大都市アルカリス 口論する者達
お久しぶりです。仕事と私生活の影響で投稿ができずにいました。
今年最後の投稿です。それと後書きにお知らせがあります。
クレア達が無事に帰還した翌日。クレア達は冒険者組合に無事に生還したことを報告した。冒険者組合はクレア達が『塔』で行方不明になった報告を受けていたので救助活動を中止した。
冒険者が無事に戻ったことで通常の救援ならこれで終了だが、今回は事情が違う。クレア達が行方不明になったのはリューグナーの冒険者と揉めたために起きた。都市内で冒険者同士が揉め事を起こすことはよくあるが、『塔』の中で揉め事は冒険者組合の取決めの違反になる。
違反を犯したクレア達とリューグナーのアルモル達は冒険者組合から事情聴取され、裁きを受けるのだが冬まで持ち越しとなった。今の時期は冒険者組合は繁忙期だ。冒険者が毎日『塔』で見つけた薬草や鉱物、魔物の素材を持ち込むためクレア達の案件まで手が回らない。死人も出ていないため今回の件は後回しとなった。
結局、クレア達はアルモル達から賠償を求めることもできず、冬を向かえることとなった。
「私達からの要求は、今回の件に関する謝罪と賠償です。あなた達のせいで私とフェリスは川に落ちて死ぬところだった。それに私は新調したばかりの剣もなくしました」
「そちらの要求は拒否する。戦闘を行ったのはそちらも同じで、川に落ちたのは事故だ。剣を失ったのは気の毒だが賠償まで求められても困る」
クレアの要求にアルモルは拒否した。クレア達は冒険者組合が用意した会議室で秋に起きた事故の経緯やその後の賠償の話をしていた。会議室には当事者だったクレア、フェリス、ヴァンがおり、アルモルとその場に居合わせた仲間達もいた。当事者以外には組合職員が三名とトリスとモンテゴも同席していた。
トリスとモンテゴが同席しているのは後見人とし冒険者組合からの要望があったからだ。当事者のクレア達は若者で冷静な話合いができない可能性がある。そのため、冒険者組合は説得や妥協案を提示して貰うためにトリスとモンテゴを招集した。
全員が会議室に集まったときの事故の経緯からの説明が始まった。事故の経緯と顛末については概ねクレア達とアルモルの主張は一緒だった。しかし、内容に関しては大きく異なり話合いが長引いていた。
クレア達は主張ではアルモルがクレアの持っている剣を寄越せと言われ、それを断るとアルモル達が攻撃してきたと主張した。アルモル達はクレアの持っている剣と交渉を行うとしたが、クレア達がアルモル達を侮辱した言葉が言ったために争いになったと主張した。
「お二人の主張は判りましたが、我々としては判断ができません」
二人の主張を聞いた冒険者組合の職員はそのように答えた。剣の交渉から始まり、争うになったことは一致しているがそれぞれが出張する内容が異なっている。目撃者がいないため当事者以外では判断が付かなかった。
冒険者組合はこのような事件が起きたときは中立にならないといけない。片方に肩入れをすると後にこのような問題が尾を引き、大きいな損失になる可能性があるからだ。冒険者組合としては両者が和解してくれることを望んでいた。
「私は剣をなくしたのに和解なんかできない!」
クレアは剣をなくしたことで繁忙期は殆ど稼ぐことができなかった。『迷宮』で採取した魔鉱石はかなりの値段で取引することができた。しかし、代わりの剣を見つけることができなくジョセフ達のサポートにまわった。
六人でパーティーを組んで行動していたが、クレアが思うように動けないため、前衛はジョセフとエルだけになり今年の繁忙期は思ったほど稼ぐことができなかった。クレアはそのことを深く気にしており、アルモル達から賠償を求めていた。
一方、アルモル達は自分達に非があるとは自覚していなかった。剣を譲らなかったクレアが悪いのであって争いが起きたのはクレア達が暴言は言ったからだ。争いが起きて川に落としたのは多少罪悪感があるために見舞金を提示したのだ。
二人の主張は平行線で落とし所がなかった。組合職員はできれば今日中にこの案件を終わらせたいので後見人のトリスとモンテゴの意見を求めた。
「私としてはアルモルの意見と同じです。ですが、冒険者同士の争いは好みません。冒険者組合の言うとおり和解するのが一番だと思います」
意見を求められたモンテゴは冷静だった。クレア達の主張が正しく息子であるアルモル達の行動に問題があると自覚していた。しかし、この都市でトップのリューグナーが新人の冒険者に頭を下げることはパーティーの品格を下げ、他の冒険者から侮られる可能性がでてくる。モンテゴとしてはそれを避けるため和解しようとしていた。
「勿論ただで和解できるとは思っていません。そちらのお嬢さんの言う賠償額の八割を見舞金としてお渡しします」
モンテゴは金の力で和解することにした。賠償金を払うのではなく、見舞金をクレアの主張する金額に近づけた。このことでリューグナーは謝罪したのではなく、不幸な事故にあった新人冒険者を援助したと主張しているのだ。
見舞金の提示を受けクレアは悔しそうに唇を噛んだ。賠償額には及ばないがモンテゴが提示した額が貰えるなら、迷惑をかけたエルやナル、それにジョセフにそれなりのお金を渡すことができる。特にジョセフは母親と二人暮らしで何かと入り用だ。これから冬になるので蓄えは多いほどいい。クレアはモンテゴの提案を受けるべきか迷った。
「モンテゴさんのが提示案でよろしいですか?」
クレアの様子を見て組合職員はアルモル達を見た。アルモル達はリューグナーのトップであるモンテゴに逆らうことはできない。モンテゴがそう主張するならそれに従うしかない。アルモル達の様子を確認した組合職員は最後にトリスの意見を聞くことにした。
「クレアさん達の後見人であるトリス殿もモンテゴ殿の提示案を認めていただけますか?」
「…………私もモンテゴ殿が提示した案で良いと思います」
「では、この件はアルモルさんからクレアさんに見舞金を払うことで和解でよろしいですね」
「いえ、その前に一つ確認したことがあります」
組合職員が話をまとめようとしたがトリスがそれを遮った。
「トリス殿は何を確認したいのですか?」
「私が確認したいのは、アルモル殿が何故『塔』内で剣の交渉を行ったのかです。お答えすることはできますか?」
「それは彼女の剣が気になったからです。私も剣を新調しようと考えていたときに彼女の剣を見て波長が合ったのです。剣を使ったことがある人ならそのような感覚に陥ったことはあると思います」
「私が聞きたいことはそのようなことではありません。何故『塔』の中で交渉したのかです」
「どう言うことですか?」
「交渉とはお互いが冷静でなければ成立しません。『塔』の中では冷静に努めようとしますが、魔物がいつ襲ってくる判らない状態です。冷静に交渉なんて普通はできません。クレアとアルモル殿の話を聞いたときから私はそのことが引っかかっていました。『君の剣が気になるから塔を出て話をしないか?』っと言えば酒場か組合の会議室を借りて冷静な話合いができた筈です」
「それは……」
トリスの指摘にアルモルは答えることができなかった。クレアが剣を持っていることを聞いたときは剣を壊されたり、傷物にされるのを恐れそこまで気が回らなかった。
アルモルが答えないのでトリスはさらに追求した。
「『塔』の外では交渉をしなかったのは、交渉を行う気がなかったのではないでしょうか? これは私の邪推ですが、アルモルさん達はクレア達を殺害して剣を手に入れようとした、のではないでしょうか?」
トリスの一言で場の雰囲気が変わった。トリスの言ったことは『塔』で冒険者が争ったのではなく、アルモル達が犯罪を行おうとして失敗したのだと主張した。さすがにそれは暴論だと思いモンテゴが声を上げた。
「トリス殿、それは物事を比喩しすぎだ」
「そうでしょうか? では、モンテゴ殿は何故高額な見舞金を払おうとしたのですか?」
「それはこの件を和解させるためです。多少高額でもこのような些事を早く終わらせるためです。それと未来ある冒険者に援助する意味合いもあります」
「そうでしたか。モンテゴ殿の主張は判りました。しかし、それは後見人の意見であって当事者達の意見ではない。アルモルさんが明確な主張やもしくは証拠を提示できないのであれば私はクレアの後見人としてこの和解案を飲むことはできない。いえ、アルモルさんとその仲間を殺人未遂で訴える必要がでてきます」
トリスの発言にアルモル達は何も言えなかった。トリスの言うことは暴論だ。しかし、その暴論を否定するだけの根拠を提示することができない。今までの話合いでは、『塔』で交渉を行ったと主張したのは自分達だ。その主張を逆手に取られこのような暴論につながってしまうとは夢にも思わなかった。
モンテゴに至っては少なからずその可能性はあると考えていた。しかし、冒険者は相手の言葉を逆手に取り相手を貶めることはしないと思っていた。そのような頭を使う交渉を行うのは商人や政治家達で、駆け引きや計算が苦手な冒険者が行うとは思わなかった。
モンテゴはトリスを軽視したことを今更後悔した。
「アルモルさん、弁解がないのであればそのように受け取りますがよろしいですか?」
「ま、待ってくれ。殺人までして剣を奪うなて考えていない」
「でも、『塔』の中で剣を抜いて争いましたよね?」
「それは彼女達が侮蔑した言葉を言ったから」
「それだけで剣を抜く必要はありますか? 暴言を言ったクレア達も非がありますが、剣を抜く必要はないと思います。酒場で口論になっても剣よりも先に拳が飛びますよ」
「…………」
『塔』の中という通常とは異なる環境だったためにアルモル達は安易に剣を抜いてしまった。そのことがクレア達を殺害しようとしたことに信憑性を持たせてしまった。アルモルは必死に言い訳を考えようとしたが、思考をまとめることができなかった。
「トリス殿、再度確認致しますが、本当にアルモルさん達がクレアさん達を殺害しようと思っていますか?」
トリスの主張を半信半疑で聞いていた組合職員は反論しないアルモルに助け船をだした。冒険者組合としてはことを大きくしたくない。できればモンテゴが提示した和解案で解決して欲しい魂胆もある。
「先ほども言いましたが、こちらが納得できる主張と証拠があれば先ほど私が言ったことは取り下げます。モンテゴ殿の提示案で和解します。私も未来ある冒険者を犯罪者にする気はありません」
「判りました。アルモルさん、弁明をお願いします」
「…………私は剣が欲しかっただけで殺害までは考えていません」
「その根拠は?」
「…………提示できるものはありません」
「根拠が提示できないとトリス殿の主張が正しことになってしまいますよ?」
「…………」
組合職員の言葉にアルモルは返答することができずにいた。モンテゴも助け船を出そうかと考えるが、トリスによって意見を変えられてしまう恐れがあったので沈黙していた。会議室に重い沈黙が流れる。
「では、誠意を見せていただきましょう。見舞金の額を引き上げていただきます。それを誠意と受け取り今回の件は和解とさせていただきます」
誰も口を出すことをせずにいるとトリスから和解案が提示された。
「どのくらいの金額を用意すればいい?」
トリスの案に乗ったのはモンテゴだった。多少見舞金が高くなっても金で解決できるならそれが一番よいと考えた。
「クレアが提示した金額の三倍で手をうちます」
「「「「「!!」」」」」
会議室にいた全員が驚愕した。いくら何でも多すぎるとその場にいる全員が思った。しかし、トリスの案にモンテゴのみが賛同した。
「この件を他の冒険者に口外しないのであればその金額を飲む」
「口止めですか。なら五倍はいただく必要があります」
「……四倍までだ。それ以上は譲らん」
「判りました。それなら私はこの条件で和解いたします」
トリスとモンテゴが決めた和解案に誰も反論することはできなかった。穏やかな言葉とは裏腹に二人の態度は恐ろしく、当事者達は口を挟むことができなかった。
この件はクレア達とアルモル達は和解することで収束となった。なお、その詳細に関しては同意書を作成し、和解内容に関して口外することを厳禁とすることとなった。組合職員が同意書を作成して、クレアとアルモル、そして保証人としてトリスとモンテゴも署名した。
同意書は三枚作成されクレアとアルモルにそれぞれ渡され、最後の一枚は冒険者組合で管理することで全ての手続きが終了となった。
「いい気になるなよ」
手続きが終わりモンテゴは去り際にトリスにそう言い残して去っていった。その言葉を聞いたトリスは口を開くことはせず、薄らと笑みを浮かべるだけだった。
お知らせ
来年一月から異世界転生のお話を投稿する予定です。
よろしければこちらも見て下さい。