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第5話 へー、オタクの趣味って金のなる木じゃん ①







 あのさ。ダサい言い訳ばっかになるかもだけど、アタシにだって言い分ってのはあるはずなのよ。


 だって、アタシ頑張ったんだもん。


 今思い出しても恥ずかしいったらありゃしない。

 普段なら絶対にあんなことしないし、でも、あの子のためにってメチャクチャ勇気振り絞ってさ、ガムシャラにやったんじゃん。

 だから、言い訳くらいはしていーじゃん。むしろさせてよって話なわけ。

 確かにさ、まずったなーって気持ちはあるわよ。普段ならもうちょっと上手くやるし、今更だけど、強引すぎたかなって思わないでもないわ。

 でもさ、仕方ないじゃない。

 相手の都合を考えてないと言われればそうだけど、だってアタシもいっぱいいっぱいでさ、あぁいう風にしかならなかったし、出来なかったんだもん。


 だからこの話はヤメ。もう終わったことじゃん。大目に見てよ。


 あと少しで今日が終わる、そんなとっくに電気を消した自分の部屋で、あとは寝るだけだっていうのに、あー、イヤんなるわね。放課後のあの出来事が頭を離れず、いいかげんにしてと言いたくなるようなモヤモヤに襲われっぱなし。


 もう、朝っぱらからあんなの見たのが運の尽きよね。


 そもそも昨日のうちに用意していれば良かったんだけど、次の日でも良いかなって、――その時点で今日という日のこのハチャメチャは約束されてたのかしら。

 アタシはさ、ただ昨日借りたお金を返さなきゃって、でも、そのままお金を返すって何か下品じゃん。せめて可愛い袋くらいには入れなきゃって、たしかどっかに可愛いポチ袋あったなって、ただそれだけだったんだけど、まったくもういやになる。……見ちゃったのよね。

 リビングでコソコソと、どっかの可愛い妹が椅子に座って何かしてるのよ。アタシは絶賛ポチ袋を捜索中だったからね、視界の端にたまたま見えたって程度のことだったんだけど。

 机の下で隠すように愛用の財布を開けて、間違えなくお札は入ってなかったわね。チャリチャリと小銭の音を鳴らせて、ふぅと、可愛い顔で困ったように溜息つくわけ。


 はぁ? ちょっと待ちなさい。何その溜息は。


 あの子はね、病気になってから困り事や悩み事を隠すようになって、――アタシはそれが気に入らない。

 以前も今日と同じようなことをやってた事があって、その時はどうしたのかなーってくらいのノリで終わってたんだけど。

 どうもさ、なんて言ったかな。名前は忘れちゃったけど、その当時、小学生に流行ってたキャラクターの色ペンセットみたいなヤツがあってね。

 それがあの子としてはすっごく可愛くて、ホント欲しかったみたいなんだけど、でもそれがちょっと高くてさ。どうやらママ達におねだり出来なかったみたいで。

 女子ってさ、グループ内でそれを持ってないとダメっていうメンドーなところが多々あって、困ったことにウチの妹だけがそれを持ってなかったみたいでさ。

 次の休みだったか、せっかく友達が遊びに誘ってくれたのに行かないって言うの。

 どうしてって尋ねたら、それを持ってないから。ひとりだけ持ってないとみんなが気を遣うから、だから行かないって。

 アタシ、そこでようやくそのことを知ってさ。なんで、相談しないのって、アタシもこんな性格だからさ、欲しいなら欲しいって言いなよって、パパやママにお願いするのはタダじゃんって。今思えばちょっと威圧的な言い方だったかもしれないわね。

 でもさ、そしたらあの子なんて言ったと思う?


『いっぱい迷惑かけてるもん、言えないよ』


 すっごく悲しそうにさ、諦めたように笑うの。しかも、


『私のせいで、たくさんお金かかってるもん』


 だから、いいの。言わないの。って、……何よそれ。


 その時はじめてよね。可愛い妹に心底ハラワタ煮えくりかえってさ。もうアタシさ、カチーンときて、気づいたら怒鳴り散らしちゃってた。

 滅多に聞かないアタシの大声に両親ともどもすっ飛んできてさ、妹はギャン泣きしてるし、アタシは顔真っ赤にして怒鳴ってるしで、目を白黒させて、どうしたのって聞いてくるけど、もう、アタシは止まんないわよ。

 部屋着にサンダルで外飛び出してさ、お年玉貯金全部下ろして、妹の欲しがってたヤツ、どれが良いかなんてわかんないから、あぁ面倒くせって、全部買ってきて。

 帰ってそうそう言ってやったわ。泣きながらあの子は謝ってくるけど、勢いついてるから止まれないわよ。


『欲しいのは欲しいって言いな! ダメならダメって言うし! ウジウジするのは絶対禁止だから! もし、またさっきみたいな事言ったら、借金してでも今日みたいに全部買ってくるからね!』


 たぶん妹も、その時、


“あ。ウチの姉ヤベーヤツだ。そのうち、勢いで取り返しのつかない事やってしまうぞ”


 くらいには思ったんでしょうね。


 だからさ、その一件があってからはある程度の相談事はしてくるようになってきたんだけど、そうはいってもあの優しい性格だもん。まーたあの子はくだらない隠し事でもしてるんでしょうね。

 アタシもさ、何でもかんでも教えろって言ってるわけじゃないの。

 そりゃヒミツのひとつやふたつくらいあって当然だもん。でも、『自分のせいで』とか、『私はこんなだから』って、そういう後ろ向きなのが本気で許せないだけ。

 いつ、アタシ達家族がアンタのせいで迷惑したとか苦労したとか言った? 言ってないわよ。思ってないもの。

 むしろ、いっぱい努力してキツいリハビリ続けてさ、たしかにまだほんの数歩かもしれないけど、それでもちょっとずつ歩けるようになってきたわけじゃん。そういうの見てさ、毎回泣きそうなほど感動してますよアタシ達は。

 今だって、どうせ欲しいものがあるんでしょ。でも今月のお小遣いじゃ足りないなとか、どうせその程度のくだらない悩みでしょ。

 まったく、呆れて言葉が出ないわ。

 そんなの言いなよ。毎日がんばってるんだから、ご褒美みたいなもんじゃん。バチなんて当たらないわよ。

 アタシを見てみなさい。昨日、同級生から借りたアイス代、結局ママにおねだりしたんだからとんでもないヤツよ? それに比べりゃアンタのお願いなんて可愛いものよ、家族みんなが協力するわ、絶対にね。

 だから、仕方ないわねと心の中のお姉ちゃんスイッチが入る。このスイッチは妹の可愛さや頑張りに応じて強制的にONになる。

 アタシではどうにも止められないのが欠点だけど、


『――次のお小遣いまで待てるなら、協力してあげるわよ』


 ヒャッと。抜き足差し足忍び足で背後に回り込んだアタシに、妹は可愛い声を上げた。


 思えば、この行動が運命の分かれ道だったのよね。


 数日前に一緒に行ったセレクトショップで、いくつかの帽子に目を輝かせてたから、アタシとしてはきっとその中のどれかが欲しいのだろうと山を張って、あのお店って結構リーズナブルでさ、お財布にも優しいもんだから、あれくらいならお姉ちゃんに任せなさいよと『何が欲しいの?』って訊いたわけ。

 はじめはあの子も遠慮してたんだけど、アタシが少し強引なのは知ってるからね。早々に観念したようで、おもむろにスマホを操作して見せてきた画面に、――流石、アタシの妹ね。一筋縄でいかないのはきっと血筋だろう。


 まぁ、簡単に言うと女の子的には残念なモノが映し出されていた。


 そこには某フリマサイトが。アタシもたまーに眺めたりはするから初見ではないのだけど、――この映った内容が良くない。


『あのね、今ね、一番このカードが欲しくって、それで……』


 なーんだ。と。


 露骨にイヤな感情が胸に湧いたけど、大丈夫かな。顔に出てないわよね。

 こんな感情、あの子にとってはお門違いもいいところだけど、……つまんないなぁって。ファッション関係だと考えてたぶん肩すかし。


 あーぁ、まーたカードかってね。


 アタシはカードゲームなんてさっぱりだからさ、お金使うのもったいねーと毎回思っちゃうんだけど、ヒトの趣味に直接どうこう言うのはダサイってのも同時に知ってるからね。

 がっかりと言えばがっかりだけど、良い方へと考えれば、あんな紙切れくらいその辺のハンバーガーセットより安いだろうから、そうね。今回は出費が少なくてラッキーだったと、うん。そういう事にしときましょ。


 なんて、アタシの中では勝手に楽勝ムード漂ってたんだけど、そこに表示された金額に、


『ひょっ!?』

 

 とっさにアタシの喉から変な音が出た。

 だって、見れば見るほどそこには、


『はっ! はっせんごひゃくえん!?』


 ――目を疑うような金額が書かれていたのだから。


 この紙切れが8500円!? おいおいおい、こんなの即通報でしょ! 詐欺じゃん! オレオレなんとかじゃん!! ウチの妹、いいカモじゃん!!

 狼狽えるアタシの隣で、妹の形のいい瞳がキラッキラに輝いた。


『そう! ビックリだよね! 安い!!』


 高いわよっ! ばかっ!!


 声にこそ出なかったが、頭の中のもうひとりの自分が、間違いなく悲鳴を上げた。

 見れば、同じカードがいくつも出品のある中で、確かに妹の言うように一番安いのがこの金額だった。

 だからといって、この値段はダメでしょう。それに、安いってアンタ。


『これが2枚欲しくって』


『にまいっ!?』


 ウソでしょ!? 2枚!?


 久しぶりに頭がクラクラした。

 そりゃ服ならそれぐらいするのはザラだけど、妹の欲しがっているのは例のカードゲームで、それでいてたったの一枚でこの値段。それがあろうことか二枚とな。


『あのね、先週までね、平均相場が1万円超えてたんだけど、ようやく落ち着いてきたみたいなんだ』


 鼻息荒く、このカードがいかにすごいのかを妹は力説してきたが、ひとつも頭には入っちゃ来ないわよ。


『あのさ――』


『――絶対、今期の環境で大暴れする1枚だからね、買えるうちにが板』


『あ、はい。そうなんだ』


 アタシの言葉なんか聞いてはいないのね。

 かぶせ気味に飛んできた言葉は半分くらいが意味不明だったけど、なによりもお金の価値観が違いすぎて、この子の将来をこんなアタシが心配してるのだからアベコベだ。いよいよ笑えてくる。


『お小遣いじゃ買えないなって諦めてたんだけど、』


 妹は椅子に座ったまま、アタシの腰の辺りへ抱きついてくる。もちろん百万点のプリティースマイル付き。


『おねえちゃん。ありがと、大好き』


 続けて言われたこの言葉が、ひぃい。ガワイイヨォ……。


 ――ズルイわよね。この一言が、何を隠そうアタシに対しての最高の殺し文句なわけよ。


 これを言われちゃうと弱いのよ。なんでも言うこと聞いちゃうんだから、手のひらでコロコロされちゃってるわね、マジで。

 そりゃ、お姉ちゃんにだって意地はある。一度約束したんだから破るのはダメだし、なによりも妹の喜ぶ顔が見たい。


 でもさ、あのさ、今回ばっかりは、ねぇ?

 なんだかんだと言ってもさ、物事には限界ってある訳じゃん?


 あぁ、どうしたもんか。このままではアタシの来月のお小遣いが一瞬で蒸発する。

 どうしよう。どうしよう。高すぎる。なんだか頭が痛くなってきた。

 ホントは、却下。って、もっと安くなってからで良いじゃん。今買うのは損するかもだよって、その手の文言がもう喉元まで出かけたんだけど、聞けばそのカード、今の時期にカードの大会? たぶんフェスってことかな? そこでしか手に入らないから、希少価値がうんぬんかんぬんのどうたらこうたらで、これから先、高くなる可能性のほうが大きいみたいなのよね。

 だからってカードにこの金額って、ねぇ。それともこのゲームってそういうもんなの? どうなの? アタシがおかしいの? 

 ていうかちょっと待って。なに、どういうこと? そもそもの話、このカードゲームって、イベントで金券配ってんの? 1枚何千円って意味不明なんだけど。オタクの趣味ってヤバくない? ねぇ、それなら毎回行けば億万長者じゃん。やべ、アタシとんでもいない財テク発見したんじゃね? ねぇねぇ、わざわざ買わなくても、そっちの方がお得なんじゃ――


『でも、優勝しないと手に入らないし、それに、ね……』


『あ、』


 ……アタシはさ、別に何か言いたかったわけではないの。


 ただ、それならそのイベントに行けば良いじゃんって。タダでもらえるんでしょ? そっちが安いしお得だねって、そのくらいにしか考えてなかった。

 でも、デリカシーに欠けた一言だった。猛反省だ。恥ずかしくなる。自分の足に視線を落とし、困ったように笑うもんだからさ、妹のその顔に、ダメじゃん。これはアタシのせいでさせちゃった顔じゃん。

 足のせいで、周りに迷惑かけるからって、妹が言わなかった言葉を言わせてしまったようなものだ。

 ゴメンね。とは言えない。それを言ってしまったら、妹に言い訳を与えてしまうことになる。アタシはね。絶対に、この子が自分を理由に諦める姿は見たくないし認めない。

 だから、そんなときこそ姉の出番なんだ。


『……前言撤回よ』


 ホント、これっぽっちも解決策なんて、なーんにも考えてなかったんだけど、その姿に脊髄反射よね。

 来月が、この子の誕生日だってのもたぶんアタシの背中を押したのかもしれない。


『これ、誕生日まで待てる?』


『え?』


 出ちゃったのよ。無駄に自信満々な笑顔貼り付けてさ、言葉が勝手にするすると。


『お姉ちゃんにさ、ぜーんぶまかせときなって』








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― 新着の感想 ―
[一言] お姉ちゃん、最初から買ってあげる前提なの凄くわかるぞ… (4人兄弟の長男なんで)
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