表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
関わる者としての時間
96/140

日常 講習と落とし穴

『定期講習、賢者ウォールドの論文説明会』


 冒険者組合(ギルド)の連絡用掲示板にそのような張り紙が出されていた。めぼしい依頼がなく帰ろうとしたトリスの目にその張り紙が目に留まった。張り紙の内容を見るとウォールドが都市に滞在していた頃に書いた魔術論文に関する説明会だった。


 この講習は定期的に行われているようでちょうど今日行われる。受講料を払えば誰でも参加でき参加受付は講習の直前まで受け付けていた。普段ならそのまま無視してしまうところだったが、今回の講習の内容がトリスにとって思い出深いものなのでトリスは懐かしさに駆られ講習を聞いてみることにした。




 講習の会場は冒険者組合(ギルド)の一室で行われた。受講料を払ったトリスは教室の中に入り、階段状に作られた席の中から空いている場所に座った。室内は百人が座れる造りで、室内には七十人ほどの受講者がいた。


 受講者の多くは十代から二十代の若者で、皆記録用のペンとメモ用紙を用意していた。トリスも不審がられないようペンとメモ用紙を用意し講習が始まるのを待った。


「――なのでこの術式は従来の法則とは別の観点から考察され、その結果、魔術の威力を上げ更に魔素の消費量を抑えている。この改良は今の魔術の水準から見ても非常に優れたことで賢者ウォールドの偉大なる功績の一つである」


 講師は受講時間ちょうどに室内に入り講習が始まった。講習の内容であるウォールドの論文の魔術式を黒板に記載しながら説明を行っている。この論文の主旨は当たり前だった魔術式を別の観点から考察しウォールが魔術式の改良を行った。トリスも直接ウォールドからこの論文については習い、画期的な改良だと思った。


 しかし、この論文には一つ大きな問題があった。


「この改良に唯一難があるとすればそれは従来の術式よりも構築に時間がかかると言う点である。僅かな時間なので大した問題ではないが、賢者ウォールドが本来目的としたものではない。本来の目的は魔術式の構築時間の短縮であった。この論文の内容はその過程で見つかったもので、賢者ウォールドは本来の目的が達成できなかった自分の未熟さを嘆いたと当時の記録にある」


 そう、この術式の改良は確かに素晴らしいが、本来と意図した改良はできていない。ウォールドが目的としたのは魔術式を構築時間の短縮であった。魔物との戦闘においてはいかに早く魔術を発動することが重要になる。威力や魔素の消費量を変化させずに発動のみ短縮させることを主軸に改変を行っていた。この論文はその副産物でしかなかった。


「君達も賢者ウィールのように魔術に対する向上心と謙虚さを持ち、日々の修練に励んで欲しい。では、この論文に関しての質問や不明な点はある者は挙手をしなさい。順番に答えよう」


 講師が言葉に何人かの受講者が手を上げ順番に質問などを始めた。トリスは知っている内容なので特に質問することはないので他の受講者の質問に耳を傾けていた。そして大体の質問を終え最後の少女が思わぬ質問を講師にした。


「術式の改良についての質問です。先ほどの御説明にもありました構築時間の短縮についてですが、賢者様が翌年に出された別の論文を応用すれば構築時間の短縮につながると思うのですが、それについて意見をお聞かせ下さい」


 少女はそう言って自分の考えを講師に伝えた。講師はその説明を終わるまで黙って聞いていた。そして、少女の説明が終わると講師は口元を開けて大声で笑った。


「ふふ、ふふふふ、わぁはははははぁ、君は正気かね? 今の説明を聞いた限りだと確かに構築時間の短縮になるが魔術の威力が半分になってしまう。それは失敗ではないか」

「で、ですからその改善方法として私が先ほど言った方法を使えば……」

「君の言う方法は右手でナイフを持って、左手にスプーンとフォークを持って食事をするようなことだ。そんなことは誰ができると言うのだ。そもそも偉大なる賢者ウォールドができなかったことを貴様のような小娘にできるはずないだろう」


 講師は少女の意見を真っ向から否定した。そして、先ほど講師らしい口調とは打って変わって講師は少女を侮辱し始めた。周りの受講者も少々行き過ぎた発言だと思っているが、揉め事に首を突っ込みたくないのか皆口を閉じていた。ただ一人を除いて。


「それは先ほどのあなたが言ったことと矛盾します」


 大きな声を上げて講師の言葉を遮ったのはフェリスだった。フェリスもこの講習を受けていた。


「どう言うことだ!」

「先ほどあなたは『魔術に対する向上心と謙虚さを持ち、日々の修練に励んで欲しい』と言いました。彼女はその言葉の通り、自分なりに魔術に向き合い考えを伝えました。確かに拙いところはありますがその姿勢は賞賛に値します。決して笑われ、罵倒されることではありません」

「未熟な考えを披露して何になる。そんなにも目立ちたいのか。そもそもお前らごときの俗物達が賢者殿の教えに逆らうこと自体がおこがましい」

「賢者ウォールドは万人に扱える魔術を目指し、他者からの意見を広く取り入れていた筈です。たとえ未熟でもそこから得られる知識は何かある筈です」

「では、君は先ほどの彼女の考えで構築時間の短縮ができるのか?」

「そ、それはまだできませんが……」

「できないなら一端の口を叩くな。時間の無駄だ。まったく君達二人のくだらない話の所為で他の講習者達の時間を無駄にしてしまった。どうやら君達はこの講習の邪魔でしかない。この部屋から出て行け」


 講師の強い言葉にフェリスと少女は従うしかなかった。今の自分達の知識と技術では講師の言うとおりだ。


「判りました」

「失礼します」


 二人は悔しい思いをしながら部屋を出て行った。そんな二人の様子をトリスは何も言わず見送った。




「すいません。私の所為で……」


 講習会から追い出されたフェリスはそのまま帰ろうとしたが、少女が部屋を出るなり誤ってきた。


「気にしないで下さい。僕もさっきの講師の態度は酷いと思いましたから…… ここで立ち話をしていると中の人に迷惑をかけるので場所を変えましょう」


 フェリスがそう言うと少女は小さく頷き近くの喫茶店に二人は移動した。喫茶店には余り客がいないためフェリス達は奥の席に座り飲み物を頼んだ。


「改めて先ほどは御迷惑をおかけました。私の名前はベルセールと言います」

「僕の名前はフェリスです。先ほど言いましたが気にしないで下さい」

「ですがせっかくの受講費が無我になってしまいました」

「あれ以上の説明は講師にはできないと思います。出てきて正解だと思います」

「じゃあ、反論できなかった私達もあれ以上の考察は無理ですね…… 結局私の考えは間違っていたんです」


 ベルセールはそう言って肩を落とした。本来であれば自分の考察を披露し、講師から何かしらの助言を貰えればいいと思っていた。しかし、講師から言われたのは助言ではなく罵倒だった。フェリスもベルセールの考察はいい着眼点だと思っている。


(トリスさんに相談してみれば何かしらの解決策はあるかな……)


 賢者の弟子であるトリスに相談すれば解決策はあると期待するが、逆にあの講師と同じように不可能だと言われてしまう可能性もあった。フェリスはそのことを恐れた。それにトリスは純粋な魔術師ではない。幾ら賢者の教えを受けていても魔術の知識もそこまで深くはないとフェリスは思っていた。


「着眼点は悪くない。だが、もう少し考えを広げる必要があるのさ」


 不意にトリスの声が聞こえフェリスは声のする方を見るとトリスが立っていた。


「トリスさん、どうしてここに……」

「俺もさっきの講習を受けていたのさ。ちょっと思い入れのある内容だったからな」


 トリスはそう言うとフェリスの隣の席に座った。


「あなたは確か……」

「久しぶりだな。巨大猪(ベヒモスボア)のとき以来か?」

「はい、その節はお世話になりました」


 ベルセールはトリスに深々と頭を下げた。事情を知らないフェリスは二人の関係が気になった。


「トリスさん、ベルセールさんとお知り合いなのですか?」

「はい、巨大猪(ベヒモスボア)に襲われていたところをトリスさんに助けて頂きました。本当はすぐにお礼を言いに行きたかったのですが謹慎になってしまったのでお礼にいけませんでした」

「父親から礼を言われたからいいさ。それよりも賢者の論文の話をしよう」


 トリスはそう言うと先ほどのベルセールの考察について意見を述べた。


「あの論文は副産物でしかない。賢者が行おうとしたのは魔術式を構築する時間を短縮する方法の模索だ。それについては理解しているな」

「「はい」」

「では何故その方法が難しいかと言うと構築する際に行う作業の多さだ。さっきベルセールが考案した方法だと複数の処理を同時に行う必要がある。それができれば問題は解決する」

「その方法はあるのですか?」

「あるぞ。簡単な方法で解決する。しかもどんな魔術師でも少し練習すれば簡単にできる」

「そんな夢みたいな方法が本当にあるのですか……」


 トリスの話にフェリスもベルセールも半信半疑だった。この問題は三十年近くも魔術師達を苦しめた難問でそれを簡単に解決できるとは到底思えなかった。疑惑する二人を尻目にトリスは紙にある術式を書いた。


「答えはこれだ」


 トリスは二人に術式を書いた紙を見せると二人は一瞬困惑して次の瞬間に思いっきり悔しそうな顔をした。


「そっか、人が同時に行うから難しいんだ!」

「そうです! 術式を事前に用意していれば解決します。しかもこの術式は様々な魔術に応用ができる。後は何にこの術式を書き込めば発動するのかを探せば……」

「魔鉱石を埋め込んだ護符(アミュレット)を用意してそこに術式を書いておけばいい。後は護符(アミュレット)に書いた術式との自分が構築した術式を合わせるだけだ」

「「その手があった!!」」


 魔術師にとって護符(アミュレット)は補助道具であるため使用するのは初心者だけだ。子供が指で計算する感覚に近いため一流の魔術師ほど護符(アミュレット)を使うことに考えがいかなかったのだ。トリスの解決案はまさに魔術師の穴をついた方法だった。


「ト、トリスさんがこの方法を考えたのですか?」

「ああ、師匠に習って実戦で使っているときに思いついた。もっと早く魔術を発動したかったからな。思った以上に簡単にできたから師匠に話したら憤気したよ」


 トリスの話を聞いてフェリスは大伯父であるウォールドを気の毒に思った。長年追い続けていた難問の答えをあっさりと弟子に解決されてしまったのだ。魔術師ゆえの落とし穴。元々は剣士であったトリスはその穴にははまらず解決してしまった。


「あ、あのうこのことは発表しないのですか? 大発見ですよ!」

「大発見って言われても俺は発表するつもりはないぞ。補助道具を使うだけだからな。むしろこんな解決策を魔術師でない者から提示されたらどうなる?」


 純粋な魔術師でないトリスがこのことを発表したら大半の魔術師は寝込んでしまうだろう。長年この難問に向き合ってきた魔術師ほどこの解決策は残酷な答えだ。フェリスもベルセールも自分からこのことを発表するつもりはない。人の手柄を横取りするようで気が引けるのだ。


「どんな方かは存じませんが、トリスさんのお師匠様は何か言わなかったのですか?」

「何も言わなかったよ。解決方法を話した後は維持になって他の方法を模索していた。結局他の解決方法が見つけられなくて、自分でも使用するようになったよ。けどこの話をすると機嫌が悪くなって数日間まともに話をしてくれなかった」

「そ、そうですか。気難しい方だったのですね」

「子供っぽいだけさ」


 そう言ってトリスは笑った。この解決策に関しては唯一トリスがウォールドに魔術のことで勝った出来事だった。そして、ウォールドとの思い出で数少ないトリス自身の自慢話でもあった。



 

「今日はありがとうございました。フェリスさんとトリスさんのおかげで自分の考えが間違っていないことが判りました」

「僕は余りお力にはなれませんでしたが……」

「いいえ、あの講習会でフェリスさんが言ってくださった言葉に勇気を貰いました。よければ同じ魔術師同士これからも合ってください」

「僕で良ければ是非」


 フェリスとベルセールはそう言うとまた会う約束をして別れた。トリスはフェリスとベルセールのやり取りを黙って見守り、ベルセールが去った後にフェリスにあることを教えた。


「――フェリスはあの娘の本名は知っているのか?」

「…………そう言えばファミリーネームを聞いていませんでした。トリスさんは御存じですか?」

「ああ、父親と会ったからな。彼女の名前はベルセール・ルフェナン。リューグナーのリーダーであるモンテゴ・ルフェナンの娘だ」

「えっ」


 ルフェナン家とクレア達の関係を知っているフェリスはその意味をすぐに理解した。ルフェナン家の人はクレアとフレイヤが警戒している人達だった。そんな人物と交流を持つことになったフェリスは、遠ざかるベルセールの後ろ姿を黙って見送ることしかできなかった。


誤字脱字の指摘や感想などを頂けると嬉しいです。

評価やブックマークをして頂けると嬉しく励みになりますのでよろしくお願いします。


過去の投稿もちょくちょく修正を行っています。

設定などは変えずに誤字脱字と文章の校正を修正しています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ