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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
越冬者としての時間
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大都市アルカリス 評価採点

 アルカリスで初雪が観測された翌日、貧民区画のある一室では重苦しい雰囲気に満ちていた。三人の男が粗末なテーブルに置かれている試作品の時計を鑑定している。時計を鑑定している男は制作を依頼したトリスと商人のラロック、港街サリーシャの前領主であるガゼルの三人だ。三人は真剣な面持ちで時計を鑑定していた。


 その三人の様子を数人の男達とロザリアが遠目で見ていた。ロザリア達は鑑定しているトリス達以上に彼らの様子を真剣な面持ち……いや、鬼気迫った様子で見ていた。ロザリアは数ヶ月前にトリスから時計の図面と制作に必要な資金を提供して貰い、それと自ら人脈を活かして時計の制作に取り組んだ。ロザリアの周りにいる男達はロザリアが集めた職人と商人だ。


 彼らはロザリアと同じく今は貧民街に暮らしているが、貧民街に来る前は普通の職人、商人として働いていた。それなりの技術や知識を持っており、一流と呼ばれても問題ない者達だ。だが、事情はそれぞれ違うが今は落ちぶれ貧民街で暮らしていた。


 落ちぶれて貧民街で腐っていた彼らにロザリアは仕事を持ってきた。最初は日々の酒代を稼ぐだけの小さな仕事かと思ったが、ロザリアが見せた図面でそんな思いは吹き飛んだ。精密に書かれている図面には今まで目にしたことのない技術と発想が盛り込まれていた。


 職人達は食い入るようにその図面を見た。どうすればこの図面の物ができるのかと思考し、一人の職人が図面の感想を言うと他の職人達も感想を口に出し始めた。一度言葉が出てしまうと洪水のように言葉があふれ出て、自分の心の中にあった物作りへの情熱が再燃した。


 職人達の図面を見ている一方でロザリアは商人達に時計の概要を説明して、時計を作るための資材や完成後の値段、販売方法を話した。最初は興味をあまり持っていなかった商人達だが時計の概要を聞いて目の色が変わった。


 正確に時を告げる道具はこの世界には存在しない。都市や街で時を告げる方法は日時計を使い規定の時刻に日直の憲兵が鐘を鳴らしている。日時計は太陽が出ている晴天であれば問題はないが、影ができない曇りや雨の日は使用することができない。日の短い冬場も早朝や夕方も同様だ。しかし、時計があればそれらが解消される。その商品価値に気が付かない商人はいなかった。


 先ほどの職人達同様に商人達の中に眠っていた商魂が騒ぎ立ててきた。商人達はすぐに必要な資材の仕入れや完成後の値段の検討などは話し始めた。職人の熱。商人の熱が部屋に充満していきその熱量にロザリアは圧倒されるが、その熱を誰よりも望んでいたのはロザリア本人だった。こうして貧民街の職人と商人達の時計作りの挑戦が始まった。


 そして、最近になってようやく試作品の時計が完成した。トリスが提示した期日よりも早く完成できたのは偏に職人と商人達の熱意と努力であった。物を作るのには素材だけを調達すればいいわけではない。素材を加工する道具も必要になってくる。その道具が貧民街にはなかった。それらを調達してきたのが商人達だ。彼らは職人達が使う道具を安く購入して時計制作の手助けをしていた。いや、商人だけではない。貧民街の多くの住人が何かしらの手伝いをしていた。


 職人や商人達がきちんと働けるように貧民街の大人や子供が協力した。職人や商人の仕事場を確保や仕事が終わった後の掃除などから身体を壊さないように身の回り世話をしていた。簡単な仕事も手伝ったし、力仕事が必要なときは皆で協力した。そうやって時計は完成したのだ。


 トリス達が鑑定している時計は貧民街の人達が作り上げた努力の結晶でもあり、今後の希望の結晶でもあった。自分達の結晶がどのような評価は得るかロザリア達は静かに審判のときを待った。




「構造的な問題はなさそうだ。この状態で暫く動くかは判断できないが、現状では時の刻みも一定で時計の性能としては十分満足している」


 最初に時計の評価を下したのはトリスだった。トリスは最低限の時計としての機能があるかを判定した。トリスの評価を聞いていひとまずロザリア達は安堵した。


「そうなるとこのまま売る際の値段になるが……、ラロックさんそれについてはどう判断しますか?」

「トリスさんの評価は良さそうですが、私の判断としてはこの時計の値段は正直に言えば駄目です。私が想定していた値段よりも高いです」


 ラロックの判断では時計の値段は高いと評価した。ラロックの言葉を聞いて値段を決めた商人達は絶望した。今の時計の値段は自分達の利益がでるかギリギリを攻めたのにそれが高いと判断された。


「この価格で買うのは貴族などの裕福層だけです。それではあまりにも数がでない。時計を必要とするのは一般人も多いはずです。その方に売るためにはもっと値段を抑えるべきです」

「具体的には?」


 ラロックの指摘にトリスが質問をするとラロックは商人らしい含みのある顔をした。


「装飾をもっとシンプルにするべきです。ここにある時計の全てが装飾に拘りすぎています。そのため値段が高くなっているのです。時計と言う未知の物を高価に売りたい気持ちは確かに判りますが、物の本質を見極め適切な加工をするのも大事です。これら職人ではなく商人が気づくべきです」


 ラロックの言葉に商人達は顔を歪めた。ラロックの言う通り時計という未知の物に付加価値を付けすぎた。本来であれば時計は性能だけでも売れる要素があった。その価値を見いだして職人達に助言できなかったのは悔やまれるところだ。


「私の指摘は以上です。ガゼル様はどう思いましたか?」

「儂としてはこの時計はとても気に入った。性能だけでなくこの装飾が気に入った。ラロックはこの装飾を不要と言ったが確かに一般人には不要だが、貴族連中はこういった装飾を好む。値段に関してももっと高くしても売れるだろう」

「お二人の意見は少々違いますが、まとめるとラロック様は一般人向けの値段を抑えた時計を用意して、ガゼル様の意見を参考にする。一般向けに販売した時計の損失分の補填は貴族向けの時計で補填すればよいと言うことですか?」


 二人の意見を聞いてロザリアが確認をとるとラロックとガゼルは静かに頷いた。貴族の買い物は一般人とはことなり、自分の力を他者に見せる必要がある。身の回りに置くのは高価な物ほどよい。時計は他では販売されないので時計の値段に関してはここにいる者達で操作できるのでロザリアが口にした方法でも損失はでないのだ。


「では、時計の評価は合格でよろしいのですか?」

「私としては及第点ですが、改善の余地があるので合格とします」

「儂は普通に合格とみなす。できればこの中の一つを買い取らせて貰いたいくらいだ。金は払うから売って貰えるかい?」

「ガゼル様、抜け駆けは酷いですよ。今日は購入の話ではなく評価をするために来たのです」

「なんじゃ、及第点をだしておいて欲しいならもっと褒めるべきだろ」

「私は商人として評価して欲しいとトリスさんに依頼されたのです。商人として正しい評価をしました。しかし、一般人としてならこの時計は是が非でも欲しいです」

「屁理屈ばかり言っているがお主もこの時計が気に入ったのか? それならそうだと言えばいいのに」

「くっ」


 商人として評価したラロックと消費者として評価したガゼルでは評価は異なるが、ロザリアからしたらラロックの評価の方が嬉しかった。ラロックは自分達が気が付かなかった点を指摘して販売層が拡大できることを示してくれた。


 ロザリアとしてはラロックとガゼルにお礼として試作品の時計を差し上げても良かった。けれどそれはできない。この試作品を作る制作費は全てトリスが出してくれた支度金からでている。支度金はまだ残っているが、これからも時計を作るにはどうしてもその支度金が必要になる。預かった金を返せていないのにそんな大盤振る舞いはできなかった。


「ここにある試作品ならお売りすることはできます。料金はこれくらいでどうですか?」

「ここに提示されている金額よりも高いぞ」

「ラロック様。まだこれらは試作品なので量産で売る品物よりも手間暇がかかっています。素材もできるだけ良い物を選定しているのでお値段はどうしても高くなります」

「儂は買うぞ。少々高いが仕方がない。だが、妻の物も買いたいので二つ購入させてくれ」

「ありがとうございます」

「では残りは私が購入します。誤解されないように言っておきますが、これは他人に売ったりはしません」

「強欲な奴め。今は売らないの間違いだろう。この時計が市場に出回った後に売る気だ。時計の試作品となれば珍しい物を集めている好事家に高く売れる」

「商人ですから利益優先と人脈をつくるための努力です」


 ラロックはそう言うとロザリアに前金を払い、残りの金額と時計の受取日を決めた。ガゼルも自分の分の受け取りについてロザリアと交渉して前金を渡した。そんな三人のやり取りをトリスは黙ってみていた。


 トリスの思惑通りにことが運んでいる。トリスはロザリアや貧民街の人達がどうなろうと感心はなかった。時計の量産にも感心はない。あるのは復讐を行うことだ。ダールへの復讐を行う際にロザリアや貧民街の人が使えると判断しているから手を差し伸べているだけだ。このまま時計の量産が行われ、販売を開始すればロザリアは都市の人々から注目を集める。


 貧民街の人をまとめ上げ新たな事業を築いた若き女性。人々はロザリアをそのように見るだろう。そんな彼女が市長選に出馬すると言えば、否応なくダールは警戒する。ダールの政策は都市に不利益を与えることはないが、大きな利益や改革は行われていない。ダールらしい保守的な政策だ。


 そこにロザリアのような若く優秀な人物が現れると改革を希望する者は少なからず彼女になびく。特に女性市長の誕生を願う者達にとってロザリアはうってつけの人物になるだろう。アルカリスの歴代の市長は皆男で女性の市長はまだいない。女性が市長になった欲しいと願う人は少なからずいるためダールはロザリアを無視することができなくなる。トリスはそのときにダールへ復讐をしようと考えている。


 だから現状ではロザリアが大きな失敗をしない限り見限ることはしない。むしろ援助する用意もある。だがロザリアはトリスが思っている以上に優秀なため、これ以上の手助けは不要だ考えている。彼女の後ろには前市長のロベルトもいるので援助は余計なお世話だ。


(これでダールの首を取ることに一歩近づいた。このままいけば来年の市長選は荒れるはずだ)


 トリスのそんな思惑に誰も気が付かない。気が付いたとしてもトリスは復讐を止めることはしない。トリスはダールを含む四人に復讐することだけが生きる目的なのだから。


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