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第4話 僕と、あの子と、ポチ袋 ②








 不意打ち気味の声かけに、飛び上がりそうになったのはナイショだ。


 昨日と同じコンビニで、昨日と違い制服姿の少女はこちらに向かって呆れ顔。

 スマホを片手に、背中まであるミルクティーブラウンの毛先が少しだけ風に揺れる。

 あいかわらずふてぶてしい態度なのだが、それよりもなによりも、まずスカートが短い。そこから覗く細く長い足が、こんな夕暮れ時だというのに眩しくて仕方ない。

 教室ではこんな距離で相対できないからさ、その健康的ないやらしさに狼狽えかけたけど、でもここで取り乱せば僕のキモさは青天井。ぐっと我慢に成功し、平静を装った自分の偉さに感謝状を贈りたいほどだ。


 彼女は手に持ったスマホへと定期的に視線を落とし、


「今日も寒くね?」


 挨拶代わりだろうか、さっきも気軽に『よっす』と手を上げてきたが、――昨日は返事が遅れて怒られたんだ。同じ轍は踏まぬよ、ワトソン君。

 当然すぐさま何らかの返答をよこすべきだけど、――昨日から続く仕打ちが、ちょっとだけ腹に据えかねてたんでね。伝われ僕のこの怒り。逆張りで、返事はしてやらない。


 今日一日、あれだけ無視してくれたんだ。今更何のようかは知らないけれど、陰キャがいつも優しいと思ったら大違いだ。

 いいか、陰キャにだって、性格の悪いヤツは一定数いるんだからな。

 中には陽キャに復讐してやろうと、虎視眈々と牙を研いでいるヤツだっているんだ。

 たとえ、美人でスタイルも良くて、それでいて明るい女子が気さくに声をかけてきたとしても、『あ。もしかしてコイツ、僕のこと(トゥンク)』みたいなお約束、全部無視して噛みついてくる事だってあるんだからな。


 いいか。僕だってそうだぞ。


 仮に昨日のお金が返ってきたとしても、もはや遅いんだからな。いつもヒトの顔色うかがってはヘコヘコしてる僕だけど、怒るときは怒るんだぞ。

 陽キャ特有の妙に近い距離感だとか、女の子の良い匂いだとか、いちいち惑わされ――あ、ゴメン、ちょっと待って、顔がすごく良い。可愛い。


 彼女がカバンの中を弄りながら近づいてきたと思ったら、もう、肩の当たる距離。


 この子はこんな近くで何がしたいのか。

 ほんとゴメンナサイ、この距離でなお映える顔面の造形美とか、近い近い近い、刺激が強すぎて気が狂う。

 珍しく人通りのまばらなコンビニ前で、学校ではあれだけ距離を取ってきたくせに、今はこんなにも詰めてくる。


 なんだなんだ。一体何がしたいんだ。


 日中の、メチャクチャ塩分濃いめな対応からの距離感イカれたこの近さ。なにこの接近。こんなの恋人同士の距離感じゃん。

 ココまでの落差を見せつけられたら、もはや別の進化を遂げた生態系の違う生き物としか思えない。


 ダメだ、これ以上はオタク特有の勘違いが発動しちゃう。


 ええい、こっちが離れてくれるわ。と、後ずさるように距離を取る。

 これだから陽キャは苦手なんだ。何を考えているのか読めない。

 脳内に湧きはじめた桃色の空想を振り払い、さてはお前、彼女の偽物だなと、混乱に混乱を重ねた脳みそがスパーク。奇天烈な解答を出したときだった。


「ほい」


 まさかと思った。

 まさかと思ったけど、彼女がフランクに、かつ、僕の鼻っ面に出してきたのは、桃色の可愛いポチ袋だった。


「昨日はありがとね」


 夕暮れ時の、寒い寒いコンビニ前で、彼女がそう言って可愛いポチ袋を手渡してきたもんだから、――いったいどういうつもりだ。

 この子は何を考えている。予想外の行動を見せられたんだ、こっちが必要以上に身構えるのは仕方ない。


「いらん?」


「いやっ」


 いるけど。でも。


 この袋に入れるモノと言えば、アレしかないよな。

 見ればお年玉と印刷されているし、お正月に使った残りが家にあったのだと、容易に想像できる。

 でも、とっさに頭に浮かんだのは、イタズラではという疑念だった。

 近くの物陰に陽キャ仲間が隠れていて、僕の一挙手一投足を笑ってやろうと構えているのかもしれない。

 だけど、そう訝しんではみたが、辺りにヒトの隠れるような所は無い。

 ならば、本当にそうなのか。彼女は当たり前のことだけど、お金を返そうとしていると、そういう事なのか。


 僕は恐る恐る手を伸ばしてみた。


 もしも、本当にお金が返ってくるのなら、それならばありがたい。疑った分だけ、諦めていた分だけ、心からありがたい。

 こちらがありがとうというのはおかしいけれど、助かった。


 そうだよな。そうなんだよ。


 こんな美人な子が、学校というあんな目立つ空間で、僕みたいな陰キャに接触してくるわけがないんだ。

 彼女にメリットなんてないもんな。へんな噂でも立ってみろ、逆にひがみや妬み、やっかみが僕を襲ってくることだって考えられるわけで、そうなればこっちも病みかねない。


 おぉ神よ。この腐れて汚れたゴミ色の心を許したまへ。よよよ。


 さっきまでのわだかまりも僕の荒んだ心の生み出した負の産物。美人の同級生を信じることの出来なかった恥ずべき行為だったというわけか。

 これでいつもの生活に戻れると、その時の僕は手放しで喜んだ。


 つかみかけた僕の手から、ひょいっとポチ袋が離れる、――まさにその時までは。


「ちょっと、お願いあんだけど」


 彼女はポチ袋を空高く上げたまま、聞き覚えのあるワードをぽつり。そして、どこか罰の悪そうな顔をした。


 どういうつもりだと、きっと僕の顔が引きつっていたからだと思う。


 おそらくは陰キャが慌てる様を見て笑いたかったのだろうけど、当てが外れた。まぁ、そんなところだろう。

 普段の僕ならお望みどおりの対応だったかもしれないが、――目の前にぶら下がったニンジンに飛びつくと、小馬鹿にするように、すんでの所で見事に跳ね上がったのだ。これで気を悪くしない奴がいれば、ソイツは真性のマゾだ。間違いない。

 それに、またもやお願いとはどういう了見だ。

 いささか面の皮が厚すぎるのではないか。いいか、まずはふざけてないでその金を返せ。

 返したとしても、お金はもう二度と貸さないぞ。モノも貸さない。むしろこの瞬間に、この子のことがちょっと嫌いになった。

 こんなもん、陽キャがよくやる陰キャいじりじゃないか。くだらない。どこまでいってもお前らはそういう生き物だな。改めて勉強させてもらったよ。ありがとうございます、だ。


「あのさ、その、」


 辺りを見回すようにして、おどおどした様子で彼女は口を開く。


 らしくないな。


 何を警戒しているのだろうか。ここには今、陽キャの貴女様と、陰キャの私めしか居りませんよ? 

 でも、彼女がどうであれ僕の知ったことでは無いし、もちろん返事なんかしてやらない。ただ、言いたいことだけ聞いてやるだけだ。なんなら驚いてやるのも一興かな。 

 ほら、どうした。いつものように上から見下せよ。得意だろ? そういうの。


 完全に斜に構え、臨戦態勢の僕をどう見たのか、彼女は意を決したような、それでいて場違いなほど大袈裟な深呼吸のあと、……ポチ袋をもう一度突き出すと、こちらの目を見て言った。


「アタシに、カード教えてくんない?」


 ――やはり、彼女は別の進化を遂げた生命体なのかもしれない。


 これ。と、顔の前、続いて見せられたスマホの画面には、見覚えのあるTCGのサイトが。


「アンタ得意なんでしょ」


 会話とは、距離の取り合いから始まって、それでいて関連付けた内容を展開させていくものだと考えていたが、どうやら彼女においては違うらしい。

 高低差のつきすぎた内容にムリクリ感情が引っ張られ、僕の情緒は一瞬で振り回された。


 何度も歩いた家までの道。通い慣れたコンビニ。やりこんだトレーディングカードゲーム。そして、昨日はじめて話した可愛いあの子。


 空っぽになった脳が無意識に逸らした視線の先は、もうそろそろ夜を迎えそうな空で、


「誰にも内緒でさ、その、出来るだけふたりっきりで」


 その時の真っ赤に染まった彼女の顔と、ぽち袋を微かに揺らす震えた指先。せっかく振り払った桃色な妄想が、再び迫り来る気配を感じる。


 ビショウジョト、ナイショデ、フタリキリ。


 ラブコメ好きの僕の意識は、多大なパワーワードの光を浴びて遙か彼方。何を言うでもなく、ただ、宇宙と交信しかけていた。










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