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5.偏西風


▼首相官邸 (2月10日 13:00)



田辺首相が危機管理センターに足を踏み入れると、すでに多くの職員が作業していた。


中央の大テーブルに座ると、気象庁の技官が寄ってきた。


「予報に変化はありません」


「そうか」


首相はうなづくと、テーブルに準備されていた書類に目を通した。


気象庁が用意した概況と予測が記されている。


書類をざっと読むと、降雪の開始時刻は、静岡県西部で午後3時頃、東京では午後4時過ぎとなる見込みだ。


偏西風が蛇行している影響で、低気圧の進みは遅く、明日のお昼ころまで積雪が続き、積雪量は東京都内で約30センチから50センチ、関東北部の山沿いで1メートルを越える予報となっている。


最大積雪の場合は、観測史上最大となる量だ。


今夜はまだ降り始めだから、影響も最小限で済むだろうが、明日の出勤時間帯には一定の積雪が見込まれており、交通機関に大きな支障が出るだろう。


ただ、明日の夕方には天候は回復している見込みだから、ここで過ごすのは今晩だけで済みそうだ。


秘書官が持ってきたコーヒーを手にして、明日の朝までに何杯飲むことになるのだろうか、と首相はぼんやり考えていた。




▼東京のテレビ局(2月10日 14:00)



番組を終えた光は、書類を抱えて控室に向かっていた。


新たなデータがアンダーソンから送られてきて、昨日から一睡もせずに、モデルを走らせていたが、予測される数値は悪くなる一方だった。


「光さん、今日はおとなしかったですね」


後ろから、東野が声をかけてきた。


「今日の雪、光さんの予想通りだと大変ですよね」


しかし、横に並んで歩きながら話しかけてくる東野の口調は、光の予想を信じている感じではない。


「東野くん、積雪量の世界記録って、どれくらいだと思う?」


「うーん、どうでしょう?日本だと青森県の酸ヶ湯が有名ですよね。確か、毎年3メートルぐらい積もるんでしたっけ?

世界記録だと……南極とか積もりそうなイメージですけど、10メートルぐらいですかね?」


「ううん。北極や南極でも、だいたい8メートルぐらいで、世界記録にはほど遠いわ。

過去の記録では、滋賀県の伊吹山の観測所で戦前に観測された、11メートル82センチが世界記録よ。それも、不滅の記録、とも言われているわ」


あまり知られていないのだが、実は日本は豪雪国だ。平地での一日の積雪量など、多くの世界記録を持っている。


例えば、ヨーロッパのドイツの最南端よりも、長野県の方が緯度的には南になるが、長野県の方が降雪量は多い。


亜熱帯の雪国と言われる所以だ。


「だから、東京で大雪が降るのは、あり得ないことではないの」


もちろん過去の記録で見れば、東京での積雪記録は、せいぜい50センチぐらいなのだが、昨今の世界における異常な気象を考えれば、常識を越えた現象が起きることがあっても不思議ではない。


光の説明を聞いた東野の表情が、少し緊張したものに変化した。


「……2メートルの雪がもし東京に降ったら、どうなるんですかね?」


光は気象学者だが、実際の災害モデルを用いた予測は行っていない。


もっとも、東京に2メートルの積雪があった場合を予測したモデルなど存在しないのだが。


だから正直に答えた。


「分からないわ」


午前中の段階で、天気図は予報通りのもので、特に異常は見られなかった。



問題は、今日の夕方からだ。



氷塊落下による海流への影響は、普通に考えれば時間がかかって現れる。


黒潮が太平洋を一周する時間は約3年と言われている。


さらに、深層海流を経て地球を一周するには2,000年かかるとされている。


だが今回は、氷塊落下による津波が日本まで到達したのは、海面上において25時間後だった。


津波自体は10センチ未満のわずかなものだったが、膨大な海水を持ち上げて運んできたエネルギーはすさまじい。


少なくとも日本近海まで氷塊落下の影響は現れたことになる。


偏西風は海流の影響を受けており、海面上での変化は同時に何らかの変化を偏西風に与えているはずだった。


極点近くでの超巨大地震は、簡易的な測定で最低でも数十センチ、最大では1メートル近く、形状軸を移動させたことが分かっている。


地球の自転速度への影響はまだ解析されていないが、形状軸にこれだけ影響を与えたことは過去に例がなく、相当なものがあったに違いない。


そして実際、昨日と比較すると、偏西風の歪みが少しだけだが大きくなっていることが確認されている。


気象庁の数値予測モデルでは、この歪みは誤差の範囲と捉えているようだが、光のモデルでは、この歪みが、今日の夕方ぐらいに大きくなると予測されていた。


だが、昨日の打ち合わせ時に荒唐無稽な予測と判断されていたため、光は、その予測を今日の打ち合わせで口にしなかった。


「何もなければ良いのだけど……」


「うん、考え過ぎですよ、光さんは」


結局は、東京での大雪について納得がいかなかったのだろう、少しのんきな東野の言葉に、光は「私もそう願っているわよ」と小さくつぶやき、窓の外を眺めた。



重い雲が垂れこめていたが、まだ雪の兆候はない。


次話「6.特別警報」、明日、投稿予定です。

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