漁村リズ 思考の男
コロナウイルスの影響で仕事が残業出来ない状況です。
個人的には執筆時間が増えて嬉しいです。
トリスはひとまず担いでいた牡鹿を地面に下ろした。野盗達と戦闘になったとしても担いだままでも十二分に動けるが油断は大敵。『迷宮』では油断は即、死に繋がるのでトリスは戦闘になる時は必ずリスクを減らす様にしていた。
「これは見事な牡鹿だ。」
「最近は魚ばかりだからこの牡鹿で祝宴しましょう。」
「いいな。分厚く切った肉を焼いて喰うか。」
野盗達はトリスが狩った牡鹿をさも自分達の物のように言い牡鹿の肉をどう食べるか話し合っていた。トリスはそんな野盗達の態度が不思議で側にいた村人に話しかけた。
「この辺では野盗達に食べ物を分け与える習慣でもあるのか。」
「そんな訳ないだろう。」
「あいつらは去年の冬頃からこの辺に現れて食料を奪っていくんだ。」
「誰が好き好んで自分達の貯蓄を野盗に出すか。」
村人は悔しそうに叫んだ。中には怒りのあまり自分の爪が拳に食い込む者もいた。
「そうか。判った。」
トリスはそれだけ言うと野盗達に視線を戻した。野盗達もいつの間にか牡鹿の話しは止めてトリスを見ていた。
「どうやら事情を把握したようだな。この牡鹿は俺達が貰う。」
「だが運ぶのはちと骨が折れる。お前が俺達の根城まで運べ。」
野盗達はトリスに牡鹿を運ぶように指示するがトリスは返事はせずに一言も声を出さずに野盗達に近づいた。野盗達は一言も話さずに近づいてくるトリスを不気味に思い、野盗の一人が自らトリスの拳が届く範囲に近づいてしまった。
鈍い音が辺りに鳴り響くとトリスに近づいた野盗が宙を舞った。野盗は宙を舞うとそのまま受け身も取らずに仰向けで地面に倒れた。倒れた野盗の口からは血と泡を出し気を失っていた。
トリスが近づいてきた野盗の顎を拳で殴っのだ。他の野盗はその事に気が付く直ぐに剣を抜きトリスに斬りかかった。野盗達の判断は普段なら最適な行動たが対峙した相手が悪すぎた。トリスは斬りつけてきた野盗に対して恐れる事はなく前に出た。
トリスと野盗が一瞬だけ交差すると野盗達はその場に崩れ落ちた。一瞬でトリスは野盗の四人を素手で倒したのだ。一人の野盗は最初の野盗と同じように顎を殴られ、二人目の野盗はこめかみを殴られ、残りの二人は鳩尾を殴られ一瞬で意識を刈り取られた。
「すげぇ。」
村人の一人が素直にトリスを称賛した。他の二人も同じ思いなのかトリスに見惚れていた。トリスは武器を持っていないために他の人から見れば荷物を運ぶ使用人のように見えていた。そんな彼が一瞬で野盗を倒してしまう程の実力者とは野盗も村人も思いもよらなかった。
「すまないが教えて欲しい。この辺りで野盗を捕まえた場合はどうすればいい。」
近くに大きな街があれば憲兵に引き渡せばいいが、地方の村や町では自治権が認められている。そのような場所では村長などその地域を納める者が判断を下すのが通例だ。トリスは念の為にその事を村人に訪ねると一人の村人が興奮しながらトリスの質問に答えた。村人の話しではやはり村長が判断はするので村に連行するのがいいとトリスに説明した。
そう言うことなら野盗を拘束して村に連れていこうとした時、トリスは異変に気が付いた。一人の村人が野盗が落とした剣を拾い上げ、剣を振り下ろそうとしていたのだ。
「死ねぇ。」
村人は大声を上げながら剣を振り下ろした。誰もが野盗は殺されると思った瞬間、金属が弾かれる音が辺りに響いた。
「なっ!」
村人の手に握られていた剣が何かにぶつかり弾かれた。剣が弾かれた事に驚いた村人がもう一度剣を拾おうとしたが、剣が弾かれた際の衝撃で手が痺れて直ぐには剣を持つことが出来なかった。他の村人は何が起こったのか判らなかったが直ぐ野盗を殺そうとした村人を取り押さえた。
トリスはそんな彼らの事は放置し自分の行動に驚いていた。村人の剣が弾かれたのはトリスが咄嗟に指弾を使って剣を弾いたからだ。トリスの実力では簡単な事だったがそれよりもトリスは自分の行動が理解できずにいた。
(何故俺は剣を弾いた。)
野盗が村人に殺されようがトリスには関係の無い事だ。なのにトリスは野盗を助けるようなことをしてしまった。『何故だ。』と疑問に思っていると取り押さえられた村人が大声で喚き始めた。
「放せ。」
「ダン、落ち着け。野盗達は気を失っている。」
「命を奪う必要はない。無抵抗な相手を殺したらお前が罰せられるぞ。」
野盗に襲われた際に抵抗して相手を傷つけたり、殺してしまって重い罪になることはない。だが気を失っている無抵抗な者を殺すのは野盗だったとしてもやり過ぎで罪になることがある。ダンと呼ばれた男が罪にならないように他の村人達が必死に取り押さえていたが、ダンは物凄い剣幕で村人の制止を振りほどこうとしていた。
「そんなの関係ない。あいつを殺させろ。」
「関係あるだろ。お前が罪に問われるぞ。」
「お前が犯罪者になったら女房や子供はどうする。」
女房と子供の事を言われダンは我に返りようやく大人しくなった。だが、代わりに目から大粒の涙が溢れでてきた。
「こいつは弟の仇なんだ。こいつが弟を殺したんだ。だから俺は、俺はこいつを殺さないといけないのに。」
死んだ弟の仇かそれとも生きている家族の為か。自分の人生を左右する決断にダンは何も出来ずその場に座り込むしかなかった。そんなダンの姿をトリスは黙って見ていた。
リズの村では牡鹿が仕留められたことで小さな宴が開かれた。トリスは狩った牡鹿をサナに渡したところサナは村人全員で分け合いたいと提案し宴が模様された。男達が牡鹿を解体して女達が牡鹿の肉を次々料理していく。流石に牡鹿だけでは村人全員の腹は満たされないので、保存食の野菜や魚なども出され村人全員で宴の準備をしていた。
村中で宴の準備をして浮かれている一方、村長の家では重苦しい雰囲気が漂っていた。村の害獣である牡鹿を討伐されたことは喜ばし事だったがそれよりも今後の村の方針について決めなければならなかった。その為、村長の家に集まった村の重役たちは浮かれてはいられない。その場所にトリスはヴァンと共に参加していた。
部外者であるトリスがなぜこのような場所にいるのは、トリスが捕まえた野盗達の処分について話し合うからで事情聴取と言う名目でトリスは参加することになった。だが実際は違う。村の重役の中にはトリスを野盗に差し出そうと考えている者がいた。
トリスが捕まえた野盗達は両手を縛られ動けない状態で村の倉庫に監禁された。ダンのように恨みで殺させないよう信用できる者が見張りについている。だが何時までもこうしてはいられない。明日になれば仲間が戻らないことに不審に思う野盗達が村に来るかもしれない。そうなった時、原因を作ったトリスを野盗達に差し出し許しを乞う算段を何人かの重役していた。
トリスもその事は既に感づいていたが取り合えず知らない振りをして会議に参加した。
「トリス殿この度は牡鹿を狩って頂きありがとうございます。さらに牡鹿を村に提供して頂き、村を代表してお礼を申し上げます。」
「ありがとうございます。私もサナさんにお世話になりましたからせめてものお返しです。」
村長は最初にトリスにお礼を言い頭を下げた。トリスもその礼を素直に受け取ったが、お礼を言った村長の顔は強ばっており、この後の話しは明るい話題ではないとトリスは感じていた。
「それで牡鹿を運んでいた最中に遭遇した野盗のことですが、トリス殿は野盗について何処までご存知ですか?」
「知っているのは昨年の冬からこの辺に出没するようになって村を荒らしているとしか知りません。規模や拠点などは知りません。」
「そうですか。では、野盗について詳しくお話させて頂きます。」
村長は自分達が野盗によってどのような状況に陥っているかをトリスに知って貰う算段だ。トリスにして見れば村の状況などは興味はない。面倒なことに巻き込まれる前にこの場から立ち去りたいのが本音だが、村長やそのほかの重役たちの雰囲気がそれを許さない。ここで立ち去った場合はさらに面倒になると思いトリスは話しだけでも聞くことにした。
ことの発端は昨年の冬の始めに訪れる行商人が来ないことに始まる。本格的な冬が訪れる前に日用雑貨を売りにくる筈の行商人が一向に訪れなかった。村長は行商人に何かあったと思い村人の一人を行商人組合のある近くの町に向かわせた。
村人が町にたどり着き、行商人組合で話を聞いたところ街道にたちの悪い野盗が出没したと聞かされた。リズの村やその周辺の村に野盗が出没し、村々に行く筈の行商人もその野盗達に襲われた。幸いな事に行商人は荷物を失ったが命だけは助かり、野盗に出た事を町に報告することができた。組合長は直ぐ領主に報告し野盗の討伐を依頼した。
しかし、領主は討伐隊の派遣に難色を示した。野盗の住みかを把握していない状況で討伐隊を編成するのは今の季節だと危険があった。まだ雪は降っていないがもし、野盗の探索中に雪が降った場合、討伐隊が遭難する危険がある。その為、領主は野盗の討伐を春まで待つか決めかねていた。
そして、領主の不安は的中し、初雪は例年よりも早かった。結局、領主からは援助として幾つらかの日用品と食料の救援物資が近隣の村に送られてきたが野盗の討伐は年明けまで見送られた。
だが、リズの村や近隣の村では救援物資が届いた後からが野盗の本当の脅威が始まった。救援物資が届いた数日後に野盗達が村を襲ってきた。村に届いた救援物資を奪い、逆らえないように見せしめに村人の何人かを殺した。今後も村に来るので食料などを渡すように言い立ち去った。
リズの村や周辺の村では抵抗することも出来ずに野盗達の言いなりになるしかなかった。
「領主様も無能な訳ではない。年が明ける前に一度野盗の討伐に隊を派遣してくださった。しかし、野盗達は討伐隊が来たことを直ぐに察知して身を隠しました。結局その時に野盗の根城を見つける事は出来ず討伐隊は引き上げました。」
そうして、年が明けて現在まで野盗達が好き放題していると村長は語った。他の重役たちやヴァンも自分達の村を好き放題にされ悔しい思いを強いられていた。
「話しは判りました。それで私にどうして欲しいのですか? (俺が大人しくあいつらに差し出されればいいのか?)」
トリスは内心で悪態をで付くがそれは表にはださずに村長に問うた。村長はそんなトリスの内心を察することは無く、ただ自分がもっとも良案だと思ったことを口にした。
「実はそろそろ男達は漁に出る時期です。男達が漁に出ている間は村を守れる者がヴァン一人なので出来ればトリス殿にも手伝って頂きたいのです。」
「それは村の用心棒になって欲しいと言うことですか?」
「はい、勿論お礼はします。期間も野盗が討伐されるまでです。」
村長はトリスを用心棒として雇い野盗に対する武器として使用することを決めていた。例えトリスを野盗に差し出しても野盗達の怒りが収まると村長は思っていない。所詮自分達の都合だけで集まり、他者を害する人間達が自分達の都合よく動くとは村長は思っていなかった。それなら野盗に対抗できるトリスを雇い村を守ることにした。直に領主が討伐隊を再編成して野盗達を討伐しにくると村長は信じていたからだ。
一方、用心棒を依頼されたトリスはそんなに楽観視は出来なかった。今日、山に入ったが人が通れるような整備はほとんどされていなかった。この辺は漁業が主業なので山へは山菜を取りに行く以外はしていない。狩りも村の何人かが趣味程度でしかされていないこともトリスは知っていた。そしてそれは野盗達も当然に知っているので山を根城にしているとトリスは予想した。
『人は学びそれを活用する生き物だ。』とトリスの師であるウォールドはよく言っていた。自分が思いつくことは他者も思いつくと考え行動した方が良いと常々トリスに話していた。そうなるとここで討伐隊が来るのを待つのは得策ではない。野盗達も討伐隊が来た時の対応を考えている。直ぐに逃亡すればいいが、もし討伐隊が返り討ちにすることが出来る術があったらどうなるか......
トリスはそこまで考え思考を止めた。これ以上はここに住む人達が考えることで余所者の自分が考える事ではないと判断した。トリスはこのまま村に留まるのは危険だと考え、明日の早朝に村を発つことを決めた。もっともそのことをここで素直に話すと揉めそうなので、村長達には一晩考えさせて欲しいと返事を保留にした。
「一晩考えさせて下さい。返答は明日の昼までにしますので。」
トリスはそう言って村長の家から出ていった。村長や他の重役達もも今はトリスの意見を尊重し止める様なことはせずに静かに見送った。
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