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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
流れ者としての時間
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漁村リズ 浜辺の男

新章突入です。なので二話更新しました。

二回目です。

男は東の空に昇った朝日を眺めていた。二十年ぶりに見る日の光はとても素晴らしくずっと眺めていても飽きることは無かった。夜も星空を眺めながら眠ることに喜びを感じ、朝日を浴びて起きた事にこの上ない至福を感じていた。




「はっ、はっ、せいやぁ。」


ヴァンは早朝の槍の訓練に勤しんでいた。季節は春になったばかりなのでこの時間はまだ肌寒いが、身体を動かす分には丁度いい季節ともいえる。


テニクレート大陸では一年を三百六十二日と定め、三十日で一ヶ月、十二ヶ月で一年と数えていた。残りの二日については、年の変わり目の日を年終わり、年初めの日と言い、半年後の日を戻り日、もしくは折り返し日として二つの日を年の祝い日にしていた。


そして、春を一月から三月。夏を四月から六月。秋を七月から九月。冬を十月から十二月としているので今は年が変わったばかりの一月の上旬であった。もっとも一年中槍の訓練をしているヴァンにとっては季節の変化は些末な事でしかなかった。


このリズの村は漁村である為、男女問わず身体の丈夫な者は海で仕事をしている。男は船に乗り沖で漁をし、女は素潜りで漁をする。身体の弱い者は家で網の繕いや道具の手入れをして村に貢献している。そんな漁村の生活においてヴァンの様に槍を扱う者は異端であったが、それについてはヴァンの父親がこの村の出身者で無い事が由来する。


ヴァンの父親であるレイモンドは槍を扱う戦士でこのリズの村に来る前は各地を渡り歩いていた。サリーシャの街で雇用されていたこともあったがそれは短い期間でしかなかった。行商人の用心棒や日雇いの仕事、時には狩りをしながら日々の路銀を稼ぎ、槍の修行に励むのがレイモンドの生活だった。


だがレイモンドがリズの村に来た時にレイモンドの人生に転機が訪れた。当初、レイモンドは新鮮な魚が食べたい理由でリズの村に訪れた。大した目的も無く訪れたが今の妻、サナと出会いこの村に住むことを決めた。


少し年の離れた二人だったが二人は互いに惹かれあい結ばれた。サナは村長の娘であったが、村長にはサナの他に二人の兄が要るので、村長の仕事にはその二人のどちらかが継ぐことになっていた。余所者に娘を嫁がせるのは村長も最初は抵抗があったが、レイモンドの槍術に惚れこみ、二人が結婚する頃には喜んでサナとレイモンドを祝福した。


結婚後のレイモンドは漁の仕事ではなく、村の自警団のリーダーとして害獣駆除や村の外から来る犯罪者の取り締まり、時には近くの山に行き狩りや薬草の採取などをしながらリズの村に溶け込んでいった。


そんな二人の間に産まれたヴァンは漁師の才能よりもレイモンドの槍の才能を受け継ぎ、本人も父親と同じように槍を振うのが好きだった。レイモンドはヴァンには村の仕事をさせつつ自分の槍の技術を惜しみなくヴァンに伝えたので、ヴァンはこの村の生まれでありながら槍を扱うことが出来る特殊な子供として育った。


日課である槍の稽古を普段よりも多くこなしたヴァンは一息つくために用意してあったタオルで汗を拭いた。汗を拭いていると自分が思っている以上に汗を流していることにヴァンは気が付いた。着ている服も汗でかなり濡れていた。それだけ集中して槍の稽古に勤しんでいたが、ヴァンの心は鬱々としていた。


理由は判っていた。だがそれは現時点ではどうすることも出来ないことで、ヴァンが出来る事は少しでも槍の技術を高めるしかない。一朝一夕では出来ないことだが何もしないよりは遥かにマシなのでヴァンは汗を拭き取るともう一度槍を持ち訓練を再開しようとした。


「ヴァン兄ちゃん!」

「おーい、ヴァン兄ちゃん!」


槍を手に取ったところで自分の名前を呼ぶ声に気が付いた。辺りを見回して見ると村の子供達が自分の名前を呼びながら走ってきた。


「ヴァン兄ちゃん、大変だよ。」

「海辺に変な人が要るんだ。」

「変な人? どんな人だ?」


駆け寄ってきた村の子供達を落ち着かせながらヴァンは子供達の話を聞いた。子供達は海藻や貝を拾う為に朝起きて砂浜に行くと男が一人いた。男は浜辺に座り込んだまま、ずっと空を見上げていた。特に危害を受けた訳ではないが、子供達は知らない人がいたら直ぐ村の大人かヴァンに報告する様に言われたので急いでヴァンの所に来たと話した。


ヴァンは子供達に村長にこの事を伝える様に言い、先に自分が浜辺の様子を見に行く事も村長に伝えるように子供達に言いつけヴァンは槍を持って駆け出した。


ヴァンが子供達が言っていた浜松にたどり着くと確かに男が浜辺に座り込んでいた。獣の皮で作られた服を纏い、脚を前に出しながら空を見上げていた。


「狩人か?」


男の出で立ちから狩人かとヴァンは思ったが弓などの武器を持っている様子はない。なら、旅人か行商人かと思ったが荷物が何処にも見当たらない。浮浪者や物乞いとかとヴァンは推測したが、()()()()の仲間の可能性もあるのでヴァンは慎重に男に近づいた。


「なっ!」


男との距離が二十歩程に縮んだ所で変化が起きた。男から猛烈な殺気が解き放たれた。今まで感じた事のない殺意にヴァンはそのまま膝をついてしまった。


「ちくしょう!」


男は明らかに敵意を持っているのに男からの殺気に屈してしまった自分にヴァンは悪態をつきながら何とか立ち上がろうとするが脚は鉛の様に重く動かない。唯一出来るのは手にもっている槍を強く握る事だった。


ヴァンがそのまま逃げる事もせずにその場に膝をついていると不意に殺気が弱まった。


「いい加減失せろ。」


空を見上げていた男いつの間にかヴァンを睨み付けながらそう言い放った。男は威嚇のつもりでヴァンに殺気を叩きこんだがヴァンが立ち去らないので一旦殺気を弱め立ち去るように告げた。殺気が弱まったのでヴァンは槍を杖代わりにして何とか立ち上がった。


「お前は何者だ!」

「俺は失せろと言った筈だ。」

「お前は()()()()の仲間なのか?」

「五月蝿い。訳の判らないことを言うな。殺すぞ!」


殺す。日常では脅し文句に使われる言葉だがこの男が言うと本当に殺される予感しかなかった。ヴァンは直ぐにでも逃げ出したかったが何とかその場に踏みとどまった。


ここでヴァンが逃げたとしても連絡を受けた村長が村の男衆をここに行くように命令する筈だ。ヴァンよりも戦う事に慣れていない彼らではこの男に太刀打ち出来ない。ここは自分が何とかするしかないとヴァンは自分に言い聞かせ自らを鼓舞した。


「もう一度聞く。お前は旅人かそれとも()()()()の仲間なのか?」

「あいつらとはなんだ。俺は昨日ここに着いた所だ。旅人と言われればそうなるな。」


ヴァンの質問に男はようやくまともな答えを返してくれた。


「ならこんな所で何をしている。旅人なら旅の道具や護身用の武器を持っているのにお前は丸腰じゃないか。」

「正直に答えればさらに質問か。面倒な奴だ。さっきまでのいい気分が台無しだ。」

「質問に答えろ。」

「判った。これが答えだ。」


男がそう言うと静かに立ち上がり、先程とは比べ物にならない程の殺気をヴァンに叩きつけた。


ヴァンは生きていて始めて死を実感した。男が放つ殺気に一瞬で心が折れ抵抗する気力も無くなった。最早膝を屈する事も息をする事も出来ない。己の命を刈り取られるのをただ待つしかなかった。


「判ったか。俺が殺気を放てば獣は近づいて来ない。武器を持つ必要が無いんだよ。野営の道具が無いのは元々持っていないからだ。」


男はそう言うが今のヴァンには相槌を打つ事も頷く事も出来ない。そんなヴァンの姿に男は興味を無くし、この場から立ち去ろうした時にヴァンの槍が男の目に留まった。男は砂浜に落ちていたヴァンの槍を拾い上げた。ヴァンは気が付かないうちに槍から手を放し槍は砂浜に横たわっていた。それを男が拾い上げたのだ。


男は拾った槍を両手に持つと槍を振るい始めた。その動きは精練されており、素人の動きではなかった。男からの殺気もいつの間にか収まりヴァンは先程とは違った意味で男から目が離せなかった。


「ハアァ。」


男は十数回様々な槍の技を振うと最後にけ声と共に虚空を槍を突いた。空気が裂けるような鋭い突きにヴァンは見惚れていた。


「いい槍だ。造りがいいのもあるが毎日手入れをされているから扱いやすい。これはお前の槍か?」

「そ、そうだ。父さんから譲り受けた物だ。」

「成る程。父親は村の鍛冶師か?」

「いいや、自警団のリーダーだ。昔は各地を旅をしていたから槍はその時に買ったと言っていた。」

「そうか。ありがとう。槍は大事にしろよ。」


男はそう言うとヴァンに槍を返した。男から槍を受け取ったヴァンは槍が無事に返ってきたことも驚いたが男がお礼を言った事にも驚き目を丸くした。


「どうかしたか?」

「あなたが素直に礼を言ったのに驚いただけだ。」

「人から物を借りたらお礼を言うのは当たり前だろ。変な奴だな。」

「変なのはあなただ。こんな所でいったい何をしていたんだ。」

「また、質問か。まあ、槍を貸してくれた礼に言うが、空と海を見ていたんだ。綺麗だったから見惚れていた。」


男はそう言うと空と海を指指した。今日は晴天で雲一つ無く、青い空が何処までも続き遠くの山まで見える。海も穏やかで空の青さとはまた違った、青が何処までも続いていた。男は目を覚ましてからずっとこの景色を見ていたとヴァンに教えた。


ヴァンは自分の生まれ故郷の風景をそんな風に言われたのは始めてで、悪い気はしない。むしろ嬉しいとヴァンは思った。


「あなたは本当に旅人で、()()()()の仲間じゃ無いんだな。」

「あいつら? 俺は一人旅をしている旅人だ。他に仲間や同行者はいない。そもそも師匠以外の人と話したのは二十年ぶりだ。」

「二十年! それまで師匠とずっと二人でいたのか?」

「ああ、その師匠も先日に亡くなった。信じる信じないはお前の判断に任せるが、腹も空いてきたから俺はそろそろ行くぞ。」

「ま、待って。それなら朝食をうちで食べていかないか。」

「何故だ?」

「あなたに迷惑をかけた詫びと。」

「詫びと?」

「あなたの力が必要なんだ。どうか村を助けて欲しい。」


ヴァンはそう言うと目の前の男に深々と頭を下げた。


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