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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
人としての時間
8/140

港街サリーシャ 思わぬ出会い

ようやくヒロイン(?)が登場します。

 トリスとザックは店を変えた。


 トリスの雰囲気が急に変わり、周りの人もトリスに怯え始めたためだ。そのことに気が付いたトリスは店を変えることにした。また、これからする話の続きはなるべく他人には聞かれたくない。

 密談ができる場所に移ることにした。


 ウミネコの旅路で会計をするときにはトリスは普段の自分を取り戻していた。機嫌よく給仕の女性に食事の感想を述べて代金を支払った。給仕の女性や回りの客は先ほどのトリスの様子と違って驚いた。だが、先ほどのトリスの様子はザックが怒らせるようなことを言ったから先ほどのような態度になったと思い直した。現にザックはまだ青い顔をしたままだったから。


 トリスとザックはウミネコの旅路を出て、ザックの案内で小さな酒場に来ていた。カウンターが五つしかない小さな店だ。ザックは店員に「奥を使わせて欲しい」と言うと従業員用の扉を開けてトリス達を奥へ案内した。

 店の奥は酒の保管場所になっており、空気がひんやり冷たかった。更に奥へ進むと小さな扉があった。扉を開けると小部屋があり、部屋の中央にテーブルが置かれ、テーブルを挟むように一人用のソファーが二つ置いてあった。


「ここなら誰も来ませんので密会には最適な場所です」

「無理を言ってすまなかった。それと案内してくれてありがとう」


 トリスはザックに謝罪し、案内してくれた従業員に礼と大銀貨を一枚渡した。店員は大銀貨を受け取ると扉を閉めて店に戻った。




 ウミネコの旅路でイーラ・エーデのことを聞いたトリスは我を忘れた。イーラ・エーデはトリスの恩人であり、彼に恩返しをするつもりだった。その人物の死を知りトリスは取り乱し、酒場では関係のないザックに殺意を向けてしまった。


 お門違いの八つ当たりだ。ザックは聞かれたことを話してくれたのに、トリスは我を忘れ関係のないザックに殺意を向けてしまった。完全なトリスの過失であった。トリスはザックに謝罪し、正式にザックから情報を買うことを約束してこの店で密談をすることになったのだ。


 ザックとトリスはソファーに座り、イーラの件について話し合い始めた。


「では、もう一度話します。リューグナーの創設者イーラ・エーデは確かに十年ほど前に亡くなりました。死因は事故と聞いています。奥さんと娘さんの三人で旅行に出かけたところ賊に襲われ一家全員殺されました。弟のモンテゴ・ルフェナンが遺体を確認して兄のイーラ・エーデとその家族と断定したそうです」

「確かイーラにはメルスと言う名前の妹がいたと思うがモンテゴはメルスの夫か?」

「はい、モンテゴはメルスと結婚しています。二人には息子と娘がそれぞれいます」


「……そうか。…………イーラは死んだのか」


 消えそうな声でトリスは呟いた。トリスは肩を落とし、静かにイーラと家族の冥福を祈った。


「トリスさんはイーラとは面識があったのですか?」

「恩人だ。昔、アルカリスにいたときに世話になった。会って恩を返したかった。正直に言うと敵を討ちたいとも思っている」

「そうですか。ですが、イーラ団長を襲った賊は義弟のモンテゴに討伐されています」

「だろうな。仮にも最大勢力の一つと言われているパーティーの団長をしているんだ。義兄の敵を討たないでいられるほど甘くはない。下に示しがつかないし、他の冒険者パーティーから舐められる」


 トリスは俯きながら返事をした。イーラの死を受け入れようとしているが、まだ感情の整理ができず拳を握りしめ震えていた。恩を返そうとしていた。それなのにその相手が死んでいては恩を返せない。敵を討とうにもその相手もいない。自分にできることなど何もなく、ただただ無力感に苛まれていた。そんな自分が情けなかった。


 ザックは気落ちしているトリスを何も言わずに見守っていた。何もできないで落ち込んでいるトリスに共感していた。ザックも今は陽気に振る舞っているがトリスと同じように無力感に苛まれていた時期があった。いや、今もまだ引きずっている。それを表に出していないだけだ。


 ザックはイーラについてある情報を一つ持っていた。だがこの情報は不確定だ。いや、情報屋を生業にしているのであれば話すべき内容ではない。噂の域をでない裏付けも何も取れていない情報だ。しかし目の前で落ち込んでいるトリスを見ていると話さずにはいられなかった。


 合って間もないが温和で人当たりの良いトリスがここまで落ち込み、酒場では激変するほど動揺した。トリスにとってイーラは掛け替えのない存在だったのだとザックは察した。


「トリスさん聞いて欲しい情報が一つあります」

「――なんだ?」

「イーラ団長の奥さんと娘さんは生きているかもしれません」

「…………本当か? なら、さっきは何で死んだと言った」


 トリスは顔を上げザックを見た。先ほど家族も亡くなったと聞いていたのに実は生きていると聞かされたら驚くのも無理はない。


 しかし。


「この情報は不確定です。情報とは言えないうわさ話程度です。もしかしたら全く関係ない人物かも知れません。それでも聞きますか?」

「――頼む、教えてくれ。可能性があるなら確かめたい。それでもし家族だったらイーラに受けた恩を家族に返したい」

「そうですか。ではお話しします。この街には繁華街があり、その一画に遊郭も当然あります」

「まさか」

「お察しの通り、そこの娼婦にレイラと言う三十代半ばの女性がいます。その人がイーラ団長の妻と言う噂が流れたことがありました。本人もそのことを否定して、噂はすぐに誤解と言うことになり収束しました。ですが、一つ気になることがあります」

「気になること?」

「レイラには一人の娘がいます。その娘は毎朝家の近くの広場で剣の稽古をしています。何故、剣の稽古をしているのか判りませんが、ほぼ毎日しています。年齢もイーラ団長の娘と同じ年頃です」

「確かに妙な話だ」

「強くなりたいのならこの街にも道場は幾つかあります。都市が近いため、冒険者を辞めた人が経営している道場もあります。兵士や憲兵、冒険者を本気で目指すなら一人で稽古するよりも、そう言ったことが学べる道場に入った方が良いですから」

「金銭面の問題か、それとも別の理由があるのか……」

「判りません。ですが、俺がこの二人をイーラの家族と思ったのには理由があります。前に一度だけレイラに接触したことがありました。正確に言うと別件で張り込んでいたときにたまたま、レイラが会話をしているところに居合わせました」

「会話? 誰とだ」

「レイラの勤めている娼館のオーナーです。別件で娼館に張り込んだときに偶然遭遇しました。『あの子は冒険者になる。ここでは働かせない』と声を荒げてレイラがオーナーと言い争っていました。そのときは別の仕事中だったのでそれ以上は首を突っ込みませんでした」


 ますます妙な話になってきた。母親が娘を冒険者にしたがっている。なら何故道場などに通わせない? 金銭面に問題があるのか? 何か別の理由があるのか?

 それに、母親が娘を冒険者にさせる話はあまり聞かない。冒険者は男性が多く、そのため、男尊女卑の傾向がある。パーティー内で女性を軽視し、性的対象にするのは珍しい話ではない。もっとも先ほどウミネコの旅路での話にでた『天元槍華』のように女性だけのメンバーで構成されているパーティーもある。


「確かに気になるな」

「ですが、今はこの二人に関してこれ以上の情報はありません」

「教えてくれてありがとう。助かったよ」


 トリスはそう言うと懐の財布から金貨五枚を出してザックに渡した。


「トリスさんこれは貰い過ぎです」

「勘違いするなこれは前金だ。これからその二人を調査して貰う。必要経費込みだ。場合によっては他の娼婦と寝てもらう。そのときに無一文では話にならないからな」

「――それは俺に依頼をすると言うのですか?」

「そうだが何か問題でもあるのか?」

「俺には問題はありません。ですがトリスさんは信用できるのですか? 初めてあった情報屋に。金を持ち逃げされないと思わないのですか?」

「信用はできるさ。だってザックは情報屋だから」

「?」

「情報屋って言うのは多かれ少なかれ好奇心が人一番ある。そんな人種がこの案件にここまで首を突っ込んで引き受けないはずがない」

「!?」

「知りたいだろう? この先の顛末を。仮にザックが金を持ち逃げしたとして、後から人伝いに聞いた情報で満足できるか? 人から聞いた情報を十全に信用できるか? 自分で見た情報でしか信用できないだろう。情報屋はそう言う連中だと思っている。まあ、本当にザックが金を持ち逃げしたら、俺の見る目がなかったと思うだけさ」

「…………トリスさんは酷い人ですね。人の良さそうな顔して、そう言うことを言うんですね」


 言葉とは裏腹にザックの顔は笑っていた。情報屋として価値を問われこのまま引き下がれる訳がない。トリスも傷心から立ち直り普段の調子を取り戻していた。


「では、この金は依頼と言うことで受け取ります」

「それと依頼達成後の報酬も用意している。サボったり、嘘の情報だった場合は減額する。いいな」

「了解です。最高の成果をお伝えしますよ」

「それとこのことは……」

「言わないでください。誰にも言いません。一流の情報屋は余計なことは言いませんし、依頼人を裏切ることはしません」

「よろしく頼む。俺は明日の朝に娘と会ってくる。詳しい場所と時間。それと娘の特徴を教えてくれ。剣の稽古が気になる」

「直接会うので?」

「ああ、場合によっては母親とも会う。直接あって確かめてみる」

「では、俺の方は情報の裏付けをですね」

「頼んだ」


 トリスは娘が稽古する場所と時間、娘の特徴を聞いて店を出た。念のためにトリスとザックは別々に店を出た。


 トリスが出て行ったあと、ザックは奥の部屋から出て店のカウンターで酒を飲んでいた。店を出ようとしたときに、店員に呼び止められ一杯飲んでいくように言われた。どうやら先にでたトリスが代金を支払ってくれていた。


「久しぶりの面白い仕事だ。腕が鳴る」


 ザックはグラスに注がれた酒を見ながら今日のことを思い返していた。いつものように旅人に情報を聞かせ酒を奢って貰う魂胆だった。トリスと話し始めてみると温厚で人当たりの良い人に見えていた。しかし、イーラの話になったときに見せた彼の変貌は恐怖しかなかった。あそこまで恐怖したのは後にも先にもないだろう。そして、先ほどの小部屋でのやり取りを経てザックは依頼を受けた。


 依頼内容は十分にやりがいのある内容だ。依頼料も申し分ない。ザックはゆっくり酒を味わった。この酒を飲み終わったら依頼が終わるまで禁酒することを決めた。それはザックが仕事を完遂させるときの願掛けでだった。




 トリスは宿に戻り、古ぼけたペンダントを見ていた。先端にある宝石は砕け装飾品としての価値は既になかった。だがこのペンダントに助けられた。壊れている今でも御守りとして大事に持っていた。

 これをくれた恩人に恩返しをするまでは決して手放さないと心に決めていたから。




 翌朝、一つ目の鐘が鳴る頃にトリスは宿を出た。昨日のザックの話では朝の一つ目の鐘が鳴るころから二つ目の鐘が鳴るころまで例の少女は稽古をしていると聞いていた。その少女に会うために朝早くから出かけた。


 宿の授業員には昨日の夜に帰ったときに伝えていた。フロントにいた従業員に部屋の鍵を渡しそのまま宿を出た。まだ人通りの少ない道を歩き、ザックから教えてもらった場所に向かった。


「はっ、はっ、はぁぁっーー」


 ザックが教えた場所に行くと一人の少女が素振りをしていた。小さい木剣を持ち一心不乱に素振りをしていた。歳は十五歳くらいで長い金髪を後ろで結んでいた。ザックが教えてくれた特徴と一致していた。


 更に少女の素振りの型には見覚えがあった。少女の剣筋は過去に自分が見た剣筋とは比べ物にならないほど稚拙だったが剣の型は一緒だった。二十年前に同じ型で剣を振っていた恩人と一緒の型だ。


 トリスは少女に声をかけようとしたが止めた。少女はかなり集中しているようでトリスを見向きもしない。声をかけるとせっかく集中して稽古している邪魔になると思い、トリスは声を掛けなかった。近くにあった石垣に腰掛け、少女の稽古が終わるまで待つことにした。




 二つ目の鐘が鳴ったときに少女の動きは止まった。道のすみにおいてあったタオルを手に取り汗を拭き始めた。どうやら今日の稽古はこれで終わりのようだ。もう声を掛けても邪魔にはならないと思いトリスは少女に声をかけた。


「すみませんが少し話をさせていただいてよろしいですか? 私はトリスと言う旅人の者です」


 トリスは丁寧な言葉遣いで少女に話しかけた。少女はトリスの方を向き、警戒した様子で返事をした。


「何かようですか? 私はこれから帰って朝食を作らないといけないから手短にお願いします」


 少女はぶっきらぼうに返答するが、トリスの質問には答えてくれるみたいだ。トリスは回りくどいことはせず、単刀直入にレイラの話を切り出した。


「ありがとうございます。君はレイラさんの娘さんで間違いありませんか?」


 少女は少し考える素振りをして頷いた。


「母さんに何かよう?」

「レイラさんに会わせて貰ってよろしいですか? 個人的にお話が聞きたいので」

「もしかして、母さんの客? それなら夜のお店に行きなさいよ。幾らでも話はできるでしょ。もしかしてお金がないの? だからお店を通さないで直接会おうとしているの?」


 少女は軽蔑した眼差しを向けながら小馬鹿にした口調でそう言い返した。そんな少女の態度にトリスは特に腹は立たなかった。むしろなぜ少女がそんな態度をとるのかが不思議だった。何か嫌なことでもあったのか、それとも過去に同じようなことがあり、不快な思いをしたのか。トリスは少し考えあることを思いついた。


 トリスは懐から硬貨を一枚取り出して少女に投げた。少女は反射的に硬貨を掴んだ。


「お駄賃です。受け取ってください」


 親戚の大人が子供に向けるような態度でトリスは微笑みを浮かべながらそう言った。少女は不快に思いながら、トリスが投げた硬貨を見て少女は驚いた。トリスが投げて渡したのは金貨だった。この金貨があればお店に何回も通うことができる。それをお駄賃と言って寄越してきたのだ。


 少女はトリスの意図を察し、顔が赤くなった。少女がトリスを小馬鹿にしたようにトリスは少女を子供扱いしたのだ。幼い子供を相手するように接してきたのだ。


「お店でお話しをすると他人に聞かれることがあります。無礼は承知で君にお願いしています。それとも夜のお店で会った方が都合がよろしいのですか? 娼婦の母親と会って情事の最中に重要な話をしろと? あなたの母親はそのような趣味があるのですか? 生憎ですが私にそんな趣味はありません」

「くっ」


 少女の顔が更に赤くなった。今度は怒りだ。トリスの口調は丁寧だが、その言葉は母親を馬鹿にしたようで、少女は許すことはできなかった。


「母さんを馬鹿にするなぁ!」


 少女は木剣を上段に構えてトリスに向かって殴りつけようとした。先ほどの素振りとは違い上段に木剣を構え振り下ろしてきた。しかし、木剣はトリスに当たることはなかった。


 逆に少女の目の前にトリスの手刀があった。トリスは木剣を横から右の手刀で殴り、少女の木剣を弾いた。そして勢いを殺さぬよう、手刀を少女の目の前に振り下ろしたのだ。洗練された見事な動作で辛うじで少女にも動きは見てとれた。


「レイラさんを馬鹿にするつもりはありません。娼婦を軽んじるつもりもありません。私とて過去に娼館を使用したこともありますから。だが、レイラさんに会うのは個人的な用事です。店の客でなく、一人の人間として対等に話がしたい。だから無礼を承知でお願いしています」


 トリスは少女から手刀を離し再度レイラに合わせて貰うようにお願いした。トリスの言葉を聞き少女は謝った。


「変なこと言ってごめんなさい。言い訳をさせてもらうと、前にお金がなくて母さんを襲う人や犯罪行為まがいのことをする人がいたから警戒していたの」

「誤解が解けたなら何よりです」

「母さんには会わせるからこっちも聞きたいことがあるの」

「なんでしょう?」

「私の木剣を払った動きを教えて。動き方や動作のコツとかそう言うのじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()()


 先ほどトリスが少女の木剣を捌いた動きは、少女が毎朝素振りをしている動作の型だ。なぜ、自分が練習している型を目の前の男は使うことができたのか? いや、正確に言うと少女の知らない一連の動作をなぜ使えるのか不思議だった。


 少女の練習している素振りの型は父親から教わったものだ。死ぬ直前に教えてもらったため一の型の横薙ぎしか知らない。二の型を教えて貰う前に父親が死んだため、二の型は見よう見まねで稽古していた。


 我流の型なので父親しか知らないはずなのに、目の前の男は一連の動作を正確に扱っていた。なぜその型を知っているのか少女は不思議で仕方がなかった。


「そのことについてもレイラさんに話します。同じ話をするのも手間ですし、あなたもすぐに帰らないといけないのでしょ?」

「――分かったわ。じゃあ、三つ目の昼の鐘がなる頃にここに来て。家に案内するから」

「三つ目の昼の鐘ですとすぐ夕方になりますよ。レイラさんのお仕事はよろしいのですか?」


 夕方になると夜の仕事をする人は準備を始める時間だ。娼婦も体を清め、身なりを整える準備をする時間だ。


「最近は働き過ぎなの。できればギリギリまで休ませてあげたい。体の調子も良くないし」

「判りました」

「あと、これは返すわ。私はもう子供じゃないし、母さんのお客様からお金は受け取れない」


 そう言って先ほどの金貨をトリスに返した。


「はい。ではまた後ほど」

「さようなら。約束は絶対に忘れないでね」

「大丈夫ですよ。あなたの疑問にちゃんと答えますから」

「――クレア。私の名前はクレアって言うの。クレアって呼んで」

「クレアさんですね。先ほども言いましたが私の名前はトリスです」

「トリスさん。また後で」

「はい、またここで」


 クレアはそのまま走って家路を急いだ。トリスもクレアを見送りその場を後にした。




 家路についたクレアは妙に気が立っていた。鼓動がいつもより早く、心なしか顔も赤い気がする。先ほど会ったトリスの所為だろうか。


 トリスのことは素振りをしている最中に気が付いた、しかし話しかけてくる様子もなく、クレアの素振りを終わるまでずっと見ていた。奇妙な人だと最初は思った。


 クレアが素振りをしていると大体の人はそのまま素通りする。まれに話しかけてくる人がいる。冒険者や兵士といった剣を扱う人達だ。小さい頃は親切心から素振りの仕方や身体の動かし方を教えてくれた。


 だから素振りをしている最中に話しかけて(も)こず、立ち去りもしないトリスには内心驚いていた、ようやく話しかけてきたと思えば自分のことではなく母親のことだったので肩透かしもした。母親に会わせて欲しいと言ったときは店の客だと思った。


 トリスに言ったことは本当でお金がなくて母を襲うとする人や犯罪行為まがいのことをする人は実際にいた。母親のレイラはクレアから見ても綺麗な人だと思う。三十代半ばなのに身体は引き締まっていて、娘から見ても魅力的だと思っている。そのため良からぬことをたくらむ輩は何人かいた。

 もっともそんなことは娼館の人が許すはずもなく、二度とレイラの前に姿を見せることはなかった。


 トリスもそんな客の一人かと思ったが実際は違っていた。レイラを娼婦としてではなく一人の人間として用があると。そして彼の見せた木剣を払う動きは幼い頃に一度だけ見た父の動きと同じだった。

 もう二度と見ることはできないと思ったことが突然目の前に現れた。


「不思議な人。もしかして父さんの知り合いなのかなぁ?」


 冒険者だった父のことについてクレアはほとんど知らない。幼かったし、母親のレイラに聞くのも気が引けていたから。だか内心は知りたかった。どんな人物で、どんな冒険者だったのか。


 その答えは思いもよらないことで発覚することをクレアはまだ知らない。


作中に出てきた街の鐘の設定です。

1つ目の朝の鐘 4時。2つ目の朝の鐘 6時。3つ目の朝の鐘 8時。4つ目の朝の鐘 10時。

1つ目の昼の鐘 0時。2つ目の昼の鐘 2時。3つ目の昼の鐘 4時。

1つ目の夜の鐘 6時。2つ目の夜の鐘 8時。3つ目の夜の鐘 10時。

3つ目の夜の鐘は「終わりの鐘」とも表現します。


2020年9月27日に誤字脱字と文章の校正を修正しました。

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