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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
関わる者としての時間
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日常 氷菓と指切り

 ザックは己の行動を恥じていた。本来調査対象に接触することは情報屋にとってはタブーだった。しかし思わぬ偶然が重なりザックは調査対象であるヴァランティーヌと行動していた。


 ザックの日々の仕事はロバートと組んでトリスから指定される人物や物事に対しての情報収集だ。情報屋だったザックにとっては得意分野でこの仕事に対しての不満はなかった。


 トリスが情報収集する内容は主に三つある。一つはこの都市で起きたこと。過去二十年間に起きたことについて詳細に調べること。なお、巨大猪(ベヒモスボア)については余りにも有名なことだったのでてっきりトリスは知っていると思い報告を怠ってしまった。


 二つ目はモンテゴ ルフェナン、ダール・ラング・レモル、ワノエルィテ・ヴォルフィール、ジェテルーラ・ヴォルフィールの四人について調べること。どんな些細なことでも彼らが関わったことについて詳細に調べるように言われている。


 三つ目は四人の家族についての行動を調べること。ターゲットの四人に比べて詳細に調べる必要はないが、日々の行動などについては把握するように指示されていた。例えばダールの妻であるエミールが毎月同じ日に教会に行くことなど調べ報告していた。


 そして、今日はワノエルィテの孫娘であり、ジェテルーラの娘であるヴァランティーヌの調査していた。いつものように調査対象とは距離をとって尾行していたが、思わぬ事態が起こった。


 一人で買い物をしていたヴァランティーヌに酔っ払いが絡んできたのだ。酔っ払いは酒を飲んだ勢いでヴァランティーヌに声をかけた。ヴァランティーヌは最初はやんわりと断っていたのだが、酔っ払いがしつこく食い下がりヴァランティーヌは思わず酔っ払いを突き飛ばしてしまった。


 酔っ払いは酒のせいで足下がおぼつかず、野次馬として近づいたザックとぶつかり二人はそのまま倒れてしまった。ザックは揉め事を起こさないよう愛想笑いを浮かべやり過ごそうとしたが、酔っ払いは自分が笑われていると勘違いをしてザックを殴った。


 一発目は不意打ちだったために避けられなかったが、酔っ払いがもう一度殴ろうとしたときにザックは反射的に反撃をしてしまった。自分の身を守れるようザックはトリスとダグラスから戦闘訓練を受けていた。その訓練が仇となってしまった。


 ザックの反撃は酔っ払いを失神させるには十分な威力があり、酔っ払いはそのまま気を失ってしまった。それからは騒ぎを聞きつけた憲兵が到着し、当事者であったヴァランティーヌとザックは憲兵に事情聴取を受けることになった。


 事情聴取は目撃者やヴァランティーヌがいたことで大して問題はなかったがヴァランティーヌと接触することになり、更にヴァランティーヌに本名を知られてしまった。憲兵に偽名を名乗る訳にもいかず、ヴァランティーヌの前で本名を名乗ったのだ。こんな失態は情報屋として生きてきて始めてだった。


「ザックさん、どうかしましたか?」


 ザックが自分の不甲斐なさに悔やんでいると横を歩くヴァランティーヌが話し掛けてきた。彼女は自分が酔っ払いを突き飛ばし、ザックを巻き込んだことを謝罪した。迷惑をかけたことを詫びるためにヴァランティーヌが昼食をご馳走することになり二人は料理屋に向かっていた。


「――気にしないで下さい。考えごとをしていただけです」

「そうでしたか。ところで目的のお店はこの道を真っ直ぐでいいのですか?」

「はい、この道を真っすぐ進み大通りを左に曲がってください」

「うふふふぅ、ザックさんがお薦めするお店が楽しみです」

「そんなに期待しないで下さい。普通の料理屋ですから……」


 落ち込んでいるザックとは対照的にヴァランティーヌは楽しそうだ。ヴォルフィール家は名家であり財力も十分にある。ヴァランティーヌが望めば高級料理店など自由に行けるのに一般向けの料理店に行くのを楽しみにしている。


「私は小さい頃はよく一般向けのお店に行っていました」

「今は行かないのですか?」

「お母様が………… 実母が亡くなってからは行っていません。一緒に行ってくれる人がいなくて……」

「――立ち入ったことを聞いてすいません」

「いえ、十年以上も前のことなので気にしないでください。それよりも早くお店に行きましょう」


 ヴァンテーヌはそう言って笑顔をザックに向けた。その笑顔にザックはどこか見覚えがあった。




「おや、ザックじゃないか! 珍しいね昼間に来るなんて」


 ザック達が店に入ると女将さんがザックの入店に気が付き声をかけてきた。


「二人なんだけど席空いている?」

「昼食の忙しい時間は過ぎたから好きな席に座りな。それよりもどうしたんだい? えらく可愛い娘さんと一緒じゃないか」

「別にいいだろう。誰と来ようが!」


 女将さんの痛烈な歓迎の言葉にザックは抗議したが女将さんは気にした様子もなく自分の仕事に戻った。ザックはそれ以上抗議しても無駄だと悟り奥の空いている席に移動した。移動している間平凡なザックと目麗しいヴァランティーヌのチグハグな組み合わせは店内の客の目を引き、ザックと顔見知りの幾人かの客はやっかみとからかいの声をかけてくる。


「随分とお知り合いが多いのですね」

「仕事関連の知り合いと飲み仲間です」

「仕事関連? そう言えばザックさんはどんなお仕事をしているのですか?」

「…………記者です。と言っても新聞社に務めているのではなくてフリーで活動しています」


 ザックは表向きは記者兼冒険者として活動していた。記者と言う肩書きは情報収集するのにはうってつけの隠れ蓑であり、冒険者登録もしているザックは両方の肩書きを使って活動していた。実際に一般人が入れない『塔』の中について書いたコラムや記事を書いて新聞社に売り込んでいた。


「そうなんですか。どんな記事を書いているのですか?」

「ボーシャン社で小さなコラムを掲載しています。『塔の不思議調査』と言う記事です」

「知っています! そのコラムは何度か目にしたことがあります。冒険者が『塔』で体験した話や噂話を調査する内容ですよね!」

「はい、読んで頂きありがとうございます」

「では、あの噂は本当なんですか、賢者様が『塔』で小人に遭遇した話。賢者様の甥であるエトヴィンさんが書いた物語なので信憑性は高いと思っているのですが……」


 ザックの職業を聞いてヴァランティーヌはザックにいろいろ聞いてきた。ザックはヴァランティーヌの質問に答えられることは素直に答えて話を合わせた。最初はヴァランティーヌの質問にザックが答えていたが、いつの間にかザックの方からも話題を出すようになり、二人の距離感はいつの間にか短くなっていった。


「話が盛り上がっているところ悪いが御注文の品だよ」


 女将さんは出来たての料理をテーブルの上においた。昼食に用の特別メニューである鶏肉のクリーム煮を二人の前に置き、更に大皿をテーブルの真ん中に置いた。大皿に盛られた料理はタマネギの薄切りと赤身の魚のカルパッチョだった。


「女将さん、この大皿の料理は?」

「私からのサービスだよ。いつも御贔屓にしてくれているお礼だよ。じっくり味わっておくれ」


 女将さんはそう言うと他のテーブルの片付けを始めた。この店の料理はかなりのボリュームがある。鶏肉のクリーム煮だけでもかなりの量があり、付け合わせのパンもちゃんとある。それに加えて大皿に盛られた魚のカルパッチョは明らかに容量オーバーだ。


「と、取りあえず頂きましょう。ちょっと量が多くて食べられないかもしれませんが……」

「ヴァランティーヌさん、無理はしないでください」


 ザックとヴァランティーヌは目の前の置かれた料理に圧倒されながらスプーンを手に取った。




「うぅぅ~……、もうお腹いっぱいですぅ」


 ヴァランティーヌは細いお腹をさすりながら苦しそうにしていた。結局昼食に出された料理はザックとヴァランティーヌで完食していた。ヴァランティーヌは出された鶏肉のクリーム煮と付け合わせのパンを食べきり、大皿に盛られた魚のカルパッチョを三分の一ほど食べた。細いお腹にあれだけの量の料理がどうやって入ったのかは判らないがザックと二人で料理を残さず食べきることができた。しかし、その代償としてヴァランティーヌは満腹で動けないでいた。


「暫く休んでいいと女将さんが言ってくれました」

「面目ありません……」

「気にしないでください。それよりも無理して食べなくても残してもよかったのですよ」

「それは作ってくださった方に悪いじゃないですか」


 ヴァランティーヌはそう言って再度お腹をさすった。ザックは名家の令嬢とは思えない庶民的な感覚のヴァランティーヌをザックは好ましく思った。


「それに今日は楽しかったからつい調子に乗りました。こんなに楽しい食事は久しぶりです」

「家族との食事は楽しくないのですか?」

「お母様、父の再婚相手の人とは最低限の話しかしません。お父様とお祖父様も忙しい方ですから」


 そう言ってヴァランティーヌは視線を下に落とした。ザックの今までの調べではヴァランティーヌと家族の仲は良好ではない。魔術師の素質を持たない彼女は家族から敬遠されている。彼女があの家にいられるのは母方の祖父がまだ健在であり富豪であるためだ。もし、祖父に威光がなければヴァランティーヌは政略結婚で嫁に出されていただろう。


 名家の令嬢なのに不自由を強いられているヴァランティーヌにザックは同情していた。一般的な名家であればヴァランティーヌはきっと幸せな生活を送れている。しかし、ヴォルフィール家は魔術師の名家で魔術師でないヴァランティーヌはぞんざいな扱いを受けていた。




 日が沈む夕暮れ時にザックはヴァンティーとの高台を訪れていた。ヴァランティーヌが動けるまで回復したので食後の運動として二人はここまで足を運んだ。西の空に沈む夕日は真っ赤でその光が都市を照らしていた。


「ここは私のお気に入りの場所です。夕日と都市が同時に見えてとても綺麗なんです」

「確かにここは綺麗ですね」

「昔はお母様とよくきていました」

氷菓(アイスクリーム)を食べるためですか?」

「えっ!?、どうして知っているのですか!」


 小さい頃の楽しみをザックが知っていることにヴァランティーヌは目を丸くして驚いた。


「ここにあった氷菓(アイスクリーム)の出店は有名だったみたいですよ」

「そうでしたか。この場所には小さな出店が十年前までありました。私はその出店で食べる氷菓(アイスクリーム)が大好きでした。バニラとチョコレートの二種類しかありませんでしたがお母様とよく買って食べました。二人でバニラとチョコレートを買って半分ずつ分けました。……あの味は今でも忘れていません。もう一度食べたかったです」

「――なら、今度食べに行きますか? その出店は店主が病気になって閉店しましたが息子さんが後を継いで東区画にお店を出しています」

「本当ですか!」


 落ち込んでいたヴァランティーヌに同情してしまいザックは思わぬことを口に出してしまった。これ以上調査対象と接触することはデメリットでしかない。しかし、一度発した言葉はもう戻らない。


「では、今度お店に連れていってください。そして、また、一緒にお話をしてください。また、一緒にご飯を食べてください。約束ですよ」


 ヴァランティーヌはそう言って右手の小指をだした。


「指切りって言う約束の厳守を誓うために行いです。お互いの小指を絡めて約束するのです」


 細く綺麗な小指を出しながらヴァランティーヌはザックの返事を待った。これ以上はヴァランティーヌと深く関わるのは駄目だと思うが、ヴァランティーヌにもう一度会いたいと思う気持ちもザックにはあった。二つの相反する気持ちにザックは悩んだ。


 長いようで短い沈黙が過ぎ、ザックは恐る恐る自分の小指をヴァランティーヌの差し出した小指に絡めた。ザックの小指とヴァランティーヌの小指が触れたときヴァランティーヌは今日一番の笑顔を浮かべた。


 そして、その笑顔はザックのよく知る人物とそっくりの笑顔だった。


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過去の投稿もちょくちょく修正を行っています。

設定などは変えずに誤字脱字と文章の校正を修正しています。

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