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第6話 そんな餌で、オタクの僕が釣られクマー ①








「――大体の事情はわかりました」


 コンビニ内の、並んで座ればいっぱいになる、そんな少し手狭なイートインにふたり。

 カウンター机には、彼女のカップアイスと僕のホットコーヒーが並び、目の前の大きなガラス窓からは、すっかりと暗くなった町並みと、夜空には、まん丸のお月様が浮いていた。


「だれにもナイショで、ヨロ」


 すぐ隣で、同級生の少女がピースサインを飛ばしてくる。

 そんな、机に寝そべるようにして、少し斜め下からの美形が放つキラキラ光線に、僕ってヤツはまたもやドキリと胸を躍らせるのだからどうしようもない。

 もういい加減に慣れたらどうだと思う反面、そうは言ってもこれほどの美女がこの距離にいるんだ。しかも、ちょいちょいボディタッチなんかもしてくるもんだから、


『えー! キモオタのスマホ、新機種じゃん! 貸してみ! 貸してみ!』


『あ、ちょっ、わかりましたから、は、離れて下さいぃ』


 とか、


『ふぇー、待ち受けの画像、胸デッカ。萌え~ってヤツでしょ』


『あわわわ! か、返して!』


 ……まったく、ドコをどう切り取ってみても自分の恋愛経験の無さが浮き彫りになるね。


 ざわつく心の内を誤魔化すために、いったい何度、ヘタクソな咳をしたことだろうか。情けないまでに、いちいちアタフタとしてしまうんだ。

 彼女としては、そのスキンシップにたいした意味などないのだろうけど、モテない僕からすれば、刺激が強すぎて心臓が辛い。


「やっば。アイス二つも食べちゃったゼ。明日、デブってたらウケる」


 こんな寒い中、僕が真似した日には一発で腹を壊すだろう。

 そんな恐ろしいまでの暴挙だけど、鼻歌交じりでスプーンを加える口元が、いちいち可愛すぎて困る。

 キレイにメイクした形の良い瞳でこっちを見てくるし、バニラに溶けた別の良い香りもするし、使う言葉は残念だけど、声までキレイなのだ。

 軽く巻いた髪も恐ろしく似合っているし、


「ん? いる?」


「い、いやっ。……別に」


「あらま、拒否られた。ぴえん」


 そのイタズラに笑った顔も可愛い。でも、やめてもらえませんかね。アイスの乗る、濡れたスプーンを突き出されたとあっては、僕みたいな陰キャ、余計にテンパってしまって、なおのことキモくなる一方。


 そんなこんなが約一時間くらいか。


 その間、ずっと隣でこんな感じなんだ、終始襲いかかる美の猛攻に僕は疲れ果ててしまって、お願いだから、もうちょっとどうにか美しさのレベルを下げてくれないだろうか。


 ――そう。彼女が放った、あのトンデモ発言から、もう丸々一時間。


 あの時、僕はもちろんのこと、彼女もどうやら混乱を来していたようで、お互いに、よくわからない感情に翻弄されたまま、――彼女が可愛くクシャミをするもんだから、


「と、とりあえず、寒いんでコンビニに入りましょう」


「ちょい待ち、……あーヤバ、鼻水出た」


「あ、ちょっ! ティッシュあるから待って!」


 躊躇なく袖で拭こうとするのを間一髪のところで止める。だけど、


「あぁ! 袖がカピカピになっちゃう!」


 こっちが必死になって止めてるのに、強行突破しようとするんだもんな。


 いにしえの昔から確かに“可愛いは正義”というけれど、垂れた鼻水を袖口で拭こうとしている、そんな女子力皆無な行動は、ギリギリ許されないのではないだろうか。


 だからティッシュあるから待ってってば。ほら、店員さんも店内から気にしはじめちゃっただろ。


 待って待ってと店前で、男女がなにやらドタバタやってんだ。

 しかも少女のほうは手で顔を隠してるし、隣のブサイクは猛然と自分のカバンを弄ってるしで、そりゃ、店内からサイレントで見てる側からすれば、アイツらなにやってんだろうとポカン確実。コンビニの店員も何かあったのかもと訝しんだと思うよ。

 でも、見る人が見ればどうしたんだと心配するシーンだけどさ、実際はヒドく滑稽な話なのだから説明するにも一苦労。

 こんなくだらない話が大袈裟になる前にと、「おまたせ!」ようやく取り出したヨレヨレのポケットティッシュ。

 よっしゃ。これで万事解決、のはずだったけど、


「ふぇ、ックシ!」


 タイミングを図ったかのような、続く二発目。


 さっきと打って変わっての豪快な追撃に、隠す彼女の手でよく見えなかったが、どうやらついに、少女の顔面が修羅場を迎えたらしい。


「……けて」


 彼女が両手で顔を――目から下を覆ったまま、ポツリ。


「え?」


 いやさ、その時に、聞き返してしまった僕にも責任はあったかもしれないよ。

 でもさ、聞こえなかったんだもん。それに、こんな状況で何か言いたいことがあるのなら気になるだろ。

 だから、“何ですか?”って反射的に声が出たのは許してくれ。


「あ・げ・でっ!!」


 次の瞬間に、真っ赤な顔で怒るように放たれた彼女の声は、……なるほど。どんだけ出たんだろうか。見事なまでのずるっずるな鼻声。


「ゴメン!」


 見たらわかるでしょ、手が離せないんだから気を利かせなさいよ。その手を含んだ彼女の睨みを受けながら、いそいそとティッシュの封を開ける。

 続けて、こっち見んなと目配せされたような気がしたから、くるりと背を向け、ポケットティッシュを後ろ手で差し出した。


 背後からおよそ女子らしからぬ音が数回続いた後、彼女が、もう。と僕の肩口を軽くグーで叩いてきた。


「あー、はず。友達に見られてたら秒で死んでた」


 その際、空っぽになったポケットティッシュの包みを渡してきた意味が、ついぞわからなかったが、彼女はさも何事もなかったかのように、――軽快なメロディがコンビニへの来客を告げ、奥からは店員の明るい歓迎の声。――颯爽と店へと入っていった。


 ……まぁ、そりゃそうか。


 自動ドアをくぐる彼女の背を目で追いながら、僕なら見られても何ら問題ないのかとも思ったが、そうか僕らは友人関係ですらなかったなと苦笑い。

 そうだった。ふたりの間柄なんて、せいぜいクラスメイトといった関係が関の山。もしくはお姫様と使い勝手の良い小間使いといったところか。

 それならばと、話の流れで僕側からコンビニ内に誘った感じになってはいるけれど、ここいらで彼女を置いて帰ってもいいかなと、ほのかに悪い心が芽生えた僕を誰が責めることが出来るだろうか。

 この選択に少しでも文句のあるヒトは出ておいで。喜んで代わってあげますよ、マジで。

 ティッシュの包みを握りつぶしながら、今、相当悪い顔して笑っていることだろう。

 僕の中の悪魔も、盛大に『見捨てろ』と大合唱してるいように思えるし、第一、僕が彼女の頼みを聞く理由はないし、当たり前だが義理もない。

 はなっから断るつもりでいたし、承諾したら最後、九分九厘、今みたいなドタバタに付き合わされることになるのは火を見るより明らかだ。

 いやはや、それは御免被りたい。

 僕は平穏と自由を尊ぶタイプのオタクなのだ。他者のてんやわんやに付き合う器用さは持ち合わせてはいない。

 となれば、いよいよ宴もたけなわですが、ここいらで逃げの一手でもかますとするか。


「それでは、お元気で――ん?」


 最後に、手の一つでも振って去ろうかと、窓ガラスを挟んだ先。

 店内のイートインから手招きする彼女が、ふと視界に入ったのだけど、……その顔は、一見とても優しく微笑んではいるが、――同時に動く口元から察する。


 は・や・く・こ・い。


「あ、はい」


 ここで逃げたらどんな目に遭うことか。

 自分に向けられたのは初めてだったが、美人の笑みというものはまた別の怖さを内包しているのではないだろうか。

 そう勘ぐってしまうほどのただならぬプレッシャーを感じ、どうにも僕の退路は無残にも塞がれているようで、更には、なぜだろうか。店内に居るコンビニスタッフの視線も、興味津々に僕に注がれていて、たぶん、さっきのやりとりに何かしらの勘違いをしているのだろう。


「はぁ」


 ……その時に僕の口から出た溜息の濃さは、中々のものだったように思う。


 いやはや、わかりましたよ。と、しぶしぶ、そして嫌々と、観念するしかなかった。







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