大都市アルカリス 会議と色恋
エルとナルがトリスに助けられた翌日。三人は九階層の森の奥を目指していた。エルとナルはこの九階層には昇格試験の一つである薬草の採取に来ていた。
紅蓮
夕焼けのような色をした蓮の花で別名「夕暮れの水花」と呼ばれている。『塔』の九十階層以上に生息して、花は飾りに茎や根は薬用として使われる。この花をギルドが指定した個数を集めることで昇格試験の一つであった。
本来九十階層以上にある花が九階層には存在しないはずだがエルとナルは九階層で見かけた情報を得て採取の為に昨日九階層を訪れた。だが、情報によればこの森の奥と聞いていたが実際に昨日探し回ったが見つける事は出来なかった。
「情報の場所になかった時に直ぐに諦めれば良かったのですがギリギリまで探し回ったのが仇になりました。」
「帰る途中で道に迷ったのが痛かったわ。」
「エルが諦めが悪いのが原因だったね。」
「ナルがマッピングを間違えたのが原因だったわ。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「「キッ!」」
二人の責任の押し付けあいをしながら昨日の事をトリスに話した。トリスは時間内に帰れない事や迷った事には触れず紅蓮の情報を告げた。
トリスが九階層を探索している時に紅蓮を見かけた。その情報をエルとナルに話したところ案内を頼まれ三人で紅蓮が咲いている場所に向かっていた。
同じ日。冒険者組合の一室でギルドマスター、ワノエルィテ・ヴォルフィールは秘書のジェテルーラ・ヴォルフィールと来客を迎えていた。二人は親子で父親ワノエルィテの秘書を息子ジェテルーラがしている。
親族がギルドマスターの秘書をすることは本来はない。ギルドマスターはこの都市にとって中心人物であり要の役職である。そのギルドマスターを補佐する役職に身内を起用した場合、不正や身内贔屓になり公平な業務が出来なくなる恐れがあるからだ。
しかしジェテルーラは有能で実力でこの地位に着いたと言っても過言ではない。それにこの二人が冒険者組合を運営しているが表立って問題が発生していないので暗黙の了解となっていた。
そんな二人を訪れているのは同じ様にこの都市の中心人物達であった。
来客は一目は市長のダール・ラング・レモル。元は冒険者組合の職員から役人に転職した人物だ。七年前の市長選挙で見事に当選し今の地位に着いた。一見、眼鏡をかけた優男に見えるが出世欲の塊のような人物である。
彼が市長になってからはこの都市で問題は起きておらず市民のに対しての評判も頗るよい。来年行われる次の市長選挙も彼が当選すると確率が高いとの評価だ。
二人目の客はモンテゴ・ルフェナン。A階級の冒険者でこの都市のトップの冒険者パーティー、リューグナーのリーダーを務めている。彼自身は戦闘能力は高くはないが頭脳明晰で集団戦の戦略や指揮などを得意としている。彼が率いるリューグナーはこの十年間トップを維持し続けている為、彼は史上初のS階級の冒険者なると噂されている人物だ。
そんな都市の中心人物達が今この場に集まっている。
「半年ぶりかな。このメンバーが集まるのは。」
招集したメンバーが全員揃ったのを確認したワノエルィテは静かに口を開いた。
「ええ、前は確か秋の終わりぐらいでした。その時はカドルさんもいましたけど。今日はいませんね。」
「あいつは今日は呼んでいない。議題については関係ないからな。」
ダールの疑問にモンテゴが答えた。
「関係ないとは酷いですね。彼は貴方とは同じパーティーのの仲間ですよ。」
「二十年以上も前の話だ。今は関係ない。」
ダールの言葉に不機嫌そうにモンテゴは答えた。カドルはモンテゴが最初にパーティーを組んだ仲間の一人だ。カドルは現在冒険者を辞めて今は別の仕事に就いてモンテゴ達の手助けをしている。だがモンテゴにとってカドルは既に仲間では無く都合のいい駒になっている。
「世間話はこれくらいにして議題に入ろう。この時期になると毎回頭が痛くなる問題だ。」
「巨大猪ですか?」
「そうだ。」
ワノエルィテの言葉にいち早くダールが反応した。
巨大猪はここ十年毎年のように出現する大型の魔獣だ。『塔』の外に出現する為、分類としては魔獣とされているがその驚異は他の魔獣と一線を超えた存在だ。
まず、名前の通り体躯が非常に大きい。背丈が成人男性を五人縦に並べた程に高く、その分重量もある。性格も狂暴、食欲が旺盛で悪食だ。都市には巨大猪の食料となるものが数多くあり、巨大猪が出現すると必ず都市を狙ってくる。
現に八年前に東門がほぼ破壊され、都市に入り込み大きな被害が出ていた。当時の市長、ダールの前任者はその責任で市長を辞任したほどだ。
都市の防衛に関しては市長の仕事の一つであり冒険者は本来関係ない。しかし相手が魔物に近い魔獣と言うことなので巨大猪の件については冒険者組合に一任している。
ダールが市長選に勝つことが出来たのも巨大猪の討伐に関しては冒険者組合に一任し、都市を防衛すると政策を予め確約していたからである。
これに対してギルドマスターのワノエルィテとリューグナーのトップのモンテゴはダールの公約に対して賛成しダールの支援者に付いた。これによりダールは壮大な支持を得て市長に当選した。その為巨大猪に関してはダールはこの中の誰よりも気にしていた。
「既に奴が出現しても可笑しくない時期だ。今日集まって貰ったのは準備に問題が無いかの再確認だ。」
ワノエルィテはそう言うとシュラールを見た。今まで黙っていたシュラールはワノエルィテ意図を察し用意していた内容を伝えた。
「巨大猪の件に関しては既に冒険者に周知しています。B階級以上の冒険者には『塔』の攻略を控えて貰い、各々の拠点で待機して貰っています。報酬も既に用意してあります。参加して頂く冒険者には一定の報酬を与えます。功労者には賞金を用意してあります。
なお、その際の査定に関しては組合の職員が監視します。犯罪行為や迷惑行為などを行った者にはそれなりの処置をいたします。
モンテゴ、リューグナーの準備は終わっていますか?」
「ああ、俺のところも問題ない。血の気の多い奴は毎日武装して待っている。
レオの奴も今回は自分が討伐すると息巻いている。」
レオはナンバーツーで実力はモンテゴを以上である。自慢の槍術は冒険者の中では誰よりも巧みで実力ではリューグナーのナンバーワンだ。
もっともモンテゴはそんなことは気にしていなかった。モンテゴにとって重要なのは冒険者としての地位と名声。実力が劣ろうともリューグナーのトップは自分であり、現在その両方を手に入れているモンテゴにとってそれ以外にはさしたる興味も無かった。
「では、もし戦闘が長期化した場合の物流と食料ですがこちらについても予定通りです。物流に関してはすでに通常時の三割に減らしています。巨大猪が出現した場合は即座に停止させます。食料についてはこの都市の住人を十日程賄えるだけの備蓄が出来ています。
ダール、この報告に間違いはありませんか。」
「間違いない。昨日私のところにも同じ報告が来ていた。」
ダールの言葉にシュラールが頷き最後の確認をした。
「最後に討伐した巨大猪ですがこれは組合が引き取ります。皮や牙などは加工すれば武器や防具の素材になります。骨も細工物や粉末にして肥料に使います。肉に関しては討伐した時の程度になりますが一応食材として使用します。」
魔物や魔獣の肉は他の部位と違いあまり需要が無い。魔物や魔獣の肉は固く味も良くない。貴族の中には偏食かがいて買い取る場合もあるが基本家畜の餌か肥料になる。
「以上ですが何かご質問などはありますか?」
「無い。」
「私も大丈夫です。」
シュラールの言葉にモンテゴ、ダールが返事をするとワノエルィテが発言した。
「なら、今日の話し合いは以上とするが他に何かあるか?」
ワノエルィテが発言に対してモンテゴ、ダールはシュラールと同じ返答をし話し合いは終了した。これで巨大猪への対策は万全であり後は討伐されれば、市民や貴族達から自分達の評価が上がる。
会議に出た者達は己の野望のため巨大猪の討伐に力を注ぐために部屋を後にした。
「トリスが帰って来ない。」
トリスの家の食堂で昼食を皆で食べているとクレアが不意にそんな言葉を漏らした。
食堂にはこの家の主はおらず雇われているフレイヤ、ダグラス、ローザそれにザックがおり、下宿しているクレア、フェリス、ヴァンが揃っていた。
「明日まで帰ってきませんよ。」
「そうだけどみんな心配じゃないの!トリスが『塔』に出かけてもう九日だよ。それから全然帰って来ない。心配じゃないの!」
クレアが声を荒げて話しをするが食堂にいる皆は誰も賛同しなかった。母親のフレイヤですら心配している様子はない。
「でもトリスさんの置手紙には十日は留守にするって書いてありましたからきっと大丈夫ですよ。」
唯一クレアの相手をしてくれるのがお人好しのフェリスで先ほどからクレアを宥めながら昼食を取っている。
クレア達がこの家に下宿することになった翌日の早朝にトリスは一人で『塔』の攻略に出て行った。トリスの部屋には置手紙があり『塔』の攻略に行くことと戻るに日付、細々した指示が書かれていた。その置手紙を信じるのであればトリスは『塔』の攻略に行き、十日後に戻って来ることとなっている。
最初は『塔』の中で十日も過ごすとは皆は思っていなかった。しかし三日、四日、五日と日が経つに連れ置き手紙の内容が本当の事だと皆は悟った。直ぐにトリスの救助に向かう事をクレアは提案したがってその提案に反対したのは以外にもフレイヤだった。
フレイヤはトリスから事前に何度も聞かされていた。それにトリスからはもともと魔獣が多く生息している場所で二十年近くも生活していた事も聞かされている。
トリスの話を信じるのであれば『塔』で野営するのは当時の勘を取り戻す為で、トリスは『塔』で訓練していることになる。訓練の邪魔をしてはいけないとフレイヤは主張した。
その主張にダグラスやローザ達は疑問に思ったがトリスが大賢者の弟子だと言う事をフレイヤは全員に話した。トリスの置き手紙にはダグラスやザック達に教えて良いと書かれていたので他者に洩らさぬ事を条件にフレイヤは皆に話しをした。
最初はダグラスやローザ、それにザックとヴァンは信じることが出来なかったがフェリオが後押しした。フェリスは自分の大伯父が大賢者だと言う事も明かした。親族は皆トリスの事を知っており、彼が大賢者の弟子であり仲間だった事を承知している事を話した。
大賢者に弟子や教え子はいない事が通説となっているがそれを覆す話だ。ダグラスやザック達は最初は混乱したがトリスの実力を考えるとあながち嘘とも言えなかった。その話しもあり、トリスの探索は置き手紙に書いてあった十日を過ぎるまで待つ事になった。
一人納得がいかないクレアを除いて。
「ほっといていいの?」
昼食を食べ終わり、昼食の片付けをしているフレイヤにローザが話しかけた。
フレイヤは最初はローザが何を言っているから判らなかったがローザは庭を指差した。指の先にはダグラスに訓練を受けていたクレア達がおり、フレイヤはローザの言わんとすることが何となく判った。
「クレアの事ならほっておいてもいいわ。」
「何で?クレア結構トリスさんの事を心配しているよ。昨日も一昨日も同じ事言っていたし。」
「あれは心配しているんじゃなくて放置されて寂しがっているのよ。」
「そうなの?」
「そうよ。だって本当に心配しているならクレアは一人でも『塔』に行くはずでしょ。」
「確かに。」
クレアの性格からして本当にトリスの事が心配なら一人でも『塔』に行くはずだ。それをしないと言うことはクレアも判っているのだ。今、クレア達がトリスのところに行っても邪魔になるだけだと言うことに。
フレイヤの言葉はさすが母親だけあって娘の事をよく理解しているとローザは納得した。
「それにしてもあのクレアが男の人にあんなになつくなんて不思議だね。」
「そうなの?」
「そうだよ。母親のフレイヤに心配かけないようしていただけであの子結構寂しがり屋だよ。でも下手に男の人に頼る事が出来ない環境にいたから自分で自制してたのさ。
本当は父親のような人に甘えたいのに甘えられない。母親のフレイヤに甘えるとフレイヤの重荷になる。だから背伸びして我慢して生きていたのさ。」
「・・・。」
ローザの言葉にフレイヤも確かに思い当たるところがあった。そう考えるとクレアはトリスに本当に良く懐いている。
「そのクレアが人目を気にせずに男の人心配をするなんて私は驚いたよ。」
「そうね。ローザの言う通りかも。」
「もっともその相手が父親と同じ年齢なのは少し心配だけどね。今は懐いているだけでそのうちに恋心になったらフレイヤはどうする?」
ローザは急に話しを色恋沙汰に切り替えてきた。ローザの意図は判らないのでフレイヤは素直に自分の思いをローザに伝えた。
「母親としては出来れば歳の近い人一緒になって欲しいけど。」
「母親としては?『女としては』の間違いじゃないの?」
「どういうこと?」
「母親と娘で同じ男を取り合うのはどうかと思うからさ。」
ローザの言葉にフレイヤは一瞬頭が理解出来なかったがその言葉の意味に気がつくと一瞬で顔が真っ赤になった。フレイヤはローザの方を向くと彼女は顔は厭らしく笑っていた。
「あ、あ、あ、あなたは何を、何を言っているのですか!」
「だってフレイヤはトリスさんに気があるでしょ。隠して無駄よ。娼婦時代に培った女が男を気にする仕草を私は見逃さない。」
「む、無駄な技術を自慢しないで。」
心中を見透かされて狼狽するフレイヤだが相手がローザなのでどうしても隠すことは出来ない。フレイヤはどう答えようか考えるがここにはローザしかいない。なら隠す意味もないと判断した。
フレイヤは深呼吸して心を落ち着かせてローザに自分の心情を白状した。
「ローザの言う通り私はトリスさんに惹かれているわ。」
「お、素直になったわね。」
「茶化すなら話さないけど。」
「ごめん。ごめん。もう茶化さないから続けて。続けて。」
「イーラが死んでからトリスさんに出会うまでここまで充実した事はなかったわ。母親としても、女としてもね。だからそれを与えてくれた彼には感謝もしている。」
「惚れているってことでいいのね。」
「ええ、出来ればトリスさんとは平穏に過ごしたいと思っている。だけどねローザ、トリスさんは私達が求めている平穏を必要としていないと思うの。」
「どう言うこと。」
「ローザには話したよね。サリーシャで私達に起きた出来事の顛末を。」
「うん。噂でも聞いていてフレイヤが当事者だったのは本当に驚いたわ。」
「その問題を解決したトリスさんは領主様や裏組織の人から感謝されているわ。彼が望めばサリーシャで領主様から顔役の地位が手に入った筈よ。でもトリスさんは冒険者になる為にこの街にきた。」
「昔夢見た冒険者として大成する事を叶える為じゃないの?」
「単純にそれだけならいいの。でも、トリスさんの目的は別にあると思う。それが何なのかは判らないけど。」
フレイヤはそう言うと窓の外にいるクレアをもう一度見た。もしクレアがトリスに恋心を抱くようになったら自分はどうするだろう。今までの様に母娘としていられるのか。だが今はそんな事よりもトリスの目的の方が気になってします。
フレイヤがアルカリスきた理由は二つ。クレアの事が心配だった事とトリスの雰囲気が変わったことが気になっていたからだ。冬の間に何度もトリスに会い彼の様子が変わったことをフレイヤは感じていた。何処が変わったのかは判らないが漠然とした不安感だけを感じていた。
だからトリスがアルカリスで家を買う話しをした時に使用人として雇って欲しいとトリスに伝えた。トリスも使用人を雇う予定だったので丁度良かったのかフレイヤを雇った。こうしてフレイヤは約十年ぶりにアルカリスに戻ってきた。
漠然とした不安感を抱えたまま因縁のこの都市に。
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