#1 その男、諸見里(もろみさと)
露出家 諸見里の日常。
諸見里が街をゆく。
スーツ姿に身を包み、帰宅途中のサラリーマンの装いだ。
駅前通りでは或いは疲れきった顔をした者、また或いは軽やかな足取りでアフターファイブを満喫する者など行き交う人々は様々である。
その中の何人が気付いたであろうか、銀縁眼鏡の奥からまとわりつく様な視線を周囲に飛ばす彼の姿に。
諸見里は探していた。
己の欲求を解放できる場所を。
自らを「露出家」と名乗り、屋外での露出行為を撮影してSNSへ投稿するのが彼の日課だった。
感を頼りに奥まった路地へ歩を進めると、ビルに囲まれた中に半径10メートル程の空き地があるのを見つけた。
「おあつらえ向きじゃないか」
諸見里の口元が緩む。
吸い込まれるように空き地の中央へ陣取ると、これから反社会的行為を繰り広げる人間とは思えない丁寧な所作で一枚ずつ衣を脱ぎ、鞄の中へ仕舞っていく。
どこからともなく鹿威しの音が聞こえてきそうな奥ゆかしさがそこにあった。
一糸まとわぬ姿にオールバックとキラリと光る銀縁眼鏡、それが諸見里の戦闘形態である。
露出家として自然への敬意と礼節を弁えた振る舞いをするのが彼の流儀だ。
スマートフォンのカメラのセッティングを終えると、諸見里は己が舞い忍ぶ場所へ深々と頭を垂れた。
「そろそろアレも披露できるレベルに達したか...な」
自分の考えを確認するように静かに、それでいて力強い意志を感じさせる声で呟く。
諸見里は肩を二度、三度、ぐるりと回すと両手を地面につけて腕立て伏せの格好をした。
二の腕に掛かる重量と手のひらから伝わる地面の感触を確認すると、今度はゆっくりと腰を上げて膝を胸の辺りまで寄せる。
春の日差しが諸見里の菊の門を優しく照らすのを感じた。
お天道様は今日もアリーナ席で見守ってくれてくれている。
尾骶骨へのぬくもりが諸見里を勇気づけた。
「よしっ、...カラスのポーズッッ」
呼吸を整え小さく気合いを入れると、胸まで持ってきていた膝を二の腕の上に乗せた。
(いけるッッ)
二の腕に重心を預け、前傾姿勢となった諸見里の足は完全に宙に浮いていた。
カラスのポーズと呼ばれるそれはヨガの数あるポーズの中のひとつである。
SNSには「映え」も必要であるとの諸見里の見解から、彼はヨガ教室に通いポージングの練習に明け暮れていたのである。
それが本日、お披露目される事となった。
天高く突き上げられた菊の門もどこか誇らしげである。
「カシャッ、カシャッ」
タイマーをセットしておいたスマートフォンのカメラが一定のリズムでシャッターをきりはじめる。
その後、諸見里は数分間忙しなく東西南北へと向きを変えカラスのポーズをカメラに納めていった。
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.......
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ひとしきり撮影を終えるとスーツを身にまとい諸見里はそそくさと退散を始めた。
長居は無用である。
「今日は良いものが撮れたな」
家に帰れば写真の選別とSNSへのアップロードという別の楽しみが残っている。
諸見里は軽やかな足取りで帰路についた。