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4.停滞


▼東京のテレビ局(2月9日 午前10時)



打ち合わせは紛糾していた。


「ダメだ。無理に決まっているだろう」


プロデューサーの三上が、固い表情で首を横に振った。


「でも、もしこれが本当だったら大変なことになりますよ!」


光が立ちあがり、珍しく語気を荒げる。


「もし、違ったらどうする?人々の不安を煽った、ということで非難を浴びるぞ」


三上も負けてはいない。


「確かに、明日は大雪になることは確かだろう。だが、2メートルもの雪が積もる可能性があるなど、誰が信じるんだ!」


三上はドン、とデスクを叩いた。


「君が得たその情報は、気象庁でも認めていることなのか?」


「いえ……」


言葉に詰まった光は、唇をかんだ。



昨夜、光は、エンカー(NCAR)のEOLに所属するアンダーソンからメールを受けていた。


NCARとは「アメリカ大気研究センター(National Center for Atmospheric Research)」の略称で、五つの研究所で構成されている。


その中の一つがEOL、地球観測研究所(Earth Observing Laboratory)だ。


アンダーソンは、EOLの研究員で、光がアメリカのシカゴ大学に気象学研究のために留学していた時の同僚だ。


アンダーソンからの連絡は、南極で起きた地震で大量の氷塊が落下、その影響が偏西風に現れ始めている、というものだった。


ちょうど、今、日本には東シナ海で発達した低気圧が近づいており、明日の午後には、八丈島近海に到達して、関東地方に大雪をもたらす予報が出ている。


アンダーソンが、気象衛星からのデータを分析したところ、偏西風が大きく蛇行し始めたため、南岸低気圧が八丈島近海に停滞する恐れがあること、また昨年は、エルニーニョ現象が起きたが、日本近海を流れる黒潮に影響が残っていて、海水温度が今の時期でも25度を越えており、もし、低気圧が停滞した場合には、発達する恐れがあることを知らせてきたのだ。


光が研究してきたモデルにその数値を当てはめたところ、明日の夕方から最大三日間、南岸低気圧が八丈島近海に停滞、970hPaヘクトパスカルまで気圧も下がる恐れがある、という結果が出た。


三日間で予想される降雪量は、東京都内で2メートル。降雪範囲は、静岡県東部から北関東まで、となっている。


もちろん光は、大学を通して、気象庁にそのモデル数値を報告したのだが、気象庁の解析では、アンダーソンが提示した数値を当てはめても、当初の予想を越える積雪量がはじき出されることはなかった。


気象庁は、従来の数値予報モデルに従って解析している。


光が構築したモデルは、いずれ起きるであろうポールシフト(極移動)の概念を組み込んでいて、地軸の影響や、地球の自転速度など、従来は用いられていない数多くの因子も加えていた。


だが、一人の研究者が独自に研究している途中のモデルが示した結果を、気象庁が受け入れるはずもない。


観測が始まってから、記録に残る東京での最大積雪量は、1883年2月8日の48センチが最大だ。


現存する書物を調べても、歴史上、1メートルを越えるような記述はない。


光も、自分が構築したモデルながら、はじき出された数値に対しては半信半疑だった。


もし、その数値が多少大きいぐらいなら大騒ぎはしなかっただろう。


だが、万一、東京都内に2メートルもの降雪があった場合は、物的被害だけではなく人的被害も生じることになる。



それも決して小さくない数値のオーダーで、だ。



そのため光は、今日の放送で、明日の雪が想定を越える恐れがあることと、可能な人は避難を始めるよう、もし避難が無理でもしっかり備えを行うよう警告することを、番組前の打ち合わせで提案したのだ。


だが、いち民放番組で、避難勧告などできるはずがない。


というか、行ってよい話ではない。

政府が認めていない状況に対して、注意喚起することも問題と言える。


仮に、それが本当だったとしても、政府のオフィシャルな見解もないまま、避難勧告や警告を行うことは、報道の内規に触れることになる。


三上の話は正論だし、それを理解できるため、光は唇をかんだのだ。


「光さん、それぐらいにしといた方が……」


隣に座った東野が、小声で言った。


「気持ちは分かるが、公共の電波で警告することなど無理なことは分かるだろう」


三上の言葉に光は顔を伏せた。

反論できない。


「プロデューサー、それぐらいで……」


横からチーフディレクターの近藤が口を挟んだ。


そして、光に向かって言った。


「君も研究者の端くれなら、まず気象庁を説得するんだな」



確かにそうだ。



気象庁を動かさない限り、光の導き出した予測を電波に乗せることは叶わない。


光は力なく椅子に座りこんだ。


「よし、じゃ次のコーナーについてだが……」


その姿を同意と捉えた三上が、次の打ち合わせ内容に話を進める声を聞きながら、光は自分の立ち位置で何ができるのだろう、と考えていた。


次話は「5.偏西風」

明日の投稿予定です。

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