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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
拘う者としての時間
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大都市アルカリス 鬼才剣聖

「刀を受け取ったから用事は終わった。俺は帰るが朔夜はどうする?」


刀を受け取ったトリスはもう用事は無いので店を出るので朔夜に声をかけた。


「少し、親方と話したいからここに残るよ。」

「判った。親方を紹介してくれてありがとう。感謝する。」

「ああ、役に立てて良かったよ。」


朔夜は少し照れ臭そうに返事はしたが、その表情は少し影を落としていた。トリスは少し朔夜の様子が気になったが、顔色は悪くなかったのでトリスは親方とリズに挨拶をして店を後にした。


トリスが店を出たのを見送ると朔夜はリズに頼みごとをした。


「リズ、悪いけどさっきの金貨を見せておくれ。」

「トリスが試し斬りした金貨ですか?」


朔夜は静かに頷き、リズは先程の金貨の欠片を朔夜に渡した。朔夜は受け取った金貨をじっくり観察した。


四つの欠片は十字に斬られ、全て均等になっている。斬ったトリスの剣の技量は一流と言えるほどの腕前であったが、これなら朔夜も出来る。朔夜が気にしているのは二枚に斬られた欠片の方だ。


こちらの欠片も綺麗に均等に斬られ、()()()()()になっていた。トリスは弾かれた金貨を空中で斬った。しかもただ、半分に斬ったのではなく厚みが半分になるように金貨を横から斬ったのだ。


かつて剣聖と呼ばれた男がいた。リューグナーの前のリーダーで創設者であった彼は金貨を三回斬るだけで八つの欠片にしたと言う逸話がある。


金貨を八つの欠片にするには四回斬る必要があり、それだけでもかなりの技量が必要なのに剣聖と呼ばれた彼は三回斬っただけで成し遂げた。この逸話について実際に見たことがない朔夜や他の冒険者達は誇張だと思っていた。


剣聖の名を高めるための誇張で実際はそんな事は出来ないと先程まで思っていた。だが、トリスが行った試し斬りでそれは真実だと実感した。


金貨を横から斬り半分にして、それを十字に斬れば金貨は八つの欠片になる。逸話と同じ事が出来るのだ。そして、実際にできるかどうかの証明は先ほどトリスが見せた。トリスは親方が弾いた金貨が二枚で無く、一枚だけなら同じ芸当をした筈だ。


驚愕の絶技を目の当たりにして、朔夜は感動と驚愕を感じた。どれくらいの剣の才能と修練を積めばこのような芸当が出来るのか、朔夜が思考していると親方がとんでも無いことを言い放った。


「あの男に剣の才能はないぞ。」


親方は朔夜の思考を読んだようにトリスについて思わぬことを口にした。それは朔夜が思っていたのとは全くの逆の事だった。


「な、何を言っているんだい。こんな芸当が出来るのに剣の才能が無いなんて。」

「俺は剣の腕に関しては素人だ。自分の作った刀の出来栄えを確認するために素振りをする程度だ。だがな、職業柄色々な剣士を見てきた。一般の剣士や剣豪と呼ばれる猛者。狂剣と呼ばれる異常者にもあったことがある。」

「それで何が言いたいんだい?」

「長年そう言った連中を観ていたから剣の腕が良い奴や才能がある奴はなんとなく判るようになった。けれど、あの男からはそれを感じなかった。上手く隠しているのかと思ったが試し斬りをしたのを見て確信した。あいつには剣の才能はない。あるのは愚直に剣を振り続けた過程しかない。」


『鬼才持つ者は剣の頂に至る。』これが一般的に認識してされている常識だ。剣の才能と弛まぬ努力があって着ける境地とされている。それなのに努力のみで到達したトリスはまさに異質で異常な存在であった。


「努力は実を結ぶってことかい?」

「ああ、でも努力の仕方が普通じゃない。自分に出来る事と出来ない事をきちんと認識してどうすれば良いか常に考え必要な事を取り入れ、不要な事は削ぐ。口で言うのは簡単だが、出来る奴はまずいない。昨日までやっていた努力は無駄だと思ったらそれを手放すことが出来るか?」

「!?」

「簡単な事だ、自分が使っていた技が無駄だと判ったらもう使わないのか? いいや、どうすれば良く成るか考えて技を昇華させる筈だ。今まで培ってきた技は簡単に捨てられない。

あいつは、トリスは思考と試行を行い、駄目だと判ったら今までの努力を手放し新しい道を探す。何年も積み上げて来たものを穴の空いた下着のように諦めて手放す。普通こんなことが出来るか?」

「・・・無理だ。」

「俺も無理だ。苦労して手にいれた技は捨てられない。それが普通だ。才能があるかないかじゃない。」


技を磨く者にとって苦労して手にいれた技を捨てる事は容易では無い。技を磨くのが目的なのにそれを捨て去るのは本末転倒であるからだ。


では、トリスは何故それが出来るのか。トリスにとって技は目的のための手段でしかない。だから目的の為に手段を変えるのは至極当然のことだった。不要と思った物にトリスは執着しない。剣に関しても必要だったから出来る限りの修練を行い極めたのだ。もし、トリスの目的に剣よりも適した物があればトリスは間違いなく剣を捨てる。その事を知らない朔夜にとってトリスは異質な存在に思えた。


「まあ、少し暗い話しになったが、朔夜は薙刀を扱う才能がある。それを極めればいいさ。あいつに師事を受けているんだろ。ならきっと上達する。」

「気休めなら止めておくれよ。」

「気休めじゃない。言ったろ才能がある奴は何となく判るって。この前あった時よりも格段に成長していて驚いたよ。自分じゃ気が付いてないが立ち居振舞いがまるで違う。」

「どう違うのさ。」

「身体の芯がぶれていない。頭から腰までが一本の棒で繋がっているように綺麗に立っている。前は少し右に偏っていたのが綺麗に補正されているよ。」


朔夜はトリスからの身体強化の魔術を教わる過程で姿勢に関しても指導を受けていた。身体強化の魔術を効率的に扱うには身体の軸を整える必要があったからだ。魔力を操作し、身体強化を効率良く行えるようにトリスは朔夜を指導した。


冒険者の多くは騎士のように適切な指導を受ける者は少ない。『塔』に挑戦する過程の中で自ら創意工夫をして学んでいく。その為、単純な腕力や技を扱う為に身体を鍛えるが意識して平衡感覚などを鍛える者は少ない。


朔夜も母親から指導を受けていたので一般の冒険者よりも平衡感覚は鍛えていた。だが、トリスから見るとそれはまだ未熟の域だったので一から指導していた。


「短期間でそこまでになるには正しい指導を受けている証拠だ。なら、大丈夫だ。朔夜はもっと強くなる。後、数年もすれば剣聖の域に手が届くかもしれない。」

「剣聖の域に!」

「あの旦那が到達している領域だ。才能が無くても到達したのは驚きだな。」


親方はそう言って朔夜を励まし、朔夜も親方の励ましに感謝しながら親方の言うことを信じることにした。この先、自分の腕がどうなるかは判らないが、自分の事をきちんと指導してくれているトリスの事を信頼し、彼からの教えを守り修練することにした。




天元槍華の館がある一画でエルは剣の稽古をしていた。昨日トリスの家に泊まり、朔夜がトリスと出掛けたタイミングでエル、ナル、それにジョセフも帰ることにした。エルは天元槍華の館に戻ると練習用の刃引きされた剣を持って修練場で汗を流していた。


昨日聞いた朔夜の話ではトリスは実力は自分が目の当たりにしたものよりも遥かに高みにあることが判った。自分もそうなれるように剣の稽古に励んだのだ。


エルの剣の稽古の内容は引退した冒険者にお金を払って教えて貰ったことや天元槍華のメンバーに教えて貰ったこと、独学で考えたことを行っていた。魔物を倒すことを意識していた今までの稽古は剣の素振りや筋肉をつけることを主体としていた。


トリスから指導を受けるようになり、トリスが教えてくれた稽古がこなす様になっていた。また、トリスの執事であるダグラスからも組み手も教わっているのでそれを取り入れていた。トリスやダグラスの稽古は如何に効率よく身体を動かすかを主体としている。敵を倒すことよりも如何に相手の攻撃を見切り、それに身体が付いて行けるように身体を鍛える様に言われている。


今も剣を持っているが素振りをしているのではなく、敏捷性を鍛える為に剣を構えたまま歩法の訓練をしていた。一見地味な稽古だがこれは足腰にかなり負担がかかる。この稽古は最初に始めた時はエルは最後まで行うことが出来ずいた。


「太股が痛い。」


歩法の訓練を終えエルは椅子に座りながら一休みした。始めの頃よりは大分上達したがまだまだ身体が出来ていないことを実感した。トリスやダグラスは同じ稽古をした後に組み手を行えるほどの余力を残している。


『あの二人の様になるには後どれ程修練を積めばいいのか?』


最近はよくその事を考えるようになった。今までの目標は朔夜や天元槍華の上位メンバーを目標にしていた。元々、冒険者になったのは子供の頃に朔夜に助けられた事が発端だった。冒険者に憧れ、朔夜に憧れて天元槍華に入った。上位のメンバーには尊敬できる人が沢山いた。自分も早くその一人になれるようについ最近までそう思っていた。しかし、その思いがここ最近は薄れていた。


トリスと出会い、トリスから身体強化の魔術を習い始めた。その過程でトリスの執事であるダグラスから組み手をするようになった。最初は組み手なんか冒険者に役に立たないと思っていた。魔物を倒すのに素手は使わない。いや、使えないと言った方が正しい。


殆どの魔物は人間とは異なり固い皮膚に覆われている。素手でそれを破壊するのはまず不可能で、関節に関しても人とは大きく異なっているので関節技も使えない。だから組み手をする冒険者も覚えようとする冒険者もいない。エルも最初は乗り気ではなかった。しかし、実際にダグラスに組み手を習うと面白いほどエルはのめり込んでいた。剣を振うよりもダグラスと同じように無手の方が自分に合っている気がしている。


エルは最初は朔夜と同じように薙刀を扱ってみようとしたが上手く扱うことが出来なかった。似た武器である槍も扱ってみたがいまいち手に馴染まず、剣を扱うことに落ち着いた。しかし、今思えばそれも妥協であって本当に自分の特性のあった武器なのか疑問に思う様になった。


「徒手空拳か。」


武器を持たずに素手のみで相手を倒すことは人間には使えるが魔物には使えない。そのジレンマにエルは悩んでいた。ダグラスの様に警護の仕事に就けばいいが、エルは冒険者として大成したい。その夢を叶える為に今、エルは大いに悩んでいた。


自分には剣の才能がない。それを最近自覚し始めている。同じ年頃のクレアと何度か模擬戦を行ってそれを肌で感じていた。実践を一年早く経験しているので今は互角に渡り合えているが日に日に上達するクレアの剣にエルは格が違うことを実感していた。あと、数ヶ月もすれば自分は完全に追い抜かされると予感していた。


『鬼才持つ者は剣の頂に至る。』


この言葉の意味をエルは身に染みて判った気がする。才能は一つの道具だ。道を進むための道具でそれがあるかないかで道に迷わずに進めるのだ。道を進むための道標と言ってもいいかもしれない。その道標が無い者はどうしても道に迷う。エルはまさに今、自分の生きる道に迷っていた。


「思い切ってトリスさんかダグラスさんに相談してみるようかな。」


トリスとダグラスに相談しようかとエルは悩んだが、結局エルが相談する前にエルの悩みは解決さるのであった。


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