大都市アルカリス 魔術講義
トリスが新たな刀を手に入れた翌日、珍しくトリスから稽古をすると招集の連絡があった。何時もなら決まった日時かクレア達からお願いするのに今回はトリスから身体強化の魔術について話があると言い、急遽クレア達が招集された。
トリスの家の庭にクレア、ヴァン、フェリス、ダグラス、ジョセフ、エル、ナル、朔夜の八人が揃った。この八人が現在トリスから身体強化の魔術を習っている面子だ。
「急に集めてで迷惑をかけたな。」
「気にしないでおくれよ。何か思うところがあったんだろ? トリスの方から稽古すると言うのは始めてだし。」
皆を急に集めたことにトリスが詫びると、朔夜は気にした様子もなく、むしろの呼ばれたことに喜んでいた。他の皆も同じで気持ちでいた。その様子をトリスは苦笑しながら見つめ、招集した理由を話し始めた。
「まず、今日集まって貰った理由だが本格的に身体強化の魔術についての教える為だ。ここにいる全員が魔素の感知を出来るようになった。身体強化の魔術を教えるのに丁度いい頃合いだと判断したからだ。」
「よしゃぁぁ!」
ジョセフは歓喜の声を上げながら大声で叫んだ。今までのトリスの稽古は魔素の感知と魔術を扱う為の基礎訓練で、魔術の詳細については何も教えられていなかった。大声で叫んだのはジョセフだけだが、既に身体強化の魔術を習っているダグラス以外はジョセフと同じ気持ちだった。
「嬉しいのは判るが、まずは落ち着け。術を教えるがその前に詳細について話をさせてくれ。」
「身体強化の魔術の詳細って魔術で身体を強化するんじゃないのですか?」
「ジョセフ、それだと概要だけで術の本質じゃない。魔術を扱うにはきちんとした理論を知っておかないと術の本質にたどり着けないからな。」
「術の本質ですか?」
「そうだ。魔術を使う際は術の本質を知らないと発展に繋がらないからな。さっそく始めるが、まずは魔術を使う為に必要な魔素と呼ばれる力の源か話をする。フェリス、ナル。お前達は魔術師だから当然知っているよな?」
「はい。」
「当然です。」
トリスの投げかけに魔術師であるフェリスとナルは元気よく返事をした。
「じゃあ、ここにいるみんなに判りやすく説明してくれ。」
「では、僕から説明します。魔素とは魔術を扱う為に用いられるモノです。通常では目には見えないですが、魔術を行使する際は視覚することが出来ます。」
フェリスはそう言うと魔術を扱う為に自分の両手に魔素を集めた。フェリスの両手は淡い光が集まり始めた。
「この光が魔素です。術を行使する際に見えるのは魔素を集めたからです。一定の濃度に達すると魔素は光る特性があります。」
「フェリス君の言うとおりです。付け加えるなら魔素は他にも魔素とも呼ばれ、この世界の何処にでも存在します。大気中は勿論、地中や川や海の中にも存在しています。一説には噴火などの自然災害は魔素が過剰に集まった為に起こるとされています。そして、集めた魔素を使用して様々な現象を起こすのが魔術です。魔素を操り行使する術。即ち魔術です。」
「質問! お伽噺に出てくる魔法と魔術は違うものなの? それとも一緒なの?」
フィリオの実演とナルの説明を聞いたクレアは疑問に思っていたことを質問した。
「魔法と魔術似て非なる物です。魔術はナルさんが言った通り魔素を操り行使する術です。ですが、魔法と言うモノは魔素により新たな法則を行う事を示します。魔術を扱う者にとってある意味終着点と言っても過言ではありません。」
「新たな法則? 終着点?」
フェリスの説明にいまいちピンとこないクレアは首を傾げる。魔術師でないエルやジョセフも同じように理解していない様子だった。フェリスはそんな彼女達に判りやすく説明を続けた。
「世界には様々な法則があります。鉱物は冷やせば固まり、逆に熱すれば溶けてしまいます。水の上を歩く事は出来ないし、空に投げた物は必ず地面に落ちます。これは世界の摂理で覆すことが出来ない法則です。魔法とはこれらの法則を塗り替え新たな法則にさせる物なのです。」
「簡単な例をあげますと鉱物を魔素を使って強化する事は出来ます。武器や防具を製造する際に魔鉱石を混ぜる方法です。これは魔鉱石に含まれている魔素を使って強度や切れ味を上げています。ですが、それは強度を上げただけで絶対に壊れない防具。全てを両断する武器にはなりません。あくまでも強化されただけです。ですが魔法で作られた武具はそれらを実現すると言われています。」
フェリスとナルの説明にクレア達は魔術と魔法の違いを理解し始めた。
「だからお伽噺のようにカボチャを馬車にしたり、ネズミを従者にするのは魔法と呼ばれます。特定の物質を別の物質に変換するのは魔術では無理です。魔術で出来るのは精々幻惑で見た目を変化させる程度です。」
「じゃあ、空を飛ぶことも、水の上を歩くことも出来ないの? 私達も魔素が感知出来るようになったから『塔』で役立つ魔術も覚えたいんだけど。」
フェリスの説明を聞いていたエルは前々からやってみたかったことを質問した。
「エルちゃん、それはまだ無理でだよ。でも、それくらいなら今後の魔術の発展すれば...」
「いいや出来るぞ。まだ、実用段階じゃないがな。」
「「!?」」
ナルの言葉を遮ってトリスはとんでも無い事を言い出した。まだ、誰も無しえていない魔術をトリスは出来ると言ったのだ。
「ト、トリスさん、それは本当ですか?」
「ああ、その件も含めて今日は皆に話しをする。水の上を歩く魔術や空を飛ぶ魔術のことは後で話すとして他に魔術に関して知りたいことや聞きたいことはあるか?」
他に疑問が無いかクレア達に尋ねた。だがこれ以上は無いようなのでトリスは次の話を進めることにした。
「フェリス、ナル、説明ありがとう。後でさっきの魔術の話はするから一先ず身体強化の魔術について話をさせてくれ。」
トリスの発言にはそう言うと自身で身体強化の魔術を使用した。
「いま、俺の身体は身体強化の魔術を使用している。体内にある魔素を使用しているから視覚することは出来ないが、魔素を感知できるようになっているなら俺の身体でなにが起こっているか判るな。」
生物の体内にも魔素は存在し、通常では身体の中をゆっくりと血液の様に循環している。しかし、トリスの身体の中では魔素が通常よりは速く、強く流れているのでクレア達はトリスの魔素を力強く感じ取れていた。
「体内にある魔素を操ることで身体機能を向上させる。これが『発動』と呼ばれる第一段階だ。身体強化の魔術は全部で五段階まである。それを今日は教える。」
トリスは一旦身体強化の魔術を止めて、右手の人差し指を立てた。
「身体強化の魔術は五段階あり、今のが第一段階の『発動』だ。そもそも魔術を使うには魔素を感知する必要になるが、一般人では魔素を感知することは当然出来ない。一般人が魔素を感知出来るようになるには訓練によって身につけるしかない。今までは実証例が少なかったがここにいる皆が協力してくれたおかげで十分な検証が出来た。」
魔素を感知出来るのは先天性の才能を持つ者だけとされていた。生まれながらにして神からその才能を与えられると称されていたが、トリスの師であるウォールドはそれを否定した。確か先天性の才能として持っている者もいるが中には幼少期もしくは胎児の時に魔素に関わる事象に触れたことにより身につけた者もいるとウォールドは考えた。もしそうなら水を泳ぐ事のように訓練で身につけられると考えその理論を模索した。
ウォールドは長年の研究と理論を完成させた時に『迷宮』に追いやられてしまったためにその理論を検証することが出来ずにいた。トリスはウォールドの理論の被験者であり、ウォールドの理論を証明し、クレア達に協力して貰い十分な検証を得ることが出来たのだ。
「魔素が感知出来れば身体の中にある魔素の流れが判る筈だ。その流れを感じ取り意識的に流れを速めるのが身体強化の魔術だ。口で説明するよりも実際にやってみるのが一番いい。」
トリスはそう言うとクレア達に身体強化の魔術の実践をするように言った。クレア達はトリスに言われた様に自身の中にある魔素の流れを感じ取りその流れを速める様に意識した。トリスはクレア達の魔術が暴走しないように監視し、ダグラスも既に第一段階は出来ているのでダグラスも監督役に回った。
実践を始めて最初に変化が見られたのは魔術師であるフェリスとナルだった。最初は手間取ったが比較的に早く身体強化の魔術を取得し、次いで朔夜とクレアが取得した。少し時間を経過してからヴァン、ジョセフ、エルの順で身体強化の魔術を取得することが出来た。
「私が一番最後かぁ。ちょっとヘコむな。」
エルは一番最後に取得したことに少し落ち込んだ。競争している訳ではないが一番最後というのはどうしても他者よりも才能が無いと思い込んでしまう。ダグラスもエルよりかは早く取得することが出来たのでかける言葉が見つからなかった。
「いや、十分に早いと思うぞ。俺の時は半日近くかかったし。」
「「「「「「「「えっ」」」」」」」」
トリスの何気ない一言に皆が一斉に驚いた。
「じょ、冗談ですよね?」
「そんな嘘をついてどうする。魔素の感知は必要に迫られたから早く身に付いたが、身体強化の魔術は教わってから取得するのに半日近くかかったぞ。それに比べたらダグラスも含めてみんなは早かったぞ。」
エルは自分を励まそうとトリスが冗談を言っているのかと思ったがその言葉には嘘はなく、トリスの表情から本気だということが判る。
クレア達の認識ではトリスは剣術も魔術も極めた存在で一種の天才だと思っていた。だがトリスは努力しているだけであって剣術の才能も魔術の才能も平均かそれ以下しかない。友であるイーラも師であるウォールドもそう評価していた。
気が狂うような目的と劣悪な環境に身を置かれた為にトリスは剣術と魔術をここまで扱えるようになったのだ。
「さて、休みながら聞いてくれ。今、みんなが身体強化の魔術を取得することが出来た。しかし、今の段階は先ほど説明した通り、第一段階の『発動』の状態だ。この状態だと体内にある魔素は適切に運用されていない。走りに例えるならペース配分を考えないで無暗に走っている状態だ。実践で使うには次の段階である『制御』を習得する必要がある。」
トリスはこれからのことを実演を交えて説明するために魔導鞄から人の背丈ほどある岩を取り出し皆の目の前に置いた。
「今からこの岩を『発動』の状態で殴ってみる。ダグラスやってみてくれ。」
「はい!」
指名されたダグラスはトリスに言われた通りに身体強化の魔術を使い、『発動』の状態で岩を殴った。鈍い音が辺りに鳴り響き、ダグラスの拳は手首まで岩にめり込んでいた。
「身体強化の魔術を使えば第一段階の『発動』の状態でもこの威力だ。普通なら岩に少し傷付ける程度で自身の拳にも深刻なダメージを受ける。だが、身体強化の魔術を行うと肉体も強化されてダメージは無い。」
トリスの言葉の通り、岩から引き抜いたダグラスの拳は擦り傷一つなく、骨にもダメージは無かった。
「だが、『発動』の状態はさっきも言ったように無暗に力を使っている状態だ。それでは直ぐに力尽きるか、逆に必要な力が出ない状態だ。だから次の段階は体内の魔素を自在に操る事だ。自分の体内にある魔素の量の限界を知り、魔素を効率よく体内を循環させる。そして、肉体の一部に魔素を収束させて攻撃を行う。これが第二段階の『制御』になる。これも口で言うより実際に見た方が早い。ダグラス、今度は第二段階の『制御』の状態で同じように岩を殴ってくれ。」
ダグラスは最近覚えた体内の魔素の『制御』を始めた。体内の魔素を効率よく循環させ、拳に魔素を集めた。準備が出来るまでに二十数える程の時間を要したが、魔素を思考通りにすることが出来たので拳を岩に殴りつけた。
先程よりも大きな音が鳴り響き、ダグラスが殴った岩は真っ二つに割れたのだ。
「「「「「「「!?」」」」」」」
「トリスさん、どうですか?」
「上出来だ。まだ魔素の収束には時間はかかるが威力は申し分ない。きちんと制御が出来ている証だ。」
トリスはダグラスに高評価をつけ、その評価にダグラスも満足した。一方ダグラスの実演を見ていたクレア達はあまりの威力に驚いていた。特殊な武器を用いれば岩を割る事は可能だが拳で人の高さほどある岩を割る事は通常では出来ない。あり得ない光景にクレア達の頭は現実に追いつけていけなかった。
七月が今週で終わりますが梅雨明けはまだみたいですね。
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