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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
探求者としての時間
132/140

大都市アルカリス 変わった者

先週は体調を崩して投稿できませんでした。

寒くなってきましたので皆さんもお気を付け下さい。

「迷宮と言う呼称はウォールドが名付けた。師匠はこの場所に運悪く辿り着き二十五年以上も出るかとができず、この場所で息を引き取った」


 トリスは寂しそうにウォールドが死んだときのことをフェリスに語った。親族であるフェリスがこの場所に来たことで今まで秘密していた『迷宮』について語った。


「賢者ウォールドの最後の冒険の場所であり、賢者ウォールドが唯一解くことのできなかった場所だ。いつか家族に聞かせてやってくれ」


 トリスはそう言うとフェリスの肩を叩いた。フェリスはトリスを通してウォールドに言われた気がして力強く頷いた。


「いつか親族のみんなに話をします」

「そうだな。それをするにはここから出ないとな」

「トリスさんはここからの脱出方法を知っているのですよね」

「俺一人で脱出する方法は知っている。お前達三人を連れて出る方法は知らない」

「「「えっ」」」


 三人はトリスなら全員でここの脱出する方法を考えていると思っていた。けれどトリスの言葉は三人の予想を外れる答えだった。


「俺が知っている脱出方法はさっきの川を下っていく方法だ。五日ほどの川を下ると海にでるが、あの川は途中で滝が幾つもある。ヴァンを連れてきて判ったが、自分一人だけなら何とかなるが同乗者がいて下るほど楽な道のりじゃない」

「じゃあ、私達はこのままここを出られないの?」

「今のままじゃ無理だ」

「では、どうするのですか?」

「それを今から考える」

「「「…………」」」


 クレアとフェリスの質問にトリスは淡泊に答える。普段は入念に計画を立てて行動するトリスなのにこの『迷宮』では彼の行動は緻密さに欠けている気がする。


「全員で脱出する方法はまだないが、無策というわけじゃない」

「本当ですか?」

「気になることが少しある。今年の春に俺が討伐した巨大猪(ベヒモスボア)は覚えているか?」

「トリスさんが倒した魔獣ですよね」

「アレは魔獣の範囲を超えている。俺は魔物に分類される生き物だと思う」

「魔獣ではなく魔物?」


 魔獣と魔物の違いとして、魔獣は普通の動物が何らかの理由で魔素を大量に摂取したときに魔獣となる。魔獣となった生き物は肥大化や狂暴化など現象がおきる。一方魔物は『塔』の中に生息する生き物で『塔』の外にいる動物にいた魔物もいれば、幽霊(ゴースト)粘液生物(スライム)といった全く異なる生き物もいる。


巨大猪(ベヒモスボア)は一見猪が魔獣化したと思うが、猪があれほどまで肥大化するのは通常ではあり得ない」

「『塔』が近いから魔素の濃度が高いからでは?」

「だとしてもあの大きさになるには骨や筋肉、神経にかなり負担がかかる。身体があそこまで大きくなる前に自壊する可能性の方が高い」

「トリスさんは巨大猪(ベヒモスボア)は猪が変化した物ではなく……」

「生物の種としていると考えた方が納得がいく。それと七、八年前から巨大猪(ベヒモスボア)が出没し始めたことも少し気になる」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……トリスさん」

「何だ」

「前に大伯父様との話で猪に似た魔物を見つけて養殖しようとした話がありましたよね?」

「猪の魔物の肉が意外と美味かったから養殖できないかと考えたな」

「その試みは失敗したのですよね?」

「ああ、あいつらは意外と凶暴で大人しく飼うことができない。放置して必要になったときに狩る方が効率が良かった。だが、七、八年前から姿を見なくなった……」


 ここまでフェリスとトリスの話を黙って聞いていたクレアとヴァンも話の内容から何となく察しがついた。


「トリスとウォールド様が巨大猪(ベヒモスボア)を地上に追いやったの?」

「そう簡単に地上に出られるのなら苦労しないが、縄張りに外敵が頻繁に来るようになったから猪の魔物は住み処を移動した。その移動先が地上と繋がっている可能性はあるな」


 クレアの質問にトリスはそう答え、その答えにクレア達は歓喜した。


「トリスさんはこのことを前から知っていたのですか?」

「気が付いたの昨日だ。お前達を救出すると決めたときにどうやって地上に戻るかを悩んでいたときに巨大猪(ベヒモスボア)のことを思い出した」


 トリスはクレア達を救出するためにウォールドの手記を読み返していた。何か手掛かりがないかと手記を読んでいると猪の魔物についての記載を見つけた。手記の日付は猪の魔物に関する内容と地上で巨大猪(ベヒモスボア)が出現し始めた時期が一致していた。


「少し休んだらその場所に行き調査をするぞ。丸一日かかるから今のうちの身体を休めておけ」




 トリスの案内でクレア達は『迷宮』の奥に足を踏み入れた。『迷宮』は普通の洞窟と同じで日の光が届かない。だが、光る鉱石や植物が自生するため完全な暗闇ではなかった。暗闇に目が慣れてくるとクレア達は『迷宮』の広大さに目を奪われた。


『迷宮』の奥はこの世とは思えない幻想的な場所だった。凶暴な魔物は生息するがそれだけではない。暖かな熱を発する火。ガラスのように透明な氷。途絶えることなく移動する旋風。柔らかく光る砂。現実世界とは思えない光景が広がっていた。


「この砂をお土産に持ち帰っていい?」

「やめておけ。ここには魔物がいない。もしかしたら砂が生物の毒になっている可能性がある」

 

 魔鉱石や魔物の素材などは問題はないが、その他の物質は人体にどのような影響があるのか分からない。長年の知識からトリスはそのことをクレア達に教えながら道を進んだ。


 トリスの指示に従いながら半日ほど移動していくと、少し開けた場所に辿り着いた。そこは人の背丈ほどの木が群生して木には赤い実と黄色い実が実っていた。


「あと少しで目的の場所に着く。そこに自生している赤い実と黄色い実は食べることができるから少し採っていこう」


 トリスがそう言うとクレア達は実を採り始めた。始めて見る果実にクレア達は興味を持ち早速一粒試食した。


「酸っぱいぁ」

「程良い甘さです」

「酸味も利いて旨い」


 クレアは黄色い実を食べ、フェリオとヴァンは赤い実を食べた。フェリオとヴァンの感想は良好だが、黄色い実を食べたクレアはあまりの酸っぱさに泣きそうになった。


「赤い実は甘味とほどよい酸味があって旨いが、黄色い実は酸味が多い。だが疲労回復や僅かだが魔力を回復させるから戦闘の後に食べるといいぞ」

「もって早く言ってよ!」

「言っても好奇心に負けて食べるだろう」

「うっ」

「実を採ったら拠点に行くぞ」


 トリスの言う拠点は『迷宮』で魔物に襲われにくい場所のことだ。けして安全ではないが、魔物との遭遇率が低いのでトリスとウォールドはその場所を拠点と名付けていた。赤い実と黄色い実を皮袋いっぱいに詰め込みは拠点を目指した。


「赤い実、美味しい!」

「黄色実も慣れれば美味しいですよ」

「焼き魚にかけれてもいいかも」


 拠点に着くとクレア、フェリオ、ヴァンは赤い実と黄色い実を食べ始めた。程良い甘さと酸味を持つ赤い実にクレアは歓喜し、酸味は強いが疲労回復に効果がある黄色い実をフェリスとヴァンは好んだ。皮袋いっぱいに採った実をフレイヤ達の土産にし、ジャムや料理の香味料に使えないか三人は話し合っていた。


 トリスはそんな三人を見て懐かしさを感じた。冒険者になった頃は目新しい物や始めて見る物に心を惹かれていた。自分の知らないことを見て、聞いて、触れ、好奇心の赴くままに日々を過ごしていた。だが、復讐者となってからはそれが一変した。


 ウォールドと一緒にこの『迷宮』を探索していたときは今のクレア達と同じように楽しむことはできなかった。怒り、怨み、苦しみ、不安、恐怖といった負の感情のみで行動していた。今でもそうだ。ベネットに感化されこの『迷宮』に再び足を踏み入れたが、あの頃の感情が払拭できずにいる。平静を装っているが魔物によって四肢を失った痛み、苦しみが身体から離れない。


 冒険者を捨て復讐者として生きているトリスに冒険者として生きているクレア達は少し眩しすぎる存在なのかもしれない。




「壁を削り取った痕跡がある」


 猪の魔物を狩っていた場所に丸一日かけて辿り着いたトリス達は周囲の確認を始めた。トリスとウォールドはこの場所で猪の魔物を狩っていた。魔物が見なくなってからは訪れることはなくなり探索もすることもなかった。しかし、注意深く周囲を確認すると壁の一角に違和感を抱いた。


「削り取った後が不自然に途切れている。削ったあとに崩落したのか?」


 トリスは痕跡のあった壁の土や岩をどけてみるとそこには大きな穴が空いており壁の向こう側まで続いていた。


「この先か……」


 トリスは魔術を使い出口側の様子を確認した。周囲に魔物の痕跡はないが行き止まりでもなかった。この先からはトリスも知らない未知の領域になる。


「クレア、フェリス、ヴァン。気を引き締めろ。ここから先は俺も知らない未知の領域だ」


 トリスの強ばった声にクレア達の緊張は一気に上がった。『迷宮』の恐ろしさは休憩中にトリスから何度も聞いていた。それでも『迷宮』を熟知しているトリスがいるので安心感があった。だが、ここから先はトリスですら知らない未知の領域。緊張と不安、そして僅かな好奇心が三人の心を満たしていく。


 トリスが先行して周囲を確認して次にクレアとフェリスが続き、最後尾はヴァンという配置だ。先頭を歩くトリスの歩調は先ほどまでは違い慎重だった。『迷宮』の魔物は『塔』の魔物とは違い獰猛で縄張りに入った生き物を容赦なく襲ってくる。今のトリスなら『迷宮』の魔物に後れを取ることはないが、集団で襲われた場合はクレア達の命が危ない。トリスはかつてウォールドと『迷宮』を探索したときのように周囲を警戒しながら歩みを進めた。


 トリスが警戒しながら進んでいるため魔物との遭遇は少なかった。しかし、その数度の魔物との戦いはクレア達を疲弊させるのは十分だった。強力な頭骨と顎を持つ犬に似た魔物。集団で襲いかかってくるので討伐するのにかなり苦労をした。


 その他にも周囲の背景に擬態して獲物を襲う蜥蜴の魔物。生き物の血を好む翼がある鼠の魔物など『塔』の魔物とは異なった習性や能力を持つ魔物にクレア達は翻弄されていた。


「トリスがいなかったら私達既に死んでいたね」

「未熟さを痛感させられました」

「こうして休むことができるのもトリスさんが周囲を警戒しているからだよね」


 クレア、フェリス、ヴァンは己の未熟さを痛感していた。トリスの指導やここ最近の『塔』での実績から自信はかなり持っていた。しかし、その自信はたった数回の魔物と遭遇で打ち砕かれた。トリスの的確な援護や救出がなければ三人は既に魔物の餌となっていた。それほどまでに『迷宮』の魔物は獰猛で狡猾であった。


 クレア達は自尊心は打ち砕かれたが歩みを止めることはなかった。『迷宮』に助けに来てくれたトリスの手前でそんなことはできない。それにこんなところでは死にたくない思いが強かった。もう一度家に帰り皆に会いたい気持ちがクレア達の背中を押した。


 壁の痕跡を見つけてから一日が過ぎ、トリス達はようやく猪の魔物に遭遇することができた。猪の魔物は集団で行動しておりその数は五十匹以上いた。そして、その中には巨大猪(ベヒモスボア)よりも小柄だが非常によく似た個体が数匹いた。


「あの個体が成長すれば確かに巨大猪(ベヒモスボア)と瓜二つだな」

「やはり、ここが巨大猪(ベヒモスボア)の発生源なのですか?」

「俺もフェリスと同意見だ。だが、問題はどうやってここから地上にでるんだ?」


 トリスは猪の魔物に気が付かれないように周囲を探索した。何か地上と繋がる手掛かりを探していると一本の道を見つけることができた。


 その道は人が上れるような道ではなかった。山の斜面の様に草木は生えておらず平たく急な斜面がずっと続いていた。


「ここか。上の方が僅かに明るい気がする」

「斜面に凹凸がない。ここを上るの無理です。故郷の山にもここまで急な斜面はありません。崖と一緒です」


 ヴァンの言葉にトリスも同じ意見だった。しかし。斜面の地面には大きな蹄があり、蹄は上に向かって続いていった。魔物がこの上に向かって進んでいった証拠であった。

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