8.悪化
次話「9.驚愕」、続けて投稿します。
▼東京のテレビ局(2月10日 19:00)
27階にある会議室は、照明が落とされていた。
光は、窓から外を眺めていた。
見えるのは、白い斜線のみ。
それも、ほぼ真横に降っている。
普段なら、この方角からは、霞が関が摩天楼のように煌めいている光景が見えるはずだった。
だが今は、一切の景色が排除されていた。
ホワイトアウトした、視界ゼロの漆黒の海が広がるだけだった。
降り始めて3時間が経過したが、雪の勢いは全く変わらない。
おそらく外に出ると、ブリザードの地響きも聞こえるに違いない。
その時、カチリ、という音と共に照明が点った。
一瞬、目がくらんだ光は目の上に手を当てながら振り返る。
「真っ暗な中で何してんだ?」
開いたままのドアに立っていたのは、プロデューサーの三上だった。
後ろには、近藤と東野の姿もあった。
「ちょっと、外の雪を見ていたので……」
「変わってるな」とつぶやく三上の顔色は悪い。
部屋に入ってドアを閉めると、三上たちは、四角の形に囲まれた机に、窓を背にする形で座った。
光はその正面の机に座る。
前にはあらかじめ持ち込んでおいたノートパソコンが開いていた。
照明が点されたことで、三上たちが背にする窓に映る風景は、白い斜線から打ちつける白い粒に変わっていた。
「早速だが、状況を教えて欲しい」
三上は、机の上で組んだ指に、顎をのせながら尋ねた。
「ついさっき、EOLのアンダーソンが送ってくれた、最新情報の画像です」
光はそう言うとパソコンを操作して、左手の壁にかかった九十型ワイドの液晶モニターに画像を表示させた。
そこには白い線で描かれた日本列島に、大きくかぶさる雲の姿が映っていた。
伊豆諸島を中心に、ちょうど静岡県から関東地方にかけて、中央に穴のあいた大きな渦巻いた白い円状の雲が広がっている。
「今から20分ぐらい前の映像です。南岸低気圧は――信じられないことに熱帯低気圧に変わりました」
「それって珍しいことなんですか?」
東野が聞いてくる。
「珍しいも何も。気象学の常識では温帯低気圧――南岸低気圧のことね、これが熱帯低気圧に変わることはあり得ません」
不思議そうな顔をしている三人に光は、温帯低気圧と熱帯低気圧の構造と違い、そして台風の定義について説明した。
「そうなると、この映像を見ると台風の雲に見えたのだが、南岸低気圧が台風まで育った、ということなのか?」
さすがに三上はプロデューサだけあって、いろいろと知識があったのだろう。アイ・ウォール(台風の目)にも気がついていたようだ。
「ええ、さっきも言ったとおり考えられないことですが……」
「考えられなくても台風になってしまったものは仕方ない。
どうやって台風になったのかは、今後、学者さんが調べることだろう。
それより、この雪と台風の関係、それと今後の見込みについて教えてくれ」
「分かりました」
光はそう言うと、画面を変えた。
「まず最初に、アンダーソンが送ってきた情報は、予測される偏西風の動きでした」
北半球の展開図に、風の流れが赤線で記されている。
「近年、偏西風は蛇行が大きくなる傾向が見られていたのですが、先日の南極での地震による氷塊落下が海流に影響を与え、それに地軸の歪みが加わることで、その蛇行がさらに強まると予測していました」
風の流れを示す赤い線が、蛇が通った後のように、まさしく「蛇行」に変わっていった。
日本の近辺図に拡大されると、その赤い線は、東海地方から八丈島近海まで降りてきて、ぐるっと半円を描いて関東の北側に抜けていた。
「ちょうど、このあたり――」
光はU型に描かれた赤い線に囲われた下側にタッチペンで白い丸を描いた。
「ここに、現在、台風がすっぽり収まった状態で動かなくなっています」
次に光は、U型の上の方、ちょうど関東北部の山沿いに大きく円を描く。
「そして、関東の北側には、シベリアからの強い寒気が入り込んだ状態です」
三人は黙ったまま、画像を注視していた。
「現在、台風は勢力を強めており、この寒気にぶつかって降雪、強い風がそれを吹雪にかえている状況です」
「ということは、南岸低気圧が八丈島近海で、突然蛇行した偏西風に挟まれてなぜか台風に発達、その台風が現在の吹雪をもたらしている、ということか」
「そうです。ただ、私が昨日の朝、モデルを走らせた時には、停滞して大雪になるかもしれない、という予測は出ていましたが、気象学上の常識にない温帯低気圧が熱帯低気圧、そして台風へと変わることまでは予想していませんでした」
「なんで、常識外のことが起きたんですか?」
東野が聞いてくるが、そこは光にも分からなかった。
「データがまだ少ないので推測ですが、二週間ほど前に起きた伊豆諸島南西の海底火山噴火で大量の熱水が放出されたので、それが海流で運ばれたのかもしれない、というぐらいでしょうか……?」
だが偏西風と同じく、海流も常に流れている。
海流が一ヶ所に停滞することはない。
もし熱水が、八丈島沖に「溜まっている」のだとすれば、それは地軸の歪みが関係しているのかもしれない、と光は考えていた。
しかし、そのことを検証する時間はないし、今の状況では起きた原因を考えるより、これからの対策を考える方が大切だ。
そして、光が最も心配していたのは、当初の予想が悪い方に大きく変化していることだった。
「昨日の予想では、数日間で2メートル近く雪が積もるという心配をしていたのですが……今は、状況が変わりました」
「状況が変わったとは?」
「今後、状況は悪化するでしょう。気象庁が把握している最新の情報でも、気圧は960hPaまで下がり、風速は東京で20メートルに達しています。そして――発達し続けています」
三上は、トントンと指でテーブルを叩く。
「数値だけでは、今の状況が把握しづらいのだが……悪化とは具体的にどういった状況を見込んでるんだ?」
確かに、気圧の数値や風速だけではピンとこないだろう。
だが、今、はじき出されているモデルの数値を言ってよいものか……