俺は天才……か?
俺は天才かと思った。
ゴロゴロゴロゴロゴロ……!!!
突然異世界に転生され、馬鹿みたいなレベルになっていた。歩けば地割れ、触れば創成万物をぶっ壊す愉快な第二の人生。
ゴロゴロゴロゴロゴロ……!!!
自分の強大な力に捕らわれ動くことすら出来ない、いや出来なかった。
ヒントは前世の記憶――重機だった。あれだけ重いショベルカーなどが地面を壊さず進める理由。それは車輪と回転だ。
「ふふふ……ははははっ!!!」
そう、俺は連続で前転することで何も壊さずに移動しているのだ。
しかもその速度はスポーツカーを優に超える速度だ。疾風の如く野犬を抜き去り次の瞬間には遥か彼方へ置き去りにしている。
身体能力と共に視力三半規管も超人化しているのか、回転で全く酔わない。むしろ超安定的な走行だった。上手く体を使ってジャンプもできる。なんかちょっと楽しい。
「あ」
ウギュゴエェェ!?というモンスターの声。ちょっと考えごとをしてたらモンスターを轢き殺してしまった。というか触れた瞬間爆散した。
何気に初のモンスター討伐だ。返り血は一滴もついてない。飛沫が飛んできたが見えない壁みたいなものに弾かれて霧になって消えた。
うーむ、何か地味に人外的な要素だ。
「ちょ、ちょっと待って!! 待ちなさい!!」
「む?」
ミンチになったモンスターの付近で女――訂正、女の獣人――が俺を呼んでいた。そういえば転生してから声をかけられるのは初めてかもしれない。
「なんだ?」
ちょっとゴロゴロして獣人の所へ戻っていく。
おお、と俺は内心で声を出した。女は見るも珍しい獅子型の獣人だったのだ。
纏めて獣人と呼んではいるが、肌色の違う人間以上に様々な種類がいる。
その中でも獅子型の獣人は珍しい。吟遊詩人の英雄譚でしか聞いたことしかない。伝説は言い過ぎだが稀有と言って過言ではないだろう。
「え、ええと……その、貴方はいったい何? 人間?」
「いきなり人を呼びつけてその言い草はないだろ」
思わずタメ口で返事してしまった。いや俺は悪くないだろたぶん。
「ご、ごめんなさい。そうね、えーと……ひとまずお礼を言わせて。ありがとう。助かったわ」
「助かった?」
「そう! 貴方がいなかったら、私は今ごろデスキングバジリスクの胃の中でドロドロになって死んでいたわ」
デスキングバジリスク? ああ、さっきのアレってデスキングバジリスクだったんだ……押しも押されぬA級モンスターじゃん……。
やるせない気持ちの俺とは裏腹に、興奮した様子で彼女は目を輝かせていた。
「私も名高い冒険者を数多く見てきたけど、デスキングバジリスクをあんな雑作も無く倒したのは貴方が初めてだわ」
「あ、あはは……たまたまですよ。たまたま。奇跡ってあるんですね」
あまり俺のステータスは表沙汰にしたくない。どんなトラブルに巻き込まれるか分かったもんじゃない。
「もしかして勇者様だったりするの? それかどこかの国お抱えの英雄様? そのダンゴムシみたいな体勢にはどんな意味が?」
勇者とか英雄だったらこんな体勢で居続けないんじゃなかろうか……。
「この体制には深い事情があるので言えない」
「あっ、そうよね、ごめんなさい」
「ええと、お礼が言いたかったって事で良いよね。その言葉だけで十分お気持ちは伝わったから、俺はもう行くよ」
「待って勇者様!!」
突然彼女は両膝をついて俺の服を掴んだ。って危ねぇ!? 咄嗟に止まらなかったらまた分けわかんない大惨事起こるとこだったぞ!?
バクバクと嫌な鼓動が鳴りやまぬ俺に、彼女は必死な様子で頭を下げてきた。
「お願いがあります。一生のお願いです。私と一緒にダンジョンに潜ってほしいの」
「ダンジョン?」
「うん。私は行方不明になった父と母の手がかりを見つけるため、この先にあるダンジョンに行く予定だったわ」
電撃が走った。彼女に言われて俺はとんでもない事実に気づいた。
そんな俺の顔を見て、何を勘違いしたか彼女は神妙に続ける。
「そう。そのダンジョンとは――前人未到、禁忌の魔城、かつて神が作り、神が毀したと言われるあの『バベルの残骸』」
ごくり、と俺は唾を飲んだ。
「数年前、父と母はそこで向かい、それから消息を絶ったの。分かってる。あの魔瘴の聖域に一人で行くことがどれだけ無謀で愚かで向こう見ずなことか。現に、貴方が助けてくれなかったら、ダンジョンにたどり着く前に死んでた」
でも、と彼女は続ける。
「どうしても私はお父さまとお母さまの手がかりを掴みたい。生きているかも死んでいるかもわからない。なぜ私を置いてあんな地獄へ行ったのかも分かっていない。だからこそ、何か欠片でも真実を掴みたい。勇者様、お願い。私に付きあって。お金でも……身体でも、対価は一生かかっても支払う。踏破しろとは言わない。命の安全を顧みて途中で撤退する形で良い。だからお願い! 『バベルの残骸』に私と一緒に行って欲しいっ!!」
「……名前」
「え?」
「君の名前は?」
「へ、ヘイゼル!! ヘイゼル・キングスレー!!」
「じゃあ、ヘイゼル。君に一つだけ聞きたいことがある。とても大事なことなんだ」
「うんっ!! 何でも答えるわっ!!」
俺は感情を隠さずに言った。
「……ここは、いったい、どこなんだ?」
「……は?」
転がり転がり幾星霜。楽しくジャンプして浮かれて行き着いた場所は――全く見たことがない景色。
そう、俺は何を隠そう全力で迷子になってしまっていた。
つまり、俺は一人で家に帰れない。
「なぜ……どうしてこうなってしまったんだ……」
俺はダンゴムシのような体をさらに丸めて己の愚かさを呪ったのであった……。