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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
人としての時間
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閑話 リーシアの憂い

前回予告した閑話です。

楽しんで読んでいただければ幸いです。

 私は目の前に置かれた一枚の大銀貨に愕然としていました。このお金は先ほど私の雇い主であるラロック様から頂いた臨時賞与です。


 昨今までこのサリーシャの街では裏組織のトップが好き放題に街を荒らしていました。しかし、そのトップは先日死亡し街はちょっとしたお祭り騒ぎになっています。


 この事件はラロック様も少なからず関与しており、事前に裏組織のトップが亡くなることも知っていたので商人らしく事件が公になる前から動き始め利益を上げたのです。


 全く抜け目のない御方だと感心していたときに今回の臨時賞与が出ました。私や同僚達は大いに盛り上がり臨時賞与を楽しみにしていました。そう楽しみにしていました。

 それなのに、それなのに私の目の前には一枚の大銀貨しかありません。


(あんなに苦労しましたのに。諜報員として頑張りましたのに……)


 人の形をした化け物。

 お伽噺に出てくる死神。


 そんな男を監視しましたのに、報酬がこれだけとはあんまりだと私は思いました。私の脳裏に『再就職』の文字が過ちました。しかし、そう思っても私はラロック様の元を離れることはできない理由があります。私はこの街で人を探していたのです。




 私はこの国インフェリスの生まれではありません。私が生まれた国はここから船で南に二十日以上離れた大きな島国です。そこは数百年前に建国した今の王朝が統治している住みやすい土地でした。


 気候は年中穏やかで、この国にある夏や冬と言った概念がありません。島に生息している樹木が家具などに適した物で、それを主軸として島の外の国と交易していました。島での自給自足と交易によるおかげで国は豊かで、更に海流の流れから外部からの船は島に近づき辛いため諸外国との争いもありませんでした。


 しかし、一年前に国内の状勢は大きく変化しました。現国王が病に伏したのです。そのため次代の国王を選ぶことになりました。


 国王には息子が二人おり一人は齢二十五歳、もう一人は齢十五歳になります。二人とも正室の子であるので順当に行けば第一王子が即位することになっていました。だが、その王子には問題がありました。


 第一王子は小さい頃に病に倒れたことがあります。子供が良く掛かる熱病で大騒ぎになることはなく、第一王子は一週間ほど寝込みました。その後は順調に身体は回復したのですが、なぜか第一王子はこの病を毒殺されて寝込んだと思い込みました。


 子供の頃は病の恐怖からの妄言だと周りの大人達は思い、気にはしていなかったが大人になった今でもそれは治りませんでした。


 そのためか第一王子は極端に周りを疑い、常に疑心暗鬼の状態になっていました。国王はこのまま第一王子に国を任すことはできないと判断し、第一王子から継承権を取り上げ首都から離れた領地に隔離しました。


 そして、今回の王が病に倒れたことで第一王子が挙兵したのです。


 王の病のことを第一王子に告げたところ『王が倒れたのは私と同じように毒を盛られたせいだ』と思い込み、第一王子自ら反旗を翻したのです。


 第一王子だけでは本来反旗を行うことはできないのですが、良からぬことを企む者は何処にでもいるらしく、誰かが第一王子をそそのかし反乱軍をまとめ上げました。妄想からくる挙兵ですので、内乱はすぐに収束すると誰もが思いました。だが、第一王子の後ろには諸外国からの援助があるらしく、数ヶ月経っても情勢に変わりはなく、長期化が予想されました。


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 私達の家系は長年に渡り国の諜報活動してきました。国の様々な情報を持っているため、もし第一王子が勝ったときに情報が流出しないよう国王と運命を共にすることになりました。私達一族は主君と認めた王族に長年仕えてきました。その誇りを裏切らないことが我が一族の総意です。


 しかし一族全員を巻き込むのは血を絶やすことになります。それは問題だと思った大人達は一族の子供だけは一時的に他の国に非難させ、最悪の場合はその子供達が血を繫いでいくことになりました。ある程度自立できる年齢で、国の内政に詳しくない私と年下の従妹弟達が選ばれ、自国から離れこのインフェリス国にきました。


 そうしてこの国に来たのは私リーシア・アーカーシャと従妹弟達のルーラ・アーカーシャ、レベッカ・アーカーシャ、ロバート・アーカーシャの計四人です。


 暫くは四人で力を合わせてこれからこの国で生きていこうとした私達は結託しました。しかし、この街に着いてすぐに問題が起きました。


 この国にきたときは私達は初めて訪れた国外に浮かれていました。いえ、浮かれ過ぎていました。初めての国外であるこの街を調査と言う名目で観光していたところ、一番年下のロバートとはぐれてしまいました。私達はすぐに街中を探しましたが、数日たってもロバートを見つけることはできませんでした。


 途方に暮れているところに声をかけてきたのが今の雇い主のラロック様でした。私達が数日間従弟を探していたところラロック様の部下の目に留まり、諜報員としての腕を見込まれました。八方塞がりだった私達はひとまずラロック様と話をすることにしました。


 事情を聴いたラロック様は幾つかの提案をしてきました。その提案はまず私がこの街でラロック様の元で働きながら従弟の情報を集めること。ルーラとレベッカの二人はロバートが街の外の連れ出された可能性があるので街の外を捜索することを提案されました。


 また、ラロック様はこの街の商人だが外の街とも繫がりがあり、その連絡員としてルーラとレベッカの二人を雇ってくださると言いました。私達はその提案を受け入れました。ロバートを探しながら給金が手に入るのはとても助かるので三人で話し合いラロック様に仕えることにしました。


 それからはラロック様の元で働きながら弟の捜索を行いました。ルーラとレベッカは基本街の外での活動で離れ離れになってしまいましたが、ラロック様は数ヶ月に一度は私達を合わせるように手配してくださり本当に感謝しています。


 一年近く経過したがいまだ従弟の行方は判っていません。だが幸いと言うかこの数日で裏組織の方と繫がりができてロバートについて新な情報が見つかりました。




 それは先日街で起きた事件が切っ掛けでした。裏組織のトップのヘルと旅人であるトリスさんの争いに私もトリスさんの協力者として参加しました。トリスさんはこの件で自分が負けることも考え算段を立てていました。


 ヘルが集めた私兵の戦力がトリスさんの予想を上回る場合、撤退することをトリスさんは考えていました。トリスさんは撤退するときの補助剰員として私を推測したのです。トリスさんは私の諜報員としての能力を買っており、撤退時の協力者として裏組織のトップ達の護衛として現場に同行するようお願いしてきました。


 最初は断ろうかと思いましたが、裏組織のトップと人脈ができればロバートの行方を追う手掛かりを得るきっかけになると思い了承しました。私はダフネさんの護衛としてあの日倉庫へ赴きました。そして、私だけがヘルの私兵とトリスさんの戦いを一部始終見ることができました。


 トリスさんは私だけに作戦を予め教えてくれていました。光の魔術を使うので戦いが始まって暫くは目を瞑るよう忠告を下さいました。最初は意味が判りませんでしたが、理由はすぐに判明しました。


 ヘルの私兵と戦いが始まるとトリスさんは瞬時に五人を斬り伏せました。まるで舞を舞ったかのような美しい動きでした。私は一瞬見惚れてしまったがトリスさんの忠告を思い出し慌てて目を瞑りました。


 その直後トリスさんは宣言通りに光の魔術を使用しました。目を瞑った私でも強烈な閃光を感じ、トリスさんを直視していた人は皆この閃光に目をやられました。トリスさんの光の魔術は一度に百人近い人の視界を奪い戦闘不能にしたのです。


 それからは無抵抗になった相手を剣で斬りつけるだけの作業でした。ヘルの私兵は目の見えない状態で仲間の悲鳴を聞かされドンドン戦意を失っていきました。


 半分くらいの私兵が殺される頃にヘルやダフネさん達の視力が回復し、ダフネさんやオルトさん達はすぐに状況を確認して皆さんは驚いていました。特に自慢の私兵が半分近く殺された光景を見たヘルは絶望していました。


 いい気味と私は思ったがすぐに自分の職務を思いだし、視力を回復したダフネさんを確認しました。ダフネさんはトリスさんが作った血の海を見て青白い顔をして震えていました。私はすぐにダフネさん達をヘルから離れた場所に誘導しました。


 そう、この後の展開は誰でも予想ができましたので、私達はトリスさんの邪魔にならないようにヘルから遠ざけました。私達が部屋の隅に移動してほどなくして私兵の悲鳴が聞こえなくなりました。代わりに誰かが階段を上がってくる音が聞こえてきました。


 トリスさんと敵対している人や詳しい事情を知らない人にとってこの足音は死神の足音です。味方である私もこの足音は恐怖でした。その恐怖に耐えきれず私の背中にいたダフネさんが声を殺しながら泣き始めました。


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 事情を知らないダフネさんにとってトリスさんはヘルの敵対者であり自分たちは彼の敵と認識しています。だからダフネさんにとってはトリスさんは脅威でしかありません。他の人もヘルに事情を聞かれる恐れがあるので誰も何も言いません。


 気の毒だが事態が収束するまでダフネさんは放置するしかありません。私は背中が涙や嗚咽で濡れるのを我慢しながら一刻も早くこの事態が終わることを願いました。




 倉庫でヘルとトリスさんのやり取りが終わり、領主の兵が来る前に私達は倉庫から撤収しました。私はダフネさんを送り届けるため彼女の家まで付き添いました。トリスさんとの詳しい関係は既にオルトさんから話したのでダフネさんは落ち着いていました。


 しかし、あの場で泣いてしまい私の背中を汚してしまった罪悪感と羞恥心からダフネさんは私のことを気に掛けてくださるようになりました。何か悩みや心配事あるなら相談にも乗ると言ってくださったので後日私はダフネさんと会うことにしました。


 ヘルが行方不明(街の人に監禁されている)になっているときに私はダフネさんを訪ねました。従弟のロバートとこの街ではぐれ探していることを相談しました。裏組織の方から情報が欲しいことを伝えたところダフネさんは快く引き受けてくださいました。


 ダフネさんは言葉通り尽力してくださり、ロバートはこの街から既に連れ出されていることが判明しました。ヘルの部下がこの街でロバートに難癖をつけ、部下にしたようで、何でも珍しい壺をロバートがダメにしてしまいその分の借金返済を行っているようです。


 我が従弟ながら何をやっているのやらと呆れました。そんな初歩的な詐欺に引っかかり今まで連絡できなかったとは情けない限りです。


 ロバートは壺を割った直後にこの街を離れ、各地で働かされ今はアルカリスにいることがダフネさんの調べで判りました。私はダフネさんにお礼を言いこのことをルーラとレベッカに手紙で知らせました。ルーラとレベッカは今の仕事があるのですぐにはアルカリスにはいけないが手掛かりが掴めただけでも僥倖でした。


 それから数日後、いよいよトリスさんがサリーシャの街を出発しました。出発前に私はロバートのことをトリスさんに話しました。私がこの国の生まれでないこと。従弟がアルカリスにいること。それを探している従妹が二人いることをトリスさんに話しました。


 赤の他人のトリスさんにこのようなことを伝える必要はないのですが、仮にルーラ達がトリスさんと対立したときや遭遇したときの保険です。トリスさんと敵対するのはとても厄介です。下手をすると軍隊を相手するほどです。そうならないように事前に根回しをしました。


 それにトリスさんとの縁も大事にしたいと思い、トリスさんも何か手掛かりを見つけたら手紙を送ってくれると約束してくれました。それを聞いた私は明るい気持ちで彼らを見送りました。いつかまた遭えることを祈りながら。




 それから数日後。ラロック様は臨時賞与を下さいました。私だけ大銀貨一枚。他の従業員や諜報員の人は金貨数枚を貰えたのに私だけ大銀貨一枚。


 ラロック様に理由を聞いたら『トリスさんに尾行をばれただろ』と言われました。無理です。あの人にばれずに尾行をするなんて。私は抗議したがラロック様は聞く耳を持ちませんでした。


 私は泣きながらこの大銀貨一枚を数日分の飲み代にしました。飲んでいる最中はこのままロバートを探しにアルカリスに行こうとも思いました。だがそのような考えは気の迷いでした。


 今月の給料を貰った際におかしなことに気が付きました。普段の給料よりも金貨が数枚多く付与されていました。最初は間違いかと思いラロック様に聞いたところ『危険手当』と言われました。他の従業員や諜報員たちには至急されておらず私のみ付与されました。


 理由はトリスさんの尾行した際に『三人組の悪漢』と鉢合わせたこと。ヘルの私兵との戦いに協力者として前線にいたことが理由でした。これらがかなりの危険行為とみなされ今月の給金に付与されました。しかも賞与よりも多く貰えました。


 ラロック様は人の扱いが上手です。このようなことをされたら私はアルカリスに行くことはできません。御恩を返すまではラロック様の元を離れることはできません。


 後の憂いは母国とロバート件だが両方とも私が何かできることはありません。今の私にできることは職務を頑張るだけです。いつかこのような平穏無事な生活が一族全員でおくれるように祈りながら私、リーシア・アーカーシャはサリーシャの街で生きていきます。




 それから一年後、私の平穏無事な生活は足元から崩れ落ちました。

 その理由はトリスさんから届いた一通の手紙だった、その手紙には途轍もないことが記載されていたからです。


誤字脱字の指摘や感想などを頂けると幸いです。

評価やブックマークをして頂けるととても嬉しいです。


次はまた閑話になります。


2021年1月9日に誤字脱字と文章の校正を修正しました。

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