2人の出会い。
男は思い出す。二十年前に目の前の老人と出会った日のことを。
「俺は生きているのか?」
「ああ、生きておるぞ。まあ、運が悪かったと思い諦めるしかないのう」
そう言って目の前の老人は面白そうに笑った。
友人に裏切られ川に落とされた。川に落ちたときは男は確信していた。このまま溺れ死ぬのだと。しかし現実は違った。自分は死ぬことなくこの場所にたどり付いた。そして、目の前の老人に命を救われた。
思い出したくはない。悪い夢だと思いたい。しかし失った四肢の痛みが現実から目を背けることを許さなかった。
右腕は二の腕の真ん中から切断されており、左腕は手首から先がない。両足は膝から下が食いちぎられている。もう、剣を握ることもまともに歩くこともできないだろう。
「しかし、久しぶりに驚いたわい。死体はたまに流れてくることはあったが、まさか生きている人間にお目にかかるとは。いや、半死半生の状態だから厳密は違うのかもしれないのう」
老人は面白そうに笑うと持っていたお椀でゆっくり男に水を飲ませた。水は少し温めており、ぬるい白湯の状態になっていた。怪我人の男に対して老人は口とは裏腹に優しく介抱をしてくれていた。
友人に裏切られた男にとって老人の手厚い看病には『何か裏があるのでは?』と勘ぐってしまうが、優しく介抱してもらい嬉しくもあった。
男はそんな感情を抱きながら先ほど老人が教えてくれたこの場所のことを考えていた。
この『迷宮』と呼ばれる地の底について。
老人の言うことが確かなら男たちがいる場所は『塔』の遥か下に位置する『迷宮』と呼ばれる場所だ。『迷宮』と呼称している。だがそれは目の前の老人がそう名付けたからで本当の名前は誰も知らない。老人曰くここも厳密には『塔』の一部だと言う。
『塔』の中と同じ様に太陽の光は入らず、回りにある光苔や特殊な鉱物が唯一の光源であり、そして魔物と呼ばれる生き物が生息している。
魔物
『塔』の中に生息する生き物で、『塔』の外にいる生物とは全く異なる生き物たちをそう呼ぶ。
火を穿く狼。
鉄よりも硬い皮膚を持つ猪。
毒をまき散らす鳥。
人の中に入り内側から食らう魚。
そんな凶悪生き物たちが住まう世界が『塔』の中にあり、またこの『迷宮』も『塔』にいる魔物たちが生息する魔境であった。
「四肢を失い、自力で立つことも、はいずり回ることもできない。そんなお主に更に追い打ちかけるのは忍びないが、この『迷宮』に着てしまったのが運の尽き。運が悪いとしか言いようがないのう」
老人は先ほどからここに来たことを運が悪いとしきりに言う。命が助かって運が良かったとは決して言わない。
それはこの『迷宮』からは決して出られない。出口のない『迷宮』なのだから。
2020年9月20日に修正を行いました。