの声に、堅は仏頂面で応じた。部屋の中はかなり散らかってるというのに、堅は片付けもせずにベッドに寝っ転がってマンガを読みふけってる。部屋の隅に、ベースが無造作に放置されていた。
「ボーカル候補のデモソングを貰ってきたんだ。堅、一緒に聴こうぜ」
俺の声に、堅は少し顔をしかめた。そして、またマンガに目を遣る。
俺はフローリングの上に置かれたコンポにCD-Rを入れ、スイッチを入れた。
「マジか、これ……」
俺はコンポから流れてきたその歌声に、耳を疑った。
聞こえてきたのは、ピアノの伴奏に合わせて歌う浜口さんの声だった。そして、その魅力的な声に俺はしばらく茫然としていた。
声には張りがあって、抑揚の付け方も申し分ない。そして澄んだ裏声も、透明感があってすごく綺麗だ。これが、あの地味な第一印象だった浜口さんの声なのか? これは本当にびっくりした。
「ピアノの腕はまあ、普通だけど。歌はかなりいい線いってねえか?」
「うん、本当に美しい声だよね」
俺の言葉に、ヒメも同じ意見で返す。そして……さっきまで興味も示さなかった堅も、マンガを横に置いて起き上がり、じっと浜口さんの歌声に耳を傾けていた。明らかに、堅も何かを感じ取っているようだ。
「今日、会ってきた浜口さん、かなりやる気のありそうな子だったぜ。しかもこれだけ歌えるとなれば、迎えないわけにはいかないんじゃないか?」
「あたしも賛成っ! だったら、私たちが頑張って浜口さんをサポートしてあげなくちゃね!」
俺の言葉に、ヒメも同調して続ける。俺たちの気持ちは決まってる。あとは、堅のやる気次第だ。
「兄貴も正式加入してくれるって決まったんだ。あとはお前だけだぞ、堅!」
堅はかなりの努力家で、一日の大半をベースに打ち込んできたことを知っている。ベーシストとしてやっていきたい気持ちは、誰よりも強いはずだ。俺はその気持ちを後押ししてやりたかった。さて……
「……分かったよ、アキ兄」
顔をそむけながら、堅はぶっきらぼうな口調で答えた。俺とヒメは、互いに大きな笑みを浮かべた。
それからまた数日の後、新バンドのメンバー全員が、俺の家にある防音室で集まることになった。
テーブルを囲み、一番上座に座ったのがリーダーの兄貴。その隣に俺と堅の二人が座った。全くの新メンバーである浜口さんは俺の向かいに座り、その隣にヒメがいる。ものすごく緊張した表情を浮かべている浜口さんに、ヒメはにっこりと笑いかけた。
「そんなに緊張しなくていいんだよ。みんな、いい人ばかりだからさ」
「あ……ありがとうございます」
相変わらず消極的な口調だけども、浜口さんは少しばかりは緊張をほぐしたようだった。すくめていた肩を少し開き、浜口さんは大きく息を吸う。
「今日はみんな、来てくれてありがとう。まずは新メンバーの浜口友里那さんから、お話を伺おうかな」
兄貴の一声に応えるように、浜口さんは深々と頭を下げた。
「私は……歌うのは好きだけど、一人でピアノ弾いて……みんなの前で歌うのは、じ、自信がなくて……だから、一緒に活動できる仲間が、ほ、欲しかったんです。こ、こんな私でも……やっていけるでしょうか?」
なんだかものすごく不安げな眼差しで、浜口さんは俺たちメンバー全員の顔を見まわした。
「ああ、俺たちがしっかりサポートするからさ。安心してくれよ!」
俺は咄嗟に、言葉を発していた。誰だって未知の領域に踏み込む時には、不安に感じるものだ。気の弱い浜口さんにとってはなおさらのこと。けど、実力はあるんだ。自信さえつけてくれれば、きっとボーカルとして大きな仕事をしてくれるはず。俺にはそんな自負があった。
俺の言葉で、浜口さんも幾らか不安を打ち払ったようだった。彼女は長い髪をかき上げ、安堵の表情を浮かべている。
「私は……歌うことで、自分の殻を打ち破りたいんです。私って口下手で、 要領も良くなくて……そんな自分から抜け出したいんです。みんなの前で歌うことで、何かきっかけがつかめたらって、ずっと思ってて……」
といった所で、浜口さんは言葉を詰まらせた。もう眼には涙を貯めている。分かる分かる、その気持ち。自分の弱みをさらけ出す時って、本当に泣きそうな気持ちになるからな。
「偉いじゃない! そう思うことが大切なんだってば。ねえ、みんな」
ヒメはそう言いながら浜口さんの顔を見て、それから他のメンバー全員の顔を見渡した。俺だけじゃない、ヒメや兄貴、堅もすがすがしい表情を浮かべている。浜口さんを仲間だって、みんなが認めたってことだな。
今度のバンドは上手くいきそうだ……根拠はないけど、そんな予感が俺の中で渦巻いていた。
「そうだ……バンド名を決めないといけないよな」
ふと出た兄貴の言葉に、俺はふと考え込んだ。そうだなぁ……新しいバンド名も考えとかなきゃいけないけど、すぐには思いつかねえしな。他のメンバーも案の定、頭を悩ませてるみたいだ。
「俺、今思いついたんだけど『ドラスティック・ドリーマーズ』ってのはどうだろう?」
と、兄貴が続けざまに声を上げた。
「今、浜口さんが『自分の殻を破りたい』って言ったよな。そういった『思い切りの良さ』が、今の俺たちには必要なんじゃないかなと思ってさ。あとは『俺たちはいつも夢を追い続ける人』ってことで、どうかなぁ」
んんっ? なんか良さげだぞ、それ。
「いいですね……カッコいいじゃないですか、リーダー!」
すぐさまヒメが賛成の声を上げた。他のメンバーも、その意見に賛成みたいだ。無論、俺も。
「じゃあ『ドラスティック・ドリーマーズ』始動だな!」
兄貴の声に俺たちはそれぞれ片手を揚げて、それぞれの手をテーブルの中央で重ねた。浜口さん一人が乗り遅れたのか、おずおずとみんなの手の上にポンと手を乗せる。俺たちはお互いに顔を見合わせ、にっこりと笑った。
いろいろあったけど、ようやく船出の時だ。
この日のために、そして彰たちは猛練習を積み重ねてきた。新メンバー、浜口友里那はボーカルとしての名を「ユリナ」と改め、必死に歌い込んだ。曲を書いた彰から徹底したレクチャーを受けながら、ユリナはその資質を十二分に伸ばしてきた。
それだけではない。ギタリストの忠洋、ベーシストの堅、パーカッション兼コーラスのヒメ、そしてドラマーの彰もそれぞれに練習を重ね、腕と自信をつけていった。彰の自宅にある防音室には、いつも人が絶えることがなかった。
そんな日々が数ヶ月続いた後、ドラスティック・ドリーマーズに初の公園ステージライブの機会がやってきた。
「おうっ、ビッグ」
「久し振り……あのときはすまなかったな」
ステージの上で機材の準備をしていた時に、一人の男が俺に話しかけてきた。かつてブリンドルでギタリストをやってたビッグだ。
「けど、こうやって元気に活動してるみたいで、こっちもなんだか嬉しくなってくるぜ」
「そりゃどうも! そういえば、行弥とは連絡取ってるのか?」
俺の言葉に、ビッグは少し表情を曇らせた。
「今日はちょっと来れないみたいだけどさ……けど、彰たちのこと、心配してるみたいだし、一方的に解散したことに責任も感じてるみたいだぜ」
「そうか……まあ、そう思ってもらえるだけでも、ありがたいと思わなきゃいけねぇかな」
そう言って俺とビッグは、お互いに笑い合った。もう過去のことだ、今は笑って水に流そう。
「ライブちゃんと観てるからな! 楽しみにしてるぜ!」
そう言ってビッグはステージから降りて行った。俺はその背中を、ずっと見送っていた。今までブリンドルでやってこれたことに対する、感謝の意も込めて。
ステージの前には、既に観客が集まっていた。その数は十数人と、やはりステージで演奏するにしては少ないものである。
そしてその中に、パープルのブラウスにグレーのパンツ姿の女性がいた。忠洋の妻、鈴菜である。
「結局見に来ちゃったわけ? でもやっぱり気になるよねー。ダンナが演奏するってなると」
「うるさいわねぇ……別に見に来たっていいじゃない」
隣に座っていた友人にひやかされ、鈴菜は口をとがらせて突っぱねた。
観客のお喋りも止み、辺りが静まり返る。もうすぐステージが始まるんだってのを、実感する瞬間だ。この時って、すごく体がビリビリするのを感じる。練習を重ねて、ついにみんなの前で演奏できる機会がきたんだっている喜びが体を支配するんだろう。今、このステージにいるみんなも、それを感じてるだろうか。
兄貴がそっと俺に目配せして、合図をした。よーし、始まるぜっ! まずスネアドラムでリズムを刻み、曲をスタートさせるのは俺の役目だ。出だしのテンポも、俺のリズム刻み一つにかかってる。責任重大だな。
他のメンバーは皆、スティックを構える俺を見つめている。大丈夫だぜ、みんな。ここから俺たちのすべてが始まる。「思い切りのいい夢追い人達」の行くべき道は、ここが入口だ。
俺はスティックを掲げ、それから続けざまにスネアドラムを打ち鳴らした。