05:み吉野病院・甲
【2-5】
「ヤバッ! もうこんな時間!!」
「何か用事があるの?」
「バイトがあるんだ、話の続きは帰ってきてからでいいかな」
「いいよ。頑張ってね!!」
俺は小走りでドアを出て、自分の部屋に向かった。
部屋の隅に置いてある大きなリュックサックを背負う。
このリュックサック、体積はそこらのスーツケースと同じくらいだ。
中には何種ものアルバイトの制服、下着、その他に折り畳み傘なんかも入っている。
これで準備万端だ!
「よし! 行くか!!」
まだ水滴がついているが、仕方なくレインコートを羽織り自転車にまたがる。
俺はいつもの“場所”に向かった。
建物の中は太陽の光が全くない分、薄暗い。
俺がいるのは廃墟である。それも病院の廃墟だ。
今では廃墟といえば、人は工場でなく病院を真っ先に思い浮かべる。
なぜなら、それだけ多くの病院が潰れたからだ。
おかしな話だが事実で、病院に来る患者が激減したのだ。
現在では世界中で病院と名の付く建物はもと数の十数%しかない。
そのトリガーは1台のスーパーコンピュータである。
これが良くも悪くも大きく世界を変えたのだ。
俺はリュックサックをどすん、と地べたに下ろす。
身体の生成に取り掛かるのだ。
やり方はとてもシンプルで、左の手のひらにアラビア数字で“16”と指で書けばいい。
それだけだ。
人差し指が数字を書き終わる。
計15の身体が同時につま先から順にふくらはぎ、太もも……と下から上に作られ、高さを増していく。
少し離れたところで俺はそれを見守る。
5秒もしないで、全員の身体が出来上がった。
16人の男子高校生を作り出し、動かすエネルギーを俺が支払う。
並外れた体力が必要とされる芸当ではあるが、慣れてしまえばかなり使える。
その利用例がアルバイトだ。
“16人がそれぞれ別の職場に赴き働く”
収入は一般アルバイトの16倍なのに対して、食費などの支出は1人分で済んでしまう。
圧倒的黒字。墨のように真っ黒字だ。
俺の通帳の数字は上がる一方で、とどまる所を知らない。
これが以前言った分身能力である。
出来上がった男たちに服を着せさえすれば、いよいよアルバイトだ。
彼らは一糸もまとっていない!
仕様だから仕方ないが、俺がコピペできるのは肉体だけで
シャツや腕時計など身に着けているアイテムにコピーは効かない。
そんな訳で、バイトのある日俺は重たいリュックを背負って人目のない場所に向かうのだ。
それにしても、
廃病院で、同じ顔をした野郎が、全裸。
かなり強い絵面ではある。
リュックからバイト服と靴そして折り畳み傘を取り出して、一人ずつに渡していく。
「よし、みんな準備できたな!終わったらまたここに集まろう!」
ぞろぞろと建物から出ていく。
バイト先はこの廃病院の近くに集まっているので、自転車が人数分要るということにはならない。
職場は飲食店からガソリンスタンドまで、他分野にわたる。
俺たちは各々の店に向かった。
雨がしとしと降っている。
4月と言えど、まだ肌寒い。
「帰りには止んでてほしいなぁ……」
続く