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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
帰還者としての時間
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大都市アルカリス 決断と野宿

本日四話目です。

これで今日の投稿は終わりです、

『塔』の中で夜を過ごしてはいけない。


それは冒険者にとって当たり前のことだった。『塔』はその外観から判る通り窓は一切なく日の光が射すことは無い。しかし、理屈は不明だが『塔』の各階層には光があった。その光は外の日の光と連動しているのか同じ光量で各階層を照らしていた。その為、日が沈むと『塔』の中は暗闇に包まれる。


暗闇の中で『塔』の中を探索するのは自殺行為だ。『塔』の中で活動するには五感は十全に機能しなければ命の危険に関わる。特に魔物との戦闘になった際は視覚に頼ることが大きい。視覚が悪い暗闇の中で戦うのはリスクが大きすぎる。さらに魔物の中には夜行性の魔物もいるので大抵の冒険者は夕方には『塔』を離れ、自分たちの拠点に戻る。


そんな危険な時間帯がまもなく訪れる時に二人の女冒険者が『塔』の森を駆け抜けていた。


彼女達がいるのは『塔』の九階層にある森でここを抜けた先に草原があり、さらにその先にある『塔』からの出口を目指して彼女達は必死に走っていた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、ナル、大丈夫?」

「はぁっ、はぁっ、へ、平気だよ。はぁっ、はぁっ、エルはちゃんと前を向いて走って。」

「はぁっ、判った。」


先行する女冒険者が後ろからついてくる女冒険者に気遣いながら走る。二人とも顔立ちは双子のようにそっくりでまだ十七、八くらいの年齢だった。


エルと呼ばれた少女は後方のナルに気を使いながら先行した。このまま森を抜けることが出来れば日が落ちる前に出口に辿り着くことができる。


だがそんな彼女達の希望を打ち砕く様に彼女達の行く手には一匹の魔物が立ちふさがった。


巨大緑毛虫(ビックキャタピラ)


厄介な敵に遭遇してしまったとエルとナルは痛感した。。

この魔物は強さは初心者でも倒せる程の弱い魔物に分類される。しかしその口から弱い酸を吐き出し、その酸を浴びた場合直ぐに手当てをしないと後で酷いかぶれを起こしてしまう。さらに大きな傷を負うと大きな悲鳴を上げるので周囲の魔物を引き寄せてしまう。


「ナル、攻撃魔術はまだいける?」

「下級の火の魔術なら何とか。」

「なら私が囮になるから、隙を見てあいつの口を狙って。死ぬ時に悲鳴を上げられないようにして。」

「判った。」

「じゃあ、行くよ。」


エルは背中に差していた長剣を引き抜き巨大緑毛虫(ビックキャタピラ)目掛けて走った。巨大緑毛虫(ビックキャタピラ)はエルを敵と認識し口から酸を吐き出した。エルはその酸を躱し間合いを詰める。自分の間合いの範囲に巨大緑毛虫(ビックキャタピラ)が入ったと同時に長剣を大きく振りかぶった。


「この毛虫野郎!」


エルは掛け声と共に長剣を振り下ろし、長剣の腹で巨大緑毛虫(ビックキャタピラ)の頭を殴りつけた。エルの技量では一撃で巨大緑毛虫(ビックキャタピラ)を倒せないので敢えて長剣の腹で殴り動きを止めた。


「ナル。今だ。」

「任せて。」


エルの合図と共にナルは火の魔術を放った。ナルの杖の先から出た火炎球は見事に巨大緑毛虫(ビックキャタピラ)の顔面に当たった。


「「よし。」」


二人は勝利を確信し、エルが止めを刺すために巨大緑毛虫(ビックキャタピラ)の腹に長剣を突き刺した。巨大緑毛虫(ビックキャタピラ)は悲鳴を上げるが、顔が焼かれていたために大きな声が出せない。腹に長剣が刺さった状態で巨大緑毛虫(ビックキャタピラ)は暫くのたうち回りそして動かなくなった。


「何とか勝てたな。」

「この巨大緑毛虫(ビックキャタピラ)は持って帰る?」

「やめておきましょう。持って帰るには大きすぎし、魔導小物入れ(マジックポーチ)の空きも無いでしょ。」

「判った。じゃあエルの剣を回収して急いで帰ろう...エル、危ない。」


ナルの声にエルは咄嗟にその場を離れたしかし右足に燃える様な痛みを感じた。巨大緑毛虫(ビックキャタピラ)は最後の力を振り絞って強い酸をエルに放ったのだ。エルはナルの声で大けがを負うことは避けられたが左足を負傷してしまった。


「油断した。」


巨大緑毛虫(ビックキャタピラ)は稀に死ぬ直前強い酸を吐き出すことがある。その酸は衣服程度では防ぐことは出来ずエルの右足に火傷のような傷を作った。

ナルは急いでエルの右足のズボンを引き裂き靴を脱がせた。魔導小物入れ(マジックポーチ)から水と回復薬(ポーション)を取り出し酸を洗い流し回復薬(ポーション)を掛けた。


「エル、大丈夫?」

「ああ、ナルの手当てでだいぶ楽になった。だけどここまでよ。」


エルはそう言うとナルに「先に行って。」と告げた。エルの右足の怪我は大人しくしていれば二、三日で回復する軽傷だ。だが今すぐに走れる程軽い怪我ではない。ナルの使った回復薬(ポーション)は痛みを和らげ身体の治癒能力を高めてくれる物であって傷を即座に直す代物では無かった。


「嫌。」

「嫌じゃない。行ってナル。」

「嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。絶対に嫌だ。エルを置いて行くなんて。」

「じゃあ、二人でここに残るの?」

「エルが残るなら私も残る。」


ナルは駄々をこねる。こうなってしまうとナルは梃子でも動かない。言い争っていると時間はどんどん過ぎ夜になってしまう。エルはナルを優しく抱き留め自分を置いて行くよう説得する。


「もし、ナルが同じように怪我をして私が残ると言ったナルはどうする?」

「絶対残らせない。」

「なら、あなたは進まなきゃダメでしょ。」

「でもぉ。」

「それにこのまま二人が死んだら姐さんへの恩は誰が返すの?」

「でも、エルがいなくなったら私はっ、私はっ。」

「大丈夫。ナルは強いから直ぐに一人でも戦える。」

「エルは寂しくないの。」

「寂しいよ。でもあなたが死ぬよりずっといい。それにここで二人がいるより、ナルが助けを呼びに行った方が私が助かる確率が上がるわ。だからナルは出口に向かって。」

「・・・。」

「ナルは私が助からない道を選ぶの?」

「・・・判った。絶対に戻ってくる。だからエルも死なないで。」

「ええ、約束しよう。」


涙でぐしゃぐしゃに濡れたナルの顔をエルは自分のハンカチで拭きナルを立たせた。

ナルはエルに説得され進むことを選んだ。エルが僅かでも助かる道を選んだのだ。


「さぁ、行きなさい。姐さんによろしく伝えて。」

「うん。」

「じゃあ、またね。」

「うん。待ってて。」


エルの言葉にナルは頷きその場から走って行った。ナルはエルを見送ると負傷した右足を引きずりながら物陰に隠れることにした。エルはまだ生存を諦めていない。運が良ければこのまま物陰に隠れ一晩生き残れてナルの救助が間に合うかもしれない。もしかすれば他の冒険者に助けて貰うことが出来るかもしれない。


エルはそんな僅かな可能性に賭けて傷めた足を引きずりながら物陰に隠れようとした。


だが現実は何時も残酷だ。エルが物陰に隠れる前に赤い猟犬(レッドドック)がエルの前に現れた。この犬型の魔物は匂いで獲物を見つける。例え物陰に隠れたとしても匂いで見つかってしまう。そしてこの魔物は獲物を狩る時は集団で襲う。


『ワッオォォォーーーン』


案の定赤い猟犬(レッドドック)は周囲の仲間を呼ぶために遠吠えを上げた。これで最低五匹の赤い猟犬(レッドドック)がここに来る。エルは腰に差してある予備の武器の小剣を掴みながらいよいよ自分の死期が近いことを悟った。




ナルは一人で森を抜け草原までたどり着いた。辺りは既に薄暗く僅かに光が射すだけだった。あと少しで『塔』の出口にたどり着くことが出来る。そうすれば拠点に戻り応援を呼ぶことができる。ナルは持てる全ての力を振り絞って出口に向かった。


「エル、ごめんね。絶対助けを呼んでくるから。」


しかし、そんなナルの願いを嘲笑う様に目の前に一体の魔物が姿を現した。

それは一見靄のような不確かな物だった。実体が無いようなそれは不気味にナルの前に立ちふさがった。ナルはその魔物を見て青ざめた。ナルはこの魔物の正体を知っていた。


幽霊(ゴースト)の魔物。


この魔物は特定の階層でしか出現しないが、夜になると他の階層でも出現するとも言われていた。遭遇した場合は逃げ切ることは出来ずどこまでも追いかけてくる。


だが一番厄介なのは単純な物理攻撃が効かないのだ。火をつけて燃やすか、火の魔術で燃やすか、もしくは教会で売っている聖水で浄化するしか方法はない。だがナルは既に火の魔術を使えるだけの気力は無く聖水も持っていない。


火を熾すしか攻撃する手段は無いが相手はそんな隙を見逃すことはしない。

ナルはどうするか考えていると不意に悪寒が走った。その場から離れようとしたが足が動かずその場に倒れてしまった。


ナルは倒れる瞬間自分の背後にもう一体の幽霊(ゴースト)がいたことを知った。


ナルは背後の幽霊(ゴースト)から精神力低下(メンタルダウン)の攻撃を受けてしまった。この精神力低下(メンタルダウン)を受けると外傷はないが気力を削がれてしまう。その為攻撃を受けた者はその場から動けなくなるか、気力が低下している者はそのまま気絶してしまう。


ナルの気力は既に限界だったために精神力低下(メンタルダウン)を受けてナルはその場に倒れてしまったのだ。


「ごめんね。エル。」


もう助からないと覚悟したナルは最後にそう呟くと意識が冷たい暗闇に沈んでいった。




『暖かい。』


ナルは自分の身体がとても暖かい場所にあることを感じ始めた。意識を失う瞬間幽霊(ゴースト)に襲われたことは覚えていた。そうなるとここは黄泉の世界なのか。黄泉の世界は暗く冷たい場所だと子供の頃に母親にから聞かされていた。ではここは違うのか。どちらにしろ死んでしまった自分はもう生きていない。このまま黄泉の世界に行くしかないとナルは悲観した。


「でも、ここが黄泉の世界ならエルにもう一度会えるかな。」

「生憎、私はまだそんなところに行っていないわよ。」


ナルの呟いた言葉にエルの声が返ってきた。その声にナルの意識は急速に鮮明になり、声を確かめる為目を開けた。

目を開くと目の前には焚火があり、その前に自分が寝かされていることが判った。上体を起こし周りを見るとエルが足を崩して自分の隣にいた。


「エル!」

「ナル、起きたのね。身体は大丈夫?」


エルの言葉にナルは自分の身体を確かめた。少し気怠い感じはするが外傷はなかった。


「だ、大丈夫みたい。、少し気怠い感じはするけど。」

幽霊(ゴースト)精神力低下(メンタルダウン)を受けたせいね。もうしばらくすれば良くなるわ。これでも飲みなさい。」


エルはそう言うと焚火の傍に置いてあった大きな木製のマグカップをナルに渡した。マグカップの中にはスープが入っておりその香りは空腹のナルの胃を刺激した。

ナルは渡されたマグカップにそっと口をつけスープを飲んだ。


「美味しい。これエルが作ったの?」

「違うわよ。私達を助けてくれた人が作ったの。」

「助けてくれた人?」


ナルは改めて自分のいる場所を確認した。周りは樹木に囲まれていて上を見上げると雲は出ていないのに星空が全く見えない暗闇だ。夜に星や月が見えなく周りが樹木に囲まれているということはここはまだ『塔』の中だと判明した。


「ここまだ『塔』の中だよね。」

「そうよ。ちなみにここから少し歩いたところが私が巨大緑毛虫(ビックキャタピラ)に足をやられた場所。」

「そうなんだ...って何私達こんなところでのんびり食事してるの?ここ『塔』の中だよ。しかも夜だよ。もっと警戒しないと魔物にやられちゃうよ。」

「そうよねぇ。普通そう思うよねぇ。」


ナルの言葉になぜかエルは考え込むように顔を伏せた。


「だから何のんびりしているの。武器は?エルの剣と私の杖はどこ?」

「私の剣は今修復して貰っている最中。巨大緑毛虫(ビックキャタピラ)の体液で剣の刃が痛んで鈍らになっちゃったから研いでもらっているの。ナルの杖はそこ。」


エルがそう言うと焚火の傍に干している洗濯物を指指さした。ナルの杖は物干し竿代わりにされていた。


「私の杖がぁぁぁ。冒険者の命の次に大切な武器がぁぁぁ、も、物干し竿の代わりにされている。」

「ちなみに干してあるのはナルのズボンと下着よ。」


そう言われナルは自分の下半身がやけに涼しいことに気が付いた。腰には大きめのタオルが巻かれていたので大事なところは見えていない。ナルは羞恥心で一瞬で真っ赤になり涙目でエルを見た。


先程エルが言っていた助けてくれた人は男なのか女なのか。そもそも自分のズボンと下着を脱がしたのエルなのか。ナルは色々エルに尋ねようとしたが口が上手く回らない。


そんなナルの様子を見てエルは意地悪な顔を浮かべて告げた。


「助けてくれた人は男の人よ。」

「ああああああああ!」


エルの一言にナルは羞恥心は限界を突破した。その場にひざまつき目から涙が溢れてきた。


「見られた。見られた。お嫁に行く前に見られた。お母さんに夫になる人以外に見せちゃ駄目って言われていたのに。」

「そうなの?私のお母さんは妊娠しなければ何人か経験するのもいいと言っていたわよ。結婚して身体が合わないと辛いみたいよ。どっちにしろ私はまだ経験無いけど。」

「うっうっうっ。どっちにしろ好きでもない人に見られたことには変わらないよ。」


ナルが悲観にくれているとエルは流石に気の毒と思い真実を話しした。


「安心しなさい。ナルのズボンと下着を脱がしたの私よ。」

「本当!」

「嘘言っても意味ないでしょ。ナルが倒れていた場所は草原だったけど丁度ナルの下半身のところが水が溜まっていたの。濡れた衣類を着たままだと体力が低下するから私が脱がせて、ズボンと下着は洗濯してこうして乾かしているの。さすがにナルの痴態を赤の他人に見せるわけにもいかないでしょ。」

「・・・・・・判った。信じる。」

「なら、スープ全部飲みなさい。冷めるわよ。」


エルの言葉を信じたナルはスープの残りを飲んだ。スープ少し冷えてしまったがそれでも十分に美味しかった。ナルがスープを飲み終わると草むらから一人の男性が出てきた。


「騒がしいと思ったらもう一人の子が目を覚ましたんだね。」

「ええ。おかげさまで目を覚ましたわ。ナル、こちらが私達を助けてくださったトリスさん。」

「あ、どうも助けて頂き感謝します。」


エルの紹介にナルは直ぐに頭を下げお礼を言った。どのような経緯があったにせよ自分の命の恩人には素直にお礼を言わなければいけないとナルは思った。


「いえいえ。冒険者は持ちつ持たれつが大事だと聞いていますから。私はトリスと言います。」


トリスはそう言うと首から下げている冒険者証明を見せながら挨拶をした。


初対面の冒険者が『塔』で出会った場合はお互いの冒険者証明を見せるのがマナーだ。これは自分が冒険者であることを相手に示し、相手も自分が冒険者であることを知らせる為だ。

もし冒険者証明を持っていない者がいた場合それは冒険者とは認められず、さらに冒険者以外が『塔』に入るのは犯罪でありその場合捕らえられても文句は言えない。


「あ、私も。」


ナルは自分の首から下げている冒険者証明を出しトリスに見せた。トリスとナルの冒険者証明は互いに共鳴し淡く光った。冒険者証明には互いに近づけると淡く光る仕掛けが施されている。冒険者証明の偽造防止のための措置でさらに光が強い程階級(ランク)が高い事を示す。


トリスの冒険者証明はナルの冒険者証明より光が小さい。D階級(ランク)のナルより小さいと言うことはトリスはE階級(ランク)の冒険者だとナルは認識した。


「E階級(ランク)!」

「はい、先日登録したばかりです。」


落ち着いて答えるトリスにナルは頭を抱えた。新人と初心者がこのまま『塔』で一晩明かすなんて自殺行為だ。エルが落ち着いて休んでいるからてっきり自分達より階級ランクが高い冒険者と思っていた。


助けてくれた人はC階級(ランク)かB階級(ランク)の人だと期待していたナルは一気に不安で心が折れそうになった。



いつも通り、誤字脱字の指摘や感想などを頂けると幸いです。

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