15.希望
▼東京のテレビ局(2月13日 03:00)
光は仮眠室で目覚めた。
枕元に置いておいたスマホを見ると午前3時と表示されていた。
一睡もせずに、ずっと放送に出演して、そして情報を集めて解析していたが、昨日の午後、最後のメイン電源が失われ、テレビ局は放送業務を中止することとなった。
もう行えることがなくなった光は、張り詰めていた緊張の糸が切れ、そのまま仮眠室に直行した。
テレビ局内は、大勢の人が働いており、生命維持に必要な電源は別に確保されていたが、おそらく、もって数日だろう。
起き上がろうとするが、室内の暖房は切れているため、毛布を剥がすのが辛い。
毛布を纏ったまま、仮眠室のカーテンを少し開けてみる。暗闇の中、室内の非常灯に照らされわずかに映る雪の勢いに変化はない。
ブルッブルッ、と身震いした光は、ベッドに戻ると、毛布をかぶったまま、ゆっくりと着替えた。
そして、仮眠室に持ち込んだノートパソコンをデスクに置くと、LANケーブルをつなげて起動させた。
メイン電源の消失後、Wi-Fiはつながらなくなったが、PoEの給電機能を持ったスイッチングハブは、非常電源を用いてなんとか外との通信を維持していた。パソコン自体の電源は、まだ半分ほど残っている。
一昨日の朝、光が教鞭をとるゼミに通っている美紀が送ってきたメールは興味深かった。
美紀は、光が送ったデータから、もしかすると今の事態を解決するヒントを見つけていたのだ。
もちろん、そのヒントは、幾重にも重なった「偶然」という覆いを剥がさないと、現実として目の前に現れない。
だが、今回起きた事象も、同じように偶然の積み重ねが招いたことだ。
「たまたま」南極で地震が起きて偏西風の蛇行を引き起こし、
「たまたま」日本に近づいていた南岸低気圧が偏西風につかまり動けなくなって、
「たまたま」八丈島沖で発生した海底火山が停滞した南岸低気圧にエネルギーを与えて台風まで変化させた。
ちょっとしたボタンのかけ違いさえあれば、南岸低気圧を偏西風が停滞させることはなかっただろうし、常識的にあり得ない南岸低気圧から熱帯低気圧への変化を招くこともなかっただろう。
もう一度、偶然が積み重なることを期待してはいけないのだろうか?
否、突然始まった事象の多くは、突然終わることが多い。
全ての物事、そして出来事には始まりがあって終わりもある。
それがいつまで続くのか、が問題なだけだ。
美紀が指摘していたのは、最初の始まりといえる「南極の地震」についてだった。
マグニチュード9クラスの地震は、単発で終わったことはない。
規模の差はあっても、必ず「余震」を伴う。
そして、本震のエネルギーが大きければ大きいほど、余震のエネルギーも大きくなる。
今回、南極での地震は、まだ本格的な余震を伴っていない。
もちろん小さな余震は多数あったが、マグニチュードは3~4程度。
本格的余震とはいえない規模だった。
もちろん、今回、大きな余震が起きないこともあり得ないわけではない。
だが、過去の大地震の傾向から考えれば、マグニチュード8後半の余震が起きる可能性は高かった。
そして、その余震がマグニチュード9に近ければ、再び形状軸の歪みを生じさせ、偏西風の流れを変える可能性はあった。
ほんのわずかな蛇行の変化があれば良い。
それだけで、停滞していた台風は動き始めるだろう。そして、今の季節、少し位置が変わるだけで、エネルギーの供給が受けられなくなった台風は、急激にその勢力を衰退させ、熱帯低気圧、そして元の温帯低気圧まで戻るはずだ。
想いにふけりながら光は、パソコンが起動したのを確認して、メーラーを立ち上げる。
受信メールを確認すると、先頭にあったのはEOLのアンダーソンからのメールだった。
件名の「Hope!」の文字に、胸がどきりとする。
偶然の積み重ねを考えていたタイミングのメール。光は何かの啓示を感じた。
少し震える指でクリックすると……
メールの本文に、光が待ち望んでいた現象が起きたことが記載されていた!
「5分前に、南極、極点近くでマグニチュード8.9の余震が発生。ヒカル、希望が出てきたぞ!」
メールの受信時刻は02:32。30分前に着信していたメールだ。
そして、リンクされていたアドレスをクリックすると、現在の衛星からの気象データが表示される。
そこに示されていたのは、南半球の貿易風に変化が現れたデータだった。
緯度が30度以下の地域に吹く恒常風を「貿易風」というが、貿易風の変化は、同じ恒常風である偏西風にも強い影響を与える。
偏西風、貿易風、そして季節風のバランスで作られる大気大循環は、一部に変化がみられれば、その変化は瞬く間に全体に波及する。
貿易風の変化が、現在大きく蛇行を続ける偏西風にわずかでも影響を与えることができれば……
慌てて光は、パソコンのLANケーブルを抜く。
そのままパソコンを持って、みんなのところに向かった。
現れた「希望」を伝えるために。
次話は、金曜日の投稿予定です。




