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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
拘う者としての時間
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大都市アルカリス 稚児悪癖

「何とか改定案を通した。あとは清掃業者から金を受け取れ」

「ありがとうございます。これで資金面の問題は解消されました」


 ワノエルティは昼間の会議が終わった後、ダールのいる役所に来ていた。改定案が通ったことをダールに伝え、来年行われる市長選に備えるように言いに来ていた。本来ならこの役目はジェテルーラがするのだが、昼間デフィーに打ちのめされたので帰宅させた。今頃は妻のエイスを呼び出していつものように高級宿で心労を解消しているはずだ。


(まったく、世話のかかるやつだ。想定外の事態に直面するとすぐに取り乱してしまう)


 ジェテルーラは普段の業務などは優秀だが想定外の事態に対しては脆い。事前に準備していれば対処できるが少しでも予想が外れると慌ててしまい失敗する。更にその失敗を返上しようとするが上手くいかないことが殆ど悪循環に陥ってしまう。会議のときはそこまで酷い結果にはならなかったが下手をすればデフィーによって改定案が保留にされるところだった。


 改定案が保留になった場合ダールの市長選に大きな影響を与えてしまう。この大都市アルカリスの行政は貴族や王族、国が管理するのではなく四年に一度の市長選で市長を決め、市長が行政を取り仕切ることになっている。これはアルカリスが世界で唯一の『塔』がある都市だからだ。


 アルカリスもかつては貴族が管理していた。初代国王の血族が統治していたが、ある事件が切っ掛けで放棄することになった。それ以降は市民の中から市長を選び、市長が行政を担うようになった。


 市長の役目は街の行政と冒険者組合(ギルド)の監視だ。『塔』から発掘される魔鉱石や冒険者が倒した魔物の素材は 組合(ギルド)に持ち込まれる。組合(ギルド)は毎月それを品定めして品物リストを作成する。そのリストを市長、若しくは市長が作った監査委員会が受け取り、各国に通達して競売が行われる仕組みだ。競売の運営は組合(ギルド)が行うが監視するのは市長と監査委員会の役目となっている。


 これは前に述べたアルカリスの血族が統治していたときに起きた不正を防ぐためだ。アルカリスの血族は『塔』から得られる利益を着服し国益に回していた。国益が潤った国はそれを軍事費用に回し軍備拡大を行い、他国に侵略しようとしていた。この事実にいち早く気がついたのはアルカリスの貴族ですぐに他国に連絡を行い大事に至る前に収束した。


 この事件からアルカリスの王族または貴族が都市の政治に関わるのは問題があるとされ、都市に住む市民から市長を選ぶことになった。市長の任期は四年とし、任期の終わりに市長選が行われる。現市長は再選することも可能で制限はない。良い市長であれば何度も再選することができる。しかし、不正や犯罪行為、職権乱用、職務放棄があった場合は失脚する。


「後は票の取りまとめか。そちらは大丈夫なのか?」

「大丈夫です。有権者にはある程度の根回しはしていますので問題ありません」


 市長選に投票できるのはアルカリスの市民だが、さすがに住民全員に権利を与えることはできないので、それなりの地位にある者が有権者になる。有権者たちは千人ほどおり、市長の立候補者に投票し一番票を集めた者が市長となる。


 ダールは票を事前に集めるために有権者たちに根回ししていた。勿論正攻法ではなく賄賂など裏工作を行っていた。ワノエルティやジェテルーラが用意した資金はそう言ったことに使われていた。


「そうか、ならお前の醜聞が出なければ良いが・・・」

「醜聞とは酷いです。私は誠実に業務をしています」

「舌の根も乾かぬうちに嘘をつくな。貴様の業務に対する姿勢も趣味のことについても儂は全部知っている。だから敢えて苦言を呈した」


 ダールの軽口にワノエルティは一抹の不安を覚えた。ダールが行っている汚職については公になった場合のことも考え変わり身を用意している。しかし、ダールの趣味が露見した場合は取り繕うことができない。事情を知っているワノエルティはそのことを気にしていた。




 ダールは結婚しているが女性に興味はない。ダールは少年の頃は病弱だったために身体が弱かった。青白い肌に貧弱な体格だったために同学年の子供、特に少女達からいじめを受けていた。それが心的外傷(トラウマ)になり、女性に対しては性欲は湧かなくなってしまった。代わりに稚児趣味になり少年、しかも自分の子供の頃と同じ貧弱な体格の子供に性欲を抱くようになってしまった。


 その悪癖と性癖を満たすためにダールは何人かの少年達を囲っていた。貧民街にいる少年達を保護の名目で自宅とは別にある『施設』に招き入れそこで生活させていた。少年達は表向きは職業訓練の名目で『施設』内で働いているが実際はダールの男娼になっている。


 本来ならこのようなことは許されないが、『施設』にいる少年達は全てストリートチルドレンだ。帰る家も家族もいない少年は飢えと寒さを防ぐためにダールの庇護を受けている。中には進んでダールに取り入り、よりよい生活を手に入れようとする少年もいるほどだ。


 ワノエルティはこのことは知っているが特に咎めるつもりはない。ダールとはあくまで仕事上の付き合いで趣味嗜好まで口出しはしない。しかし、このことが世間に露見したときの批判は予想している。


 仮にダールの趣味が世間に露見しても、ワノエルティに火の粉が来ないように対策は行っている。だが、そうなってしまうとダールが市長から失脚するのでワノエルティとしては面白くない。ここまで援助しているのだからその見返りは当然欲しい。ダールの悪癖が少しでも収まればいいと思い苦言を何度もしている。せめて選挙が終わるまでは大人しくしていろと忠告した。


 カドルの死やデフィーの今日の行動などワノエルティ達にとってマイナスのことが立て続けに起きている。考えすぎかと思うが用心することに超したことはない。ワノエルティは最後にダールに忠告をして役場を後にした。




「ワノエルティ殿は相変わらず心配性ですね」


 ワノエルティが去った後にダールは自分の部屋で仕事をしながら先ほどのワノエルティの言葉を思い出していた。ワノエルティとジェテルーラには今回の件で大分迷惑をかけているのでワノエルティの言う通り暫くは自重することにした。


「それにしてもカドルの抜けた穴は痛いですね。対策を講じなければいけません」


 ダールは仕事を終わらせると一息つきながら今後の資金について考え始めた。市長の座を今後も守るのであれば資金がどうしても必要になってくる。今までカドルがいたので何とかなっていたがカドル亡き今は新たな資金調達を考えなければいかない。


「サリーシャの件も上手くいきませんでした。あれが上手くいっていればもう少し何とかなったのに残念です」


 ダールはサリーシャの領主ので元に間者を潜り込ませていた。最初に庭師として男を潜り込ませ、次の補佐として給仕の女を潜り込ませた。去年まで彼らはよく働いてくれた。報告してきた内容に問題はなく確実に利益を上げていた。しかし、去年の今頃に庭師の男が急死した。理由は明確ではないが心臓発作として扱われた。


 今は給仕の女が一人で情報を集めているが信憑性はなかった。報告書の通りに動くと最初は利益はあるが最終的には大損していることが多くなった。これでは今まで利益と帳消しになってしまうので彼女からの情報はもう信用していなかった。


「ボロが出る前に彼女はこちらに帰ってきて貰いますか……」


 正体が露見する前に給仕の女を手元に戻すことを考えていると、ふと気になることが出てきた。この数年は順調だったことが立て続けに失敗している。これは偶然なのかだろうかとダールは思い始め、何か切っ掛けがあるのではないかと思い至った。


「確かここにしまった筈……」


 ダールは資料棚からカドルが生前に調べた資料を取り出した。その資料にはトリスのことが書かれていた。


「――トリスはやはり一年前にサリーシャにきている……」


 トリスは一年前にサリーシャに訪れ市長から身分証明書を受け取っている。庭師の男が死んだ時期とも一致していた。これは偶然なのだろうかと思いさらに資料に目を通した。


 トリスの情報を見てダールが気になったのは三つ。

 一つ目は一年前にサリーシャを訪れていること。

 二つ目は巨大猪(ベヒモスボア)を討伐後に催された夜会でデフイーと会っていること。

 三つ目はトリスを探っていたカドルが死んだこと。


 二つ目のことに関してはダールに実害は出ていないので問題はなかったが、一つ目と二つ目のことが気になった。ダールの今後に関わることで痛手になった二つの事柄にトリスの影が見え隠れしている。庭師の男の死とカドルの死がどうしてもトリスが関与している気がすると。


「これはこじつけですかね。理屈と膏薬はどこへでもつくと言いますから」


『今まで起きた事柄は、全てトリスが関与している』と短絡的な結論にダールの思考は至ってしまう。しかし、それは根拠のない推測でしかない。仮にその結論からトリスを排除し、後からトリスが無関係だったとしたらそれは失策でしかない。来年、巨大猪(ベヒモスボア)が来たときに対抗できる手札がいなくなってしまう。


 七年前に起きた惨劇をダールは鮮明に覚えている。あの年は巨大猪(ベヒモスボア)は今までの個体の中で一番巨大で気性が荒かった。三回目の出現と言うことで兵士や冒険者に油断もあったのかもしれない。現れた巨大猪(ベヒモスボア)に兵士も冒険者も蹂躙され都市の中まで侵入された。


 多くの犠牲を出して何とか討伐することができたが都市に大きな爪痕を残した。破壊された東門は修復したがその近辺の壁は手付かずだ。外観は取り繕っているが内部はかなり損傷している。倒壊はまだしていないが手を打つ必要がある。しかし、修復するほどの予算が足りない。


 住民の多くに犠牲が出たので税も迂闊に上げることはできない。募金への協力を呼びかけ、最低限の修繕はしたが、この場所で巨大猪(ベヒモスボア)が暴れたらまた大きな被害が出てしまう。


 人は不幸なことがあれば誰かの所為にしたがる。それは一種の防衛本能だとダールは理解している。人や物事の所為にして悲しみや怒りをぶつける矛先が必要なのだ。巨大猪(ベヒモスボア)の被害がでた場合はその矛先は市長へ向かう。それだけは難としても避けなければならない。ダールの前任者であった前市長はそれで辞任することになったのだから。


「トリスのことは保留するしかないですね」


 同じ轍を踏むわけにはいかないとダールは決断した。慎重な考えが短絡的な思考を抑えトリスに対してこれ以上深く関わるのをやめたのだ。資料を元の場所に戻して帰宅の準備を始めた。


 いつものように『施設』に帰ろうかと考えたが先ほどのワノエルティの苦言が脳裏をかすめた。今は彼の言う通り少し自重した方がいいとダールは判断し、『施設』ではなく久しぶりに自宅に戻ることにした。

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過去の投稿もちょくちょく修正を行っています。

設定などは変えずに誤字脱字と文章の校正を修正しています。


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