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第5話 へー、オタクの趣味って金のなる木じゃん ②







 そこから先は、もう、スマホとにらめっこよ。


 どう考えても、二枚は買えないもん。

 一枚は二ヶ月分のお小遣いで多少のおつりが来るとしても、残りの一枚は――勝つしかない。


 となると、そうよね、……目指すは大会優勝なわけよ。


 そりゃ、わかってるわよ。自分がどんだけ素っ頓狂なことを言ってるのかなんて、アタシ自身、とっくの昔に理解しているわ。

 でもさ、方法なんて他にも山ほどあるだろうけど、アタシのおバカな頭では、その解答しかはじき出せなかったんだもん、仕方ないじゃない。


 だからさ、そうと決まれば行動あるのみ。


 今のアタシは右も左もわからない赤ん坊。ウダウダ考えたって何もはじまりはしない。

 まずこのゲームのルールから知らないし、そもそもカードを持っていない。

 っていうかはじめるって何をどうしたらこのゲームってはじめたことになんの? そもそもカードってどこで貰えるの? 

 自分でも何やってんだろって話だけど、やるって決めたんだからやるしかない。だからさ、こんなレベルのアタシだからね、――探すべきは先生ってなわけ。

 だって目指してるのは優勝よ。まともな賞状の一枚も貰ったことないのに、そんな偉業の達成、到底ひとりじゃ無理よりのムリ。

 最後は自分自信の力でなんとかすべきだろうけど、なんだってそうじゃん。はじめは誰かしらに教えてもらってさ、そのうち良い感じになっていくわけじゃん。


 そりゃもう、朝から必死になって探したわよ。誰かいないかなってさ。


 でもさ、そりゃそうかはそりゃそうだなんだけど、周りの友達にカードで遊んでそうなヤツなんていないのよね。

 クラスのみんな、頼めば協力してくれるとは思うわよ。でも、妹曰く、今回の大会は、商品が良いぶん全員が本気だからいつもより優勝は厳しいらしいの。

 せっかく大会出てるのに、本気じゃないヤツなんているのって感じだけどさ、……そんな勝ち目の薄いことに、みんなを巻き込むなんて申し訳ないじゃない。

 もとはといえばアタシのワガママだし、ホントに無駄な時間になっちゃいかねないし、それにさ、――アタシ、正直なとこ、カードをやってるってのをみんなにバレたくはない。

 妹のためにって理由はあるけれど、そうなるとあの子がカード好きってバレるわけじゃん。それってさ、アタシ的には最強にNGなわけ。

 これはダメな考え方だってのはわかってる。わかってるけど、いまいちああいうオタク趣味は理解できないというか仲良くできないというか。


 ううん、違うか。


 それもあるけれど、同じくらいにアタシはさ、妹をカードに盗られたと思っているのよね。

 何度も言うけれど、このカードとの出会いがなかったら妹は今みたいに元気になっていないかもしれない。その点では感謝感激している。

 でも、お姉ちゃんとしては、あんな可愛い妹が、自分と同じ趣味を持っていてくれたらなっていうワガママもあるわけよね。

 妹といっしょに服見に行ってさ、流行のカフェで可愛いスイーツ食べたりしてさ、あれこれ言いながら街を歩くの。サイコーにハッピーじゃん。

 今だって、二人で買い物とか行ってさ、楽しくやってはいるけれど、でもね、カードに使うエネルギーって、間違いなく妹の中でMAXなわけよ。


 ……それが、なんか悔しくてさ。


 アタシ、あんな紙切れに負けたみたいじゃんって。……だから、アタシもどう説明していいかわからない意味不明な感情だから、バカみたいだけどね。かっこ悪いし、ダサいけど。子供みたいに拗ねてるのかもしれないわね、……こんな自分を誰にもバレたくない。

 でも、そんな偏屈に肩ひじ張ってるもんだから、そうなってくると、誰もいないのよ。

 アタシのワガママにイヤな顔ひとつせず付き合ってくれそうな、そんな都合の良いヤツなんて全然いないの。

 アタシはバカだからさ、あんな小難しそうなゲーム、すぐさま練習しないと間に合わない。そう思えば思うほど、焦っちゃって焦っちゃって、皆の前では普段どおりを装ってはいるけれど内心冷や汗で水たまりが出来そうなほどだった。

 ならば先生の一人や二人、ネットの世界で見つけてやるわとスマホでも検索してみたけれど、教えて下さいって頼んだ先が、なんか胡散臭い出会い系もどきみたいな輩だったら最悪だし、やっぱり出来るだけ身近な人が良いけれど、でも、都合の良い条件を並べれば並べるほど、選択肢が狭まって候補が居なくなる。

 ぐぬぬ。どうすりゃいいのよ。手詰まりじゃない。


 とまぁそんなときだったわ。


 誰でも良いからお願いします。神様仏様。なんなら宇宙人にだって願うから、どうかこのアタシを助けて下さい。

 もう自分でも神頼みしかないほどに追い詰められた先に、――やっぱり、神も仏もいるのよね。


 ……それが聞こえてきたのは、偶然だったとしか思えない。


 友人達との会話の間で、ポツリと、ほんとにポツリと、その隙間を縫うように例の一文が聞こえてきたのだ。


『週末の大会は、お前も全力だろ』


 ――はっとした。


 え? 今なんつった? 今のアタシは大会って言葉に敏感で。

 続けて聞こえたのが例のカードゲームの名前。……その時のアタシは全身に雷で打たれたかのような衝撃を感じたわね。

 キター! バンザーイ!! 頭の中ではもうひとりのアタシが踊り狂って大騒ぎよ。

 声の先には、男子が数人楽しそうにたむろしていて、あまり絡んだことのないオタクグループだったけど、ここまでワードがそろえば、もはや確定でしょ。間違いなくあの男子たちは例のカードゲームの話をしている。

 教室じゃなかったら、きっと全力でガッツポーズ決めてたと思う。それくらい、アタシは喜びに震えたわ。

 そうよ。いるじゃない。このクラスには正体不明のオタク達がいる。

 自分だけの繋がりの中で探そうとしていたのだから、そりゃ毛色の違うコンテンツには苦労するってモンよね。

 そうよ。そうじゃない。妹も、すごい人数があのゲームをやっていると言っていたし、それならあのオタク達の中に、例のカードゲームをやってる奴のひとりくらいいるはずよ。


 しかも、見れば昨日のキモオタもいるじゃない。


 そういえば例のアイス代を返す予定だったなって、その時ようやく思い出したのはナイショだけど、彼がいるなら余計に話が早い。

 昨日はアイスありがとね、助かったわ。くらいなノリでいってさ、いつもの感じで雑談から本題に入ればなんとかいける? いや、ちょっと強引かな。

 なんせ一度も絡んだことのないグループだし、どうにも向こうはアタシ達みたいな騒がしい生き物を、なんでかな、嫌っている節がある。

 キモオタには昨日の感じから嫌われてるとは思えないけど、――みんなからキモオタって呼ばれてるからアタシもキモオタって言っちゃったけど、まさか気を悪くしてはいないわよね。まぁ、イヤかどうかもついでに尋ねてみよう。

 もしイヤだと言われた場合を想像しちゃうとひどく不安になるけれど、その時は誠心誠意謝るよりほかはないんだから、とにもかくにも話してみるしかない。


 あとは、どのタイミングで切り出すかよね。


 すぐさまあの会話に飛び込んで、根掘り葉掘り聞きたいことは山ほどあったけど、強引に突っ込んで、変に距離を取られるとせっかくの機会を逃してしまいかねない。

 さすがのアタシも知ってるわ。急がば回れが重要ってことをね。

 賢いアタシはしばらくの間、いつもどおりを装いながら聞き耳を立て情報収集に勤しんだわけよ。

 まるでウワサ好きのおばさんみたいでイヤだけど、今回だけよ勘弁してね。

 でも、恥ずかしさ半分、情けなさ半分で、我ながらどうしようもなかったけれど、やるだけの価値はあったと思う。

 聞こえてきた端々の情報からいくと、このキモオタ、カードゲームがなかなかに上手らしいのよね。

 アタシにはそのスゴさがちっともわかんないけれど、これまで何度も上の順位で目立ってきてるみたいで、周りのオタクたちは彼をメタル? 金属がどうのこうのと言って盛り上がっていたし、どうやら今回も優勝候補の一角みたい。

 オタク達の会話ってホント意味不明なんだけど、いっつもカードが強いって事は、今度の大会でも強いって事よね?

 やったやった。これはとんでもない金の卵を探し当てたかもしれないわね。

 もしかすると、アタシってば今日の星座占い一位だったまであるわね。見てないけど、きっとそうよ。ラッキーが半端ない。

 むふふと上機嫌に、昼休みになる頃には一通りの作戦を練り上げていたわ。


 まず、彼がひとりになったところを追いかけるでしょ。

(周りが居ると、キモオタ嫌がるかもしれないからね)


 次に、できるだけ目立たない場所で昨日のお金を返してお礼を言うでしょ。

(堂々とお金のやりとりなんて、変な噂が立ちそうだからね。これまたキモオタが嫌がるかもだし)


 最後に、お願いしてカードを教えてもらうの。

(これは是非とも誰も居ないところでお願いしたい。だって恥ずかしいじゃない。アタシがカードをするなんて誰にも知られたくないもの)


 完璧。

 一分の隙も無い完璧な作戦に、アタシ的にはご満悦。

 いよいよ天才かもしれないわね。イヤーまいったわ。能ある鷹がほんの少し爪を見せちゃったってとこかしら。


 そして、――なんだかんだとタイミングをうかがいつつも、気がつけばあっという間に放課後なわけよ。いやはや、ウケる。


 あぁもう。と、ほんと久しぶりに唸ったわよ。

 なんで、あのキモオタはひとりにならないのよ。

 計画通り行動に移そうにも、朝から晩までベタベタと、いつも誰かしらが近くに居るのはどういう了見なわけ?

 どうにもマンガの話で盛り上がってたみたいだけど、そんなに面白かったのなら気にはなるわね。

 でもさぁ、鬱陶しいのよ、離れてよ。誰々タソが可愛いのはわかったから、マンガの話ならいつでも出来るでしょ? そもそもタソって何? くんとかちゃんならわかるけどタソ? あと、キモオタが明らかに不機嫌顔でダンマリ決めこんでんだから、何があったか知らないけれど、友達ならベラベラと早口で語る前に、そこも気づいてあげなと言いたい。

 いざアタシが彼の取り巻きを睨みつけようとするたびに、キモオタ自身も何を感じ取ったのか抜群のタイミングでこっち見てくるし、不自然に目を逸らしたりで大忙しよ。やりづらいったらありゃしない。

 何度かこっちから行ってやろうかとも考えたけど、でも、練りに練ったあの作戦どおりにやるならば、彼をひとり、人気の無いところに呼び出すわけじゃない。そんなの周りから見れば、アタシが告白するみたいに受取られてもおかしくないわけよ。


 じょ~だんじゃない!


 別に、あのオタクグループがイヤだとか、あのキモオタの事がキライってわけじゃないわよ。

 でも、どんなに否定したとしても、それこそ噂が噂を呼んで、最終的にはアタシがカードをやるって事が皆にバレかねないじゃん。

 アタシはね、今、この一瞬だけカードをしなければならない、ただそれだけなのよ。

 これから先、そのことで周りからチクチクいじられ続けるのはゴメンなわけ。


 ――だからよね。それから先の事は、アタシも反省してる。


 さぁ帰ろーって、放課後の誘いを適当な嘘で断ってさ、見たら、どんな速さよ。教室にキモオタの姿はもう無いし、うそでしょ、さっきまでいたじゃん。

 こなくそ逃がすもんかって昨日のコンビニまで猛ダッシュ。でも、大慌てで先回りしたらしたで、このクソ寒い中、待てど暮らせど彼は来ないし。

 だからオタクって苦手なのよ。

 あんなにさっさと姿を消すんだもん、てっきり用事かなんかあってさ、チョッ速で家に帰らなきゃなのかなって思うじゃん。なんで来ないのよ。意味もなくあんなに急いで教室を出たの? なんで? アンタは別の惑星に住むエイリアンかっての。マジで行動が読めない。


 あぁもうと、今日何度目かわからない唸り声。


 だってさ、やることなすこと全部空回りでさ、やきもきしながら待ってる間に、なんだかどんどん気恥ずかしくなってくるし。

 いや、だってさ。放課後に男子の帰りを待ちわびる女子とか、そんなん恋愛マンガじゃん。やってることが恋する乙女じゃん。はずっ! アタシはずっ!


 そんな浮ついたさ、意味不明な頭お花畑状態なんだもん。いざ彼が来たとなったらもうメチャクチャよ。

 はじめは何事もないフリしてたんだけど、実際のところ、心臓バックバクで吐きそうになってるし。

 自分でも意味わかんないのよね。別に告白するわけでもないくせにさ、変に恥ずかしがってさ、無駄に緊張してさ、あげくには彼を振り回しちゃってさ。


 ――ホントはね、お礼の内容だとか、話しかけるシチュエーションとかさ、もっといろいろと考えていたのよ。ウソじゃないからね。


 何度も言うけど、言い訳ばっかで、どうしようもないんだけど、でも、アタシ頑張ったのよ。

 ちゃんと昨日のお礼をして、お金を返して、それから真面目にお願いするつもりだったんだから、それだけは信じてほしいわ。

 結果はあんなだったけど、それでも、アタシ頑張ったんだから。ねぇ、だからよろしくね。


 ……何度も歩いた家までの道。通い慣れたコンビニ。全く知らないカードゲーム。そして、昨日はじめて話したクラスの男子。


 熱くなった頭ががそろそろ気恥ずかしさで茹で上がりそうな中、もう辺りは良い感じに夜を迎えそうな空で、


「アタシに、カード教えてくんない?」


 いい? アタシはホントに頑張ったんだからね。


 すっごい恥ずかしかったのに、精一杯、言葉を絞り出したんだからね。


 こんなシチュ初めてなんだから。いい? そこんところ、ちゃんと汲み取ってよ。マジで。


 その時の目をまん丸にした彼の顔と、ポチ袋を微かに揺らすアタシの震えた指先に、さっきから続くとんでもない緊張は、しばらくの間、止まってはくれなかった。


「……誰にも内緒でさ、その、出来るだけふたりっきりで」










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― 新着の感想 ―
[一言] 打算100%と思ったら実際の態度が割と乙女で良いなw
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