表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/22

第1話 キモオタに優しい女子高生などいない ②






 ――細く長い真っ白な指が、色とりどりのアイスが並ぶショーケースの上を滑っていく。隣で僕は、まるで従者のように待ちぼうけ。


「アイスはバニラしか勝たん♪」


 こんなクソ寒いのにアイスかよ。身体の芯から凍りそうだけど、女子高生とはそういう生き物なのだろうか。


 でも、正直なところ内心ほっとしている自分がいた。


 だって彼女みたいな美人な陽キャが、こんな冴えないブサイクに話しかけてきたんだぞ。

 中学の頃の陰キャ仲間なんて、カードショップで出会った女子に二つ返事でホイホイと着いていったが最後。店の裏で待ち構えていたドロップアウトボーイ達からロックオン。

 きっと必死に抵抗したのだろうけど、店の裏でバチバチに伸されたうえ、自分の全てだと言っていた魂のデッキごとレアカードの詰まったカバン一式、ごそっとまるごと身ぐるみ剥がされている。


 悲しいことに、その手の話は大なり小なり定期的にいたる所から警告として流れ伝わってくるのだ。

 後日、空っぽになった彼のカバンと財布は遠くの町の川っぺりで発見されたが、今となっても犯人は捕まっちゃいないし、当然、カードやお金も返ってきやしない。


 そんな経験豊富な僕たち種族。


 今だって似たようなシチュエーションだし、明日は我が身かもしれないぞと常日頃から警戒を怠らないわけで、悪い想像に身構えない陰キャなんて居るはずがない。

 それが、たかがアイスの一つくらいで済むのなら万々歳と喜んで当然なのだ。


「いや~、マジ助かるわ。キモオタが今日の優勝まである」


「はぁ、どうも」


 またもや蚊の鳴くような返事をしてしまったが、どうやら僕は優勝したらしい。

 でも、いったい何に勝利したのだろうか。まったくもって身に覚えがなさ過ぎる。


「せっかくコンビニまで来たのにさ、あれ? サイフなくね? って。何しに来たんだよって感じだよね、ちょーウケる」


 さっきまでの刺々しい反応はどこへやら。お目当てのものにありつけるからか、彼女はご機嫌に笑いかけてきた。

 もちろん不機嫌よりも笑ってくれた方がこちらもやりやすいからね、にっこりと笑い返してみたが、――ちょっと待て。大丈夫だろうか。僕の笑顔、やりなれてないからキモくない?


「アタシんちさ、みんなアイス好きなんだよね」


 もう、毎日取り合いでさ。なんて、こんな僕の心配事なんて、彼女はとっくにこちらなんて見ていないのだから、するだけ無駄だったようだ。


 その後、僕の隣である程度たっぷりと悩み続け、


「よし」


 彼女は鼻歌交じりでコツコツと、綺麗に仕上がったネイルでショーケースを軽く叩く。


「決めた」


 さいですか。


 嬉しそうに彼女が声を弾ませて、香水の香りだろうか。僕の鼻を甘い匂いがくすぐった。

 開け放たれたショウケースからこぼれた冷気が僕を襲い、


「ねぇ、知ってる。バニラってメッチャ種類あんの」


「はぁ」


「しかも、全部サイキョー」


「なるほど」


 シンプル・イズ・ベストというヤツか。


 ベストセラーにはそういうものが多いとも聞くし、バニラは僕も嫌いじゃないから特に異論はなし。

 でも、もし本当にアイスに序列があるのなら、僕の最推しな抹茶アイスはどれくらいの地位なのだろう。さすがに一位はムリだろうけど、それでも上位で争ってくれれば抹茶アイス一筋の僕としては鼻が高い。


 なんてことを考えて――というか。


「あの。……ひとつだけじゃ、ないんですね」


 黙って見ていればこの同級生。ショーケースから次から次にである。

 しかもどんどん上へ上へと詰んでいくのだから、なんだ、アイスでバベルの塔でも建設する気だろうか。


「いいじゃん。ほらウチさ、妹も居るし」


 だから何なのだろうか。


 ニッコニコでそう言われても、――笑顔がすっごい可愛いし、こんな近い距離でだもんな、さっきから心臓が高鳴りっぱなしだけど、――ハイそうですねとはなりはしないだろうに。


 本来ならここで “イヤです、無理です、さようなら” これくらいバシッと言って然るべきだろうけど、ところがどっこい陰キャをナメんじゃねぇぞ。こんな美少女にしっかり正論かませるくらいなら陰キャなんてやってねえよ。


「そんじゃ、よろ」


「っ!」


 矛先のわからない意味不明な自慢を己の中で展開していると、テキパキと彼女はレジカウンターにアイスを並べ終えていて、あとは僕の財布が口を開けば終わりの状況。


 結局、言えやしない不平不満をタラタラのまま会計を済ませるころにはもうコンビニの時計が20時に迫ろうとしていた。


「ありがとね」


 出た先の駐車場で手渡した袋を、彼女は満足げな顔で抱えて歩いて行く。


 袋の中には各メーカーのバニラバニラバニラ。

 お会計時に見たアイスの数は六つ。ひとり1個なのだとしたら、彼女のご家庭はとんでもない子だくさん。

 それはそれは賑やかそうで何よりだなコンチクショウめと心の中だけで悪態をつく。


「でもさ、お会計の時のキモオタの顔、ちょーウケた。そんなバカなってビビってたっしょ?」


 僕は、思わず苦笑い。


 そりゃあ、アイスであれだけの金額を払った事なんてないからね。

 彼女くらいの美人なら高収入なイケメン彼氏(妄想)が値段も見ずに買い与えてそうだから、慣れっこなのかな。

 それに比べて僕ってヤツは一般家庭の小市民でね、その手のカッコ良いこととは無縁なのだよ。残念無念といったところだ。


 しばらく行ったところで、「アタシん家、ここだから」と、彼女が指さした先は住宅街。

 あの中のどれかがこの子の自宅なのだろう。

 この辺は結構ハイソな建物が多い地域だけど、おいおい、金持ちならアイスくらい自分で買えよ。煌びやかな町並みを前に、流石に、お小言のひとつやふたつ溢れそうになる。

 でも、まぁ、大方、コレが〆の言葉だろうから。

 この交差点でようやくサヨナラできるから。

 変に拗れるとやっかいだから。

 と、陰キャ特有のスキル “事なかれ主義” が発動し、グッと堪えた。


「キモオタの家ってどのへん?」


「もうちょっと行った先。です」


 ふーん。と、心底興味なさそうなのだが、……この野郎。それならばなぜわざわざ聞いたのだろうか。


「おっとっと」


 ふいに彼女がよろめいて。


「あ、重いよね。持つよ」


 あまりにも袋を重そうに抱えているからさ、持ってあげた方がいいのかなと、――でも、とっさに出した僕の手は、スルリと空を切った。


「もしかして、あわよくば家までってヤツ?」


 いや、別に。


 見ると彼女がスゴく小憎たらしい顔をしていたから、――そりゃ確かにさ、こんな美人と仲良くなれたらと、そう考える男子高校生は概ね正常だろう。

 でも、それを見透かされたような今の場面は、なんだか癪に障る。僕みたいなブサイク陰キャにだって、鼻クソほどにはプライドがあるんだ。


「そしたらここで」


 多少の後ろ髪を引っ張られる感はあるが、せめて去り際だけはクールを気取っておこう。

 「あ」っと彼女が何かを言いかけたような声が聞こえたが、いかんいかん。

 これ以上、陽キャになにか美味しいネタを与えてしまえば、明日から僕のクラス内での立ち位置が定着してしまいかねない。


 もちろん、悪い方向にだ。


 僕は、この道長いからね。陰キャの末路には詳しいんだ。

 彼女がそんな事をするヤツかどうかなんてわからないけど、起きてからでは遅い事なんて山ほどあるんだ。用心するに越したことはない。

 まだまだピカピカの高校一年生。学校生活は始まったばかりだというのに、オモシロおかしく笑いものにされるのはゴメンだからね、この場はさっさと逃げるが吉だ。


 いよいよ冷えた春の夜、僕は一度も振り返ることなく、足早にその場を後にした。




 しばらく行ったその先で、――そういえば。


「しまった」


 やっちまったぞと、僕はようやく自分の失敗に気がついた。


 どうやら、あんな美少女に話しかけられたものだから、自分でも気づかないウチに舞い上がっていたのだろう。

 いよいよ補導されかねない時間帯で、僕はひとり、歩き慣れた通学路で頭を抱えた。


 そもそも僕がなぜコンビニに寄ったのかを思い出したのだ。


 先週いいところで終わったお気に入りの連載を、それこそこの一週間、喉から手が出るほどに楽しみにしてたんだ。それなのに、


「あぁ最悪だ」


 肝心のマンガ雑誌を買いそびれた。いや、それどころか、


「マンガ代まで使っちまった」


 今更、彼女に奢った事をとやかく言うつもりはないけれど、今週のマンガ代はどうするか。

 全く僕ってヤツはどうしようもない。


 うんうんと、どう捻出しようかと唸りながらも、もう我が家は目と鼻の先だった。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] > 袋の中には各メーカーのバニラバニラバニラ その後に「求人」という言葉を添えたくなるのは何故だろう
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ