大都市アルカリス 百武千流
八月になりました。まだ、コロナが続いているのに驚きを感じます。
「呆けるのは後にして話を続けるぞ。」
ダグラスが素手で岩を割ったことにいまだに受け入れられないクレア達にトリスは声を掛けて話を続けた。
「ダグラスが実演したとおり第二段階の『制御』が出来れば人が岩を割る事も可能になる。『制御』をもっと上手く出来るようになれば、溜めの動作も短くなり、さらに威力を高めることができる。その場合は反動が大きくなるから脚にも力を集める必要があるが、この力を自在に扱えるようになれば『塔』を攻略するのに大きなアドバンテージを得ることが出来る。さらに...」
「ちょ、ちょっと待っておくれよ。」
話を続けようとするトリスを朔夜が大声を上げて制した。
「どうした朔夜? 急に大声をあげて。」
「いや、どうもこうも無いよ! こんな馬鹿げた実演を見せられて、頭の整理がまだ追いつていないよ!」
「馬鹿げた実演って、一流の魔術師ならこれぐらい出来るだろう?」
「ダグラスは一流の魔術師じゃないよ! まだ、魔術を覚えたての素人さ!」
確かにトリスの言うとおり一流と魔術師なら火の魔術や風の魔術を駆使して岩を破壊したり、両断することは確かに出来る。だが、魔術を一ヶ月程度学んだだけの素人がこのような事が出来てしまうのは魔術師の面目が潰れてしまう。朔夜はそうトリスに指摘したのだ。
「確かにダグラスは魔術に関しては素人だが武術家としては一流だ。身体強化の魔術は魔術の知識よりも身体の使い方を重視する。身体の使い方を熟知していないと拳に集めた魔素を上手く活用することができない。ダグラスは武術家として身体を鍛え、技を鍛えているからこそ力を伝える思考がきちんと出来ている。フェリスやナルが身体強化の魔術を同じ様に覚えたとしても同じ結果にはならない。」
「じゃあ、今まであたしらがやっていた訓練はこのためなのかい?」
「そうだ。体内の魔素を円滑に循環させ、身体強化を行うには身体の体幹を整え、身体全体の動きを把握する必要がある。その為の訓練を今までしていた。」
今のトリスの説明で魔素を感知する以外に行っていた稽古、身体の体幹を整え、鍛える稽古を主として行ってきた理由がようやく判明した。だが、その話を聞いた朔夜達は別のことが気になり始めた。
ここにいる冒険者の面々は身体強化の魔術はただ身体能力を高め、物理攻撃が効きにくい魔物に対して有効な攻撃が出来る手段だと思っていた。しかし、ダグラスの実演を見てしまうとその威力は想像以上の代物であった。通常の武器を使用するよりもダグラスの様に身体強化の魔術を使い、強化した拳の方が断然威力が高い。だが、それは今まで自分達が培ってきた技を捨てることになる。
自分達が使用して武器には愛着や思い入れがある。強くなる為に捨ててしまうのは正直に言うと辛い。自分の得物でも同様の事が出来ないかとつい考えてしまう。
(親方が言っていたのはこう言うことだったんだね。)
昨日親方が言った意味を朔夜はようやく理解した。今まで薙刀の技を磨いてきた。だが、それ以上に強くなる方法が目の前に提示されると混乱してしまう。強くなりたい。しかし、今まで磨いてきた技を捨てるのは身を削る思いだ。縋りつきたくなる。簡単に捨てられる事では無いのだと朔夜は実感していた。
だが、このまま消沈して立ち止まっていても意味はないと思い、朔夜は何とか気勢を張りながらトリスの話を聞くことにした。
「判ったよ。今までやってきた稽古も今の話も理解したよ。拳だけでこんな威力が出るならあたしも無手の武術家を目指すしかないね。せっかくここまで薙刀の技を磨いたのに残念だよ...」
朔夜は自分の得物である薙刀を撫でながらそう言うとトリスは飽きれながらその言葉を否定した。
「人の話は最後まで聞け。最初に身体強化の魔術が五段階ある話しただろう。武器にも身体強化の魔術を行う事が出来る。それが第三段階の『付与』になる。これからそれを説明する。」
朔夜の消沈をトリスはあっさりと否定した。あまりの率直な言い方に朔夜は目を丸くするが、トリスはそんな朔夜を無視して魔導鞄から刀を取り出した。トリスは刀を鞘から抜くと割れた岩の片方に刀を突き立てた。
「ジョセフ、この刀を更に深く岩に刺すことは出来るか?」
「む、無理です。引き抜く事は出来きますがこれ以上深く刺すのは無理です。仮に出来たとしても武器が痛んじまう。」
「普通ならそうだが、やってみてくれ。ただし柄の先は俺が軽く触れている。」
この中で一番力があるジョセフを指名し、トリスは柄の先を二本の指で触れた。ジョセフはトリスに言われるがまま刀を握った。刀は岩にしっかりと食い込みこれ以上押し込めることは出来ないが、トリスの指示に従い力を込めて刀を岩に押し込めた。しかし、岩が硬い為にこれ以上は深く刺すことは出来なかった。
「トリスさん、やっぱり無理です。これ以上力を込めたら武器の方がダメージを受けちまう。」
「だろうな。だが、もう一度やってみてくれ。力加減は同じでいい。」
「判りましたけど...」
ジョセフはトリスの無茶な要求に躊躇いながら再び先程と同じ力加減で刀を岩に押し込めた。
「なっ!」
先程のと同じ力加減なのに刀の刀身が半分まで岩に押し込められた。しかも押し込めた時の感触は砂に刺したような軽い感触で、ジョセフは驚きの声を上げ、何が起こったのか理解できないでいた。
ジョセフは自分が行った事が信じられず呆然としながらトリスを問いただした。
「これはどう言うことですかい?」
「これが第三段階の『付与』だ。ジョセフ最初に力をいれた時は俺は軽く刀に触れていただけだ。だが、二回目の時は俺が身体強化の魔術で刀を強化した。強化された刀は切れ味と強度が増し、岩を容易に貫いたんだ。」
トリスは岩に刺さった刀を抜きながら『付与』の説明をした。
「自身の魔素を身体の内部だけでなく外部にある武器や防具に流し込み強化する。それが『付与』だ。『付与』された武器は幽霊系の魔物にもダメージを与えることが出来き、どんな武器でも『付与』を施すことができる。材質に魔鉱石が使われていれば魔素を流し易いが鉄で出来た武器でも出来る。だから武器の種類は問わない。剣、槍、斧、鎚、弓、何でもいい。自分と相性がいい武器を選べる。」
「ど、どんな武器でもいいんですか? 自分に合った武器を使用して大丈夫なんですか?」
エルの疑問はもっともであった。魔物と対峙する冒険者は効率良く魔物を倒せるかが主軸が置かれ、硬い魔物の皮膚を傷つけるには重量級の武器が重要視される。その為、弓や鞭、拳と言った軽量級の武器は軽視される傾向があった。
「エルの疑問はもっともだが、誤解を与えないようにきちんと説明する。確かに『塔』にいる魔物や魔獣は防御力が動物と比べて高い。その所為で重量級の武器が重宝され、軽量級の武器が侮蔑される。だが、本来武器に貴賤は無い。武器とは使い手との相性は勿論、地形や戦闘状況によって使い分ける事が出来る代物だ。戦闘において剣で防ぎ、盾で攻めるなんて事は普通にある。」
トリスは刀を一度鞘に戻し、落ちていた石を拾い上げながら話を続けた。
「武器の性能を十分に引き出すことが出来るのが『付与』の利点だ。その利点を上手く生かすには自分と相性のいい武器を選ぶ必要があるが、極端な事を言うと武器じゃなくてもこんな石ころだっていい。」
トリスはそう言うと拾った石を岩に向かって投げた。石は岩にぶつかると弾かれることはなく、岩にめり込んだ。通常ではあり得ない光景で、トリスは投げた石に『付与』を施したために石は岩にめり込むことが出来たのだ。
「身体強化の魔術を極めれば武器はなんだってよくなる。拳だろうと剣だろうと弓だろうと自分がいいと思った武器を選べばいい。フィーリングが合うことが重要だ。理解したか?」
今までの常識がどんどん崩れていくことを感じながら、トリスの説明をこの場にいる全員が理解した。特に自分の方向性に悩んでいたエルにとっては思いがけない僥倖であった。
「そして、更に自分の得意な性質も見つける事も重要だ。」
「性質ですか? 魔術師が良く使う四元素または六大元素の事ですか?」
「ヴァン、魔術師じゃないのに良く知っているな。」
「父さんから教わりました。魔術師ともめ事を起こした時の対策と言って教わりました。」
「レイモンドらしいな。」
四元素とは火、水、風、土の四つの元素を指し、六大元素とは四元素にさらに光と闇の二つを加えた元素の呼び名である。魔術師が扱う魔術の基礎はこの四元素もしくは六大元素を使用している。トリスの言う性質とはそのことを指していた。
「四元素と六大元素の詳細については魔術を扱う上に必要なことだ。詳しく説明してもいいが本題から大分それるから省略する。簡単に説明すると魔術を扱う際は魔素を火、水、風、土、光、闇に変化させる。火の魔術を扱うなら火を思考して魔素を火に変化させる。この変化させる工程が人によって得手、不得手がある。」
「得手、不得手? 変化させるのが苦ってこと?」
「違う。変化させるのはそんなに難しい事じゃない。だが変化させる性質に得手、不得手があるんだ。俺の場合は火と光、闇を扱うのが得意だが、水や風、土を扱うの苦手だ。得意な性質は中級までの魔術を扱うことが出来るが、苦手な性質は簡単な魔術しかできない。」
クレアの質問に答えながらトリスは右手の掌に火を出現さ、左手の掌には水を出現させた。人の頭程のある大きさの火と水だが、火は力強く感じるが、水は火よりも弱弱しく感じ取れた。
「火に比べて水の方が弱く感じると思うがそれは間違っていない。俺自身が水を扱うのが苦手なためにこうなってしまう。これは個性と言ってもいい。人によって個性は変わる物だから自分に合った性質を見つけ出す必要がある。」
トリスは掌に出現させた火と水を解消させると再び刀を手に取った。
「自分の性質を見つけ出したらそれを『付与』を施した武器に使用する。『付与』は武器を強化することしか出来ないが自分の特性を活かしてそれを武器に伝える。これが第四段階の『変化』だ。」
トリスは自身の刀に『付与』と『変化』を施した。鋼色の刀身に薄っすらと紅くなり、鋼色と紅色が混ざり合った不可思議な刀身に変化した。
「この状態で生物を斬ると傷口が焼かれた状態になる。血液に毒性がある魔物や物理攻撃が効きにくい粘液生物などに有効だ。」
以前、トリスがヴァンと共に野盗討伐をした時にトリスはこの『変化』を使用して野盗達の腕を斬り落とした。斬られた腕は傷口が焼かれるので出血が少なく出血多量で死ぬことが出来なくなる。野盗達が今まで行った罪への罰として、斬られた痛みと焼かれた痛みを同時に味合わせるためにトリスは敢えて使用した。
さらに巨大猪を討伐した時もトリスは『付与』と『変化』を使用した。巨大猪の硬い皮膚を貫いたのは剣に『付与』を施し、貫いた剣先から『変化』を使用して雷を巨大猪の体内に流し込んだのだ。
雷は風の魔術の為、トリスの技量では一時相手を痺れさせる程度の威力しか出せない。しかし、体内から直接流すことで臓器に直接ダメージを与えたのだ。効率よく巨大猪を倒すためにトリスは瞬時にこの戦法を思いついた。自分が持っている技量とその場の状況から下した裁量は的確でその結果巨大猪を単独で討伐することが出来たのだ。
「これが第四段階の『変化』だ。この段階まで進めば全ての武器は勿論、流派の貴賤も無くなる。有効性や汎用性が全て個人の裁量になる。」
この大陸には百の武器と千の流派が存在していると言われている。どの武器が優れて、どの流派が最も優れているのか度々議論されることがある。だがそられの議論はこの身体強化の魔術が世に普及すればその議論は無駄なことになる。
武器、流派の優劣よりも個人の技量と裁量になるからだ。自分の特性を見つけ、それを磨く。最も単純な答えで最も難しい答えでもあった。
トリスは一旦実演と説明を止めてクレア達の様子を見ると、クレア達の表情は先ほどまでと比べ物にならないくらい活き活きしていた。冒険者らしい表情になり、貪欲に冒険の為の技術を得ようとする冒険者の顔つきになっていた。朔夜などは先ほどの消沈が嘘の様に獰猛な笑みを浮かべていた。
自分に合った武器が選べ、自分の性質を知ることにより、今まで以上の力が手に入る。不安が無いと言えば嘘になるがそれ以上に楽しみで仕方が無いと言った様子だ。トリスはそんなクレア達の様子に満足しながら先ほど保留にした話題をすることにした。
「それとさっきの話に戻るが水の上を歩いたり、空を飛ぶのもこの『変化』が重要になって来る。」
「ど、どういう事ですか?」
「詳しく聞かせてください。」
保留となっていた話題になったことで魔術師のフェリスとナルは身を乗り出してきた。二人とも気になっていた事なのでここぞとばかりに積極的にトリスに詰め寄ってきた。
「『変化』は武器にするだけじゃなく当然自身の身体にも使える。使えると言っても自分に水の魔術や風の魔術を使うのではない。それだと怪我をするだけだ。自身に魔術を使うのではなく、身体が触れた水や風の特性を感じ取りその性質に干渉し『変化』を与えるのだ。水に触れ、沈まないようにする。風に触れ、身体を浮かすようにする。口で言うのは簡単だが特性を理解しないと扱うことは出来ない。俺は水、風、土を扱うのが苦手だから使えないが、この身体強化の魔術を編み出した俺の師匠は...術を開発した魔術師は長年の経験と力量からそれらを可能にした。」
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先週、古い投稿についても誤字脱字の指摘があり、恥ずかしかったですが新規に読んで下さる方がいると思うと嬉しくもありました。
この場にてお礼を申します。
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