港街サリーシャ 思わぬ情報
前の後書きに硬貨の価値を書き忘れました。
銅貨 銅貨50枚で大銅貨1枚の価値。
大銅貨 大銅貨2枚で銀貨1枚の価値。
銀貨 銀貨10枚で大銀貨1枚の価値。
大銀貨 銅貨10枚で金貨1枚の価値。
金貨 金貨100枚で白金貨1枚の価値。
白金貨 1枚持っているととても幸せになる。
パン1つ買うには銅貨10枚。
安めの昼食で大銅貨1枚。
2020年2月9日に修正を行いました。
話の一部にありました、サリーシャの治安問題を修正しています。
2020年9月26日に誤字脱字と文章の校正を修正しました。
トリスが風呂を堪能している間ラロックは先ほどの女性従業員と一緒にいた。彼女の名前はリーシア。数年前からラロックの下で働いている。
「リーシア、お前はトリスさんを見てどう思った。素直な意見を聞かせてくれ」
「私の意見でよろしいですか?」
リーシアの目がスッと細くなった。リーシアは女性特有の丸みを帯びた体格だが、体は引き締まっており、更に目が細くなるとまるでネコ科の動物を思わせる雰囲気を醸し出す。
リーシアは元々別の国で諜報員として育てられた経歴を持っていた。十七歳のときから国のために様々な活動をしていた。数年前に国でゴタゴタが起きてリーシアはそのときに同僚と一緒にこの国に流れ着いた。しかし、一緒に来た同僚は三人いたが今は離れ離れになっている。
「率直な意見を言いますと不思議な方です」
「ふむ。それは娯楽小説に出てくるミステリアスな登場人物と同じ意味かね。それとも芸術家にいるような狂人や変人と言った意味かね」
「どちらも違います。強いて言うならお伽噺に出てくる幽閉されていた王族と言った感じですかね。知識や教養はあるのに世間知らず。しかし、そのことについては本人も自覚していて直そうとしています。彼のような人は今まで出会ったことがありません」
「確かに言い得ている」
ラロックもリーシアと同じ意見だ。トリスが書いたメモの文字は綺麗に書かれている。これはきちんと教育を受けたが者が書ける文字だ。字の書き順などを正しく習わないと字が歪になってしまう。この国の識字率は低くはないが、一般人は文字は読めればいいと判断するので綺麗な文字を書く者は少ない。
「あとは、剣を持っていたが腕前はどう見る? 少し形が変わった剣に見えたが見栄や格好ではないよな」
「剣の腕については判りません。素人にも見えますが達人のようにも見えました。多分彼は戦闘面において全く警戒していないためだと思います。ラロック様との交渉中に警戒したのは飽くまで取り引きに関しての警戒です」
「こんな街中で戦闘はないと油断しているか」
「それとも自分に害を与える者はいないと判断しているか……前者でしたらかなりの楽天家と判断しますが、後者ならかなり恐ろしいです」
「確かに。リーシアはどう思う?」
「後者だと思います。理由としては彼が持っていた剣です。あれは東方で使用される剣と同じ形をしていました。確か「カナタ」と言う名前だったと思います。切れ味が良く、斬ると突くに特化した武器です。素人が見栄で持つには実践的過ぎます。柄の部分はかなり使い込まれていましたので十全に使いこなせると見てよいでしょう」
「剣の達人が全く警戒しないで街を豪遊する。笑えないな。何かトラブルでも起きそうな気配がする」
「同感です。今後は如何いたしましょう」
「静観だな。今のところ彼は上客だ。下手に探りを入れて関係が悪化したら元も子もない。それにまだ彼は持っている気がする」
ラロックはそう言い先ほど買い取った魔鉱石に目を向けた。久しぶりにみた上級の魔鉱石は美しく何とも言えない魅力を発している。
値が高騰しているのでここまま売っても良いし加工して売るのも良いだろう。どちらにせよ損をするようなことはない。こんな逸品を彼は捨て値で売ろうとしていたのだ。もしかしたらまだ幾つか持っている気がする。これよりも更に上質な魔鉱石を……。
ラロックはリーシアに彼を監視するように指示を出した。部下に何人かでこの街にいる間だけ彼を監視すように命じた。だが決して悟られてはならない。もし、トリスに命の危険があるときだけ手助けするように命じた。
「これからどうするかなぁ」
トリスは風呂場で体を洗いながらこれからのことを考えていた。一人だったためか口調も砕けていた。
案内された風呂場は一人用の洗い場と横に浴槽があるだけだった。浴槽に備え付けの魔術道具を使えばお湯が出て浴槽にお湯を溜めることもできる。しかし、初対面の家でお湯を多く使うのは気が引けたので体を洗うことだけにした。
備え付けの石鹸は泡立ちもよく渡された布と一緒に体を洗うと面白いように垢が落ちる。髪を洗うのにも専用石鹸と香料があり、髪に付いていた汚れもよく落ちた。
トリスは気持ちよくなり義手を使用して体の隅々まで洗った。リズの村では風呂はなく近くの川や井戸水を汲んで布で身体を拭くしかなかった。石鹸も余りなかったので汚れを十全に落とすことはできなかった。
トリスは八割ほど体を洗い終えた後にこれからの予定を考えていた。
「情報を集めるしかないか」
街での当初の予定していた買い物が済んでしまった。本来なら日用品や旅に必要になる道具を揃える予定だったがラロックが手配してくれたため買い物をする必要がなくなった。
そうなると残りは情報収集しかない。しかし、乗り気にはなれなかった。ラロックと少し会話をしただけで自分の認識が世間と違うことが幾つかあった。
情報を集めるためには人と話をするしかない。そうした場合相手に自分のことを幾らか知られてしまう。世間知らずの旅人とばれてしまえば余計なトラブルが舞い込んでくるかもしれない。そんな思いから次の行動を決めあぐねていた。
「よし、今夜は酒場に行って上手い酒と肴を食べるか。リズの村では度数の強い酒しかなかった。確かここ最近でできた麦酒が美味しいと聞いたから情報収集はヴァンと合流してから行うか」
ヴァンはトリスがリズ村にいたときに知り合った協力者だ。元々はリズの村の住人だったが冒険者になるために村を出る予定だ。今は別行動しているがこの街で合流する予定になっている。トリスは今後(今夜?)の方針を決め、身体の隅々まで汚れを落として風呂から上がった。
新品の服に袖を通してトリスは満足していた。風呂から上がって金木犀の奥で寛いでいると仕立屋の店員が金木犀に訪れた。
仕立屋の店員はトリスがメモに書いてある品を持ってきており、靴下などトリスが書き忘れた物も持ってきていた。トリスは肌着と下着、靴下を三点選び、普段着も二点選び購入した。購入の際に代金を払おうとしたが、ラロックに止められた。
どうやらこの服の代金はラロックが支払うようで、トリスはラロックの厚意に甘えることにした。
「では、お体の寸法を測らせて頂きます」
仕立屋の店員は持ってきた紐でトリスの寸法を採った。
「一般的な成人男性より少し小さめですね。旅用の服と外套ですと金貨二枚になります。仕立てるのに五日ほどお時間を頂きます。服と外套の色に希望はありますか?」
「ありません。丈夫で長持ちする素材でお願いします」
「承りました。では前金で金貨一枚をお願いします。残りの一枚は受け取りの際にお願いします」
トリスは財布から金貨一枚を取り出し店員に渡した。店員は金貨を受け取り金貨を確認して懐にしまい、木札を取り出してトリスに渡した。
「受け取りの際にこの札を店にお持ちください。また、不要になった服がありましたらこちらで引き取りします。如何いたしますか?」
トリスは今まで着ていた服と外套を店員に渡した。リズ村の村長から貰った品だがもう必要がなくなった。このまま捨ててしまうのも気が引けたので仕立屋に引き取ってもらうことにした。店員は大きめの袋に受け取った服を入れ一言礼を述べて金木犀から出て行った。
トリスも金木犀を出ることにした。ラロックにお礼を言い、紹介して貰った宿屋『銀木犀』に行くのだ。銀木犀は数年前に経営が悪化したところをラロックが買い取り、ラロックが経営している宿だ。
「お世話になりました」
「こちらこそ。注文した品が届きましたら宿に持っていきます。それと街を出る前にリックス……私の甥で門番の兵士をしていた者ですが、彼も呼びますので一度食事でもどうでしょうか? 魚料理が絶品の店がありますので是非いかがですか?」
「それは嬉しいお誘いです。リックスさんにもお礼が言いたかったので是非お願いします」
「では、六日後で良いでしょうか? リックスもその日は夕方までには仕事が終わるはずです」
「はい、問題ありません。その日は予定を空けておきます」
「よろしくお願いします」
トリスは最後にラロックと握手をして金木犀を後にし、銀木犀に向かった。六日後にまたラロックと会う約束をして。だがその約束は守られることはなかった。
二つ目の夜の鐘が鳴った頃に酒場『ウミネコの旅路』でトリスは夕食を楽しんでいた。店の看板にはウミネコの絵と『ウミネコの旅路』と書かれた文字の看板が立っていた。
「この喉ごしは麦酒と違ってすっきりしていいな」
トリスは麦酒を飲みながら魚料理に舌鼓を打っていた。宿の店員に魚料理が美味しく、麦酒が飲める店を聞いたところ、この店を紹介してもらいここに来ていた。
魚料理はリズの村で沢山食べたが、焼くか、茹でるか、もしくは生のまま食べていた。この店では蒸した魚料理を提供しており、他では味わえない調理をしていた。他の料理も随分と手の込んだ料理が多くあり、それらの料理は他の料理よりも料金が高くなっていた。二十年間ロクな料理を食べていなかったのでトリスは少し財布の紐を緩め、料理を堪能していた。
「お姉さん。この麦酒のお代わりをお願いします。あと、豚の腸詰めと燻製肉とジャガイモの炒め物もお願いします」
トリスは給仕の女性を呼び止め追加注文をした。トリスは元々健啖家で人よりも多く食べる。更に昼食は余った保存食ですませたので腹はまだまだ余裕がある。噂通りの美味しい料理と酒でトリスは腹を破裂させる勢いで食べていた。ちなみに最初はカウンターで食べようとしたが、注文した料理が多かったので二人用のテーブルに案内された。
「お兄さん、初めて見る顔だけれどよく食べるねぇ。そんなにもうちの料理が気に入ったかい?」
「はい、とても美味しいです。特に魚料理が美味しかったです。次は肉料理も少し食べようかと」
「二皿頼んで少しとはどんな胃袋しているんですか? けれど、残さず綺麗に食べてくれるから文句はありません」
店の料理を褒められ、給仕の女性は嬉しそうに追加料理の注文を受け厨房に伝えた。トリスはテーブルの上の料理は全て平らげたので胃休みを兼ね周りの雑談に耳を傾けた。
「ここ数日は海が穏やかだ。漁に行くには文句なしだ」
「待ったくだ。去年は時化が多くて散々だった。今年は取れるうちに漁に行くべ」
「ああ、取りすぎても漁業組合が引き取ってくれるらしいからな」
「何でも魚を加工して保存食にするらしい。女房も人手が足りないから臨時で働いているよ」
「近々例の商人が来るころだなぁ」
「例の娼館の女に御執心らしい。二ヶ月一度は来ているよ。おさかんなことで羨ましい」
「ああ、それとどうやら娼婦を買い取るためにいろいろと根回しをしているみたいだ」
「へぇー、わざわざ他の街から御苦労なこった」
「しかし、娼館の女を引き取るのって簡単なのかね?」
「お前のところの嬢ちゃんは幾つになった?」
「もうすぐ十二歳だ。そろそろ店の仕事を本格的に教えようと思っている」
「お前のところの店は織物だろ」
「ああ、最近は安くていい糸が手に入る。そのおかげで質の悪い糸が捨て値で購入できる。練習には持ってこいだ」
「出来が悪くて捨てるならうちで引き取るぞ。大工仕事に布地はいろいろ使えるからなぁ」
雑談を聞いて見たがやはりトリスが知りたい内容はなかった。どれもこれも世間話で政治や経済などの話は聞こえてこない。そう言った情報を得るにはやはり情報屋から情報を買うしかない。だが、そうすると信用できる情報屋でないと、虚偽の情報を売られてしまう。
金銭に余裕はあるので何軒かに依頼するのも良いが、それはヴァンがきてからでも遅くはない。暫くは自分の力で情報を集めようかとトリスが考えていると先ほどの給仕が追加の酒と料理を持ってきた。
「はい、お待たせしました。麦酒お代わりと料理の追加分です。空いているお皿は片付けますね」
「お願いします」
給仕はお代わりの麦酒と注文した料理が二品、それとスープがテーブルに並べ、空いている皿を片付けた。トリスはスープを頼んでいないので、注文の間違いかと思い給仕の女性に目を向けると。
「こちらのスープはサービスです。魚介類の骨やエラの部分を煮込んだスープで、美味しいので是非飲んでください」
注文を沢山したので店側からのサービスの一品のようだ。出されたスープからは魚介のいい香りが立ちこめ胃を刺激する。トリスは早速一口飲んだ。スープには濃厚な魚介の旨味が濃縮され、これだけでも魚を食べた満足感が出てくる。一口、二口と飲むが味が濃いわりに後味はすっきりしている。幾らでも飲めそうな気になってくる。トリスはスープを半分飲んだところで追加で頼んだ肉料理を食べたが、こちらも文句無しに美味しかった。
「よう、兄ちゃん。見掛けない顔だが旅人かい?」
トリスが追加の肉料理を食べていると不意に声をかけられた。声の方に視線を向けると空のジョッキを持った三十歳過ぎの男がいた。酔っているのか顔は赤いが目元はしっかりとしていた。
「ああ、今日着いたばかりの旅人だ。そう言うあんたは誰だ? 相席ならするほど混んではいないぞ」
トリスは無視をしても良かったが後々絡まれるのも面倒なので適当にあしらうことにした。口調も砕けた状態だ。
「ハッハッハァ。威勢のいい兄ちゃんだ。俺はこの街で情報屋をしているザックだ。よろしくな。よければこの街について教えてやるけれどどうする?」
「ザックの野郎、また旅人に絡んでいる」
「ほっとけ、ほっとけ。あいつは腕のいい情報屋の割には金がなくて酒好きだ」
「そうそう。どうせいつものように旅人に奢って貰う気でいるんだ」
「酒代が厳しいって昨日も愚直をこぼしていたな」
「そこの外野どもは黙っていろ。俺の仕事を邪魔するな」
「仕事というより趣味だろ。仕事中なら酒を飲むなよ」
「違いない。違いない。真面目に働いた人の前で言うなよ」
「――別にいいだろう。今月は酒代が厳しいんだよ」
ザックと名乗った自称情報屋は、いつも旅人に奢って貰っているのか、常連とおぼしき客達から揶揄いの野次が飛んできた。ザックは必死になって弁明するが効果はなかった。
トリスは酒を飲みながらザックを観察した。赤毛の長身。顔立ちは悪くないが口元が緩いせいか三枚目に見えてしまう。細身ではあるがやせ過ぎと言うわけではない。常日頃から鍛えているようだ。体を動かして情報を集めるのを主としているようだ。
「おっと、兄ちゃんをほったらかして悪かった。それでこの街のことについていろいろ教えてやるけれど、どうだい? お薦めの夜の店だって紹介できるぜ。当然、情報料は頂くぜ。情報一つにつき酒一杯だ」
「その情報はあてになるのか?」
「勿論、星三つの信用できる情報だ。嘘をついたらこの店から出禁を食らっちまう。兄ちゃん、どうするよう」
「言っておくが俺は今年で四十二になるぞ。多分お前より年上だ。兄ちゃんと言われるほど若くはない」
トリスの言葉に店内が静まり返った。ザックとトリスのやり取りに耳を傾けていたようだ。トリスの口から出た驚きの発言に、店内の客は驚きを隠せなかった。先ほど料理を運んできた給仕の女性は「年上なの? 私より年上なの?」と言った呟きも聞こえてくる。
話を振ってきたザックは目を大きく見開き、トリスを見つめている。トリスの見た目はどう見ても二十代前半にしか見えないほど若々しかったからだ。
「四十二歳。本当に四十二歳?」
「ああ、今年で四十二歳だ」
「サバを読んでいる?」
「サバを読むのは実年齢より低いときだろう」
「年齢詐称?」
「何のために?」
「女を口説くため」
「俺の目の前にいるのは三十歳くらいの酔った男だ」
「…………だよねぇ」
トリスの外見が実年齢と一致せず、誤解されたのはこれが初めてではなかった。門番のリックスもトリスを自分と同じ三十歳前半と最初は思っていた。もっともそのときはトリスが旅の汚れで少し老けて見えていたからだ。だが、今のトリスは金木犀で風呂を借り、体の隅々まで洗い、旅の汚れを落とし髭も綺麗に剃っている。本来の姿になっている。その姿はとても四十過ぎには見えなかった。
「その……すみませんでした。兄ちゃんって言ったのは決して悪気があって言ったのではないのです」
急に口調を改めてきたザックは何とか気を取り直しているが、酔いが一気に醒めたのかテンションが低い。トリスは苦笑しながら「気にするな」と声をかけた。
「ええっと、それであなたは……」
「トリスだ。トリスと呼んでくれ」
「トリスさんはこの街に来たのは初めてですか?」
「ああ、初めてきた」
「良ければこの街について情報を買いませんでしょうか?」
トリスの外見から年齢を間違え、失礼な態度をとったザックは離れていくかとトリスは思っていたが、懲りずに自分を売り込みにきた。なかなか根性があるのか、それともよっぽど酒が飲みたいのか。トリスはザックのことが気に入り、ザックから情報を買うことにした。
「料金は幾らだ? 情報屋はタダで情報を渡さないだろ?」
「はい、先ほども言いましたが、一つの情報につき、お酒を一杯でいいです」
トリスの言葉にザックは少しテンションを取り戻したのか明るい声で答えた。報酬が酒とはよっぽどの酒好きだと思いながらトリスは給仕の女性を呼んだ。店の中もいつの間にか先ほどの静寂が嘘のように賑わいに戻っていた。給仕の女性がテーブルに来たところでザックの注文をした。
「こいつに酒と食い物を」
「食べ物まで良いんですかい?」
「その代わりにいい情報を期待している」
「も、勿論。では、せっかくなので葡萄酒を大ジョッキでお願いします。料理はパエリアをお願いします」
「パエリア? 聞いたことない料理だ」
「はい、米と言う穀物を使った料理で、米と一緒に魚介類を炒めた物です。この店は米を使ったパエリアが絶品なのです」
「そうか、じゃあそれを大皿で貰おう。俺も食べてみたい」
「ホント、よく食べるね。さっきの料理も食べ終えているし。パエリアは少し時間がかかるけどいい?」
「大丈夫です。パエリアは時間がかかるのは知っています」
「だ、そうだ。あとはすぐできる軽い物を追加で頼む」
「了解したわ。毎度どうも」
給仕の女性は一言お礼を言うとそのまま厨房へ伝えに戻った。
「では、料理が来るまで情報を話します。何が聞きたいですか?」
「取りあえずここ数年のこの街の政治と経済、あとは治安だな」
「了解です」
ザックは自分が知り得るサリーシャの情報をトリスに話し始めた。
政治
五年前に街の領主が代替わりした。先代が病にかかり公務に影響が出るので息子が後を継いだ。当時は息子の年齢が若すぎるため、街の重鎮達は心配していたが、それは杞憂に終わった。当代は皆が思っていたよりもずっと優秀だった。先代のバックアップもありここ数年は大きな問題は起きていない。
経済
領主が当代になって様々な産業を増やしている。
一つは先ほど注文したパエリアにも使われる米と呼ばれる穀物の栽培だ。元々大陸の東部や北部で作られていた作物だったがここ数年でこの辺りでも栽培するようになった。味は東部や北部には劣るが他の具材と一緒に料理すると、とても味わい深い料理になるので新しい穀物として注目されている。
他にも魚の加工品を作り、保存食として流通を考えているようだ。魚を保存食にすれば長期間保管ができるからだ。
これらの事業は近年多発した時化の対策だ。時化になると漁師は海に出られなくなり、経済に大きなダメージを受けるからだ。
治安
これについては少し問題になっていた。
人が集まればその分問題は出てくる。商人のもめ事から酔っ払いの喧嘩は日常茶飯事だが、数年前から住民に乱暴を行う者が何人かいる。領主は率先して逮捕しようとするが拠点を変えているらしく捕まえることができないでいた。被害にあった住民がおり、不安と怒りで日々を過ごしている。
トリスは先ほど注文した酒とつまみの豆を食べながらザックの話を聞いていた。ザックの話には宣言通り嘘はないようで周りの客達も同意していた。
「治安に問題ありか。それ以外は住みやすい、いい街だと思う」
「今はそうですが、当代に代替わりしたときは、正直最初はみんな不安でした。先代はできたお人だったのでどうしても後を継いだ若輩の息子には荷が重いと思っていました」
「なぜだ?」
「なぜと言われますと?」
「先代が優秀なら自分が引退したときのことも考えているだろう? 息子に後を譲ったのは後を譲っても問題ないと判断したからだ。もし、息子に不安要素があれば国に代官などを頼むはずだ。それをしないで息子を継がせたのは息子に託しても問題ないと判断したからだ」
「確かに……言われてみればそうですね。今の話だけでそこまで考えられるとは。トリスさん、あなたは何者ですか?」
「ただの旅人だよ。前にいた場所でそう言った話をよく聞いていたからな」
そんな話をしていると大皿に載ったパエリアが運ばれてきた。四人前近くあるパエリアからは香ばしい匂いがして食欲をそそった。トリスは追加で酒を頼んだ。ザックも既にジョッキを空けてしまいトリスを羨ましそうに見ていた。トリスは苦笑して、ザックにも追加の酒を頼むかと聞くと、ザックは目を輝かせながら頷き、先ほどと同じ葡萄酒を注文した。
「すみません。追加の酒まで奢っていただいて」
「気にするな。食べながらでいいから続けてくれ」
「はい」
二人は大皿の載ったパエリアを自分の皿に取り分けながら話を続けた。
「今度は何を話しましょう。街の外のことでも大丈夫です。さすがに最新の情報とはなりませんが……」
「じゃあ、今度は街の外の話だ。この街の近くで大きな街と言うとやはり……」
「ええ、大都市アルカリスの話になります。興味があるのですか?」
「人並み程度には興味がある。魔鉱石の価格はここ数年で変わっているみたいだし、昔少し立ち寄ったことがあるから気にはなる。それに知人が住んでいるはずだから元気にしているか気にはなっている」
「そうですか。魔鉱石は確かに等級が低い物は下がっていますが、等級が高いものは高騰していますからね。俺らみたいな、一般人は関係ないですが、業船や工場は何とかして手に入れたいみたいです」
業船や工場は魔鉱石をかなりの頻度で使用している。業船は風がないときや出港する際は魔鉱石で風を起こし船を動かす。工場は高温の火を扱うので、魔鉱石で窯の温度を上げるのに使用する。どちらも必須ではないが、有った方が仕事の効率がいい。
「等級が高い魔鉱石を欲しい場合は『トリアナス』の連中に頼むか、それに準じるパーティーに依頼しないと手には入りませんね」
「トリアイナ? 何かの武器か?」
「いえ、お伽噺に出てくる槍のことでなく、三つの組織の総称です。『天元槍華』、『アナトード』、そして、『リューグナー』。全部槍の名前にちなんだパーティー名ですので、この三つの冒険者パーティーを呼ぶときは『三叉槍トリアイナ』にちなんでそう呼びます。大都市アルカリスの冒険者パーティーの最大勢力です」
「リューグナー!」
「リューグナーは御存じでしたか。先ほどの三つの中で事実上最大勢力ですから。もしかして知り合いでもいるのですか?」
「――先ほど言った昔の知り合いが同じ名前の団長だった。だが別の組織だろう。武器から名前を借用したパーティーは結構あると聞いた」
「確かにそうですね。先ほどの三つのパーティーも伝説の武器の名前から取っていますから。ただ、リューグナーは良い噂を聞きません。団長が徹底的な合理主義。組織の利益のためなら平気で他人を蹴落とします。噂半分だとしても良い噂を聞きません」
「なら別のパーティーだな。俺の知っている奴はお人好しで義理人情を大事にする男だ」
トリスは自分の身の上を少し話過ぎたかと思った。だがリューグナーに関する情報は少しでも欲しかった。リューグナーの団長に合うのはトリスの目的の一つであった。彼のおかげで今、自分は生きている。恩を返す必要があるのだ。
「確かに正反対ですね。でも、確か前の団長はそのような人物だったと聞いたことがあります」
「前の団長?」
「ええ、リューグナーは確か十年ほど前に団長が代わりました。創設者の団長が死んで弟が後を継ぎました。今の団長の名前はモンテゴ・ルフェナン」
「モンテゴ・ルフェナン? 聞いたことない名前だ。前の団長の名前は?」
「確か・・・。アーナ? いや違います。リーナ……いや、これでもありません」
「イーラ。もしかしてイーラ・エーデか?」
「そう、その名前です。よ、く、ご、存、じ、で・・・」
ザックはそれ以上言葉を発することはできなかった。先ほどまで温厚だったトリスの様子が激変したからだ。ジョッキを持つ彼から感じる雰囲気は先ほどまでと打って変わり、凶器その物になっていたからだ。顔からは笑みは消え、真剣な顔つきになっていた。
ザックは声がでなかった。それどころか瞬き一つすることができなかった。目の前にいるトリスの激変に言葉を挟む余裕がない。のちにザックはこのときのことをこう語った。
「心臓を鷲掴みされたような感じだった。周りの音が全く聞こえなく、ただ、自分の心臓の音だけが唯一痛いほど聞こえていた。――あのときほど死を間近に感じたことはなかった」と。
頑張って行きたいと思います。
今の目標は20話までの投稿を目標にしています。
最終目標は完結です。