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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
帰還者としての時間
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大都市アルカリス 救助と羞恥

助けてくれたトリスがE階級(ランク)の冒険者と知ったナルは酷く落ち込んだ。せっかく助かったと思ったのにこのままE階級(ランク)の新人冒険者と一晩明かさないといけない。このまま魔物が近づいてきたらどうやって対処すればいいのかナルは考えを巡らせた。


そんなナルの心境とは裏腹にトリスとエルは呑気に話をしていた。


「エルさん。先程お預かりした剣ですが研ぎ終わりました。ちょっと確かめてみてください。」

「ありがとう。確認させてもらうわ。」


トリスは先ほどエルから預かった長剣をエルに返し、エルは鞘から長剣を抜いて具合を確かめた。長剣は綺麗に研いであり曇り一つなく光沢を帯びていた。焚火の炎が長剣に反射してまるで赤刃の様に美しかった。


「これは凄いわね。こんな場所で良くここまで手入れ出来るわね。何かコツでもあるの?それとも特殊な研磨剤でも使ったの?」

「普通の砥石で研いで最後に鞣しただけですよ。」

「助けて貰った事と剣の手入れのお礼は必ずするわ。」

「お気になさらず。それよりナルさんは大丈夫ですか?先程から頭を抱えていますが。」

「大丈夫よ。事情を知らなければ私も同じ事を考えているはずだから。」

「?」

「とにかく気にしないで。」


エルはナルの考えていることがよく判る。トリスの実力を知らなければエルもナルと同じように苦悩した筈だ。目の前にいる男は普通の冒険者とは違う。E階級(ランク)の冒険者だが実力的には高位の冒険者と同じ技量を秘めている。さらにこんな場所で野営を行えるだけの余裕と自信を持ち合わせているのだ。心配するだけ損だとエルは思うようにした。


あの時、トリスに助けられた事は今思い返しても本当に幸運だった。もしトリスがいなければエルもナルも命を落としていた。エルはトリスに助けられた事を思い出しながらそう思った。




赤い猟犬(レッドドック)が遠吠えをすると直ぐに他の赤い猟犬(レッドドック)が集まって来た。数は全部で六匹。負傷した足ではまず助からないとエルは判断した。ならせめて冒険者らしく一匹でも多くこの赤い猟犬(レッドドック)を狩る事を決めた。


エルは予備の剣を魔導小物入れ(マジックポーチ)から取り出すことも考えたがこの足では満足に扱うことができないと考え腰の小剣を抜き、痛めた右足を庇いながら立ち上がった。


赤い猟犬(レッドドック)達は用心深くエルとの距離を詰める。ジリジリと距離を詰められているがエルは自ら斬りこむことはしなかった。痛めた足では満足に踏み込むことが出来ないのでエルは飛び掛かってくる赤い猟犬(レッドドック)をカウンターで斬ることにしていた。


エルが自分達の間合いに入った瞬間、まず二匹の赤い猟犬(レッドドック)がエルに飛び掛かってきた。


『ギャッ』

『グギッ』


飛び掛かってきた二匹の赤い猟犬(レッドドック)は奇妙な声を上げエルの前に倒れた。エルは一瞬何が起きたのか判らず唖然とした瞬間、草むらから何かが飛び出した。


エルは直ぐに身構えたが草むらから飛び出したのは人だった。服装から自分と同じ冒険者と直ぐに気が付いた。冒険者はエルと赤い猟犬(レッドドック)達の間に割り込み赤い猟犬(レッドドック)に向けて剣を構えた。


エルは冒険者と赤い猟犬(レッドドック)に注意を払いながら先ほど自分に飛び掛かってきた二匹の赤い猟犬(レッドドック)を見た。二匹の首には大きな穴が開いて血が噴き出して既に虫の息だった。


残り四匹の赤い猟犬(レッドドック)は突然現れた乱入者に驚いたが直ぐに体勢を整えた。


『自分達の仲間を傷つけた者を許さない。』


そんな気迫を漂わせながら赤い猟犬(レッドドック)達は標的を冒険者に移した。

その瞬間。


ヒュッ。


風を切り裂く音がエルの耳に届いた。エルはあまりのことに驚いた。

音が聞こえる前エルは確かに見た。突然現れた冒険者は一瞬で四匹の赤い猟犬(レッドドック)との間合いを詰め、持っていた剣で赤い猟犬(レッドドック)を瞬く間に斬り捨てたのだ。


冒険者の剣筋は速く正確で四回剣を振り、赤い猟犬(レッドドック)達の首をそれぞれ斬った。斬られた赤い猟犬(レッドドック)は血を流しながら数歩、後退ったが失血多量でその場に倒れて動かなくなった。


まさに瞬殺であった。


赤い猟犬(レッドドック)の死を確認した冒険者はエルの方を向き名を名乗った。


「冒険者のトリスです。獲物を横から掠め取るような事をしてすみませんでした。あなたが怪我をしている様に見えたので助太刀させて頂きました。」

「ありがとう。助かったわ。正直この足じゃあ赤い猟犬(レッドドック)に殺されるところだったわ。私はエル。私も冒険者よ。」


エルはそう言って首から下げていた冒険者証明を取り出しトリスに見せた。トリスも剣に着いた血を拭き取り、鞘に納めた後に冒険者証明をエルに見せた。


エルとトリスの冒険者証明は共鳴し淡く光った。光はエルの方が強くトリスの方が弱かった。


「E階級(ランク)!」


エルはD階級(ランク)の冒険者なのでそれより下の階級はE階級(ランク)しかいない。先程の見たトリスの剣筋は自分よりも上だった。だから自分よりも同等かそれ以上の冒険者かと思っていたが実際は新人の冒険者だったことにエルは驚いた。


エルの驚きを察したトリスは苦笑しながらエルに声を掛けた。


「先日、登録したばかりなので。それより足の怪我は大丈夫ですか?」

「あっ、心配してくれてありがとう。応急措置ならさっきしたから大丈夫よ。」

「よろしければ塗り薬でも調合しますか?怪我に良く効く薬草がありますから。ここから少し離れた所に野営しているのでそちらで調合しましょう。」

「野営!」

「はい。この時間では森を抜けた先の草原は危険なのでこの辺りの方が野営に適しているんです。」


トリスの返答にエルは驚いたが一つ聞き捨てならないことをトリスは言った。エルはそのことについてトリスに食ってかかった。


「危険ってどう言うこと。この森を抜けた先の草原には強力な魔物は出ないはずよ。せいぜい角土竜(つのもぐら)が出るくらいよ。」

「昼はそうですが夜は幽霊ゴースト が出ます。まだ光が僅かに射していますが外の時刻は夕方です。

大陸の東の方ではこの時間は逢魔が時と言います。『塔』でも夜行性の魔物が活動し始める危険な時間ですので気をつけてて下さい。」

「そんな。」


トリスの説明にエルは愕然とした。ナルに良かれと思って先を行かせたが、行かせた先には幽霊ゴーストがいる。とんでもない所に行かせてしまった。ナルの気力は既に尽きかけているそんな状態で幽霊ゴーストに遭遇したらまず勝ち目はない。エルはナルを行かせてしまったことを後悔した。


「誰かが草原に向かったのですか?」


そんなエルの様子を見てトリスは気を使いながらエルに尋ねた。


「仲間が草原に向かったの。助けを呼ぶために出口に向かっているの。」

「そうですが。それは不味いですね。」


エルの瞳から後悔の涙が溢れてきた。ナルの為と思って帰したのに逆に死の危険に晒すことになった。そうすればナルを助ける事が出来ると思ったのに。

エルは必死にナルを助けることを考えたが答えが出ることは無かった。


そんなエルを見兼ねたのかトリスがあることを尋ねてきた。


「仲間と別れてからまだそんなに時間は経っていませんか?」

「えっ?」

「今から追いかけます。エルさんを残して行く事は出来ないので一緒に連れて行きますがいいですか?」

「今から追いかける?連れて行く?言っている事が判らないんだけど。」


トリスの案にエルは戸惑った。今から追いかけて間に合う訳がない。エルは足を怪我しているのでどう考えても移動する速度が落ちる。間に合う筈がない。エルはそう思い黙ってしまった。


エルは何も答えないまま時間が過ぎて行く。

トリスの急な提案に戸惑うエルに業を煮やしたトリスはエルに向かって冷たい言葉をかけた。


「では言い方を変えます。泣いて仲間を見捨てるか。僅かな希望にしがみつくか。好きな方を選べ。」

「!?」

「俺は冒険者であって慈善家ではない。もう一度聞く。お前は仲間を助けたいのか?

『はい』、なら首を縦に。『いいえ』、なら首を横に振れ。」


冷たく口調が変わったトリスの言葉にエルはその迫力に戸惑ったがナルを助けたい思いが勝り小さく首を縦に振った。


「判りました。では急いで追いかけます。」


エルの返答にトリスは穏やかな笑みを浮かべ口調も元の丁寧な口調に戻っていた。


「時間がありませんのでそこにある剣は後で回収します。エルさん失礼します。」

「わっ!?」


トリスはエルの足と腰に手を回し抱き上げた。突然抱き上げられてエルは驚いて暴れようとしたがトリスがしっかりとエルを抱いているのでエルは身動きが取れなかった。


「しっかり掴まって下さい。移動中は喋ると舌を噛むので止まって欲しい時は私の胸を叩いてください。では、行きます。」


トリスはエルを抱き上げたまま駆け出した。




エルは信じられない体験をしていた。自分を抱きながら走っているのにトリスはとてつもない速度で森を駆け抜けていた。その速度はエルが普通に走るよりも速く、まるで早馬に乗った時のように周りの景色が通り過ぎて行く。


「もうすぐ森を抜けます。」


あっという間に森の出口にたどり着いた。トリスの言うとおりエルの視界にも草原が見えた。


「森を抜けたら速度を上げます。しっかり掴まっていて下さい。」


トリスの言葉に驚きながらエルはしっかりトリスの服を掴んだ。

草原にたどり着いた瞬間、風の音が変わった。まるで暴風のような風が荒れ狂うような音になった。トリスが更に走る速度をあげたからだ。人がここまで速度でしかも人一人を抱き上げた状態でここまで速く走れることにエルは驚愕した。


トリスが草原を駆け抜けて暫くすると前方に人影が見えた。


「エルさん、あの人ですか?」


走る速度を抑えトリスはエルに訪ねた。

エルが目を凝らし前方を見ると、そこには幽霊(ゴースト)に囲まれているナルがいた。ナルは目の前の幽霊(ゴースト)しか認識していないのか後ろの幽霊(ゴースト)には気が付いていなかった。


「ナル危ない。」


エルは思わず声を上げたがまだ距離があるためナルに聞こえる事はなかった。ナルは後ろにいた幽霊(ゴースト)から精神力低下(メンタルダウン)を受けてしまいその場に崩れ落ちた。


エルは悲痛な表情を浮かべた。このままではエルが殺されてしまう。何とかしなければそう思った。


「大丈夫です、まだ間に合います。」


エルの心情を理解しているのかトリスはエルに頼もしい言葉を投げかけた。


トリスは幽霊(ゴースト)との距離が百歩まで接近したところで大きく跳躍した。飛び上がったトリスとエルの身体に後ろからの強烈な風が吹いて一気に幽霊(ゴースト)までの距離を縮めた。


飛び上がった体勢からトリスは幽霊(ゴースト)の一体に飛び蹴りを食らわせた。幽霊(ゴースト)は単純な物理攻撃を受けた時は一瞬、霧散するが直ぐに元に戻ってしまう。しかしトリスの蹴りを受けた幽霊(ゴースト)はそのまま消滅した。


トリスは一体の幽霊(ゴースト)を倒すとエルを地面に下ろし、トリスはそのままもう一体の幽霊(ゴースト)に向かって拳で殴りつけた。もう一体の幽霊(ゴースト)もトリスの拳を食らうと一瞬で霧散しそのまま消滅した。


「うそぉ。」


一部始終を見ていたエルは目の前の光景が信じられなかった。幽霊(ゴースト)を倒すには火を使うか火の魔術、または聖水をかけるしか無い。だから目の前で起きた光景が信じられなかった。


エルは今日何度この冒険者に驚かせられるのだろうか。もしかしたらこれは夢で本当の自分はベッドでまだ寝ているのではないかとエルは思ってしまう程今日の出来事は衝撃的だった。


幽霊(ゴースト)を倒したトリスは倒れているナルを抱き上げエルのところまで運んだ。運ぶ途中にナルの容体を確認したが異常は無かった。ナルをエルの前に置きながらトリスはエルにナルの容体を伝えた。


「脈や呼吸は正常です。精神力低下(メンタルダウン)を受けたせいで気を失っていますがもう少しすれば目が覚めます。」

「あ、ありがとう。」

「それにしてもエルさんに似ています。妹さんですか?」

「従姉妹よ。私とナルの母親が双子なの。父親も兄弟だから血縁では姉妹に近いかも。」

「そうですか。余計な詮索をしました。」

「いいの、よく言われるから平気よ。」

「では、ナルさんの着替えをお願いしてもいいですか。腰から下が濡れています。倒れたところに水溜りがあってそのため濡れたようです。」


トリスに言われた通りエルはナルの様子を見ると腰から下が確かに濡れていた。


「確かに濡れているわね。でも着替えなんて持ってきてないわよ。」

「これを使ってください。私は周囲を見張っているので終わったら呼んでください。」


いつの間にかトリスは大きなタオルと布袋を取り出しエルに渡した。トリスはそのままエルに背を向け少し距離をとって周囲を見張り始めた。


タオルと布袋を受け取ったエルはナルの着替えを始めた。濡れている下着とズボンを脱がせた。濡れてしまった衣類は布袋に入れ、タオルをナルの腰に巻いた。タオルの端には紐が付けられ腰に巻いた後に縛ればタオルが取れることはない。どこまでも気が利いていると思いながらエルはナルの着替えを終えた。


「終わったわ。こっちを向いても大丈夫よ。」

「判りました。」


エルは周囲を見張っていたトリスに着替えが終わったことを告げた。トリスはこちらを振り向きエルの傍に近づいた。


「では、先ほどの場所に戻ります。また、幽霊(ゴースト)が現れる可能性もありますから。」

「そうね。私の剣も回収したいし。でもそれよりも本当に野営して大丈夫なの?」

「絶対とは言えませんがここより安全は確保できています。」

「そっ。なら信じるわ。ここまでお世話になったから変に疑ってもしょうがないし。それにどうやって幽霊(ゴースト)を倒したかも聞きたいし。」

幽霊(ゴースト)の倒し方ですか?」

「他の冒険者を詮索するのはマナー違反だって言うことは判っている。でも聞きたい。教えて貰うのに対価が必要なら考慮するわ。」


他の冒険者に対して必要以上に詮索することは冒険者同士のマナー違反に該当する。冒険者は自分の技や情報を秘匿するの傾向があり、むやみに技や情報を聞くことは詮索行為になり基本マナー違反である。冒険者の技や情報は自分で得る物であって他者に教えを乞う場合はそれなりの対価が必要になる。


それを踏まえてエルはトリスの技がどうしても知りたかった。もしその技が自分にも取得可能なら今後の冒険の役に立つ。冒険の役に立つなら貪欲にそれを求めるのも冒険者のあるべき姿でもあった。


そんなエルの姿勢にトリスは好感を持ちエルの質問に答えることにした。


幽霊(ゴースト)の倒し方については後でご説明します。こんな場所でするような話でも無いので移動しましょう。野営地に着いたら詳しく話します。」

「本当、ありがとう。じゃあ申し訳ないけどナルを運んで貰っていいかしら?」

「いいですけどエルさんはどうします?」

「私は歩くわ。足はまだ痛むけど歩けない程じゃないから。」


まだエルは右足を庇いながらトリスにナルを託した。気絶しているナルを優先させる必要があるので自分は歩くことにしたのだ。右足を庇いながら立ち上がったエルを見てトリスは少しお節介を焼くことにした。


倒れているナルを左手で抱き上げ固定し、無理に歩こうとしたエルを右手を抱き上げたのだ。急に抱き上げられたエルは驚いた。


「ちょっと。」

「エルさんもあまり無理はいけません。お二人くらいなら歩いて野営地まで行けます。気を失っているナルさんがいるので速くは走れませんが大丈夫です。」


エルとナルを双子の赤ん坊を両手で抱きかかえるようにしてトリスは歩き始めた。

エルは赤ん坊の様に抱かれ羞恥心で顔が真っ赤になった。来るときはナルのことが心配であまり気にならなかったがこうして男の人に抱き上げられるのは父親以外の異性では初めての経験だったからだ。



誤字脱字の指摘ありがとうございます。まだ反映はしていませんができれば近日中に行いたいと思います。


いつも通り、誤字脱字の指摘や感想などを頂けると幸いです。

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