3つの約束
「さて、お前さんの今後の身の振りかたじゃが、ワシに協力して貰うぞ。もちろん嫌だとは言わせん。
何せ儂は命の恩人じゃからな。その恩人の願いを無下にするでないぞ」
老人は上機嫌にそう言うが四肢を失った者の協力が必要とは男は思えなかった。それどころかお荷物の状態である。こんな自分に一体何の価値があるのかと男は思い悩む。
それに男は人を信用することができなかった。もちろん、助けて貰った恩もあるので協力をしたいと思うが、男は人を信用するのが怖かった。
なぜなら友人に殺されかけたからだ。
幼い頃から知り合いだった。身分の違いはあったがそれでも同じ故郷なので、昔からの知り合いだった。十五歳になり成人を過ぎたときに一緒に故郷を出て都市に来た。右も左も判らなかったが、胸が高揚していたことは今でも覚えている。
先にこの都市に訪れていた五つ年上の知り合いとも再会した。自分と友人、そして同郷の知り合いとでパーティーを組んで冒険者となった。最初の頃は色々と失敗をした。今、思い出しても身もだえするような失敗もあった。
それでも三人で今までやってきた。いつかこの都市で名を馳せる冒険者になろうとしていた。
上級の冒険者になれるほどの実力はまだなかったが、それでも中級の上までの実力はあった。もう何年かすれば念願の上級者に成れただろう。決して手の届かない絵空事ではなかった。
なのに何故自分は殺されかけたのだろうか?
友人にナイフで刺され、川に落とされた。気が付いたらこの場所に流れ着いた。そして、この場所で今まで味わったことのない苦痛と絶望を味わった。
許せる訳がない。
この苦痛と絶望を同じかそれ以上を味わわせてやる。
男は頭の中には疑問と憎悪が渦巻いていた。
だが、男が感じる痛みが現実を教える。四肢を失ったこの身体で何ができるのか。脚を失いもう歩くことができない。腕を失い剣を握ることもできない。それどころか目の前の老人の世話がなければ三日も持たず飢えて死ぬか、魔物に見つかり餌になるしかなかった。
絶望しかないこの状況でいったい自分になにができる。男の心情とは裏腹に現実はとてつもなく残酷だった。
「お前さんもしかして失った手足のことを気にしているのか? それとも儂のことが信用できないのか?」
何時まで経っても男が返事をしてこないので、老人はその理由を推測して問いただした。男の考えていることは老人に見事に見抜かれていた。
「なんじゃ、図星か。
ふぉっふぉっふぉっ。確かに今のお主は生まれたての赤子と同じじゃ。まあ、言葉を話せるだけましじゃな。そんな状態の者に協力を求める儂の言葉は胡散臭い。儂がお主の立場なら間違いなく疑う。当然じゃ。
それと儂を信用出来ないのは・・・・・・。 親しい誰かにでも裏切られたか?」
「!?」
老人の言葉に男の心情は顔に出てしまった。
「人間生きていれば裏切ることもある。かく言う儂も友人に裏切られてこんな場所に来てしまった。お主とは似た者同士じゃな。
おっと、話がそれてしまったな。話を戻すが儂が協力しろと言ったのはこの『迷宮』からの脱出じゃ。儂もお前さんもこんなところで朽ち果てるのは本意ではなかろう」
「!」
「まあ、まだ出口がどこにあるか判ってはおらん。何年かかるか判らないが、諦めるのはまだまだ早かろうて」
老人は手入れがされていない長く伸びた髭を撫でながらそう言った。
先ほどの老人の説明ではここから出る手段はまだないと言った。五年間もこの場所にいて、出口を見つけることは出来ていないが老人は諦めていなかった。
「それと失った手足じゃが、さすがの儂も欠損部分を再生させる魔術は取得しておらん」
男の四肢は魔物に襲われ欠損した。切断された手足が残っていたらまだ、回復魔術で繋げることができる。
だが、男に手足は既に失われている。右腕は十日前に失い、両足は昨日魔物に喰われた。左手首より先は魔物に潰され、欠損した四肢は残っていなかった。
そんな状態でまだ生きていられるのは老人が回復魔術を施し、治療してくれたからだ。
「しかし、安心せい。手足を再生することはできないが義手や義足には心当たりがあるぞ。もしかすれば失った手足よりも便利に使えるかも知れん」
「本当か!」
老人の言葉に男は思わず大声を出してしまった。
「おや、ようやく大声が出たか。先ほどまでは人形と話をしているようでつまらなかったが、ようやく覇気が戻ってきたな。それだけ大きな声が出せるならもう大丈夫じゃ。
こんな場所に落とされて、手足を失ったから多少気落ちするのは仕方がないがいつまでも落ち込んでいても仕方ない」
先ほどまでの老人との会話に男の覇気はまるでなく、聞かれたことを淡々と返事していた。心情とは裏腹にどこか諦めてしまっていたため人形のようだった。だが老人の言葉に男の心に熱が入った。
「いろいろあったことは先ほどお前さんとの会話で判っておる。そのせいで人を安易に信用できないのも理解している。
だが、ここは都市や『塔』の中より過酷じゃ。ここを脱出するには人一人の力ではまず無理じゃ。ここを出るまででよいから儂を信用してくれんか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・判った。協力する」
長い沈黙の後に男は返事をした。その返事に老人を満足そうな笑みを返した。
「交渉成立じゃな。これからは運命共同体、パートナーじゃ。よろしく頼むぞ」
そして、老人は三つの約束ごとを提示してきた。
一つ目は互いに助け合うこと。
この『迷宮』は広くそして危険じゃ。力を合わせないと直ぐに死んでしまう。
二つ目はワシの指示に従うこと。
ワシはお前さんよりも長くこの『迷宮』にいる。慣れるまではワシの指示に従って貰うぞ。無理難題は言わないので安心せい。
最後にもっとも守らないといけないことを言うぞ。それは『迷宮』から出る方法が判ったなら必ず相談することじゃぞ。一人で考えて、行動してはいかん。儂も守るからこれだけは絶対に守るんじゃ。
老人はそう言うと嬉しそうに男の世話に戻った。
2020年9月21日に修正を行いました。