漁村リズ 流浪の男
誤字脱字の指摘ありがとうございます。
この場でお礼を申し上げます。
ヴァンは浜辺で出会った男を村の中に招き入れた。村に戻る途中で村長の命令でヴァンの応援にきた男衆に出会い、男衆は見知らぬ男がいる事に警戒した。
ヴァンは彼らに男の事を話し害意や敵意が無い事を話した。そして、朝食を食べ終わった後に村長の元に行くことを伝えた。村長にもこの事を伝えて欲しいと伝言し男衆とはそのまま別れた。村の中に入り暫く歩くとヴァンの家に二人は辿りついた。
「ここが僕の家だ。」
ヴァンは家に着くと早速家の扉を開けて男を招き入れようとすると家の中から中年の女性が出て来た。
「ヴァン、お帰りなさい。そちらの方はどちらさま?」
「ただいま、母さん。この人はさっき浜辺であった旅人の...。」
男を母親のサナに紹介しようとしたところでヴァンはまだ男の名前を聞いていなかったことに気が付いた。そう言えば自分の名前すら名乗っていないことに気が付き、今さら言うのも聞くのも変な気がして言い淀んでいると男がサナに挨拶を始めた。
「突然の訪問に失礼します。私は先程こちらの息子さんと浜辺に会いまして、話しているうちにに朝食のお誘いを受けました。迷惑かと思いましたが、旅してきたのでまともな食事を暫く食べていませんでしたのでご厚意に甘えました。」
「これはこれはご丁寧。私はヴァンの母親でサナと言います。直ぐに用意しますから家の中でお待ち下さい。」
「いえ、私は旅をしていたので身体が汚れています。このままでは家の中が汚れてしまいますのここで構いません。」
男の口からはとても礼儀正しい言葉が出てヴァンは唖然とした。先程浜辺であった時の粗野な口調ではなく、相手を気遣うことも言うのでサナはすっかり気を許していた。
「なら、朝食の準備も時間がかかりますので、その前に汚れを落としてください。家の裏には共同の井戸があり、身体を洗う場所もあります。」
「お心遣い感謝します。ですが、着替えを持ち合わせていないので。」
「それなら主人の古着をお貸しします。下着も予備の物がありますのでちょっとお待ちくださいね。ええっと、お名前は...」
「申し遅れました私の名前はエド...いえ、トリスと言います。ご厚意には感謝致します。」
「はい。」
サナはそのまま上機嫌で家の中に戻っていた。男は...トリスはヴァンの視線に気がつき声をかけた。
「どうかしたのか?」
「あなたの口調がさっきまで違っているから驚いている。」
「何を言っているんだお世話になる人に礼儀正しくするのは普通だろ。」
「そうだけど、口調も態度もさっきと全然違うじゃないか。僕は殺されるかと思ったんだ。」
「それはお前が敵意を持って近づいてきたからだろう。武器を持って近づいてくる相手に礼儀を尽くすのは気位の高い騎士ぐらいだ。」
「...」
「まあ、俺も暫く師匠以外の人と接してなかったから距離感がまだ掴めていない。さっきの威嚇も手加減はした。」
「あの殺気で手加減? 普通の人なら気を失いますよ。」
トリスの発言にヴァンはもうどう答えていいか判らずにいるとサナがトリスの為に着替えと身体を洗う道具を持ってきた。トリスはサナからの好意を素直に受け取り、この恩は後で狩りでもして返すことにして洗い場に向かった。
「ねえ、ヴァン。トリスさんには村で起きていることを話したの?」
「まだだよ。助けて欲しいとは言ったけど具体的な事は話してないよ。出来れば事情を話して協力はして貰いたいとは思っている。」
トリスが洗い場に行ったのを見送ったサナは息子のヴァンに村の事情について話をしたのか問いただした。
「旅の人に危険なことをさせるのは母さんは関心しないわよ。」
「判っているけど今のままじゃまた被害がでる。また、人が死んだり、傷ついたりするのを我慢しろというの。」
「そうだけど...」
「出来る限り無理強いはしないよ。でもこのままにはしていられないから事情を話して協力してもらう。まずは村長に話しをする必要があるけど。」
「判ったわ、それで村長の所にはトリスさんも連れて行くの?」
「まだかな。急に連れて行っても迷惑だろうし、それに村長以外のみんなの許可を貰わないと。」
「そうね。」
村で起きている問題にトリスを巻き込むべきかヴァンとサナは悩んでいた。トリスの実力を知っているヴァンは出来ればトリスの力をどうしても借りたかった。だがそれは命の危険を伴うことなのでヴァン一人で決められる事ではないので村長の判断に委ねることにした。
「ヴァン、よく来た。」
サナの父親であり、ヴァンにとっては祖父にあたる村長はヴァンの訪問に歓迎した。ヴァンはトリスと朝食を共にした後に村長の家に出向いた。一方トリスは服のお礼に狩りに出掛けた。この時期だと冬眠から目覚めた野生の獣が多くいるので得物には不便しないと言いトリスは出掛けた。
「早速だが浜辺にいた男のことを教えてくれ。」
「はい。名前はトリスといい旅人でした。暫く師匠と何処か人のいない場所で二十年近くも生活していたようです。」
ヴァンは自分が知っているトリスの情報と出会った時の経緯をを村長に話し始めた。村長はヴァンの話を静かに聞き、同席していた村長の息子二人、ヴァンにとっては伯父達もヴァンの話を静かに聞いた。
「それで朝食を食べた後は僕はここにきて、トリスさんは狩りに出掛けました。」
「狩りに行ったのは村の裏手にある山にか。」
「たぶんそうだと思います。この辺で狩りが出来るのはあそこしかありません。」
「裏手の山には奴等の根城があると噂があります。やはり奴等の仲間ではないのか?」
今まで静かに聞いていた伯父二人がそれぞれヴァンに尋ねた。ヴァンもトリスを一人で行動させるのには不安を感じていたがトリスの実力を考えると自分の手には負えないことは判っていたので敢えてトリスを自由にさせたのだ。
「トリスさんは僕では足元に及ばない程の実力者です。父さんよりも強いかも知れません。」
「レイモンドよりもか。」
今まで黙っていた村長も今のヴァンの発言には驚いた。
「はい。トリスさんと対峙した時に絶対に勝てないと確信しました。父さんとは稽古でしか対峙したこと
はないので実践での父さんの実力は知りませんが、父さんでも苦戦すると思います。」
レイモンドはこの村では一番の実力者で次は息子のヴァンになる。ヴァンとレイモンドには大きな差があり、村でレイモンドに勝てる猛者はいない。レイモンドが苦戦する様な相手なら村の男達が束になっても敵わない。そんな実力者がこの村に来たのは僥倖かそれとも災厄なのかは判らないが、ヴァンは敢えて放置したと村長達に話しをした。
村長達はヴァンの行動を罰するようなことはせず、それよりも今後はトリスについてどう接するかを決めた方がいいと思いそれを議論することになった。議論は村長だけでなく村の重役達も集められその集会は夕方まで続いた。
日が落ちる直前にトリスはまた、浜辺に来ていた。朝とは違い今度は日が海の向こう側に沈んでいく風景に目を奪われていた。二十年前は日が沈むことでこんな気持ちになることは無かった。こんなにも世界は美しいものだとはトリスは改めて知った。
このままずっと見ていたいが先ほど仕留めた牡鹿を持ち帰る必要がある。服を借りたお礼に狩り出掛けると山に行く途中で老婆と出会った。老婆に挨拶し、ちょっとした世間話をしていると牡鹿による被害を受けていると老婆は話した。
昨年の冬ごろから出没し、保存している農作物を食い荒らす牡鹿に困っていることを聞いたトリスはその牡鹿を狩ることにした。この時期の牡鹿の角は取れて問題の牡鹿を判別するのは難いと思ったが老婆の話では体格が通常の牡鹿よりも大きいと言う。それならなんとか見つけられるかと思いトリスは老婆と別れて山に向かった。
トリスは早速山に入り牡鹿を探したところ該当する牡鹿を昼過ぎに見つけた。故郷にいた頃はこんなに簡単に狩りで得物を見つけることは出来なかった。『迷宮』で師匠と過ごした日々はトリスに様々な術や技を授けてくれた。そのおかげでこうして狩りが簡単に出来ることをトリスは亡き師匠に感謝した。
牡鹿を見つけたトリスは直ぐに狩りを始めた。牡鹿は尾根に悠然と佇んで辺りを見下ろしていた。あの場所まで近づいて剣で仕留めるのも良かったがトリスは敢えて飛び道具を使うことにした。『迷宮』ではこんなに開けた場所が無かったのでこの場所から牡鹿を仕留めることが出来るか挑戦したのだ。
ヴァンはトリスが何も持っていないと言っていたがそんなことは無い。長年使用いている魔導鞄と師匠から譲り受けた魔導鞄がある。トリスが元々持っていた魔導鞄には武器や防具、生活に必要な物が入っており、師匠から譲り受けた魔導鞄には魔鉱石や魔物の素材が入っている。
トリスは着ている服以外は全て魔導鞄に入れているので何も持っていないように見えるがそんなことは無かった。もっとも普通の服などに関しては『迷宮』にはないので魔物の素材で作った服しか持っていなかったのは事実だった。
トリスは牡鹿を仕留めるため右手の指を牡鹿に向けた。トリスの四肢は既に失くしており、『迷宮』に住む粘液生物を使用して作られた義肢だ。この義肢は魔力を通じて感覚を伝えると形状を自由に変化し、動かせることができる。魔力制御と感覚がきちんとできれば皮膚や爪などを精巧に再現しほぼ見分けることが出来ない程の物になる。トリスはその性質を活かして指弾で魔物を仕留める術を身につけていた。
指弾は義肢の一部を魔力で飛ばし標的を撃つ技だ。指弾の形状は鋼鉄の様に堅い球状の指弾と細く鋭い釘状の指弾を用途によって使い分けている。今回は釘状の指弾を飛ばし牡鹿の眉間へと当てるつもりでいた。
トリスは探索魔術で周囲の風の状況などを読み、牡鹿との距離をしっかり確認して指弾を撃った。指弾はトリスの手から離れると一直線に進み、見事に牡鹿の眉間に当たった。牡鹿自身は何が起こったのか判らないままその場に倒れた。トリスは見事に牡鹿を仕留めることに成功したのだ。
「よし。」
牡鹿を仕留めたトリスは直ぐに牡鹿を回収して近くのあった木に吊るした。足を縄で縛り逆さ吊りにした状態で首の根元を斬り血抜きを行った。血の匂いで他の獣が来ないか注意しながら作業を終えるとトリスはそのまま牡鹿を背負って山を下りた。牡鹿の身体は通常の個体よりも巨大でとても男一人で運べるものでは無かったが、トリスは軽々と牡鹿を背負いそのまま山を下りた。
トリスが牡鹿を担いで帰ると既に夕方で太陽が海に沈むところだった。トリスはその景色に感動しながら村に戻ると村の手前で村人が野盗とおぼしき連中に襲われていた。野盗達はまだトリスに気が付いていなかったのでトリスは直ぐに魔術で周囲の音を拾うと村人と野盗達の会話が聞こえてきた。
「おい、お前達はリズの村の者だな。」
「そうだ。な、なんの用だ。」
「決まっているだろ。そろそろ食料が無くなって来たんだ。出してもらおうか。」
「俺達はお前達を養う為に働いているんじゃない。」
「なら、ここで死ぬか? まあ、俺としてはどっちでも良いんだ。村に戻って食料を持ってくるか。それともここで死ぬか。好きな方を選びな。」
野盗はそう言うと剣を抜き村人を脅した。村人は男性三人。野盗は先ほど話しをしていた男の他に四人いる。野盗は全員剣を所持しているが剣を抜いたのは話しをしていた男だけだ。他の野盗は村人の反応を楽しんでいるため、周囲の警戒はまったくしていない。
「さて、どうすか。」
トリスはこのまま隠れて野盗がいなくなるのを待つか。それとも村人を助けるか迷った。この村で世話になったのはヴァンとサナだけだ。他の村人がどうなろうとトリスには関係ない。事情を知らない自分が下手に首を突っ込むのも混乱を招くので野盗がいなくなるまで隠れることにした。
「そこのお前、ちょっと止まれ。」
トリスが隠れようとした時に野盗の一人がトリスに気が付いた。トリスは面倒になったと思いながら野盗の指示に従い足を止めた。
「よし、そのままこっちに来い。逃げようとしたら後ろから刺すからな。」
トリスは言われた通りにそのまま野盗のいる場所まで歩いた。トリスが野盗達に近づくにつれ野盗達の表情が変化した。遠目では牡鹿は大きな袋だと思い気にしなかった野盗達だが、トリスが近づくにつれ荷物が牡鹿だと判ると野盗達の顔色が変わった。
「お、お前、その牡鹿はどうした。」
「さっき山で狩ってきた。村の食糧庫を襲う害獣だと聞いたから仕留めただけだ。」
トリスは兎でも狩ったような軽い口調で言うが牡鹿は成人した鹿の二周り以上も大きくとても簡単に狩れる代物ではなかった。
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