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13.可能性


▼神奈川県横浜市のカフェバー (2月11日 01:00)



キャンドルの灯りが揺れている。


20分ほど前に停電したが、店内にあったイベント用のグラスキャンドルが、完全な暗闇を防いでくれた。


ゆらゆら揺れる灯りが幻想的な雰囲気をかもし出している中、美紀がマスターから借りたノートパソコンを使って、大学院の研究室で使っているモデルを操作しているのを、3人が囲んで見ていた。



光の放送を見た後で、4人は話し合って籠城の準備をした。



まず寒さ対策は、マスターが泊まりの際に準備していた寝具が二組あったので、それを店の中に持ってきた。


毛布もあったのは良かった。


灯りは、バレンタインデー用のグラスキャンドルがたくさん準備されていたので、店内のあちこちに、マッチと共に数個ずつ置いた。


食料は、マスターが一人あたり10食分のサンドウィッチを作ってくれた。

食材は他にも残っているので、いざとなれば食料はある程度持つだろう。


これで、一週間から10日は籠城することができる。


あとは、雪が止むのを待つだけだ。


準備を終えた滋は、やることを終えた安心感を感じていた。


もちろん不安感はそれ以上にあったのだが。


やがて、美紀が操作していたパソコンが、処理を終えたことを「ピンポン」という音で知らせた。


「計算中」の表示が「処理結果」のボタンに変わる。


「美紀さん、何か分かった?」


大輔が聞くと、美紀は「ちょっと待ってね」と言って、キーボードを操作した。


やがて、画面にはPDFが立ち上がり、グラフがいくつも表示された。


そして美紀は、あらかじめ準備していたメモ用紙に、その数値を書き写していった。


停電になった今、なるべくパソコンのバッテリーは節約しよう、ということになっていたからだ。


データを細かく確認していた美紀だったが、突然「え?」と驚いた声を上げた。


「どうしたの美紀さん?」


滋は画面を覗き込んだが、表示されている文字を読んでも、美紀がどの部分で驚いたのかが分からない。


少し考え込んだ美紀は、「ちょっと気になることが書いてあったんだけど……後で説明するわ」と言うと、再びメモ書きを続けた。


やがて、数値を書き写し終えてパソコンの電源を落とした美紀は、メモ書きを再度読み直してから「なるほど」とうなづくと「説明するから座ってね」と3人に言った。


「えっと、最新の情報だと、熱帯低気圧は風速が秒速28メートル、気圧も920hPaまで発達してるようね」


滋と大輔は学科が違うから、気象のことは詳しくないが、停電する前に美紀から即席の講義を受けていた。


「熱帯低気圧って寒気が入ってくれば衰退するんでしょ?北側の寒気が、混ざらないの?」


「ううん、関東地方にかかっている寒気は、西側の高気圧がブロックする役目になっているから、これ以上南下する可能性は低いわね」


美紀は、手書きで書いた天気図の略図に、印をつけながら大輔に答えた。


「美紀さん、じゃあどうなれば、雪が止む状態になるの?」


「一応、三つあるかしら」


そして、美紀は新しいメモ用紙に、三つの箇条書きを書いた。マスターは黙って3人の会話を聞いている。


本来、陽気な人なのだが、余計な口を挟んで邪魔をしたくないのだろう。


「まず一つ目は、囲んでいる偏西風の流れが変わって、東の海上に移動を始めること。

二つ目は台風にエネルギーを供給している海水の温度が下がること。

本当なら、これだけの時間、台風が同じ場所にとどまっていると、湧昇の現象で海面下の冷たい海水が混ざるから、少しずつ衰退するはずなのに、逆に発達しているの。

ということは海水の温度を上げ続ける何かの要因がある、っていうことね」


さっき受けた即席講義で、熱帯低気圧が台風に発達するには28度以上の海水温が必要、ということだった。


今、八丈島沖は2月には珍しく30度を越えた水温になっていて、光からの情報では、それは二週間ほど前にあった、海底火山噴火の影響が考えられるそうだ。


「そして三つ目は関東地方にかかっている寒気が北上してくれることね。

上空の寒気がなければ雪から雨に変わって、雪を溶かすのにも役立つはずだし」


「じゃあ、三つのうちどれか一つだけでも解消すればいい、ってことだよね」


「そうなるわね」


滋が尋ねると、美紀はうなづいた。


「そうだ!アメリカに頼んで核爆弾を台風の位置で爆発させたら、動き始めるってことないかな。核爆弾ってすごいエネルギーだし」


大輔が思いついたアイデアを言うが、美紀は首を横に振った。


「全く役立たないわ、核爆弾なんて。

台風が持つエネルギーって、広島型原爆換算で約一万個分って言われてるわ。

台風の中で核爆弾を爆発させても、そよ風程度の影響もないわね、たぶん。

逆に放射性物質を撒き散らすだけよ」


「人の手で何かを起こす、ことってできないのかな」


「滋くん、自然の力に対抗できるのは自然の力だけよ。人間ではどんだけがんばっても無理なの」


美紀は小さくため息をついた。


ヒトの力は限界がある。


それも自然を相手にした場合、その限界点はすごく低い位置になる。


マスターは平然としたままだが、滋と大輔は、美紀の言葉に明らかに失望の表情を示した。


無理もない。


ただ待つしかない、というのはこうした異常な状況下では不安を大きくするだけだ。


しかし、美紀は光からのデータを読んで、針の穴ほどだが、小さな希望が書かれていることを気づいていた。


「でもね、逆に言うと自然の力であれば、同じ自然の力に対抗できる可能性があるわ」


そして美紀は、光が送ってきたデータから見つけた「可能性」について説明を始めた。



次話は、金曜日の投稿予定です。

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