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3.氷床


▼首相官邸 (2月9日 03:00)


首相官邸の地階にある危機管理センターで、田辺首相は、椅子にふかぶかと座って目頭を揉んでいた。


日本時間で、昨日のお昼頃に起きた南極での大地震は、約60ある各国の基地に大なり小なりの影響を与えていた。



無論、日本の基地も同様だった。



事実上無人となっている、あすか基地、ドームふじ基地、みずほ基地に人的被害はなく、昭和基地も震源から離れた位置だったため、大きな被害はなかった。


だが、ドームふじ基地は震源に近かったため、氷床がいたるところで大きく崩壊したことで、基地と掘削機械はクレバスに呑まれて消えていた。


極点に建てられていたアメリカのアムンゼン・スコット基地も氷床に呑みこまれ、連絡は途絶えたままだ。


また、海岸線の氷床は大きく崩れて、海へと漂っていた。


南極氷床は約三千万立方キロメートルの量がある。

東京ドームで換算すると、約200億個分以上だ。


今回の地震では、元々温暖化の影響で侵食されつつあった西側の氷床が、約一万立方キロメートルほど海へと崩れ落ちたことが確認された。


東京ドームで言えば、約800万個分の量だ。


気象庁から派遣された技官の説明では、この量は、世界の海水面を約2センチほど上昇させる量らしい。


これだけ一気に淡水が、しかも氷の塊が海へと漂うと、海流などに何らかの影響が現れる可能性があるそうだ。


「では、具体的にどのような影響が考えられるのかね?」


首相が技官に尋ねると、「それは今後の調査を待つしかありません」と返答された。


「その調査結果は、いつ頃、分かる予定なんだ?」


もう一度尋ねると、「それも、これから調べます」との答えだった。



首相は頭を抱えた。



どうして学者は、こう杓子定規のことしか言えないのだろう。


「わからない」「調べます」為政者はそんな言葉が聞きたいのではない。


それでは何の危機管理にもつながらない。


「もういい、下がってくれ」


首相は技官を下がらせると、椅子に座り込んだのだった。


「ところで井波君、日本への直接の影響は大丈夫、ということで良いのかね」


今日は、ほぼ徹夜になってしまった。


60歳を越えるとなかなかしんどい。


目頭を揉んでいた首相は、向かい側に座っている官房副長官に尋ねた。


「まだ詳しい情報は上がってきていませんが、おそらく影響はないかと」


40代前半で官房副長官に抜擢された井波は、三人いる官房副長官の中で最も若い。


疲労感をにじませていないその若さを少し羨みながら、首相は、黙ってうなづいた。


「巨大な氷床が崩れ落ちたことで、津波が発生しましたが、日本への到達は今日の午後、仮に到達したとしても、10センチ未満ということでしたから」


「自然の力は、空恐ろしいものだな」


「は?」


首相のつぶやきに副長官は不思議そうな顔をした。


「氷の塊が落ちただけで、南極から日本にその波が到達する恐れがあるんだろ」


副長官は首相の言葉に苦笑いした。


「まあ、さっきの技官の説明では、量だけ見ると一辺が20kmの、サイコロ型の氷塊が海に落下したのと同じこと、と言ってましたから。ちょっと想像できませんけどね」


一辺が20kmのサイコロか……巨大すぎて、イメージすらできない。


自然災害は、予告なく生じることが多い。


予知が難しい地震関係の災害は、特にそうだ。


もし、日本国内で今回と同じクラスの直下型地震が起きたことを考えると、ゾッとする。


被害を受けた基地もあるから口には出せないが、南極での出来事で良かった、と副長官は思った。


「それより、今日はそろそろ休まれた方が良いのでは?」


首相は、腕時計で時間を確認すると「ああ、もうこんな時間か」と立ちあがった。


「明後日は――いえ日付が変わったので明日ですかね、観測史上最大の雪になるかもしれないそうですから」


そうだった。


東シナ海で発生した低気圧が、発達しながら日本に近づいていたのだった。


八丈島付近を通過する南岸低気圧は、太平洋側に雪をもたらす。


しかも、今回の低気圧は、東京都内で記録的な50センチ以上の積雪になる予測だった。


たぶん、明日の夜は、またこの危機管理センターで過ごすことになるのだろう。


今年は、この部屋にしょっちゅう来ている気がする。


二週間ほど前には、伊豆諸島の南西方面で海底火山が噴火したため二晩ほど過ごした。


水蒸気爆発などもなく、島ができたわけでもなかったが、比較的広範囲の海面が熱水噴出により色が変わったため警戒したのだ。


後で分かったのだが、十か所ほど熱水噴出孔が現れていた。


まあ、何事も起きないなら、それに越したことはない。


二晩、徹夜しただけで済むなら御の字だ。


腰をぐるぐると捻ってから、大きく背中をそらせて伸びをした首相は「年取ると、続けての徹夜は辛いな」と言うと、もう一度目頭を揉みながら歩き始めた。



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