第11話 やりました! やったんですよ! オタクが必死に! その結果がこれなんですよ! ②
――どうやらそれは、僕の早とちりだったようだ。
十中八九、終わったと思った。
目の前にこんなにも大きなエサがぶら下げられて、陽キャが素直にお預けなんて出来るはずがない。
お先真っ暗、ご臨終。人生の終着駅へとまっしぐら。
毎日、意味もなくバカにされて過ごすんだろうな。
学校という狭いコミュニティの中で、サンドバックのように言葉で殴られるんだろうな。
僕の人権なんて、クシャッと丸めてゴミ箱にポイだろうな。
もうダメだと、でもせめて、胸の前で大きく十字を切って、神様仏様オタ神様。どうか平穏な僕の日常を少しでいいのでお守り下さい。そう縋るように行く末を案じ、身構えていたぶんだけ……ほえぇ。
恥ずかしいというかなんというか、我ながら情けないほど変な声が出た。
奇妙奇天烈奇々怪々。
人生は筋書きのないドラマとも言うけれど、まさにこういう場面で使うのだろうね。
彼女が放った最初の言葉だけ取れば、異常な光景に引いているように聞こえなくもないが、続く台詞におやおやと。
どうやらある程度の耐性が、この少女にはあったらしい
「驚かないん……ですね?」
恐る恐ると聞いた僕に、そりゃそうよ。と、彼女はまた呆れたように鼻を鳴らし、ちょっとだけ笑った。
「身近に似たような部屋があるからね。まぁ、これに比べれば全然カワイーもんだけど」
と、そこまで聞いて、その親しげな口ぶりや、柔らかくなった表情を前に、あぁなるほど。そういえばそうだったと僕の中で合点がいった。
そうだ。
そもそものこの騒動の起こりは、彼女がとある人物のため、――想い人のために、カードを手に入れたいと願ったことが発端だった。
TCGが好きなヤツは全員オタクなのかというと必ずしもそうではないけれど、彼女の慣れた感じを見るに、そのヒトもここに近しい部屋に住んでいるのだろう。
「ポスターとかは貼ってないんだ。壁にベッタベタなイメージだった」
何気ない彼女の一言に、なるほどと、また僕は唸る。この子の想い人はそっち系か。いいじゃないか。
突然だが、オタクという生き物は、自分の好きなモノを他者にもアピールしたがるという、非常にやっかいな習性をもっていることが多い。
しかし、同時にどこか自分の事を社会の枠組みから外れた異端な者だと考えている場合も少なくはない。
なんせ、オタクという生き方は、よほど恵まれた環境でなければ常に迫害と隣り合わせ。
人類誕生から続く、異端を排除しようとする社会のシステムはどうしようもなく強大で、かつ根強く、残念なことに僕らオタクはその排除対象の最たるモノ。
抗わずとも、ただ生きていくそれだけで、世界の理から大なり小なりの心の傷を受けて育つヒトが多い。
御多分に漏れず、僕もその中のひとり。
雨にも負けず風にも負けず他者の目にも負けず、コレが好きなんだと外界にアピールできる、そんなパワータイプなヒトももちろん居るけれど、自分にはハードルが高すぎて、好きだという気持ちは負けていなくとも、ちょっと真似は出来そうにない。
でも、そんなの百も承知だけど、オタクは自分の好きなモノを永遠に語りたい。
しかし、やっぱり社会はそれを許しちゃくれない。
だけど、それでもオタクは自分の好きを誤魔化せない。
まさにプラスとマイナス。右と左。陰と陽か。
ならばいったいどうすればいいのか。誰にも悟られぬよう、黙って心を殺していけばいいのか。
……ムリなんだよなぁ、これが。
もちろん、外界で過剰にアピールすることは出来ない。となれば、行き着く先は内々の世界。
僕の場合、もともと誰かに認められようとオタクを始めたわけじゃない。気がついたその時に、すでにオタクだったのだ。
そんな自然発生型のモンスターが、他者から理解してもらおうと考えることがすでに間違い。
同じ志を持った仲間とならいい。出会えたことに感謝しながら、大いに楽しむべきだと思う。でも、
“アナタの萌えは、誰かの萎え”
その大原則を無視して、周りにアピールしようなどとは、まさに愚の骨頂。社会からオタクが弾き出される理由。それが全てこの言葉には詰まっているのだと僕は考える。
だから。
外で好きなモノを叫べないのなら部屋で叫べば良い。外界でアピールできないのなら、自室を表現の場に使えば良い。
僕はこれが好きなんだと、部屋を“好き”で武装する。決して外には出さない代わりに、自分自身に向けた全力の自己アピール。
他の皆もそうなのかな? やっぱり違うのかな? もしかするとこんな理由は僕だけかもしれないけれど、でもさ。
社会から浮かないように、目立たないように、隠れるように生きるその身の置き所のない毎日で、ほんの少しの時間かもしれないけれど、まわりを好きなモノで囲まれる。それにどれだけの癒やし効果があるのか知っているかい?
そういう自衛手段ともいうべき、自分を慰めるための開放が、僕の中では部屋を自分色に染め上げるという行動に繋がっていくわけだ。
そして、ポスターやタペストリーはそんなオタク部屋を構築するにあたってのマストアイテムのひとつ。
手早くかつ効率的に部屋の色を変えることが出来る優れもの。
彼女の想い人の部屋も、おそらくは相当のサンクチュアリだと読んだね。
話からある程度は推測できる。この美少女にこうも好かれるんだ、きっとイケメンで、良いヤツで、僕なんかよりもオタク生活をイージーモードでプレイしてるような、それこそ物語の主人公的存在である可能性は否めないけれど、それはそれで、とても興味深い。
きっと、“俺はコレが好きなんだ”と、自己主張バチバチでポスターが貼ってあるのだろう。
ぜひ一度お呼ばれしたいものだ。他者のオタク部屋は勉強になるし、なにより、イケメンオタクの部屋ってモノがどういう思想で構成されているのか気にならないと言えばウソになる。
それに僕も、ポスターやタペストリーにはそれなりにうるさくて――
「――なーんだ、オタクはみんな持ってんのかと思ってた」
彼女には、きっとそういう意図はないのだろうけど、
「まぁ、持ってるのがフツーってのも、どーなのって話か」
……なんとなしに呟いたであろうその言葉に、ちょっとだけカチンときた。
確かに、今の僕の部屋にはポスター等の掲示物はない。
でもさ、悲しいかな、部屋には限られたスペース内でという、厳しい制約が課せられているモノなのだ。
「……は? 持ってますけど。……貼ってないだけで」
だから、いいか? 聞き取れないほどの声量だろうけどこれは言い訳じゃないからな。
自慢じゃないが、僕の持つポスターやタペストリーはちょっとしたもんなんだぞ。そこのクローゼットを開ければですね、見る人が見れば唸る激レアアイテムがいくつもあるんだ。
ホントだ。ウソじゃないからな。
ぼ・く・は、貼るところがないから貼ってないんだ。持ってないからじゃない。これは、非常に重要なところだからよろしく頼む。
それでも疑うってんなら、……その想い人連れてきな。勝負しようじゃないか。
オタクの“好き”に優劣はないだろうけど、どうしても負けられない戦いってのはある。イケメンだからって負けてやる道理はない。
そいつの顔も背丈も年齢も、それこそ守備範囲の何もかもを知らないけれど、いいぜ、かかって来いよ。けちょんけちょんに――
「へぇー」
自分から話を振ってきたくせに、どこか話半分と言った感じで、とっくに彼女の興味は僕の部屋の中。
のしのしと遠慮なく足を踏み入れ、目の前の聖域を興味深そうに眺めていく。
僕の部屋は入ってすぐクローゼットが一畳分張り出している。それと唯一残した窓のある面、それ以外が棚、棚、棚。
床から天井まで届く、その全てに玩具や模型、美少女フィギュア。もとい僕のコレクションが所狭しと飾られている。
本当はガラス張りのショーケースでバシッと粋に決めたいけれど、どうにもあれは高校生では手が届かない。それでも自分なりに頑張って、既製品をDIY。手製の棚とはいえ、ある程度の見栄えはキープしていると自負している。
強いて問題点を挙げるとすれば、――いや、これは僕を喜ばせるという点においては決して悪い事ではないのだけど、今現在においてはですね、ええっと、どう言ったらいいのやら、その飾られたコレクションの七割が女の子のフィギュアで、中にはその、あれですよ、
「あ、ちょっと!」
我が物顔でのし歩く彼女の背中に、ステイステイステイ! Stay thereだ!
マズイマズイ。非常にまずいぞ。そっちはまずい。――なんでキミは、躊躇もせずにそっちの方へとまっしぐらなのかね。
「ちょ待っ――」
制止しようと試みて、“ちょ、待てよ!” 最後まで言いたかった往年の名台詞が中途半端に出てしまう。なんせ、
「うわっ、この辺りすっげーエロくね?」
「あわわわ!」
当然、そういう露出の高いキャラクターも多々居るわけで。
彼女の目の前には、キワドイ衣装の少女達が等間隔に整列。僕こだわりの並びで飾られているのだけど、いっちばん見られたくないエリアがまさか初っぱなから発見されるとは。
「これセーフなの? マジで?」
ニヤニヤと、彼女の言いたいことはその表情から全て伝わってきた。
高校生のクセに、とんでもないモン集めやがって。きっとこの部屋を見れば、そういう御意見、ご感想を述べる方は多々居ることでしょう。
水着姿も居れば、それがホントに普段着なのかなんなのか。見る角度によっては背中やらお尻の一部が丸出しの“びんぼっちゃまスタイル”なキャラまで。こんなヤツらがリアルで町中に居れば、それはただの痴女である。
そんなのが、思い思いのポージングで並んでいるんだ。
いや、僕だってちょっと過激だなって閉口してしまう子が何人かはいますよ?
ですが、言い訳させてもらえば、最近のキャラデザはそういうのがメインでですね。もちろん、僕がメーカーにお願いしたわけではないですよ? 時代がそうさせたと言いますか、流行といいますか。
今を生きているオタクならば、意図せずとも肌色面積の大きなフィギュアがですね、
「この子エグっ! 胸でっか! スタイルよっ!」
「ちょっ!!」
この子は、ほんと何を考えているんだ。
「なにやってんですか!」
曲がりなりにも男子の部屋だぞ。
それなのに、――何を張り合う必要があるのだろうか。大人しくフィギュアを眺めていると思ったら、やおら、服越しではあったが、自分の胸に手を当ててその存在感を強調しはじめたのだ。
確かに、僕のコレクションはドコがとは言わないけれど控えめな子が多い。その中にスタイルの良い子が居れば目立ちはする。
しかし、なぜ対抗心を燃やしたのか。
目の前のフィギュアを眺め、いまだ奇行に走り続ける同級生A。
もちろん、首を痛めんばかりに全力で、僕の顔は明後日の方向を向いたさ。
「どんくらいなんだろ? GとかHくらい? いや、アタシでこれくらいだから、」
「だから! なにやってんですかっ!!」
やめろ!
ただでさえ、異性の前だぞ。せっかくトップスはウインドブレーカー的な少しダボッとしたものを着ているというのに、それなのに、わざわざ大きさや形をアピールしてくるなんて、どういうつもりだ。女子のしていい行動じゃないだろう!
キミみたいな美人でスタイルの良い子はなおさらダメだ。しかもそれが、混じりっけなしのオーガニック100%、ネイティブ陰キャな僕の部屋でってのがなおさらNG。
僕らみたいなキモオタはな、常に魔女狩りと隣り合わせなんだよ。万が一にも何か間違いが起これば、陰キャの側に立ってくれる味方なんてたかがしれてる。その後の顛末なんて、考えるだけでも恐ろしい。
「だってさ~。アタシもそこそこ小さいほうじゃないけど、――いや、同じポーズすりゃデカく見えるパターン?」
だから、やめろ!
社会的に死ぬぞ! 僕が!!
だいたい、男子の家に来るのになんだってそんな格好なんだ。
まず、普段学校にポニテなんてして来ないだろ。困るんだよ、僕の好きな髪型ランキングにおける圧倒的上位なんだやめてくれ。
そんな子が、僕のお気に入りのキャラと同じポーズなんてとったりしたら、マジでやめてくれ! オタク脳が勘違いを起こし、うっかり好きになっちゃうだろ!!
「いやー、お人形さんの数がスゲ~ね。アタシもちょっとは知ってるけど、こういうのってゴツい金額すんでしょ?」
そんな僕の葛藤なんてお構いなしに、彼女は興味をそそられる問いを投げかけてくる。
顔は他所を向いたまま、心臓は破れんばかりに動き、顔は熱線を放射しているわけだけど、この子からその手の話題を振られるとは思ってもみなかったし、なによりもオタクはこの手の話題が大好物。悲しいかな、過敏に反応してしまうもので。
大多数の女子はこの手のアイテムには拒否反応を起こすと考えていた分、……彼女の慣れた感じから、例の想い人はこっちの方にも造詣が深いのかもしれない。
ううむ。いよいよそのイケメンに本気で会ってみたくなってきた。
「1万円とかフツーみたいなノリだって」
「あ、いや、実はほとんどがプライズ景品で、」
その想い人が、彼女にフィギュア界のカーストピラミッドをどう説明したのかは知らないけれど、確かに、玩具メーカーの出した純正品なら諭吉がひとりではお話にならないのがザラだ。
僕だって、そりゃなかには清水の舞台から飛び降りんばかりに大枚叩いたモノもあるけれど、そうはいっても学生の身分。
大半が1プレイ数百円で遊べるような、ようはゲームセンターで取れる景品ばかり。
見た目で言えば、数万円と数百円。勝負になんてなりはしないし、やはり見栄えは一枚も二枚も劣る。
だが、ここで声を大にして言わせてもらいたい。
たかがゲーセン、されどゲーセン。
プライズとはいえ侮ることなかれ。ここ数年で、相当に出来の良いヤツが増えて今ではちょっとしたブランドではあるのだ。
彼女も、その造形の見事さにお金の匂いを感じ取ったのか、プライズとはなんぞやという訝しげな声色のまま、……良くお金が続くね、と。
「悪いことは言わないからさ、いちおー貯金もしときなよ」
姉や母に言われ続け、もはや耳にタコとなったありがた~い一言をくれた。




