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第3話 アタシはいつもこう言うの。どうだ、カワイーでしょって。









 薄暗い廊下の先。お風呂から上がると、突き当たりの部屋から灯りが漏れていた。


 床を走るその一筋の細い光の帯。濡れた髪をタオルで拭きながら、またかとアタシは小さく舌打ち。

 もうとっくに約束の22時を過ぎているはずだ。

 遅くまで起きているのはダメだと言われていたはずなのに、それなのに、あの子はまたママとの決め事を破って、アレをやっているのだろう。


 ほんと、何が面白いのだろうか。


 もう二年くらいは経つかしらね。なんと言うのか商品名は忘れたけれど、どうにもウチの妹は、とあるゲームにそれこそどっぷりハマっているのだ。

 流石のアタシもアレがカードで遊ぶものだとは知っている。そりゃアタシだって、トランプやUNOは大好きだし、友達みんなで一日中盛り上がるときだってある。

 でも、あの子のやっているカードゲームはちょっと違っていて。


 あの子が今熱中しているゲーム。それは、俗にいうオタクが遊ぶヤツだ。


 マンガやアニメみたいな絵柄で、ロボットや気持ちの悪いバケモノ、たまに可愛い動物もいるかと思えばエッチぃ女の子なんかもいる、その他諸々のごった煮のような変なヤツ。

 しかも大人数でワイワイやるヤツじゃなく、――ひとりパソコンの前で飽きもせず何時間でもペチペチペチペチ。

 書かれた数字や文字で戦うらしいけど、色々なカードを机の上で行ったり来たりさせ、呪文のようにブツブツと繰り返す文言もちんぷんかんぷんの意味不明。アタシにはちっとも理解できない。


『あのねあのね、コレが自分の場にあるときにね、この子を使うと相手の手札に強力なロックがかかるんだよ』


『え、なに? 強烈なロック? ロックンロールとかガチすぎてヤバいヤツじゃん』


 今のカードは音が鳴るのか。いかちー。


『でもピン挿しなんだ。ガン積みしたいけど、すっごく高くて手が届かない』


『え? ヘアピンにもなんの? しかも高いんだ』


 奇抜なアクセに高価なヤツが多いのは知っているけれど、そうだとしても、カードをヘアピンにするとか、オシャレ上級者すぎる。


 こんな感じで調子の良い日はカードを片手に鼻息荒く、難解なワードを並べてくる。

 そういう時のあの子はホント目をキラキラさせてるんだもん、好きだという感情がダイレクトに伝わってきて、邪険になんて扱えやしないわよ。

 そーなんだ、なるほどねーと、わかりもしないくせに結局最後まで聞いてしまう。

 いつもは物静かでおしとやかな子なんだけどなぁ。どこであんなもの見つけてきたのだろうか。


 もう何度目になるかわからない、深い溜息をついてしまう。


 まぁ、もとはといえば、ほんのちょっとアタシのせいでもあるんだけど。

 あの時はがむしゃらだったし、今でも妹にとってはあの対応が正解だったと言い切れる。

 でも、そうは言っても他の方法もあったんじゃないかなぁ、なんて、今さら、後悔している自分がいた。


 はじまりは、あの日。


 妹がアタシの部屋でこぼしたあの一言。

 もう寝る時間だというのに、『お姉ちゃん』って、どこか恥ずかしそうにモジモジと。申し訳なさそうに扉を少しだけ開けて、


『あのね、私、これがやってみたいの』


 アタシさ。もう泣きそうになるくらい嬉しかったんだ。

 あの日以来、久しぶりに話しかけてくれて、しかも、何にも興味を示さなくて毎日部屋に籠もって泣いてばかりいたあの子が、自分からだよ。やりたいって。手伝ってって。そう言ってきたんだもん。

 その時、あの子の口から出たのが、今も熱中するあのカードゲーム。

 まだ小学生だった妹が、はじめたいけどよくわからないと、真っ赤な顔とたどたどしい言葉で、もともと控えめな子だもん、勇気を振り絞ってるのなんてすぐわかったわ。

 そんな健気ではかない姿見せられたら、全国のお姉ちゃん達ならわかってくれると思うけど、二つ返事で『ぜーんぶ、お姉ちゃんに任せなさいっ!』一択よ。


 なんならちょっとだけ涙ぐんでたすらあるわ。


 だって、アタシなんかじゃどうにも出来ない困難に、あんな細くて小さくて優しい子が苦しんでんだよ。

 何度、代わってやりたいと願ったことか。何でアタシじゃないのかと神様を恨んだりもした。

 そんなあの子が、アタシを頼ってきたんだもん。

 何をやりたいのか、それがどういうものなのか、これっぽっちもまっっったくわかんなかったけど、サイトのアカウントを作るくらいお茶の子さいさいだし、ルールもアタシはさっぱりだったけど、調べたら掲示板で教えてくれるって話だったから、ちょちょいのちょいでオナシャースとペタリ。


『アカウント名は何にする? 本名はダメだからさ』


『? ダメなの?』


『ダメなんだなぁ、これが』


 名前だけはちょっと大変で、どうしたもんかと悩んでみたものの、アタシなんかがそう賢い名前なんて付けらんないからね。

 ちょうどその時、二人並んでアイス食べてたってのもあるけれど、


『バニラって無敵なわけじゃん?』


『うん。バニラが一番好き』


『じゃぁ、これっきゃないでしょ』


 結局、アタシの決めた名前で今も遊んでるみたいで、こっちの趣味全開な名前だからさ、そのうち変えるだろうななんて思っていたぶん、気に入ってくれたようで名付け親としては少し嬉しかったりもする。


 それからは、少しづつだけど元気になってくれて、どうやら例の掲示板で仲の良い友達もできたみたい。

 あんなゲームをしてるやつなんて、変な男ばっかりだろうなってダメな決めつけがアタシの中にはあったからさ、それに、あの子ってちょっとフワッとしたとこあるもんね。


『友達ってどんなひと?』


『えへへ、内緒』


 何度聞いても、あの子は教えてくれないからさ、そうなると、クソみたいなヤロウじゃないだろうな。ウチの可愛い妹に変な事しやがったらタダじゃおかないからな。なんて、こっちとしても気が気じゃなかったけれど、


『とっても優しくて良いひとだよ』


 妹は、そいつの事をまったく教えてくれないんじゃなくて、どうやら向こうが適切な距離をとってくれているようで、実際のところ、お互いに名前も顔も知らない間柄らしい。

 ほかにもいろいろとあの子にネットリテラシーだっけ? その辺のことを教えてくれているようで、なかなか良いヤツじゃん。


 いや、違うわね。良いヤツどころの話ではない。


 どこの誰かもしれないけれど、もしどこかで会うことができるのなら、アタシはその人にどうお礼をしたらいいのだろうか。土下座、は違うだろうけど、本当に感謝しきれないくらいの感謝をしている。

 それまでは妹が元気になってくれるなら、笑ってくれるならって、必死でいろいろやってきたけどさ。どれもこれもてんでダメ。

 途方に暮れていた時だったからこそ、このゲームと、その掲示板で知り合ったその友達って人のおかげで、あの子が以前みたいに笑ってくれるようになって、家の中がようやく元通りに明るくなっていって。

 パパもママも隠れて泣かなくなったし、姉妹での会話も増えた。

 良い事づくめじゃん。やった。バンザイ。神様アリガトー! 今日からようやく元通り。仲良し家族のハッピーな毎日が戻ってくると小躍りしたわよ。


 とまぁ、ここまでは良い話。


 変な前置きのわりに、たいして悪い話には続きはしないけど、ほんと、人間って勝手な生き物だよね。

 なんとかも喉元過ぎればなんとやら、――時が経つにつれ、少しも問題がないわけではなくて。

 そりゃ、あの子は元気になってくれたし、アタシとしては今の状況を好ましいとは思っているけれど。


 廊下の突き当り――妹の部屋に向けて、わざとらしく足音を立てながら近づいていく。


 これは、可愛い妹への姉なりの助け舟だ。

 アタシが部屋の扉を開ける前に一切の痕跡を残さず綺麗サッパリ片付けていれば、特に何を言うつもりはない。

 だけどもし、いつものようにカードで遊んでいるようなら、姉として雷のひとつでも落としてやるべきだろう。

 だって妹は、カードで遊ぶのは22時までだと言われているんだもん。

 先日も、遅くまで机いっぱいにカードを広げ、あーじゃないこーじゃないとやっていて、親に大目玉を食らったばかり。

 普段はあの子にベロベロに甘いママだけど、叱るときはしっかり叱る。

 あの子は身体の事もあるからさ、あまり遅くまで起きているのは良くない。だからこその大切な決め事だからね、それでも破るってんなら今度こそはカードを没収されてもおかしくない。

 なにもママだって、カードで遊ぶなってイジワルを言ってるわけじゃない。

 ただ、なんでも一生懸命やる子だもん。ある程度ルールを決めないと、毎日寝不足間違いなし。

 そんなん良いことなんてあるわけないし、だから、そういういろいろ考えての約束なわけじゃん。

 アタシもさ、いくつかの約束事がウゼーっていう時もあるけど、うちの両親はヨソの家よりもアタシたち姉妹を自由にさせてくれている。

 アタシが、髪もネイルもメイクだってこんなに好き放題やれるのは、親の理解があってこそ。

 友達の話を聞いてれば、こんなに好き勝手させてくれるとこはそうそうないからさ、感謝感謝で、それならある程度の約束くらいは守って当然なわけよ。

 前回の『夜ふかしカード事件』の時は、あれだけ怒られて泣いたくせに。あのカードゲームにママたちとの決め事を破ってまで、やるようなおもしろさがあるのかねってそう思うわけ。


 扉の前で、大げさに咳払い。最後の最後、5秒ほど待ってやってあげて、一応、扉をノックした。


「……ここに、夜ふかしするカワイイ悪い子がいると聞いて」


「えへへ、優しくて可愛いお姉ちゃんが来ると聞いて」


 返事がしたから入ってみたけど、ほら見たことか。

 しっかりとカードは片付けられていたが、机の上にはゲームをするときに使うシートみたいなのが出しっぱなしだし、何よりも、


「もう。アンタ、顔真っ赤じゃん」


 妹は、あの日以来、頻繁に熱を出す。

 椅子に座ったまま『カードなんてしてませんけど?』って頑張って何食わぬ顔をしてるけど、今も、きっと無理がたたって発熱したのだろう。おでこに手を当て、あまり熱くはないが油断なんてできるはずがない。


「これは違うんだけどなぁ」


 あの子としては隠し通せると思ったんだろうけど、誤魔化そうたってそうはいかない。何年アンタの姉をやっていると思ってんのよ、甘く見てもらっちゃ困る。


「何がどう違うのよ、バカ」


 どこか上機嫌な妹の身体を、アタシはくるりと椅子を回し正面から抱きしめる。そこまで熱は感じなかったから、あって微熱といったところだろうか。あとで体温計と水を持ってきてあげよう。


「トイレとかは大丈夫?」


「うん。ありがと、お姉ちゃん」


 よいしょと抱え上げ、――こんなアタシでも支えることのできるほどに、相変わらず羽のように軽いその身体を、すぐ隣のベッドへと座らせた。

 ママにばれないうちに例のシートを机から片付けながら、アタシはいくつかお小言をくらわせてやろうかと思ったけど、


「あのね、お姉ちゃん」


 その、お人形みたいな顔を真っ赤に染めたまま、自分の足をさすり、あの子が聞いてくるんだもん。


「私って、……す、素敵なのかな」


 いったい何を言うかと思えば、アタシの口からは「はぁ?」呆れた声しか出て来やしないわよ。


 あのね。

 アンタみたいに手足が長くて肌も白くて性格も優しくて、髪サラサラのショートボブは最強だし、目なんかクリクリで顔も小っちゃくて、そんなお人形みたいに可愛い子が、『素敵』かですって?


 はぁ~、ヤんなっちゃうわね。こんなにバカバカしい質問もそうはありゃしない。


 だから、アタシは逃げるように布団へ潜りこんだ妹を、逃がすかってね。いつものように、無理やり布団をはぎ取って、覆いかぶさるように脇をくすぐりながら言ってやったわ。


「アンタはチョー素敵だって! なんたってアタシの自慢の妹なんだから!」


 やめてやめて助けてという妹の笑い声に、ママもすぐに来るだろう。


「そーいやアンタ、アタシのアイスまで食べたでしょ!」


 冷凍庫開けたら空っぽなんだもん。アンタの分も無いじゃんって勘違いして、すっごい寒い中、買いに出たんだから。


「ち、ちゃんと聞いたもん! ママが食べていいって――」


 さすがにこの時間だから、『何時だと思ってるの。早く寝なさい!』なんて、アタシもそろって怒られちゃうかもね。

 でも、これだけは大声で言ってやるわ。


 三年前のあの日、病気でちょっとばっかり足が不自由になったからって何?


 アンタはアタシにとって、かけがえのない子なんだって。昔からずっと、なんにも変わっちゃいない可愛い可愛い妹なんだからって。

 ついでに、だからどうしたと力いっぱい笑い飛ばしてやるわよ。心底、ラッキーって思ってるって。


 こんな素敵なアンタのお姉ちゃんで、アタシはサイコーに幸せですってね。








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[一言] やはり身内だったか。 続き楽しみにしてます。
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