食べる理由
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逆リョナな状況、目の前には憧れのイットちゃんが牙をむいてる。落胆が激しい。仕事に忙殺されてた俺を、心から癒してくれた娘に喰われるなんて……。でも世界一のイットファンを自負しているからこそ、これだけは聞いておきたかった。
「なんで、人を食べるんだ?」
イットちゃんの舌が止まる。そして震えだした。
「なんでなんで!? なんでなんでなんでなんで!?」
バーチャルだからエラーを起こしたのか? イットちゃんは連呼したまま、わなないている。
そして興奮した猛獣のように息を荒げ、俺の胸に歯を突き立てた。
「フーッフーッ、なんでよ! なんで彼が死ななきゃならなかったのよ! すべて人間が悪いの! 人間は捕食すべき存在なのっ!」
ぐああああっ! ち、乳首を引きちぎられたぁあああ! もうダメだっ! 俺は捕食されるっ! 脳内に恐怖がよぎり、身体の痛みが増す。その激痛で死にそうだ。だがっ、真相を知らずして死ねるかっ!
「い、イットちゃん……。彼って誰だ? どうしてそいつは死んだんだ?」
「なんでなんでなんでなんでっ! どうしてそんなこと聞くの? あたしのことに、なんでそんなに興味があるのっ!?」
「それは、君が好きだからさ。仕事ばかりで楽しみもなかった。そんな俺を癒してくれたのが、イットちゃんだったんだ……。なのに、こんな。酷いよ」
再びイットちゃんは震えた。
「うっうっうっ……」
泣いているのか?
「うっうっうっ……。うっうっうっ! アハハハハハ!」
いや笑っている!
「それで! どうりで、あたしのことに興味があるわけね! 他の人はあたしに恐怖するだけだったのに、キミは異常だよっ!」
笑いながら太ももをかじられた。おいしそうに食べてる彼女に、俺は叫んだ。
「い、異常でも構わない! 君はっ、唯一の癒しだ! 仕事が辛くても、君がいれば頑張れたっ! 君は俺の希望なんだっ!」
「希望……。皮肉なものね。憎悪でこの世界に具現化できているあたしが、誰かの希望だなんて……」
「憎悪? どういうことだ?」
「彼……。つまり、あたしの産みの親は人間のせいで死んだっ! いつも仕事で下に見られて、ぞんざいに扱われて……。それでも……。それでも彼は疲れてる人々に癒しを与えるため、あたしを創って……。でも人間はそんな彼を非難した。『陰キャ』とか『偽善者』とか! それで彼は追い詰められて……。人間はみんな醜い!」
……辛い話だな。俺も会社で下に見られてるから、そいつの気持ちは解る。
「だから、今度はあたしが人間を食べるのっ! 彼もずいぶん癒されたっ!」
大口を開けて迫ってくるイットちゃんへ、俺は言い放った!
「どうして、彼が癒されてるって解るんだ?」
「癒されてるわよっ! 癒されてるに決まってる! 彼を死に追いやった人間を食べてるんだからっ!」
「じゃあ、そいつはなんで君を残したんだっ!? 疲れてる人々を癒すため。イットちゃんがそう言っただろ! 本気で人間を恨んでたら、君は削除されているはずだ!」
「で、でもっ!」
「確かに、人間には他人をないがしろにする嫌なやつもいる。でも、一方で苦しんでる人を救うため頑張ってる人もいるんだ! 現に、俺はイットちゃんのおかげで癒されてる! まだ生きたいと思う! 俺には、イットちゃんが必要なんだっ!」