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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
探求者としての時間
130/140

大都市アルカリス 全うする者

コロナのワクチン接種と私用で投稿ができませんでした。

2日目のワクチン接種はかなり身体に負担がかかりますね。

3回目のワクチン接種がないことを祈ります。

「クレアとフェリスが『塔』で行方不明になりました」


 昼を過ぎ、トリス達が食後のお茶を飲んでいるとヴァンが慌てて家に戻りそう告げた。ヴァンの言葉をすぐに理解できたのはトリスだけで他の皆はヴァンの言葉を理解できず唖然あぜんとするしかなかった。


「ローザ、ヴァンに水を出してやれ」

「は、はい」

「トリスさん、そんなことよりもクレア達が……」

「クレア達が大事ならまずはお前が落ち着け。状況を正しく理解するには何があったのかちゃんと説明しろ」


 トリスはそう言ってヴァンを椅子に座らせた。まずは正確な状況を確認するためにヴァンを落ち着かせる必要があった。ヴァンもトリスの意図に気が付き椅子に座りローザが持ってきた水を飲み気持ちを静めた。


「まずは確認だ。今日はヴァン、クレア、フェリスの三人で『塔』に出掛けたな」

「はい、クレアが剣を新調したのでそれの確認です。薬草などの採取と簡単な魔物の討伐をしていました」


 ヴァンはトリスの質問に答えながら『塔』で起きたことを説明し始めた。


 クレアが剣を新調したことで試し斬りのために簡単な薬草採取の依頼を受けて『塔』に入った。午前中は予定通り薬草が取れる階層に行き魔物と何度か戦闘をした。クレア達の実力よりも弱い魔物が出現する階層で薬草の採取は順調に進んだ。


「問題が起きたのは薬草を採取した後でした」

「他の冒険者に絡まれたか?」

「ど、どうして判ったのですか」

「お前達の実力でそこの階層の魔物に苦戦するとは思わない。仮に魔物が大群で押し寄せたとしても逃げる術は教えていた。そうなると確率が一番高いのは他の冒険者と揉めることだ。それよりも話を続けろ」

「はい。絡んできたのはリューグナーのメンバー達でした」

「リューグナー? どうしてリューグナーがお前達に絡んできたんだ」


 トリスは一瞬クレアの出自が原因かと思ったがヴァンの話を聞くとそうではなかった。


「リューグナーの一人がクレアの剣を欲しがったんです。「言い値で買うから剣を譲れ」っと言ってきたんです」

「なるほど。確かにあの剣は掘り出し物だ。欲しがる者がいてもおかしくない。それで揉めたのか?」

「はい」


 ヴァン達は目的の薬草の採取と剣の試し斬りが終えたので戻ろうとしたときに五人ほど冒険者が近づいてきた。リーダーらしき男が名前と所属を告げ、クレアの持っている剣をこの場で渡せと言ってきたのだ。


折角せっかく見つけた剣を他人に譲るのは嫌だったみたいでクレアは断りました。それに『塔』の中で自分の武器を他人に渡すなんて自殺行為です」

「確かにそうだ。だが、それだけなら揉めないだろ? 『塔』を出て組合(ギルド)か酒場で話をすればいい筈だ。『塔』の中で言い争いをするなんて非常識だ」

「俺とフェリスもそう思いクレアとリューグナーの人にそう言ったのですが向こうは聞く耳を持ちませんでした」

「誰だ。リューグナーのメンバーなのにそんな非常識なことをするのは?」

「アルモルと名乗っていました」


 ヴァンが告げた人物の名を聞きトリスとザックは納得した。ザックの調べではアルモルは武や知は非常に優秀だがその反面こらえ性がなく、自分の思い通りに事が進まないと不機嫌になり、かなり我がままな性格だとザックの調べで判っていた。


「向こうも拒否されるとは思っていなく、最初はクレアとアルモルの当人達の言い争いで住んでいましたが、周りの人達もだんだん熱くなってきて……」


 クレアの剣に目を付け、それが自分の物にしたいためにクレアに近づいた。剣が素直に自分の物になれば良かったがクレアが拒否したためにこじれてしまった。アルモルの仲間達もリューグナーに逆らう者に敵意を抱き一触即発の雰囲気になってしまった。


「クレアが『他人の者を欲しがるなんてリューグナーの名が廃るわ』と言ったことが切っ掛けで争いになってしまいました」


 自分の父親が作ったパーティーにクレアは少なからず思い入れがあった。剣聖イーラの名を汚さないトップパーティーとして君臨して欲しいと願っているのに、新人の武器を奪おうとするアルモルに腹を立ててしまった。


「争いが始まってしまい俺とフェリスも冷静ではいられなくなって応戦してしまいました。その結果向こうの魔術師の放った魔術でクレアとフェリスが吹き飛ばされ、運悪く近くの川に落ちて流されてしまいました。俺はすぐに助けようとしましたが川の流れが速くて二人を見失いました。俺にはどうすることもできないからトリスさんに知らせようと戻ってきました」


 ヴァンはそう言うとフレイヤに頭を下げた。クレアとフェリスを助けることができず自分だけが戻ってきてしまったヴァンは少なからず罪悪感を抱いているのだ。ヴァンの所為ではないことはフレイヤも判っているのでヴァンを責めるようなことしなかった。


「エル、ナル。それと朔夜。すまないがヴァンが話したことを組合(ギルド)に報告し、救助隊を編成して欲しいことも伝えてくれ」

「は、はい」

「エルちゃんすぐに行こう」


 トリスに言われエルとナルはすぐに席を立ち組合(ギルド)に向かった。


「報告だけならエルとナルだけでいいだろ? 三人で行く必要はないだろ?」

「朔夜の父親は組合(ギルド)職員だったな。リューグナーの連中が話を歪曲わいきょくして組合(ギルド)に伝える可能性がある。後で揉めたときに後手に回らないようにしておく」

「そう言うことなら伝えるけど、リューグナーの連中と揉めごとを起こすなんて普通の冒険者はまずしないよ」


 普通の冒険者はリューグナーと揉め事は起こさない。冒険者達の頂点にいるリューグナーと揉めても負けて当然、良くて痛み分けで終わるので普通の冒険者は泣き寝入りするしかない。それなのにトリスはリューグナーと事を構えるようで、相変わらず規格外の男だと朔夜は苦笑した。


「じゃあ、行ってくるよ」


 朔夜はそう言うと軽やかに席を立ちエル達の後を追っていった。朔夜が部屋を出て行くと今まで成り行きを見守っていたザックが口を開いた。


「トリスさん、俺達は何をしますか? クレア達の救出に行きますか?」

「いや、何もしなくていい。救出は組合(ギルド)に任せればいい。俺達はクレアとフェリスが無事に助け出されることを祈るしかない」

「そんな! トリスさんは何もしないのですか」


 トリスの言葉にヴァンは大声を出して非難した。ヴァンはトリスならクレアやフェリスを助けるために行動を起こすと思っていた。いや、トリスならきっと助けてくれると信じていた。それなのに祈るだけしかないと言うトリスの言葉がヴァンを失望させた。


「トリスさんならクレア達を助けだすことができるでしょ!」

「『塔』の中に流れる川は何処に繋がっているのか解明されていない。下の階層と繋がっているわけでもなく、何処へ流れていくのか誰も知らない。クレア達が何処に流されたのか俺には判らないよ」

「それでも探しに行けば……」

「探しに行くなら俺よりも組合(ギルド)の救助隊が適任だ。彼らは毎年何回もこの手の捜索をしている」

「…………」

「ヴァン。俺は神や悪魔とは違う。超常の力なんて持っていないただの人間だ。できる事とできないことがある。俺は自分にできないことはしない。川に落ちた者が助かる確率は知っているだろう?」


『塔』の中を流れる川に落ちた場合の生存確率は限りなく低い。途中の川岸や中州のような場所に流れ着くことがあれば助かる。だが、それらに場所に流れ着くことは非常に希なことで川に落ちた大概の人は行方不明者となってしまう。


「『塔』は安全なところじゃない。いつ命を落としても不思議なことじゃない。魔物に襲われる。道に迷い崖から落ちる。理由は様々だが冒険者になったときにその覚悟はしていた筈だ」


 トリスの言うことは冒険者にとっては当たり前のことだ。だが、ここにいる全員がトリスなら何とかしてくれると思っていた。たとえ生存率の低い川に落ちたとしてもトリスなら助け出せるとヴァンは思っていた。ヴァンだけでなく、冒険者組合(ギルド)に向かったエルやナル、朔夜も同じことを思っていた。だから、取り乱すことなくトリスの言うことに従った。そして、それはフレイヤ達も同じだった。


「フレイヤ、しっかりしな」


 突然、ローザの声がフレイヤの名を呼び抱きかかえた。フレイヤは娘のクレアが助からないと悟り気を失いかけていた。ヴァンの話を聞いて一番クレア達の安否を気にしていたいのは母親であるフレイヤだ。フレイヤもトリスなら救出してくれると願っていた。


「ダグラス、ザック。フレイヤを寝室に運んでくれ」

「はい」

「……判りました」


 ダグラスとザックは素直にトリスの指示に従うがどこか気を落としていた。クレア達が助からないとしりフレイヤだけでなく全員が喪失感に駆られていた。


「トリスさん、本当に打つ手がないのですか? クレアは私にとっても妹みたいな子なんです。何とかならないのですか?」

「ローザ。お前は冒険者じゃないから知らないが、普通の川とは違って『塔』に流れる川に落ちた者はほとんどが行方不明者となる。クレア達の生存は諦めた方がいい」


 トリスはこれ以上話すことはないと口を塞ぎ自室に戻った。ヴァン達はその後ろ姿を目で追うこともできず項垂うなだれるしかなかった。




(情けないな)


 トリスは自室に戻ると腕と脚の痛みに耐えかねベットに倒れた。クレア達が川に落ちたと話を聞いてから失った四肢が痛み始めた。


 幻肢痛。


 手や足を失った者が感じる錯覚であるはずのない手や足が痛む。トリスは時折このような痛みを感じていた。『迷宮』のことを深く思い出すとこの幻肢痛に現れるため、『迷宮』で四肢を失った恐怖からこの痛みが起こるとトリスは思っていた。


 トリスはクレア達が生きていると確率が高いと思っていた。フェリスの実力ならクレアを守りながら川を下ることはできる。クレア達が生きていれば今頃は『迷宮』に辿たどりついている筈だ。トリスはそこまで思い至るが行動することができずにいた。


 トリスの目的は復讐であって人助けではない。その考え方は変わらない。普段ならクレア達を見捨てるが今回はリューグナーが絡んでいる。しかも、ヴァンの話を聞く限りだと非は向こう側にある。クレアを救出してリューグナーの汚点を一つ作り出すことができる。だが、身体の痛みが邪魔をする。


(痛みをこらえることはできるが、こんな状態で『迷宮』に行けば間違いなく死ぬ確率が高くなる)


 トリスは『迷宮』を熟知している。それゆえに『迷宮』の恐怖が骨の髄まで染みこんでいた。そして、クレアとフェリスを連れて脱出する策もない。賢者ウォールドが二十年以上かけて見つけた方法はトリス一人ならできる。もう一人いても対応することはできるかもしれない。だが、『迷宮』にはクレアとフェリスの二人がいる。


 二人ともトリスにとって恩人の血縁者だ。どちらかを救い、どちらかを見捨てることはできない。それらの理由からトリスは二人の救出を諦めた。


 トリスがベットに横になり暫くすると扉を叩く音が聞こえた。トリスが返事をすると思わぬ人物が部屋に入ってきた。


「夕食をお持ちしました」


 いつの間にか夕食の時間が過ぎていたようで、ベネットが食器を持ってトリスの部屋に入ってきた。ベネットはベットのそばにあるテーブルに食器を置いた。ベネットが持ってきた食器にはサンドイッチと葡萄酒が注がれたグラスだけだ。普段の食事に比べると質素な夕食だった


「ありがとう」


 トリスは礼をいいサンドイッチを手に取った。サンドイッチはかなり不格好で具の挟み方や切り方などフレイヤやローズが作った物とは思えなかった。


「これはベネットが作ったのか?」

「はい、一人で作ったから不格好になってしまいました」

「一人? みんなはどうした?」

「フレイヤさんはまだお部屋に寝ていまして、ローザさんが看病しています。ザックさんとヴァンお兄ちゃんは冒険者組合(ギルド)に行きました。ダグラスさんとロバートはラロックさんのお使いの方が来て一緒に出かけました。昼間出ていったエルお姉ちゃん達はまだ帰ってきていません」

「そうか……」


 トリスは一人でサンドイッチを作ったベネットをねぎらおうと右手を上げた。しかし、頭を撫でようと右手を上げたが幻肢痛の所為で腕が上手く動かせなかった。


「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」

「だ、大丈夫だ。古傷が少し痛んだだけ…………。ベネットその指はどうした?」


 ベネットの指には赤い線が何本もあった。よくよく見るとそれは傷だった。


「サンドイッチを切るときにちょっと失敗しました。あ、血が付いたところはちゃんと切り取りましたから大丈夫です」


 ベネットはそうは言って笑うが指の傷は痛々しかった。


「…………ベネット、サンドイッチはどれくらい作った?」

「全員の分を作りました。お代わりもいっぱいあります。足りなかったら言ってください」

「一人で全員の分を作ったのか?」

「はい、みんながお腹を空かせないようちゃんと人数分作りました」


 クレア達が行方不明になり皆が落ち込む中、ベネットは一人だけで自分の仕事を全うした。他の者がいなくても自分でできることを見つけ自分の職務を全うした。サボることや手を抜くこともできた筈なのにベネットはそんなことはしなかった。


「本当に情けないな」

「トリスさん?」

「ベネットに比べて俺は情けないと思ったんだ」

「えっ、トリスさんは情けない人じゃないですよ。みんなに仕事や住む場所を与えることができる凄い人ですよ」

「いいや、自分の決めたことに手を抜こうとした情けない男さ。手を抜かないベネットに比べたら酷いものさ。だが、俺もベネットを見習って少し頑張ってみるよ」

「トリスさん……」


 トリスは痛む右手を無理矢理動かしベネットの頭を撫でた。いつもと違うトリスをベネットは少し心配するがトリスの顔は穏やかで優しい笑みを浮かべていた。その笑みはベネットの心配を取り除くほど優しい頬笑みだった。


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