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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
越冬者としての時間
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大都市アルカリス 困惑する思い

 大都市アルカリスの西区画は富裕層が多く暮らしている区画である。貴族や富豪などが好んで住んでおり、治安も良いので一流の冒険者達もこの区画に住んでいる。治安がよく訪れる客層が高いと西区画で出店する店は必然的にそれに見合った店構えになってくる。一般人やただの冒険者で決して足を踏み入れることができない店に二人の男女が姿があった。


「ここのお店は首都の系列店でデザートがとても美味しいのです」

「そうですね。このお店の経営者とシェフは元々は大陸中央部の国で働いていたのでその影響かと思います」

「経営者とシェフの二人がですか?」

「はい。経営者とシェフは兄弟で兄がシェフをしていて、弟が経営をしています。二人は幼い頃からレストランで働いて兄はシェフを目指し、弟は兄を助けるために経営を学んだようです。王都にある店はその兄弟で経営していて、この店は二人のお弟子さんが出店したのです」

「ザックさんは相変わらずいろいろなことを知っていますね。私は王都に住んでいる友達から手紙で教えて貰っただけです」

「俺は職業柄情報を集めてるだけですよ」


 いつもの口調よりも少し丁寧な口調にしながらザックは食後の珈琲を飲んだ。珈琲には砂糖もミルクも入れていないため苦いが、ザックはその苦みが好きだった。トリスの家では女性の割合が多く、トリスも甘い物を好むため甘味系は多くあるが、ザックが好きな辛みや苦みのある物は少ない。そのため、外出した際は苦みのある物をよく注文している。


 対面に座るヴァランティーヌは女性らしくミルクティーを注文した。食事を食べ終え、優雅にミルクティーを飲んでいるがこれからくるデザートが楽しみなのか何処か落ち着かない様子だ。ザックはヴァランティーヌの気を少しでも落ち着かせるためいろいろな話題をふった。


「ヴァランティーヌさんは編み物が趣味でしたよね」

「はい。家にいるときはよく編み物をしています」

「でしたら今度この店に行ってみてください。いろいろな糸を取りそろえていますよ」

「本当ですか!」

「糸の他にも他の国の編み方を記載した本がありますよ」

「それは楽しみです。是非行ってみます」


 ザックが渡したメモをヴァランティーヌは宝物のように受け取った。その様子はまるで絵本に出てくるお姫様のような無邪気な笑顔だった。それからのヴァランティーヌは編み物の話ことを話し続けた。自分の趣味の話をするのが楽しいらしく店を出るまでずっと続いた。




「今日はとっても楽しかったです。七日後もまたお会いできますか?」

「はい。大丈夫だと思います」


 ザックの返事を聞くとヴァランティーヌは笑顔を浮かべた。ザックとヴァランティーヌは出会ってから頻繁に会うようになっていた。ヴァランティーヌはこの都市では友人がいないためいつも一人で行動している。家の方針で仕事もすることができないため知人も少ない。なのでこの都市で友人と呼べるのはザックだけだった。


 ザックはヴァランティーヌのために自分の休日を彼女と会うために使っている。ヴァランティーヌが喜びそうな情報を仕入れるため、フレイヤやローザからいろいろと女性の好きそうな話題を聞いている。仕事中も合間を見つけてはそういった情報を集めている。面倒だと思うときもあるが、ヴァランティーヌが喜ぶ顔をみるとそんな苦労は帳消しになってしまう。


 ヴァランティーヌの喜ぶ顔がみたい。そんな想いで彼女と会っているが時折不安になることもある。ヴァランティーヌはジェテルーラの娘であり、ワノエルィテの孫娘である。この都市の重要な冒険者組合(ギルド)の中核を担っている者達の血縁者だ。本来であれば情報屋風情のザックが気軽に話せる相手ではない。


 現にヴァランティーヌを守るために護衛が彼女に気が付かれないよう身を潜めている。ザックがヴァランティーヌに邪な気持ちを抱き、不審な動きをすれば即座に護衛達がザックを取り押さえるだろう。だが、ザックの不安はそんな不安ではない。ザックの不安は雇主であるトリスの考えが判らないからだ。


 ザックはトリスの手足となって情報を集めている。そのことに不満はない。むしろ満足している。トリスへの借りを返しつつ、高額な給料を貰え、衣食住まで世話をして貰っている。サリーシャにいた頃の生活とは雲泥の差だ。しかし、トリスが欲する情報は冒険者として欲する情報ではない。


 リューグナーのトップであるモンテゴ。この都市の市長であるダール。冒険者組合(ギルド)の組合長であるワノエルィテとその息子であるジェテルーラ。この四人の情報を常にザックに集めさせていた。仕事や人柄だけでなく家族構成や私生活まで踏み入っている。その情報で何をするかはザックは薄々気が付いている。


 トリスはこの四人を深く憎悪して危害を加えようとしている。理由は判らないが怨恨の可能性が高いとザックは思っている。以前に仲間を殺されことでザックも復讐の道を歩んだことがあり、そのときの経験からトリスも復讐をしようとしていることを感じ取っていた。


 トリスがモンテゴ達に復讐するならワノエルィテの血縁者であるヴァランティーヌも少なからず関係者である。普通なら敵対者に近いヴァランティーヌとは距離を取るのにトリスはザックがヴァランティーヌと会うことを止めない。むしろ推奨している。


 ザックの今日の服装はいつもの平服とは違い、ザックの背丈に合わせた特注品だ。仕立ての良い服で普通の服とは桁が違う。ザックがヴァランティーヌと会うときにわざわざ購入した服だが、この服の代金はトリスが半分を立て替えてくれた。


 服を見立てたのはフレイヤとローザで購入しようとしたときにザックはその金額に目を疑った。自分の給金の半額以上もする服に購入したことのないザックは二の足を踏んでしまったが、フライヤとローザを付き合わせた手前購入を決意した。


 家に戻ってから服のことで少し後悔しているとトリスに呼び出され服の代金の半分を渡された。トリスはフレイヤからザックのことを相談され服の半額を負担してくれたのだ。服を選んでいたフレイヤも調子に乗って高額な服を選んでしまったために罪悪感を抱いてしまいトリスに相談した。


 トリスとしてはそんなことでザックが落ち込んでしまうのは馬鹿馬鹿しいと言い金を工面した。持ち金が無くなったザックは金を受け取ったが、トリスにとってザックが大切な従業員でも私生活まで面倒をみてくれるのは変だと思っている。


 服を購入する理由もトリスに報告していたのでトリスが理由をしらない筈がなかった。自分の協力者が敵対者の血縁者と会うのは普通なら敬遠するのにトリスはその逆のことをする。ザックがヴァランティーヌに惚れて嘘の報告をするかもしれない。もしくはザックがワノエルィテかジェテルーラにトリスのことを密告する可能性があるのにそんな疑いをトリスは抱いていない。


(トリスさんはは俺のことを心底信用しているのか……。それとも全く信用していないのか)


 ザックはヴァランティーヌに会うたびにそんなことを考えてしまう。その考えが顔に出たのかヴァランティーヌが心配そうに声をかけてきた。


「ザックさん。気分でも悪いのですか?」

「……いえ。仕事のことを思い出して少し不安になっただけです」

「お仕事大変なのですか?」

「そうですね。やり甲斐はあるけど雇主の役に立てているか不安になるときがあります。俺にとって今の雇主の方が一番の恩人であり、大切な人ですから」

「…………」


 ザックの言葉に今度はヴァランティーヌの顔が陰った。今まで楽しそうにしていた顔が陰ってしまい自分の失言かと思いザックは慌てた。


「俺は何か気に障るようなことを言いましたか?」

「ち、違います。ザックさんの雇主がちょっと羨ましいと思っただけです。ザックさんが大切な人と言われて……」

「大切な人って言うのは恋愛とかの関係ではなくて、個人として恩があると言う意味ですよ」

「勿論判って判っています。だけど私にはそんな人いないので……。なんて言葉にしていいのか判りませんがとにかく羨ましいと思ったのです」


 ザックとヴァランティーヌはお互いに顔を真っ赤にしながら互いに言い訳をしていた。他の人から見れば恋人達の仲の良い言い争いに見えてしまう。ザックはこのままでは埒が明かないと判断して話題をそらした。


「俺のことよりもヴァランティーヌさんのお話を聞かせてください。先ほど首都に友達がいると言っていましたが、学園の友達ですか」

「は、はい。学園に通っていたときの友達で彼女は私と同じで親元を離れて学園に通っていました」

「通っていたのは学園都市セルセタにある一般教養の学園ですよね」

「はい。十二歳から十八歳まで通っていました」


 学園都市セルセタは様々な勉学が学べる都市である。魔術や体術などから政治、経済、文学と言ったことも学ぶことが可能な都市だ。ヴァランティーヌはその中で貴族の娘や富豪の娘達が通う女学園に通っていた。


「俺は学園都市セルセタに行ったことがないのです。どんな場所ですか?」

「……そうですね。都市事態が勉学を励むために回っているような都市です。みんな目的があって勉学を学んでいるのでのんびりした性格の人には息苦しい場所かもしれません」

「勉学に縁がなかった俺には想像がつきません。文字が読めるようになったのも働くようになってからで子供の頃は遊んでばかりいました」

「ザックさんの子供の頃ですか。是非聞きたいです」

「そんな楽しい話じゃないですよ。ひねくれたガキでしたし」

「そんなことありません。話してください」


 ヴァランティーヌの勢いに押されザックは子供の頃の話をヴァランティーヌに聞かせた。特に面白みのない子供の頃の話だが、ヴァランティーヌは冒険譚を聞かされた子供のようにザックの話を聞いた。




 日が沈み辺りが暗くなり始めたので、ザックとヴァランティーヌは七日後にまた会う約束して家路についていた。ザックは家のそばにある商店街で買物をしようと立ち寄ると見慣れた同居人と出会った。


「フェリスも今帰りか?」

「ザックさん。そうです。ちょっと飲物を買って帰ろうかと思ってます」

「なら一緒に買って帰るか。俺も酒を買いにきたんだ」

「はい」


 ザックとフェリスは商店街にある酒屋へ足を運んだ。ザック達が選んだ店は酒の他にも子供用の果実水を置いてある。ザックは店に入ると自分のお気に入りの酒を何本か選び、フェリスも果実水を何本か手に取って店員に会計を頼んだ。酒と果実水の代金はザックが負担した。


「ここは俺が奢るのでフェリスは酒瓶を運んでくれ」

「そんな悪いですよ。運ぶと言っても魔導鞄(マジックバック)があるので荷物になりません」

「いいから、いいから。ここは大人の顔を立てるのが少年の役目だ」


 酒屋で酒と果実水を購入してザックとフェリスはそのまま店を出た。店を出ると真面目なフェリスはザックにお礼を言った。


「今日はごちそうさまです。いつかこの借りはお返しします」

「そんなに気をつかわなくていいけど、冒険で思わぬ収入があれば酒でも奢ってくれ」

「はい。冬場は無理ですが来年になったら期待して下さい」

「来年か……。あと数ヶ月でもう次の年になるのか」

「あっという間の一年でしたが、とっても充実した年でした」

「俺もそうだな。この都市に来てからずっと充実している」

「やっぱりそうなんですね」

「どう言う意味だ?」

「だってザックさんは普段着とは違う服を着ていますよね。七日に一度はお洒落して出かけているから恋人と会っていると思っていますよ」


 フェリスの言葉にザックは思わず赤くなってしまった。ヴァランティーヌとの関係はトリスにしか報告していないので、他の同居人から見ると休みの日には恋人に会いに行くと思われていた。ザックは否定しようとしたが、ヴァランティーヌの顔を思い浮かべると胸の奥が痛み、その痛みを誤魔化すように逆にフェリスに問いかけた。


「そ、そう言うフェリスは恋人や気になる子はいないのか? 今日も一人で何をしていたんだ? 冒険に行かないのに杖まで持っているのは理由があるんだろ」

「ぼ、僕は知り合いの魔術師と会っていただけです。冬場は時間があるので魔術について対談していたんです」


 ザックの言葉にフェリスはあからさまに動揺した。フェリスの慌て具合からフェリスはベルセールと会っていたと予想した。


 ベルセール・ルフェナン。彼女はモンテゴ・ルフェナンの娘でリューグナーに所属する魔術師だ。ここ最近の魔術師界隈では噂になっている人物でもある。フェリスはベルセールが噂される以前から交流があり、月に何度か会っている。だが、秋にリューグナーと一悶着あってからフェリスはベルセールとの交流は隠すようになった。


(リューグナーとの問題は解決しているけど、多少の遺恨は残っているんだよな。だからフェリスもベルセールと会うのは隠している)


 フェリスはベルセールに何かしらの思い入れがあるとザックは予想している。男女の関係なのかそれとも別の想いなのかは不明だ。だが、ベルセールはモンテゴの血縁者であるためトリスの復讐に関係する人物である。


 自分といい、フェリスといい、トリスの敵対者の血縁者に想いを寄せることになるとは難儀なことだと思いながらフェリスとともに帰宅した。


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