10:み吉野病院・己
【2-10】
「ありがとう」
老医師は俺の首から手を放す。
「死ぬのはやめるよ……」
そして俺にまたがっていた老医師はゆっくりと立ち上がる。
その時だった。
――パン!!
弾丸は老医師の胸を貫通する。
み吉野大和は声を漏らす。
「ぬぅぅっ……!!」
赤をまき散らしながら俺にかぶさった。
風吹く肌寒い夜。まわりにこぼれた血はほかほかと湯気を立てている。
汗で濡れている俺の服に老人の身体をこれまで回っていた血が、水彩絵の具のように俺の白シャツを塗っていく。
「な!?」
「おいっ!おいっ! おいってば!! み吉野さん!!
大丈夫ですか? み吉野さん!!!!?」
穴の空いた右胸からだくだくと血が流れる。中に入っている血を全部出すぐらいの勢いで赤さは深くなっていく。
俺の身体はもう十分動く。
俺は手のひらで倒れた彼に胸に栓をする。
止血の仕方が分からないが、全力でそれを試す。
「あ、あのカバン……何か入っているかも」
両腕を固定したまま足でカバンを寄せる。
「頼む!! どうか助かってくれ!!」
――コツ、コツ、コツ……
誰かがこちらに向けて歩いている。
言うまでもない。
み吉野さんを撃った人間だ。
近づいてくる音源をぎらりと睨みつける。
暗闇の中だから、どんな人間か分からない。
与えられた情報は足音のみ。
この音は靴でも、運動靴やローファーには出しえないものだ。
もっと床との接触面積が小さい靴でなければ、建物にこんな音は響かない。
例えばヒールみたいな靴。
耳元でみ吉野さんがぜぇぜぇしながら絞り出す。
「私はもう死ぬ…… そこで頼みがある」
「そんな事言わないでくだ」
「いいから聞けぇ!!!!!!」
「いいか?よく聞くんだ、よぉく聞くんだよ、秋野白露君!!」
俺の肩をがしり、と掴む。
「情報でヒトを救えるようになり、かなり生活が便利になった。
だがな、物事は一長一短だ、例外はない。
必ず恐ろしいしっぺ返しがくる……
そんなときは君が皆を助けてやってくれ!!
なぁに、優しい心を持つ君ならできるさ!
何人もの命を救ってきた私が太鼓判を押すよ。 頼んだよ……」
「分かりました!! 絶対にやってのけます!約束します!!」
「そして君を殺そうとして本当にすまなかった…… すまなかっ……」
口の途絶えたみ吉野大和は首をそらして動かなくなった。
もともとシャツは真っ白だった、と言っても誰も信じないほどに
余すところなく血で染め上げられていた。
続く