大都市アルカリス 刺激と直感
「畜生っ!」
カドルは頭を抱えながら自分の部屋で悪態をついていた。悪態をついている理由は死んだと思っていたロバートが実は生きていたことだ。部下の一人が街中でロバートを見たと言い、探らせていたところロバートはトリスの家の使用人として生活していた。さらにその家ではベネットも使用人として雇われていた。
ベネットについては金で売ったのでどうでもよかったが、よりにもよってロバートがトリスの下にいるのがカドルを苛立たせている原因だった。暗殺を命じたのに失敗して、命を絶つことをせずトリスの所で働いているなんて思ってもみなかった。
それにロバートがトリスの下にいると言うことは暗殺を命じたのがカドルだとトリスにバレている。今のところトリスからはなんの反応はないがそれも時間の問題だろう。幸いなことにトリスはこの件を憲兵に通報するつもりは無いようだ。時間は僅かだがカドルは確実にトリスを殺すために計画を練り始めた。
カドルはスーサ領の生まれで実家は仕立て屋。次男として生まれたカドルは成人するまで故郷で育った。実家は仕立て屋だったが田舎故に服を仕立てることはあまり無く、副業で農業をしたり余った服の布地で小物を作ったりして生計を立てていた。
平穏で穏やかな暮らしだったがカドルには合わなかった。カドルは小さい頃から刺激ある生活に憧れていた。本に出てくるような物語のような生活に憧れ、それは何時の頃からか冒険者になる夢へと変わっていった。毎日のように故郷から見える『塔』を眺めながら冒険者として生きてみたいと思っていた。
そんな子供らしい夢を持っていたカドルに転機が訪れた。スーサによく来る行商人が仕入れの為にアルカリスに行くと言うことを聞いた。カドルはそのことを聞きつけ自分も同行させてもらうことにした。親や兄弟にはもちろん内緒だった。
親や兄弟はカドルがアルカリスに行くことは反対していた。このスーサで平穏に暮らすことを進め、わざわざ危険を伴う冒険者になる必要はないと常日頃からカドルに言い聞かせていた。行商人がスーサを出発する日、カドルは荷馬車に隠れ家族と別れの挨拶もせずにそのまま故郷を出て行った。
行商人に連れられアルカリスに着いたカドルはその人の多さと賑やかさに圧倒された。田舎者のカドルは圧倒されながら自分の夢であった冒険者になるべくさっそく冒険者組合に行き冒険者登録をした。
冒険者になったカドルは直ぐに『塔』に挑戦した。始めて見る魔物に驚くカドルだったが、故郷では狩りをしていた為に弓や鉈などといった刃物の扱いは慣れていた。その経験を活かしながら魔物を何度か仕留めていくうちにカドルは冒険者としての自信とやりがいを身につけていった。
冒険者として数年間を順調に過ごしてきたカドルにまた転機が訪れた。この頃のカドルは単独の冒険者で生活をしていた。手先が器用だったカドルは弓や刃物の扱いの他に投擲術や罠の設置や解除を身につけ斥候として活躍していた。
他の冒険者と何度かパーティーを組むことはあったが、それは短期的で長期的に組むようなことはしなかった。だが、単独での活動が厳しくなってきた時にエデモスとルセーヌと再会した。ルセーヌは領主の息子だった為に直接的な面識はなかったがエドモスとは顔馴染であった。
エドモスはカドルの家族からの手紙を預かっており、手紙を渡すためにカドルを探していた。カドルの家族は突然いなくなったカドルを心配し、アルカリスに向かうエドモスに手紙を託したのだ。手紙を受け取った時のカドルは思いがけない出来事に驚いたが久しぶりに同郷の人と会えたのは嬉しかった。
手紙を渡された際に、エドモスとルセーヌの事情を聞いた。物見遊山では無く自分と同じようにこのアルカリスで冒険者になる為にアルカリスに来たと二人から聞かされた。数年ぶりに家族のことを思い出したカドルは気分が良く、手紙を届けてくれたお礼としてエドモス達の面倒を見ることにした。同じ故郷の者としての親切心と先駆者としての見栄でもあった。
それ以降はカドル、エドモス、ルセーヌでパーティーを組み『塔』へ挑戦をしていった。剣術を学んだエドモスを前衛。弓や複数の武器を扱えるカドルを中衛。支援と戦闘の指示を出すルセーヌを後衛にしたパーティーは効率よく機能した。
三人はどんどん実績を上げていき、五年も経つと冒険者の上級に手の届くまでに登りつめていた。今、思えばその時がカドルにとって一番まともな時期だったと言える。だがそれも唐突に終わりが訪れた。今から約二十年前にパーティーからエドモスがいなくなった。
エドモスがいなくなったのは『塔』で行方不明になったからだ。ルセーヌとエドモスの二人で組合の依頼で『塔』に行った時にエドモスは『塔』で行方不明になった。簡単な薬草の採集で本来ならカドルが行くはずだった。
賭博で金を使いきってしまったカドルが割の良い仕事として見つけてきた依頼だったが、前日にルセーヌから明日は『同行するな。』と言われた。エドモスにはうまく誤魔化せと言われ、依頼報酬の倍の金額を渡されてその指示に従った。カドルはルセーヌに言われた通り、エドモスには風邪をひいたと言いその日は宿で大人しく休んでいた。
そして、その日の夕方にルセーヌからエドモスが行方不明になったと聞かされた。依頼があった薬草は直ぐに見つかったので、小銭を稼ぐためにルセーヌとエドモスは二人で他の薬草を採取することにした。階層が低いところで別々に採取していたのだが、約束の時間になってもエドモスが現れなかったとルセーヌは言った。
ルセーヌは暫く一人でエドモスを探したが見つからず、『塔』から戻り組合に報告をした。組合ではエドモスを行方不明者として認定し捜索隊を編成した。捜索隊により十日の捜索を行ったがエドモスは見つけるけることが出来ず、結局エドモスは生死不明者として処理された。
エドモスの捜索が中断された後、カドルはルセーヌとリューグナーに入ることになった。エドモスが親しくしていた団長のイーラにスカウトされ、若手の中で最も勢いのあるリューグナーに所属することになった。
だが、カドルは素直に喜ぶことは出来なかった。リューグナーに入れたのはエドモスのおかげなのに肝心のエドモスがいない。それにどうしてもエドモスが行方不明になったことが気になっていたのだ。カドルはルセーヌに問い詰め、真相を聞き出した。それはカドルが予想していた通りの内容だった。
ルセーヌがエドモスを殺したのだ。
殺した理由までは聞かなかったが、エドモスはルセーヌに斬りつけられ手傷を負い、『塔』の中にある川に落ちたのだ。『塔』の中にある川に落ちるとまず助からない。『塔』の中にある川は水の流れが急で大概の者は溺れてしまう。流れが穏やかなところには魔物が多数存在しその餌食になる。しかもエドモスは手傷を負っているので助かる確率は限りなく低かった。
ルセーヌから真相を聞かされたカドルは恐ろしくなった。エドモスが死んだことでパーティーが瓦解してしまったところを善意でイーラが自分のパーティーに入れたのだ。それなのにエドモスを殺したのがルセーヌだとイーラに知れたら大変なことになる。片棒を担がされた自分も無関係ではない。
それに故郷から一緒にきたエドモスを殺したルセーヌとは冒険を一緒に行う気にはもうなれなかった。カドルはエドモスの死の真相による重圧とルセーヌに対する不信感で直ぐにリューグナーを脱退した。
脱退した後のカドルは故郷に戻ろうかとも考えた。だが、暫く疎遠になっていた故郷に戻るのは憚られた。カドルは実家とは連絡を取り合ってなかったからだ。エドモスから手紙を受け取った時から自分で手紙をだしたことは無かった。それはエドモスが毎月従妹のスミに手紙をだし、その時にカドルやルセーヌの事も書き、カドルやルセーヌも無事に過ごしていると連絡していたからだ。今更どの面を下げて実家に戻ればいいのか判らなかった。
それに何よりも故郷に帰れば嫌でもエドモスの事を聞かれる。エドモスの死の真相は誰にも言えない。だからカドルは故郷に戻ることは無くアルカリスに留まることにしたのだ。
冒険者を辞め次の職を探している時にダールから声を掛けられた。今でこそ市長だが当時はまだ組合職員だったダールはカドルやエドモス、ルセーヌのと顔馴染で冒険者の頃はダールの世話になったことがあった。そのダールがカドルに組合の密偵を進めてきた。
組合の密偵は素行の悪い冒険者の調査や組合に不利益になる人物を洗い出すことが仕事になる。冒険者とは畑違いだが斥候などをやっていた器用なカドルなら出来るとダールは判断しカドルに声を掛けたのだ。カドルもその誘いに乗りそれからは組合の密偵になった。
密偵の仕事はカドルに多大な影響を与えた。密偵の報酬は冒険者をやっていた頃よりも多く、金遣いが荒いカドルは喜々として報酬の高い仕事をこなした。当然、報酬の高い仕事は汚い仕事を多く、だが報酬に目が眩んだカドルには関係なかった。
そうして行くうちにカドルの心はどんどん荒んでいった。人の汚い部分を見続けたカドルは人を汚い者と思う様になり、自分も平気で人を物として扱う様になっていた。数年も経った頃にはカドルはルセーヌに対する不信感も既に無くなっていた。
報酬さえよければルセーヌから依頼された仕事もこなしていた。それどころかカドルはルセーヌの弱みを探るべく、エドモスの死の理由を独自で調べ上げた。
エドモスを殺すように依頼したのはギルドマスターの息子であるジェテルーラ・ヴォルフィールだった。カドルが独自に調べた内容ではダールが仲介し、ルセーヌとジェテルーラを引き合わせた。ジェテルーラはルセーヌにエドモスを殺すように依頼し、ルセーヌもそれを引き受けたのだ。
この事を知った時はカドルは自らジェテルーラに接触して彼とも繋がる様になった。それどころかエドモスが死の原因は、父親のワノエルィテ・ヴォルフィールであることも突き止めた。カドルはワノエルィテにも接触した。
カドルはワノエルィテを脅すことは無く、それどころかエドモスの死について片棒を担がされた自分と今後も協力関係を築くように交渉した。元々、組合の密偵だったカドルはワノエルィテの部下だったがカドルはその地位を対等に近い立場にしようとしたのだ。
ワノエルィテもカドルを下手に始末するよりも協力関係を築いた方が良いと判断し、カドルの申し出を受けることにした。それからカドルは組合の密偵から独立して自ら組織を立ち上げた。ワノエルィテ達から依頼を受けるだけでなく、自らも積極的に動くようになった。隠れ蓑として経営を始めた賭博場も順調で、今までの生活とは比べ物にならないの程のの利益を上げていった。
綺麗な女を自由に抱き、美味い酒や料理を自由に飲み食いする。気に入らない奴が要ればそいつの弱みを握り利用する。邪魔な奴がいれば排除する。そんな生活をカドルは満足し、今の生活を手放すことは当然出来なくなっていた。
だからこそトリスを殺すのだ。
トリスは危険だとカドルの本能が警鐘を鳴らしている。理由は判らない。トリスとカドルとの接点などない。だが、トリスと目を合わせてあの一瞬からカドルは言葉ではいい表せない不安にかられていた。モンテゴもカドル程警戒はしていないが何処かで同じ気持ちを抱いている。だからできれば排除するように依頼してきたとカドルは思っている。
カドルは己の直感を信じ慎重にだが慎重になりすぎないように迅速にトリスを殺す手段に考えを巡らせる。
いつも通り、誤字脱字の指摘や感想などを頂けるとありがたいです。
評価やブックマークをして頂けると嬉しいのでよろしくお願いします。




