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第2話 僕はハッキリとわかるんだ。彼女こそ電子の妖精だってね。







『なるほど、それは災難でしたね』


 いよいよ22時になろうとする頃合いに、涼やかな女子の声がイヤホン越しに聞こえてくる。


 今日も今日とて、会話の相手――本人曰く、どうやら彼女は中学生らしいが、その落ち着きある声質からか、まるで年上の女性に優しく話を聞いてもらっているかのようで、言い表せない安心感に包まれてしまう。


 ちょうど今、僕は自室のPCを前にひとり。

 手の中でカードの束を切りながら、ほんの数時間前に遭遇した災難を一通り愚痴り終えたところ。


「でしょ? 酷い目に遭いましたよ」


 そんな、彼女の優しい返答に僕は相槌を打ちながらも、同時に自分の心が癒されているのを感じた。

 高校生にもなって、コンビニで同級生の女子にたかられたんだ。男としてもこんな情けない話、本来は墓まで持って行くべきだろうけど、どうにもこの子は聞き上手というやつだろうね。いかんいかんと思いながらも、自分のダメなところを聞いてもらいたくなってしまう。


『そういう子っているんですね』


「ねぇ。困りますよホント」


 眼前のパソコン画面には相手の盤上が。


 広げられたカード専用のプレイマットが相手のセンスの良さを物語っており、色素の薄い真っ白な手が、細い指が、テキパキとその上のカードを集めていく。


 数年ほど前からTCG――いわゆるトレーディングカードゲームといわれるものはその対戦方法を変容させ、いまではインターネットを使い、カメラに盤面を映すことで遠くのプレイヤーとも対戦できる時代となっていた。


 まさに今、僕と彼女もネット上での対戦を終え、いつものようにお腹いっぱいカードゲームに興じた後の雑談としゃれ込んでいるところだった。


『でも、ひょっとするとその子、キモータさんと仲良くなりたいのかもしれませんよ?』


「まさかぁ」


 キモータとは僕の事。いわゆるハンドルネームというヤツだ。


 このTCGをはじめた頃に友人達とゲラゲラ笑いながら決めた名前だが、若気の至りとはこの事か。本音を言うと、今更ながら何でこんな名前にしたのかと後悔している。

 変更しようにも、このゲームの使用上、公式戦に出るために必要なユーザーIDとガッツリ紐付けされていて、ネーム変更=旧IDの抹消。

 そうなれば今までの獲得ポイントの消滅やらなんやらとデメリットの方が多く、もはや泣き寝入り状態。


 そういえば、このバカみたいな名前を初見で笑いもせずに呼んでくれたのはこの子が初めてだったな。このアホな名前にホトホト嫌気が差してただけに、何か妙に嬉しかったんだ。


『素直になれない女の子って、けっこう多いんですから。今日のそれもキモータさんと話すきっかけ作り、だったりして』


 ホントですかぁ?


 ちょっとそれは話を飛躍させすぎではないだろうか。

 あの同級生からはそんな雰囲気なんざ微塵も見受けられなかったけどと、こちらとしては半信半疑な生返事。

 そもそもあんな美人な陽キャが、どう間違えたら僕なんかと仲良くなりたいのか。流石にそれはないですよ。だてに長年キモオタやってないのでハッキリわかる。


 でも、相変わらずこの子は良い子だ。

 見ず知らずの女子を庇うのだから性格は申し分ない。いや、きっと容姿だって相当に可愛いはずだ。いいや、間違いなく可愛い。声の感じからも、断言できる。


「みんなバニラブさんくらい素敵だったら良いんですけどね」


 バニラブさんとは彼女の事。


 ネット上でこの女の子と出会ってもう二年くらいか。

 はじめは、このTCG初心者用の掲示板でティーチング希望の書き込みを見たのがきっかけだった。


 当時のプレイヤーデータも一番下の15歳以下で登録されていたし、このカードゲーム、競技人口の9割くらいが男だからさ、てっきり同世代くらいの男子だと思って軽い気持ちでOK出したんだけどな。

 その日、イヤホンから流れてきた声があまりにも可憐で、そうだ、当時好きだった声優さんの声にどことなく似ていたから、度肝を抜かれたんだっけ。


 物心ついたときからオタクな僕は、その頃すでに良い感じに仕上がっていてさ、こんなキモいヤツが周りの女子達にどう扱われたかなんて説明するまでもないだろう?

 日常での異性との触れ合いなんてほぼ皆無だったから、そんな時期にこの出会いだぜ。それはもう舞い上がったさ。運命の出会いだと半分くらい勘違いした。


 そう、半分だけ勘違いしたんだ。


 半分だけね。

 勘違いしなかった残りの半分は、怖いよね。どこか冷静な自分がしっかりといるんだよ。そして、無理なことはやめろと警告してくるんだ。

 そうなんだよな。そもそもが、マンガやアニメの見過ぎなんだよ。

 そんな出会いがあったところで、そう上手く事が運ぶわけがないし、それに、こんな僕だぜ。――勘違いしたところで何が出来るわけでもないだろうにさ。


 今思えば勝手な苦手意識だろうな。

 でもその時の僕は、だって、相手は女子なんだ、と。僕をイヤがるあの女子と同じ同年代の異性なんだ、と。

 イジメや嫌がらせみたいなものを目立って何かされたわけではないけれど、正直、その時の僕は、あの冷たい瞳の先にいつもいる女子という存在が理解できなくて、触れ合うことが怖くなっていた。


 だから、はじめは色々と考えるところもあったからさ。コレは無理だなと、断ろうとしたんだ。


 だけどそう言うと、向こうは『何がダメなんですか?』と純真無垢な返答をよこしてきて、ぐぬぬ。

 なぜかと問われても、こんな情けないリアルな僕の立ち位置を説明しなければならないのは当然辛いしイヤだ。

 しかも、こういうネット世界には疎いようで、どう言ったものかと黙りこくった僕に、はてさて何を感じ取ったのか。唐突に『あ、そうか。まずは自己紹介からですよね。私の名前は――』だもんな。

 僕がダメだよと止めなければ、きっと彼女のプライベートはダダ漏れだったはず。


 そうなると、ネットの世界は怖いんだ。


 個人情報なんて悪用されたらとんでもないことになるし、更には、異性とあらば見境無く手出しするとんでもないヤツらがごまんといるんだ。今ココでしっかりと言い聞かせないと、あっという間に変態犯罪者達たちからペロリ。

 そんな自分の個人情報を垂れ流しそうな危うさもあって、それを注意するとまたもや『何でダメなんですか?』と、再びのぐぬぬ案件。


 本音では面倒だと思った。彼女には悪いけど、地雷を踏んだとさえ思った。


 なんだコイツと強制的に通信を切り、すぐさまブロックすることも出来たけど、――ここまでくると、少しばかりだけど関係が出来上がってしまって、もはや他人ではない。

 こんな良い子がいつドコで酷い目に遭うかもと考えたら、もう見捨てるなんて出来なかった。


 わかりましたと僕が折れ、ありがとうございますと彼女の弾むような声。

 彼女の純粋さを汚す説明なんて出来やしないからさ、そりゃあ、二重三重のオブラートに包みながらも悪戦苦闘。

 その後の僕の全力を尽くした努力の結果、


 ①お互いに顔見せなし。絶対に個人情報は明かさない。

 ②連絡事項は全てメールでのみ。

 ③カメラの位置は固定。彼女の机の天板を、真上から映す独特の画角のみOK。


 この三つの条件を絶対に厳守するようしっかりと言い聞かせ、今に至っている。


 それからは、相変わらずお互いに顔も見たことない間柄だけど、不思議と気が合って、週に数回こうやって時間が合うと対戦&雑談を繰り返している。


『す、素敵だなんて、……もう。褒めても何も出ませんよ』


 はにかんだように上ずった声が、なんとも甘酸っぱいではないか。その少女然とした反応が満点だ。どっかのアイス女にも是非見習ってもらいたい。


『あんまりそういうことばかり言ってると、勘違いする子が出てきますからね』


 拗ねたような声色の変化に、スミマセンと笑って返す。


 でも大丈夫。それに関しては心配ご無用なのですよ。

 なんせ、僕の容姿を見れば、どんなテンプレなチョロインでも、それが例え百年の恋だったとしても、相手がマッハで冷めます。自信があります。


 自信満々な僕の発言に、またそうやって、と呆れたような声色で彼女は溜息をつく。


『少なくとも、私はキモータさんのこと素敵だと思ってますよ』


「……」


 コレで何度目だろうか。この子は本当に僕を泣かせにかかってくるのだから質が悪い。


 なんだよ、素敵って。

 やめてくれよ、そんなキミの方が百億兆倍ステキじゃないか。

 あぁ、尊さで人が死ぬぞ、これは。


 ハッキリ言って、彼女とのこの瞬間が最近の僕の癒やしである。

 この時間がなければ、今日のアイス事件もそうだけど、この逆風と荒波が押し寄せる現実世界で、僕はとっくの昔にくじけていることだろう。

 彼女は、現実というこの枯れ果てた砂漠にある僕にとっての唯一のオアシス。孫悟空の食べた桃と同じくらい、僕の寿命を日々延ばしてくれている。


 こんな子が他にいるだろうか、いや、ない。ありがたいことだ。


 この感謝を伝えるためにも、どうにかしてこの子に投げ銭できないものかと、最近は割と真剣に考えているくらいだ。


『う、うそじゃない、ですからね』


「嘘でもいいです、嬉しいです」


 でも、なんにでも限度はある。

 あまりの尊さに、少し周りのことが見えてなさ過ぎたのか、とっさの事とはいえ我ながらなんとも気持ちの悪いことを言ったもんだ。


「「……」」


 ほら見ろ、陰キャのくせに慣れないことを言うもんだから妙な空気を作り出してしまったじゃないか。


 お互いに、次の言葉を探しているような、そんな変な静寂が訪れてしまった。


 一切の混じりっけなしの純粋な本音だけど、何でもかんでも言えば良いというものではない。口に出すにしたって、時と場ってのがあるだろうに、今回のコレは完璧にタイミングを間違えている。


 に、にへへ。

 うふふ。


 僕の誤魔化すような変な笑いと、気恥ずかしそうに笑う彼女の声。


 ぎぎぎ。間違いなく変なヤツだと思われた。

 あぁ、なんて恥ずかしいヤツだろうか。自分の口から出たあまりの濃厚なキモさに、過呼吸を起こしてしまいそうだ。

 穴があるなら入りたい。

 いっそのこと、誰か僕を力の限りに惨たらしく殺してくれないだろうか。


 そんな今にも自死しかねない僕を救ってくれたのは、――いつものアラームだった。


 過去、お互いに好勝負が続くと時間を忘れて熱くなってしまう事が何度かあったため、それを防止するための策。

 彼女はまだ中学生だし、あまり遅くまで起きているのは好ましくないからと、僕がスマホで設定したこの音が鳴れば、もうお開きの時間。

 いつもなら、もう時間かと名残惜しさでいっぱいだけど、今日ばかりは “でかした” と褒めちぎってやろう。なにを? 僕を救ってくれた、このスマホのアラーム様をだ。


『き、今日はありがとうございました』


 彼女もたぶん同じ気持ちだったんだろうね。いつもはそんなことないのにさ、どこか逃げるように、カメラ越しに『おやすみなさい』手を振ってきた。


 出来るだけ平静を装いつつ、僕も、同じように手だけしか映らないカメラへと自分の手を振りかえした。


「こちらこそ、ありがっ、ごじゃした」


 最後に噛み倒してしまったのが、なんともキモかっただろう。


 本当にカッコ悪いったらありゃしない。


 回線が切れ、真っ黒になったPC画面を前に、


「……ごじゃしたってなんだよ」


 僕はもういちど大きな溜息をついた。







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