9.驚愕
※すいません、一部、降雪量の数字の表記に誤りがあったので訂正します。
一時間あたり1ミリの降水量が示す水の量は、直立した人の上に、一時間250ミリリットルの水の量が降る量ですが、雪は密度の関係で降水量とイコールの関係にはなりません。一応、目安としては1ミリ当たりの降雨量は降雪量換算で1センチぐらいになるそうです。
「それは……」
光は言い淀んだ。
「こうなったら、少しでも情報が欲しい。
この前、君の意見を通さなかったことについては、見通しが甘かったことは認める。
まあ、電波を扱う立場は理解して欲しいが」
「分かっています」
「だから、信じられないような数値でも構わないから、見込みを教えてくれないか?」
そこまで言われたら仕方ない。三上の言葉に、光は軽くうなづいた。
「分かりました。では、私のモデルが予測した数値をお見せします」
そして、パソコンを操作して、数値を画面に表示させた。
「予測では、明日には890hPaまで台風は発達、風速は秒速30メートル、そしてそこまで発達した場合の積雪量は一日当たり――4メートルです」
「4メートル!……本当に?」
「ええ……台風が移動しない限り、この状況が続きます」
三上は、まだ、よくわかっていないようだ。
「簡単に言うと、完全にホワイトアウトした状態の猛吹雪が、台風が移動するまで続き、その間、雪も一日4メートルのペースで降り積もり続ける、ということです」
三上が絶句したのが分かる。
他の二人も、口をポカンと開けたままだ。
「――東京はどうなる?」
しばしの沈黙の後、三上が尋ねた。
「明日の朝の時点で積雪量は2メートル、夕方には4メートルを越えるでしょう。
関東全域が停電するのも時間の問題です。明日一日はもたないと思います」
「一日で、そんなに雪が積もることなんてあるんですか?」
東野は信じられない顔をしている。
「関東地方での降雪は、湿った雪になることが多いので、降水量が10ミリあたり10センチの雪になると言われています。
今回は、900hPaを下回りそうなので、もしこれが雨の場合は一日の降雨量は1,000ミリ近く降ると考えられます。そして、降雨量1ミリは降雪量として換算すると1センチぐらいになります」
「1ミリの降雨量が1センチの降雪量だとすると、1,000ミリの降雨量だと1,000センチの降雪量になるから――10メートル……!?嘘でしょう?」
「もちろん、雪は雨と違って密度の問題もあるし降り積もると圧雪されるから、単純に1,000ミリが10メートル、ということにはなりません。
だいたい積雪量は降雪量の半分ぐらいのことが多いんです。
でも予測では、一日で最低4メートル、最大では6メートルもあり得るという結果が出ました。
ちなみに平野部と山間部ともに、です」
「――すぐに避難を呼び掛けないと……」
近藤が青ざめた顔でつぶやくが、光は、首を横に振った。
「いえ。避難は呼び掛けられません」
「なぜ?」
「現時点で、既に風は、秒速で20メートルを越えているんです。
これはしっかり体を確保していないと転倒する状況です。
しかも単なる風ではなく、吹雪になっているんですよ」
「避難できない、ということか?」
「ええ。南極の昭和基地には大小60の棟がありますが、特別な棟を除いて、全て渡り廊下でつながっているんです。なぜだか分かりますか?」
近藤は、首を横に振った。
「外国の基地で、昔、ブリザードの中、3メートル離れたトイレに行こうとした隊員が遭難死したからです」
たった3メートル、歩数にして5~6歩ほどの距離で遭難死?
近藤は息を呑んだ。
「立っていられない猛吹雪の中、しかもこれから積雪が続いていきます。
避難できる手段は、誰も持っていません」
三上が、震える声で尋ねた。
「篠田君、この状況はいつまで続く?」
「台風が勢力を弱めるか、移動するまでです」
「それは、いつになりそうなんだ?」
「分かりません。一時間後かもしれませんし、10日後かもしれません。
過去に存在しないモデルなので、発達した姿までは描けても、収束するモデルが作れません」
会議室は、静寂に包まれた。
厚い窓ガラスは、外を吹きすさぶ嵐の音は伝えることはない。
だが、光を含めた全員が、これから起こるであろう凶兆の音が聞こえたように思えた。
三上は立ちあがり、窓の方を向いた。
外の風景は見えず、ガラスに映る自分の姿が映っているだけだった。
その姿に白い粒が幾度も幾度もぶつかっていた。
次話は金曜日の投稿予定です。